前へ
61/61

61.見られるということ

夕食の時刻になった頃には、今朝まで骨折で動けなかったとは思えない程にシキミの歩き方には違和感が無くなり、チョロチョロと追いかけっこしているような状態になっていた……回復力早ッ!


単に体格差ゆえなのか、常に身の危険に晒されている野生動物の本能的な何か特殊な底力なのか……違和感を覚えることによる一瞬の躊躇さえも命取りになる、というような勢いで回復している気がするがここは野生下でもないし、無理をしなくても回復を待てるだけの時間の猶予は与えられた環境だ。

「もう少し経過がみたいし、まだ万全の状態じゃないんだから少なくとも明日のお昼までは大人しくここに居てね?」

自由に動くことができるということの喜びを噛み締めるかのようにはしゃいでいるネズリス兄弟にそう言って、部屋に居残る子達に後を頼んで夕食へ向かう――



今回の日蝕も儀式が無事に終了し、精進食期間が明けて獣肉類と赤い食材が解禁。

食事内容がちょっと楽しみではあるが……よく考えてみたら料理長達も日蝕の儀式に参列してたんだよね。で、確か期間中は禁忌食材に刃を入れられない……じゃなかったかな?……ということは、解禁で食べられるようになるからメニューに組み込みたいけれど、調理は儀式が終わってからの時間に限られるから厨房は大忙しなんだろうなぁ……ご苦労様です。


そんなことを考えながら食事会場へ向かうと今日は机の配置が少し違っていた。


王弟殿下の来訪に合わせて別室に設けられた食卓は、長く組まれた机の一端の上座が一席で、あとは向かい合った両端の席、だったはずが上座に2席設けられている。

まぁ順当に考えるならば今日の晩餐は儀式の慰労も兼ねるため、上座は王弟殿下とその姪で儀式の主宰となるラズラ……だと思うのだが最近の扱われ方を思うとイヤな予感しかしない。

「どうぞこちらの席を」

やっぱり上座の一席を指定された……あーぁ


着席したものの、食事が始まる気配はまだ無い……食堂での神殿従事者への労いの挨拶をするためにラズラが晩餐を中座するよりも、それを先に済ませてから晩餐を始めた方が失礼が少ないということでこちらの会場での食事開始時間が少し遅らされているそうだ。

で、折角慰労の挨拶の時間を設けられているのならと王弟殿下も一緒に食堂へ行ってしまい、それに伴って主だった従者も付き従ってしまっているため何だか待ちぼうけ状態となってしまっている――


もう少し遅くここに来れば良かったな……勢揃いしたところに入っていってやたら畏まった出迎えをされるのもツラいと思ったから程々のタイミングを見計らったつもりだったのに。

逆に言えば、今この食事会場で待っている人達の大半以上には私の姿は視えていないだろうから気を抜いてぼんやりしてても問題はないはずだけど……誰に視えているのか視えないのかは相手の反応から推測するに過ぎない。


子供の頃聞いた童話のように権力者に合わせて「視えますよ?」とハッタリをかますことも、本当は視えているけど視えないフリをして厄介事を回避するのも処世術だ……私の案件で言うなら視えるばかりに私の専属のようになってしまっているネメシアはひょっとしたら侍女内では貧乏クジを引いたと憐れまれているのかもしれない……私だってあまり自分の存在が負担になるような状態は望んでないよぅ。


いっそ私が視えていない相手は私にも見えないといいのに……他人の視線を変に気にするような状態も正直しんどい。

明らかに私が視えていない給仕や侍従が「殿下はまだ来てないのかな?」と何気なくその席をチラ見しているだけなのは分かっているはずなのに、どうしてもそ自分に視線が向けられているような気がしてドキッとしてしまう。


視られていると常に意識して過ごさなくてはならない立場の人達……例えば王族的な身分とか有名人とかなんて相当な鋼のメンタルを持ってないと病むだろ?と思えてしまうのは私が豆腐気質だからなのだろうか……元々、転校生の何歩も引いたままの立ち位置で思春期を過ごしてしまった自分には「気にされない」という一般大多数(エキストラ)のポジションでありたいのだけれど……



あーぁ。


何度目になるのか分からない小さな溜め息を吐いてユターノから生温かい同情的な視線を向けられた時、挨拶が終わったラズラや王弟殿下達が食事会場へ入室してきた。


「カーヤ様、大変お待たせして申し訳ありませんでした」

ラズラとバーベナに謝られるのには弱い。彼女たちの大切な役目でもあり、謝られる程のコトでもないし……気にしてないよ、と笑い返して夕食が始まる。


和やかに晩餐の時を過ごす彼女達も王弟殿下も私とは違い確実に視認され、私以上に他人の注目を浴びやすい存在。なのにちゃんと全体に気を配り、他人から自分がどう見えているのか隅々まで意識されたような丁寧な所作とほとんど隙のない言動……

「育ちの差」と一括りに言ってしまえばそうなのかもしれないが、私如きがちょっとの視線でしんどいとか言ってちゃダメだよね……他人から注目されるようなことがあっても恥ずかしくない立ち居振舞いや鋼メンタルを手にいれなくては。




「カーヤ様、明後日は何かご予定はありますか?」

お手本と呼ぶべき所作の方々を感嘆しながら眺めつつなるべく違和感のない笑みを絶やさず相槌を打つ食事が終盤に差し掛かった頃、ラズラからそう訊ねられた。


「この世界に来てからは日々を何となく送ってるだけで先日の予定なんて特に無いよ」

苦笑しながら自嘲混じりに返答するとラズラもそこに含まれた意味に気付いたようで、申し訳なさそうな顔を一瞬だけした後で敢えて明るく

「では、御一緒にファラホの街まで行きませんか?」と提案をしてきた。


「ファラホ?」

「はい。ここから約1日をかけて着く距離にある城下に次ぐ規模の大きな街ですわ」

「明後日ってラズラの出発日じゃないの?」

「ええ、ですから城下への中継点として一泊するファラホの街まで一緒に行ければ……と考えたのです。カーヤ様なら馬に乗られますからファラホの街で一晩過ごした翌日、神殿に戻ってくることができますし」


一泊旅行、現地解散みたいなものか……神殿から日帰りで行ける範囲も限られてるし、かといって自分で旅に出てしまうには色々不安な面もあるわけだし面白いかもしれない。


「カーヤ様の視点で見たらまた別の意味を持つ変わったものもたくさんあるかもしれません……行商が運んでくるものはかなり限られていますし、街で注文して行商の次便で届けてもらうことも可能ですわ。私、前に頼んだ衣装の出来映えも気になるのですよね……それも一緒に見ていただきたくて」

「衣装を私が見るの?」

「乗馬服です、そろそろ形にはなっているはずなので試着してみたいのです」


乗馬を習得する!と決意したラズラは今後の旅に使えるように乗馬服を注文していた……騎士でもない女性の乗馬服は珍しいものになるので、折角なら一緒に作りませんか?と道連れ的な意味を含めて私にも同じ形のものを仕立てるように採寸されたっけ。


「いいよ、一緒に行ってみる」

了承の返事をしながら、ラズラの独断で決めたことじゃないよな……?と背後に控えるサルビアや道中を護衛で同行することになるグリースなどの表情を確認したが、驚いたり怪訝そうな気配は特に無かったので事前にある程度の打診はしていたらしい。



そんな中、バーベナが羨ましそうに……でもワガママを言ってはいけないと我慢しながら私達の会話を聞いているように見えてしまった。

「バーベナは何か欲しいものは無いの?」

何か希望があれば叶えてあげたい……と訊ねてみると「お気遣いなく」と遠慮されてしまったがデザートに添えられたフルーツのコンポートを見て少し考え込んだのち、買ったその日に戻って来るのなら神殿では滅多に食べることができないライチが欲しいとお願いされた。


ここからはかなり離れた地域で栽培される果物で、流通の限界がファラホの街らしい。行商は途中でホーヴァなどの小さな村にも立ち寄って来るため、産地が遠方にある生の果物の入手は基本的に難しいようで神殿で食べられるのは加工品がほとんどだそうだ。もちろん料理人によって美味しく調理されているので不服なわけではないが、生の果実の味を知っているとたまに恋しくなる……と。


「生のライチ、美味しいですよね」

ラズラも微笑んでバーベナに賛同しながら、帰省の帰りには転移陣が使えるため城下に流通する果物も生の状態でいくつかお土産にすることを約束していた……桃やイチゴのような果肉が柔らかくて産地からの距離があると流通が難しい果物もあるそうで私もちょっと楽しみだ。



……思いがけず一泊旅行に出掛けることとなって遠乗りも久しぶりなのでウキウキする反面、少なくともラズラ達と同行している丸一日、護衛に囲まれた貴人の一人として気の抜けない時間を過ごさなくてはならないことに思い至ってしまい憂鬱にもなってしまう……


普段なら部屋に籠っている間は割と自由で、部屋から中庭に出たとしても基本的に視えてないだろうという気持ち的な余裕があったのだが、道中は常にそこに居ることを認識されるような状態……つまり今この食事会場のような状況で過ごさなくてはならないんだ……よね???

 やっぱり行くの止めようかな……とグッタリしてしまいそうにもなるが、私のことが視える人と視えない人がこの世界に混在しているのを知ってしまった以上は視えている相手と共に行動範囲を広げていくことは悪いハナシではない、と思うしかない。




最初に視えてない相手と遭遇しての紆余曲折があったらそれなりの苦労もした上で開き直って気楽に過ごせてたかもしれないけれど、最初に遭遇してしまったのがラズラなのだから今更しょーがないよね、うん。


前へ目次