60.治癒
撤収を終え、神殿の敷地まで戻ってきたあたりでキピムの出迎えを受けた。
「あ、珍しい……どうしたの?」
「別に。ワタシの感知能力が優秀だから一番最初に戻ってくるのに気付いただけ」
「ありがとう……で、シキミの具合はどう?」
「それが伝えたかったからわざわざ帰ってくるのを感知までしてたの……分からないの?」
あまり得意ではない陽の光の下なのに、キピムがわざわざ日陰を選びながら飛んで来てくれたのだから何か目立った変化があったのだろう……
「知らせたい程の結果ってこと?」
「……実際に見れば分かるとは思うけど、この短時間で治る怪我じゃないってのは知ってるわよね?」
「それは当然……だって骨折だよ?」
「そうよ、野生下の動物には致命傷だわ」
「エサは捕れないし、補食動物からは逃げられないわである意味生き地獄……」
「競走馬なら安楽死させる方が優しい処置だって言われるくらいだもんねぇ……世話をして生かすことはできても治癒までの期間に衰えた筋肉が身体の機能さえ蝕むって」
タグとユターノも口々に言うように動物にとって骨折というケガは非常に重い……たまたまヒトには完治を待てるだけの環境が整っているに過ぎないだけだ。
バーベナも心配していたし、わざわざキピムが伝えに来てくれたことを知らせてあげた方が良いかな……とバーベナ達に目をやると今日のようなイレギュラー事案の対処方法などの打ち合わせが継続しているようだったので神殿に戻ってちゃんと確認してからでいいや、と思い直した
……不測の事態の発生源が自分だなんて何だか居たたまれないし。
早く見て、とにかく見て、と急かすようなキピムを微笑ましく思いながら部屋に戻りシキミの様子を見てみるとまだ少し覚束ないもののヒョコヒョコと歩くことができていた……
「え、無理しちゃダメだよ!?」
動くからといって痛みを堪えて無理をするのは反って良くない。
「骨はほとんど修復されているわ……きっと少し弱った筋力のせいでぎこちないだけよ」
「え、何でそこまで判るの……?」
「視ようと思ったら視えたのよ」
シキミの脚に眼を向けて答えるラーティカの言葉に【レントゲン写真】という単語が脳裏を過った……望遠の利く眼や映像記録、記録画像を映し出すことなどが元々カメラであるラーティカの能力だってのは理解してたけどそこまでのことも可能なの……?
どこまで万能なんだろう……とウチのコ達の能力の幅に感心していると着替えを済ませたバーベナが部屋を訪れた。
「シキミの様子はどうですか?」
「かなり良くなったよ……ほら」
テーブルの上をヒョコヒョコ歩きながら近寄ってくるシキミを見て、バーベナは驚いたように目を丸くした。
「あの術はあくまでも自然治癒力を高める効果があるだけで、即座に治る程の効能は無いと聞いていたのですが……ヒトより構成する骨が小さいからなのでしょうか?」
シキミが動けるようになったことを喜ぶ反面、想定以上の効果に戸惑ってもいるようで不思議そうに首を傾げている。
「元々折れていなかったとか……?」
「いいえ、それは無いわ……骨折を前提に話を進めていたから何も言わなかっただけで、骨が折れているのは視たもの」
ラーティカが視れるのを知ってたらどのくらいの程度で折れているのか確認しておけば良かったが、単純な骨折だとしてもヒトでは完治に数ヶ月かかるのも知っている。
ただ、そもそも動物を構成する細胞にサイズ差があるわけではないから……小動物だと身体比率としてはオオゴトな傷でも【骨が自らの代謝で修復される】いう単純な現象に対して言えば修復しなくてはならない部分に必要な細胞の数としてはヒトに比べてかなり少なくなるワケで……そういう考え方で見た場合、かなり小さな傷になるってことなのか???
「今まで小さな動物には試したことがなかった術なのですから、どのくらい影響があるのかなんて考えたところでわからないですし、治ったことは素直に嬉しいことなので……朝の約束通りお茶にしましょう?」
バーベナが中庭にお茶の用意を頼んでいるので、私も急いで着替えることにする。
部屋の別の場所ではユターノがラーティカの記録した映像データを転送してもらうために尻尾を鷲掴みにされていた。要するに端末同士の有線接続みたいな状態なのだが、小型猛禽類×蛇の組み合わせは相変わらず捕食者と獲物に見えてしまう構図でちょっと心臓に悪いんだってば。
もうすっかり昼も過ぎてしまっているため簡略的なお茶の用意と言っていたものの、朝も慌ただしく済ませていたため一息つける時間があるのは有難いなぁと思いながら中庭へ出ると……確かに夕食の時間も近いため、重いものは無いもののコレのどこが簡略的なんですか?と訊きたくなるようなセッティングが整っていた―――
シキミの好きな木の実もたくさんあって……みんなで回復をお祝いして儀式がどうだったのか訊ねてはみたけれど「キラキラした光の輪が降りてきたの!」といったような抽象的な状況説明しか無かったので、まぁ不思議現象の表現なんてそんなもんだろうな……と思いながらまったりお茶を楽しんでいるとラズラも少し時間の余裕ができたようで中庭に来たが、叔父様御一行が滞在中だし、明後日には里帰りのために出発するのでその準備もある……と忙しい身なのでお茶を一杯だけ飲む時間があっただけだった。
シキミの怪我が良くなっていることにはとても喜んでくれたが、異常なまでの回復の早さは想定外だと目を丸くしていた……
ラズラにも想定外、か。
「……で、結局のところ想定外な事態になった理由は分かったの?」
中庭でのお茶を終え、部屋に戻ってからデータ転送によって日蝕時間帯の視覚情報を得ていたユターノに何か因果関係になりそうな事案があったのか訊ねてみた。
「うーんとね……多分、モレイのチカラかな」
「モレイの?」
「儀式の時に珍しく外へ行きたがったから、シキミの籠に入ってもらって外に連れてって儀式を一緒に見てたけど、何も特別なことは無かったわよ?」
モレイと一緒にいることが一番多いレピも不思議そうに首を傾げている。
「確かに怪我を治すという魔法を見てみたかったのもあったし……この子が早く元気になれますようにって降りてくるお日様の輪にお願いはしましたよ……?」
モレイも意外なことを訊いたとばかりに目を丸くしている。
「本人も無意識なんだろうけど……多分、術の中に居るシキミの時間を進めたんだと思う……治癒力の補助が発動されている魔法陣の中の時間が進むとどうなると思う?」
「補助された状態のまま時間が進む……んだから治る速度も加速する?」
「ラーティカの記録映像に何かが映っていたわけじゃないけど……モレイがその場に居たってことは……そうとしか思えないかなァ」
「そうなのかしら……確かに早く治れば良いのに、とは思ったのだけれど、時間を操ったなんて感覚は無かったわ……」
「え、ちょっと待って。モレイは時間を操れるの……?」
「多分、ね。元々時計なんだしこっちの世界で発揮されてるみんなのチカラの可能性として考えるならあり得るんだよ……試しに、あの花瓶に挿された花から蕾の状態のものを持ってきてもらってもいい?」
ユターノの指図した通り、まだ蕾のままの花をテーブルの上に居るモレイの目の前に置いた。
「ちょっと意識してこの蕾の時間を進めてみて?」
「そんなこと本当に出来るのかしら……?」
モレイが半信半疑ながらも意識を集中してじっと蕾を見ているのを見守っていると、固く結ばれた蕾が緩んで花が開いた……明らかに自然開花のスピードではない。
「あら、本当ね……」
「ばばさま、スゴい!」
「そうね、一応時計ですものね……ただ意識して自在に操れるかと言われると、集中できる範囲も狭いし裁縫針ほど上手くはいかないわねぇ」
おっとり答えるモレイだが、たとえ範囲が限定的でもシキミの怪我に関して言えば確実にシキミだけ時間が進んだってことになる―――
単純にスゴいなぁと思う反面、時間を操ることがどう作用するのか不明な点も多い……今回で言えば怪我の完治と引き換えに過ぎた時間でシキミの生体寿命は確実に短くなるんだよなぁ。
ま、骨折をしている期間が長くなることも運動量とかの面で寿命を縮める要因になりそうだからどっちが良いかなんて選べそうにないけど……
時を操るって、戻すこともできるんだろうか?だとしたら怪我をする寸前に戻して怪我をしないように防ぐことも可能……?
いや、何かコトがあった時を戻すことに関して言うなら範囲が限定的な上に得た結果の記憶も戻る……なら結局同じことを繰り返すか、起こりうる別要素による他の結果になるだけか。
時間操作の範囲が限定的だとした場合の効果的な利用方法は自然的な治癒や成長の加速くらいしか無さそう……?あとは周囲から瞬間的に移動したように見える、とか。
ま、寿命と引き換えになるわけだから安易に使いたくないスキル……とりあえずシキミが予想以上の回復をした理由も判ったし、単純に怪我の完治は喜ばしいことだと捉えても良いかな。
モレイの時間操作能力については……とりあえず今回の回復については小型動物だから?ということで結論付けれそうだし、伏せておこう。
まだモレイ自身が使いこなせているわけじゃないし、時を巻き戻す利点は少なそうだけど【瞬間的に移動したように見える】のは何か起きたときには切り札として取っておけそうだ……