【短編】白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。【コミカライズ★】

作者: 三月べに(BENI)



「そなたとの結婚は、いわゆる白い結婚だ。そなたを抱くことは絶対にありえん。二年後、子をなせなかったことを理由に離縁する。いいな?」


 こちらの意思を確認するような言葉でも、強制する口調だった。

 睨みつけてくる次期国王の拒絶の青い瞳を見て、私は歩み寄れないと悟った。


「……かしこまりました」

「ふん。猫を被っても無駄だ」


 下げた頭に吐き捨てられた言葉に違和感を抱きつつも、二年間の白い結婚の約束を交わす。

 書面にすることは憚られた。これはまだ、現国王の王命による婚姻だ。

 よって、彼が即位後に挙げられる結婚式の初夜に、書面で誓いを交わすことになった。


 結婚式の初夜。私は、二年間の白い結婚を強いられた。



 王命により結ばれた相手、ヴァージル・キーン・イヴィド殿下が、どうして私を拒絶するのか。

 調べさせてみてわかったのは、()()()()()()()()()()()()()()

 ごくごく一部の噂。

 私、キララナ・アンダイル侯爵令嬢は、他の候補者を蹴落として、国王に自分を売り込んだという話。事実無根の話だったが、彼はそれを鵜吞みにしたようだ。

 元々、彼に婚約者すらいなかったのは、女嫌いを拗らせたせい。女性の醜い争いに辟易していたところに、婚姻相手の私の黒い噂を聞けば、あの拒絶ぶりも納得。


 ただ。

 本当に。

 事実無根なのだ。

 これが王命だと、彼は知らないわけもあるまい。

 それでも彼は、白い結婚を押し付けたのだ。



 二年間の白い結婚。私は未熟ながらも、王妃を務めた。

 誠意を込めて、仕事に取り組んだが、必要以上の接触がないと目敏く見抜いた貴族達は、すぐに私が“お飾りの王妃だ”と、囁き始めた。

 積極的に王宮から出て、国民の生活の改善や、困窮者自立支援制度を設けるための調査に赴いた。


「そんなことをして献身的な姿を見せたところで、約束の日に離縁は決まっているからな」

「……」


 帰ってくると、鉢合わせた国王のヴァージルが、冷たく吐き捨てた。

 彼には、自分の気を引くために偽善活動をしているようにしか見えていないのだ。

 シュンと落ち込む姿もまた、彼から見れば、効果がないことにショックを受けたお飾り妻にしか見えないのだろうか。

 実際は、こんな人が国王であることが、先程まで接していた国民達に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 私の容姿が儚いプラチナブロンドと薄いペリドットの瞳だからか、儚げな容姿を利用して、同情を買おうと必死だと、一部の貴族が嘲笑った。

 偽善な慈善活動も、効果をなしていない、と見下している。

 確かに、まだ飛躍的には効果を出せてはいないけれど……何もしないよりは、マシでしょう。

 ああ。陛下へのアプローチとかの話ではなくてよ?



「……」

「お見苦しい部分をお見せしてしまい、申し訳ございません」


 交流していた隣国の魔法使い様が、その嘲笑を不快そうに睨むから、そう謝る。

 パーティー会場内でも、フードを被っているから、異様に目立つ。でも最高の魔法使いの証のローブと言うなら、フードを外せとは言えない。黒髪がはみ出て、かろうじて薄暗い中で顔が見える長身の男性。目も黒いみたいだ。

 私はお飾りだとしても、この王国の王妃だから、下にいる貴族の愚行も上にいる者として謝らないといけない。彼は、そういう立場の人間だもの。


「これでも出来る限りのことを国に尽くしていますが、腐敗を切り落とすほどの力はなくて」


 おっと。つい、毒舌になってしまったわ。

 目の前の魔法使い様が驚いて、黒い目を真ん丸にしてしまっている。

 口元を掌で隠して、オホホと笑って誤魔化す。


「それより、有意義な時間を過ごしませんか? ぜひとも、魔法についてお聞きしたいのです。国民のよりよい生活のために」

「……。わかりました、キララナ王妃様」


 隣国は、魔法最先端の大国だ。手品程度しか魔法を学ばない我が国とは大違い。生活に、魔法をとても活かしている。

 魔法を学べば、困窮者もお金がなくても、少しは快適な生活も出来るはず。

 そのために、少しでもいい話を聞きたくて、根掘り葉掘りを話し込んだ。


 そこで、ヴァージル陛下がやってきた。


「おい。キララナ。いつまで話し込んでいる」

「陛下」

「言っておくが、そうやってよその男と仲良くしても、オレの気を引けぬぞ。諦めろ。不貞だけはするな」


 長話をしてしまったが、そんなことを言われる謂れはない。

 低い声で囁くように注意されたが、魔法使い様には聞こえてしまったようだ。不快そうに眉をひそめている。

 ヴァージル陛下が先に行ってしまったあと、お辞儀をして謝っておく。


「本当に申し訳ございません。滞在中は、こうしてお耳汚しなものを聞くことになるかもしれませんね。どうか聞き流してくださいませ」

「……あなたは大丈夫ですか?」

「はい? 私ですか?」


 心配してくれている目に、クスッと笑ってしまう。


「大丈夫です。()()()()()()()()()()()()()()()、頑張れます」

「!」


 彼だけに聞こえるように囁いて伝えた言葉は、特に思惑があったわけじゃなかった。

 衝動的に言ってしまっただけのことで、このあとに大きな変化をもたらす結果になるとは、予想なんてしていなかったのだ。


「では、また。魔法使い様」

「…………はい。また」



 次に会った時、魔法使い様に直球で“期間限定のお飾り王妃”の意味を尋ねられた時は、ポカンとしてしまったものだ。


「まぁ。直球な方ですわね」


 そう噴き出して声を上げて愉快に笑ってしまったのは、無理もない。

 庭園でよかった。王宮内では、廊下に木霊していただろうから。


 白いガゼボで向かい合って、そこで話をした。


「簡単なお話ですわ。今の夫である国王に、白い結婚を求められて、あと一年で離縁が決まっているのです」

「…………何故? あなたの何が不満だと言うのです」


 理解出来ないと顔を歪めた魔法使い様に、また笑ってしまう。


「いいえ。彼は元々、女嫌いなのです。それ故、今までは婚約を拒否し続けたのですが、先代国王の最後の王命として、私と縁が結ばれたのです。どうやら、彼は私が無理矢理相手に選ばれるように自分を売り込んだという噂を信じたようで、彼が最も嫌う女だからこそ、白い結婚を強いて子をなせなかったことを理由に離縁を押し付けてきたのです」

「……噂だけを信じたと?」

「他に原因がありません。彼とは、ロクな接触がありませんでしたからね。思い込みは根強いようで、先日の魔法使い様相手に気を引こうとしているという発言からして、どうやら私が想いを寄せていると勘違いなさっているようです。おかしな話ですよね。愛の言葉一つ伝えたこともないというのに」


 現国王ヴァージルにとって、王妃は無理矢理妻の座に割って入った自分が好きで好きで堪らない女らしい。どこでそんな妄想を膨らませる要素があったのやら。おめでたい頭で、お笑い種だ。

 女嫌いになるほどに取り合われた経験が多すぎるほど容姿端麗なのだろうけれど、私はそんなアプローチをしたことがないというのに。

 微笑みで留まるけれど、どう転んでも、私が浮かべているのは、嘲笑だろう。


「…………話し合わないのですか? 噂はデマだと」


 もっともなことを言うとは思う。

 でも、私はフッと笑みを意地悪に深めた。


「どうして噂一つを信じて、愚弄する男のために、そんな親切をしなくちゃいけないのです?」


 自分の物差しで私を拒絶し、白い結婚を強いる男だ。

 ただでさえ王命であって、私に拒否権がなかったというのに。

 あの男は、強いたのだ。

 何が悲しくて、親切に教えてあげなくちゃいけないんだ。

 子どもじゃない。ましてや、次期国王だ。諭してあげる年齢じゃないし、そんな立場の人間でもない。

 王命も、二年頑張れば逃げられるなら、乗ってやったまで。



「――――あなたは、とても魅力的な人だ」



 少し、ぽーっと惚けた様子で、彼はポツリと零した。


「…………どうして、そういうことになるんですか? 今の発言をするような女性が好みということですか?」


 ちょっと引いちゃうのが、正直な気持ちだ。

 魔法使い様は、ふるふると首を横に振った。


「あなたはそんな侮辱を受けても結婚をして、立派に王妃を務めていらっしゃる。儚げな容姿はユリのようなのに、棘があるバラのように高貴な心をお持ちだ。お飾りの王妃と言っても、国民のために心を砕いているじゃないですか。困窮者達の生活改善のためにも、生活をよくする魔法を真摯に聞く姿は偽りではないとわかっています。だから、あなたは素晴らしいお方です。とても魅力的な女性です」


 思ったよりも、深い深い褒め言葉。面食らってしまった。


「国民に、罪はありません。お飾り王妃だとしても、出来ることをするまでのこと。それを嘲笑う貴族はかえって炙り出す手間が省けてよかったと思っています。まともな貴族達と交流し、力を合わせて国をよくしていけるのですからね。期限までに、少しでもよくすることが私の目標です」


 あくまで一部の貴族が見下してくるだけのこと。逆にまともな貴族がわかるから、実家の父や兄に手を借りて、動いてもらっている。貴族の務めだ。


「貴族も王族も、あなたのような高潔さを持っていてくれれば、世界中が暮らしやすいだろうに」


 嘆くような口ぶりながら、目は私を熱っぽく見つめて、小さく微笑んでいた。

 …………照れてしまうわ。


「我が国は、あなたへの協力を惜しまない。……もう一つ、確認させてほしい」

「なんでしょう?」

「その離縁の日は、いつだろうか?」


 フードの下の黒い瞳は、じっと私の結婚指輪を見つめたあと、私に答えを求めた。


「どうしてそんなことを聞くのですか?」

「…………。――――――」


 躊躇うように口を閉じたけれど、薄く開いたあと、彼はそれを口にした。




 王妃は国民の支持を高めているが、相も変わらず夫婦仲は冷めている様子。その上、懐妊の兆候も見えない。これはもしかすると…………。

 と、嫌な貴族達は囁き始めた。


 このイヴィト王国では、子が望めないとなれば、それを理由に離縁が許される。可能にするのは、二年からだ。

 だから、ヴァージル陛下は二年の白い結婚を押し付けてきた。王族や貴族は特に、後継者が望めないなら、離縁をして次の相手を求める傾向にあるから。正直、彼はのらりくらり躱して、王弟殿下に後継者を任せる気らしい。難色を示して、王弟殿下にも子作りの催促をそれとなくされたが、笑顔で受け流しておいた。

 王命で白い結婚だなんて、ヴァージル陛下は他言できまい。私も別に契約にはないので言いふらしてもいいのだけれど、それで無用なちょっかいをかけられても困るので、笑顔で受け流す。

 まぁ、父達は知っているのだけどね。


 隣国の魔法使い様達とは、ヴァージル陛下に不貞を疑われて睨まれない程度に交流を深めた。

 一緒に視察に行き、実際の魔法の生活を自ら実演までしてくれて、少しは貧困街の国民に笑顔が増えたと思う。

 慈善活動に精を出す王妃として、充実した日々を過ごした。


 陛下と一緒に参加しなくてはいけない夜会では、この費用を国民に回せればいいのに、と考えるくらいには、仕事漬けである。

 嫌な貴族の夫人達は「まだ懐妊の兆候が見られないのですか?」「急がないと、ほら……ねぇ?」と、心配するような言葉を出しつつも、笑みは見下して馬鹿にしていた。

 こういう目に遭うとわかっていて、ヴァージル陛下は白い結婚を押し付けていたのだろうか。女として価値がないと嘲られる目に遭う。

 それが侮辱されたと受け取った私の最初の怒りだった。しかし、嫌な女と認識している彼からすれば、当然の報いだと思っているのだろう。知らん顔だ。


 さらには、女嫌いとされていたヴァージル陛下に、好ましい女性の影が出来たのだから、これはもう――――容赦しなくていいと思わない?


 相手は、私から必死で隠しているようだけれど、噂では天真爛漫な令嬢だとか。

 …………ハンッ。

 鼻で笑っちゃうわ。

 本当に、私が先代国王に選ばれた理由を知らないのか。未婚の令嬢の中で、優秀で聡明だから。今更ポッと出てきた天真爛漫な令嬢が、次の王妃を務められるというのなら、立派に務めてほしいものだ。



 議会で、ヴァージル陛下は。


「王妃に懐妊の兆候が全く見られない。よって、結婚二年目になる来月に離縁する」


 と、のたまった。よくもまぁ、私に非があるようなことを言えたものだ。

 王弟殿下だけは「早すぎないか」と口出ししたが、陛下は一蹴。

 ごくごく一部の嫌な貴族が、嬉々として賛成の拍手をする。

 父や味方の貴族達は、神妙な表情で頷きだけを見せて、賛成を示した。

 発表したわけではなくとも、社交界では爆発的に離縁の話は広がったらしい。面白おかしく話す嫌な貴族達はそれはそれは醜いと、情報収集をしてくれた侍女は嫌悪を込めて語ってくれた。


 一方通行の想いで、健気なふりして慈善活動に尽力していたが、見事にフラれた哀れな王妃。

 あまりにも相手にされず不憫な女。いつも一人ぼっちな惨めな女。


 と、言いたい放題である。そういう嫌な貴族達に限って、無能なのだ。

 もちろん、まともな貴族達は、その話題には無反応を貫く。間違っても参加などしない。流石、優秀な貴族だ。



 そうして、ついに離縁の日。

 神殿にて、誓いを取り消すための宣誓のサインをする。

 重鎮に交じって、哀れな女を見物しに来た嫌な貴族達も立ち会って、大広間はごった返した。国王と王妃の離縁だ。見物客が多くなるのも当然と、神殿側も対応してくれた。


 二年前、誓いの署名だけをした聖堂で、今度は取り消しのための署名をする。

 先ずは、ヴァージル陛下。それから、私がサイン。

 神殿長が、署名を確認して「今この時、二人は離縁しました」と告げた。


 シンと静まり返った大広間。



「やったぁー!!!」



 両腕を広げて伸びをした私は、やっとお飾り王妃をやめられたことに歓喜して声を響かせた。

 形だけの結婚からも解放されて自由の身が軽く感じて、ドレスの裾を上げて、くるりっと幼い少女のように回ってしまう。


「な、な、何をはしゃいでる!? 気でも触れたか!?」


 信じられないといった顔でわなわな震えた元夫のヴァージル陛下が、声を上げた。


「はい? いたって正気に、離縁を喜んでいますが何か? 喜んでいけない理由がございまして? 陛下もどうぞ喜べばいいじゃないですか。新しい妻を迎えられますよ」


 ステップしてはターンをして、儚いプラチナブロンドを靡かせる。


「はぁ!? お前っ! オレに離縁されたのに喜んでいるのか!?」

「なんです? まさか私がヴァージル陛下をお慕いしているとでも思ったのですか?」


 フッ、と笑ってしまう。もちろん、嘲る笑みだ。

 絶句してしまうヴァージル陛下だけではなく、他の貴族までどよめくから、片腹痛い。


「陛下。私が一体いつ、あなた様を想うようなことを言いました? 義務以外で贈り物を渡していないのに、好意を示したことなんてありまして?」

「…………!!」


 本当。愉快で笑えるわよね。

 くるん、とまた大きくターンして、ドレスの裾を舞い上がらせる。離縁後に、神殿の大広間で喜んで踊るなんて、私ぐらいだろう。


「だ、だが!! お前が、無理矢理婚姻を!」

「そこが間違っていますね。私と陛下の婚姻は、王命です。私の意思などありません。一番優秀で聡明な私を選んだ先代の国王陛下が、頭を下げて命じた王命なのです。そう聞かなかったのですか?」

「はっ……? ち、父上が、頭を?」


 流石に国王が頭を下げてまで取り付けたとは、聞いていないのは無理もないか。


「兄上! 知らなかったのですか!?」


 驚愕で声を上げたのは、王弟殿下だった。


「お前は聞いていたのか!?」

「何故彼女なのかと尋ねたら、一番優秀で聡明で、王妃を立派にこなせる令嬢だからと! 王命だとしても、頭を下げて頼んだと!」

「先代の国王陛下が真摯に頼んで息子の王妃にと望んでくださったので、我が侯爵家も王命に従ったのです。女嫌いの陛下の伴侶を選ばずに、王座を渡すことはどうしても心配だったとのことです。とても素敵な父親ですよね」


 他人事のように笑って見せると、陛下も王弟殿下も、顔色を悪くする。


「じゃ、じゃあ、君は……下心なしで、王妃を務めて」

「当たり前のことじゃないですか。それが王妃になった者の務めです。国民のためにも尽力しました」

「っ……! 何故そうだと言ってくれなかった!?」


 間違った認識をしていた罪悪感で弱々しく震える陛下。


()()?」


 片足を伸ばしては元の位置に戻して、こてん、と首を傾げる。


「何故、勝手に私の悪い噂を鵜呑みにした方に、親切に訂正をしないといけないのでしょうか?」


 柔らかく微笑んで言えば、ぶるっと陛下は震え上がった。


「ずっと、知ってッ……!」

「あなた様は、次期国王となるお方でした。“噂一つに惑わされるな”……なんて、進言してよかったのでしょうか?」

「!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……? ふふっ」


 一国の王であるプライドで、顔を真っ赤にするヴァージル陛下。

 私は彼から目を逸らして、離縁の見物客として来た貴族を見回す。自分は関係ないといった風の顔をした者、動揺で目を逸らす者、青い顔をして俯く者と様々だ。


「私ですら調べられたのに、根も葉もない噂一つを耳にしただけとは……。ずいぶんと未来の王妃である婚姻相手に興味がなかったのですねぇ」

「…………!」


 ぐぅの音も出ないから、ヴァージル陛下は悔しげに睨んでくるだけ。

 事実じゃないか。根も葉もない噂一つだけを信じた。調べるすべなんて、いくらでもあったのに。交流一つすれば、誤解だって解けた。そうする機会も与えなかったのは、彼自身だ。


「夫である国王陛下に、見向きもされない哀れな王妃だと、ぴーちくぱーちく口ずさんでいることを許したのは、あなた様です」


 びくりと軽く震える貴族達だったが、一人の夫人が開き直った。


「結局見向きされなかったことは事実ですし、離縁は成立したので、過去のことです!」

「……」

「な、なんですか!」


 侯爵夫人か。侯爵令嬢に戻った私より上だからと、傲慢な態度。

 しかし、ビクビクしている。小心者のくせに出しゃばるなんて。だから愚かなんだ。


「先代の国王陛下にはご期待に沿えず申し訳ございません、と伝えておきました。ですが、ヴァージル陛下は、もう次の王妃を見つけたようですね。おめでとうございますー。先代国王様の期待に応えられる王妃になれることを応援しておりますね」


 軽薄な応援を、にこやかにしておく。

 一番煌びやかなドレスを身にまとった令嬢に目をやれば、青い顔で身を縮めた。青い色のドレス。ヴァージル陛下の瞳の色。

 嬉々として、この日を待ちわびていたようだけど、果たして私のあとに王妃をやる覚悟があるだろうか? 天真爛漫なご令嬢様?

 これだけでも、これからギクシャクしそうで、笑いの種になる。


 でも、まだまだ、序の口だ。


()()()()()()()()()()()()()()、まぁ、国王陛下が王妃に望んだ優秀な方と、国を治めれば大丈夫でしょう」


 脅しと捉えたのか、ヴァージル陛下は青い顔を引きつらせた。


「キララナ! まさか!」


 ヴァージル陛下としては、白い結婚だったと明かされては不利益。だいたい、王命による婚姻を白い結婚にして、そして議会でも“子がなせない”という理由で離縁を決定させたのだ。どう足掻いても、信用なんて地に落ちる行為をしたと、自覚しているのだろう。

 私がヴァージル陛下への恋に盲目だと誤認していたから、これ以上の惨めな思いをしないために黙っているとでも思っていたのだろうか。アプローチで慈善活動に尽力していたと思い込んでいたくらいだ。ありえる。

 でも、口止めをしなかったのは、本当に失態だ。


「私は言いふらしませんよ。()()()

「……!?」


 不敵に笑って見せる。

 意味深な言葉に、ヴァージル陛下は一瞬安堵しては、困惑を強く浮かべた。


 バンッと、神殿の扉が開かれる。

 小さなダイヤモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を抱えた青年が立っていた。

 その背後では鮮やかな虹がかかり、煌びやかに光る雫が小雨のように降り注ぐ。

 魔法使いが整列し、その後ろでは騎士達が観客を抑え込んでいた。



「キララナ・アンダイル侯爵令嬢。ユリのように可憐な微笑みとバラのように気高き心を持つあなたを、我が()として迎えたい。どうか、この私と結婚してください」



 跪き、紺色のバラの花束を差し出す青年は、魔法使い様だ。

 最高級の魔法使いの証であるローブを着ているけれど、今日はフードを外している。陽射しで黒髪は、紺色と虹の光を受けて、艶めく。黒に見えていた瞳も、紺色だ。落ち着く、深い深い青色。


 求婚。神殿の中も、外も騒然とした。

 もちろん、国民にはまだ離縁を発表していない。けれど、こうして魔法使い様達が待ち構えていたから、観客が集まってしまったのだろう。……多分。


 中の嫌な貴族達も、離縁されたばかりの私が求婚されたものだから、腰を抜かしているようだ。


「もちろんですわ。こちらこそ、ぜひ、あなた様の()にしてください」


 花束を受け取り、微笑んで返すと、彼も嬉しそうに笑みを零した。

 手を差し出すから、バラの花束を片腕に抱えて右手を出すと、手の甲に口付けをされる。うっとりと、熱い眼差しで見上げられるから、くすぐったい。


「き、妃!? 何を言っている!」


 恐れ多くも、プロポーズに割って入るように声を上げたのは、ヴァージル陛下。


「あ、あなたは! 魔法大国ファタシーアの王太子殿下!?」

「何!?」


 王弟殿下の驚きに、ヴァージル陛下を筆頭に、嫌な貴族達が驚きおののく波が広がっていく。

 ちなみに、父と立ち合いに来たまともな貴族達は、冷静に静観。


「あら。ご存じなかったのですか? 私が交流して、国民の生活をよくするために一緒に尽力してくださった魔法使い様達は、魔法大国ファタシーアの王太子ノクト殿下が率いる魔法団です。ノクト殿下は容姿を隠されてはいましたが、名前までは偽っておられません。まさか……私が尽力した国民の生活改善成果の報告書を読んでいないだなんて、仰いませんよね?」


 ダイヤモンドなんて散りばめられた紺色のバラの匂いを嗅いで、不敵に笑いかける。

 怯んだ様子で、押し黙るヴァージル陛下。

 どうせ、図星だ。とことん思い込みで私を嫌ったヴァージル陛下は、私に関する成果など目に入れようとしなかったのだろう。そうでなければ、よく会っていた魔法使い様が魔法大国の王太子殿下だと、気付いたはずだ。

 何より気に食わないのは、国民の生活が改善したという事実を見ようともしなかった性根の腐った国王だということ。狼狽えたところで、胸はすかない。

 同じ思いか、元から不評な相手だからか、ノクト殿下は彼を睨みつける。


「お、お待ちください! 妃? まさか、王太子妃にすると?」


 そこで問い詰めるのは、王弟殿下だ。


「当たり前だ。私は王太子。必然と彼女は王太子妃となる」


 しれっと返すノクト殿下は、離さないと言わんばかりに肩を抱いた。


「で、ですが! 彼女は、元王妃! その、もう、清いお身体ではないのですよ?」

「ああ。清い身体ならば、問題なく王太子妃として迎え入れられる。問題はない」


 恐る恐ると言う王弟殿下に、またもやしれっと言い退けてやるノクト殿下。

 王族は、何よりも純潔を重視する。この国も、そして隣国もそうだ。

 逆に言えば、純潔のままなら、問題なく嫁げるということ。


 サァー、と血の気が引く音を出したのは、ヴァージル陛下だろう。ハクハクと口を震わせる姿に、ようやく少しは胸がすいてきた。


「え? そ、そんな……待ってください。兄上? まさかっ? 嘘ですよね!?」


 王弟殿下も青ざめ、自分の兄の肩を掴んで揺さぶる。


 そう。私が言いふらさなくとも、行動で伝わってしまうのだ。

 感謝してほしい。国中に発表する前に、事実を知ることになったのだから。

 国王陛下が離縁した王妃とは、白い結婚だった。それは隣国の王太子殿下に嫁いで王太子妃になることで、証明される。

 王命だった。ましてや、先代国王が頭を下げて頼み込んだ婚姻。それをヴァージル陛下が事実無根の悪い噂一つで蔑ろにした。

 貴族一同は、騒然とする。


「や、やめてくれ……頼むっ……」


 失墜する信用と支持を想像して恐ろしくなったのか、か細い声を震わせて止めようとするヴァージル陛下がそこにいた。


「何故? 何故、あなた様に、結婚を止められなければならないのでしょうか?」


 こてん、とまた首を傾げる。


「お、王命だ!」


 ついに、暴挙に出たヴァージル陛下に、ため息を零したのは私ではない。

 侯爵の父だ。


「他国の王族との婚姻を阻もうとは、戦争をお望みでしょうか? ヴァージル陛下」

「っ! ち、違うっ!!」


 冷え切った眼差しで見据えられて、たじろぐヴァージル陛下。


「私は先代国王のために、娘を差し出したようなものです。王命で。なのに、離縁した陛下に、娘の新たな婚姻を阻まれようなど……我が娘をなんだと思っておられるのですか?」


 父の静かな怒気は、向かいにいる貴族達にも及ぶ。

 王命として王妃をしっかり務めていた私の謂われない悪い噂を耳にした父も、はらわたが煮えくりかえっているのだ。


「先月、離縁を決定した場で、すでに我が侯爵家は爵位の返上を申し出て、昨日受理されました。我が家は、すでに隣国の住人です。無用な軋轢を生まないように、撤回をした方がよろしいかと」

「なッ! そ、そうだった、ッ……!」


 私に白い結婚を突き付けて、その後も態度を改めないから、我が侯爵家はこの王家には見切りをつけていた。引退した先代国王にも、手紙だけは送るつもりだ。

 愚弄した王家が悪い。しっかり言い聞かせなかった先代国王と、女嫌いの偏見で王命の意味をよく考えなかったヴァージル陛下も。一足先に、信用なんて失墜している。

 娘である私を蔑ろにしたヴァージル陛下が治める王国には、もういられない。それが家族の総意だった。国民のために努力している私を嘲笑う腐った無能の貴族達にも辟易したため、移住という決意もずいぶん前に出来て、母はすでについてきた使用人一同と、先月から隣国で暮らしている。


「な、なんてことを……ハッ!」


 王弟殿下はヴァージル陛下を責めたけれど、後押しした重鎮を見て息を呑んだ。

 静観している冷静な彼らを見て、わなわなと震えた。彼らは、いわゆる王妃派の派閥だ。


「知って、いたのか……?」

「はて? 自分達はただ、キララナ様が離縁後は隣国に嫁ぐかもしれないと話に聞いただけですが? キララナ様の家族が一丸となり、隣国の民の生活改善を手助けした功績が大きく評価されて、爵位を授かるそうですな。なんて優秀な一族でしょう」


 公爵様が鼻の下の髭を撫でながら、しれっと返す。

 それだけの情報で、彼らには十分だった。

 彼らも私が行動をともにしていた魔法使い様がノクト王太子殿下だと知っていたし、この国で行った魔法による生活改善策は、隣国の民にも大きく影響した。もちろん、いい方向で。父は母と兄とともに頻繁に向かい、実績を積んだ。優秀なのは、私だけではない。家族みんなが優秀なのだ。


 もうこの国を見限って、隣国に移住する。

 これで彼らの腹も決まっただろう。

 噂一つに踊らされて白い結婚をした愚行も、王命として引き留めようとした暴挙も。

 現国王を見限るには、十分な光景を見た。

 冷めた眼差しに軽蔑と失望の色を乗せた彼らに、これ以上ないほどに顔色を悪くする。


「身を粉にした王妃様を失うことは、国民にとって()、大きな失望になるでしょう」

「「――――!」」


 事実を告げられて、カタカタと震える陛下と王弟殿下。

 国民も、優秀な重鎮達も、大きく失望。王家の信頼なんて、吹けば消えるようなロウソクの小さな火と化しただろう。


 やはり、私を引き留めたがるヴァージル陛下は、情けなくすがる目を向けてきた。

 ニッコリ笑顔で、拒否の姿勢を示す。

 絶望の表情を浮かべるから、今度こそ胸がすく。


「では、想いを寄せる隣国の王太子殿下の元へ嫁ぐので、さようなら」


 ノクト王太子殿下と腕を絡めて、花束を抱えた腕で小さく、ひらりと手を振って見せた。


「……想いを寄せてくれていたのですか?」

「まぁ、酷いですわ。想ってもいないのに、自ら嫁ぐような女だと思っていたのですか? 想っているからこそ、求婚に応じたに決まっているじゃないですか」


 見事に慌てふためくノクト殿下に、クスクスと笑ってしまう。


 ちゃんと、一年前のあの日。

 離縁の正確な日にちを尋ねられて『あなたに求婚をしたいからです』と告げられた時に、しっかりと向き合うことを決めていた。

 一緒に国民のことを考えて、魔法でよりよい生活が出来るように力を尽くしながら、想っていたもの。

 他国の民のためにも、真摯に考えてくれる彼を。ちゃんと想った。

 そういう素振りは控えていたのは、当然だ。白い結婚とはいえ、既婚者だったのだから。


「もう人妻ではないので、ちゃんと想いを伝えますから。あなたも、もう遠慮はいらないですよ?」

「っ……。ああ……初めて会った日から惹かれていた。求婚に応えてくれてありがとう。愛している、キララナ」

「ふふ、私もですよ。ノクト様」


 紺色のバラの花束を代わりに持ってくれたノクト殿下と腕を組んで、鮮やかな虹をくぐる。

 光の雫は、触れても濡れない魔法の小雨だ。

 観客の国民が、私に気付き、手を振ってきたので、振り返す。


「もう王妃ではないのに……」と、ノクト殿下が国民の声援にむくれるから、愉快で笑ってしまった。


「あなたって、本当に私を笑わせてくれますね」

「……初めて言われた」


 熱く見つめてくるノクト殿下に深めた笑みを返す。


「さぁ、行きましょう。あなたのお城へ。連れて行ってください」

「あなたの城になる。我が妃よ」


 ちゅっとまた手の甲に口付けをしたノクト殿下の一行とともに、私は隣国の城へ向かった。




 イヴィト王国の現国王と王妃の離縁は、国中に衝撃を与えた。

 しかし、貧困街の住人には、すでに移住の手続きを済ませて、移り住む国民も多くいる。信用出来ない国に置き去りに出来なかった私が掛け合って、実現させたことだ。

 だって、私が取り組んでいるという理由で改善成果の報告書も読まなかった国王よ? 新しい王妃候補だってしっかり取り組んでくれるとは思えなかったもの!

 私の家族が賜った領地で、新しい生活を始めている。


 重鎮は王家と距離をとり、自分の領地の安全確保に努めているそうだ。王宮に足を踏み入れることも極端に少なくなったとか。中には結託して、独立や隣国への吸収を望む話し合いもされ始めたと、友人達から情報を得た。


 イヴィト王国の元王妃と、隣の魔法大国ファタシーアの王太子殿下の婚約発表には、周辺国の目は酷く冷めたものとなった。もちろん、向けられる先は、イヴィト王国だ。主に、ヴァージル国王。

 彼は先代の王命による婚姻だと吹聴してしまっていた。不満たらたらな言動のせいで、王命を蔑ろにして白い結婚をしたと周囲に知られてしまい、肩身が狭い。国内でも外でも。

 結局、件の令嬢と婚姻を結び、ともに名誉挽回をしようとしたが、新しい王妃を国民が受け入れてはくれなかった。元王妃を蔑ろにした現国王が選んだ新しい王妃。私の真似事をしようにも、魔法大国の協力は得られるわけもないし、そもそも、もう国民達の生活は整った。他に国民のためにすることを見つけられず、途方に暮れているとか。

 持ち前の天真爛漫な性格を活かして、社交界で愛想を振りまいているけれど、国王陛下に幻滅した貴族達は見向きもしない。彼らにはなんとか王弟殿下も説得を試みているが、信用回復は困難。媚びへつらう貴族達は、無能ばかりで役にも立たない。

 奔走している彼らは、かなり老け込んだとか。




 婚約期間一年を経て、求婚された日に贈られた紺色のバラを、裾に飾り付けた純白のドレスをまとい、結婚式を迎えた私は、キララナ・ファタシーアとなり、王太子妃となる。

 愛する魔法使い様、ノクト殿下と結ばれて。



 誓いの口付けを交わして、微笑み合った。


 砕けたガラスのようにキラキラと舞う光は、ぶつかり合いながらカランと甲高い音を奏でて煌めき、紺色と白の花びらが空から無限に降り注ぐ。空には花の花火が盛大に打ち上げられる。


 そんな素敵な魔法で祝われた結婚式で、私は愉快に笑わずにはいられなかった。







先週の月曜日に思い付いて、あらすじだけ書き留めていたのですが、

なんとなく今日手につけてみたら書けたので投稿しました!


ちょっとサクッとざまぁ書きたいな、から始まったんです。

サクッと読めたら、幸いです!



2023/09/03