国王と王妃は仲が悪い

作者: くずもち

 デラルーシ王国のオスカー・ヘクトリア王とレミリア・ヘクトリア王妃の仲はすこぶる悪い。

 レミリア王妃は、かつてデラルーシ国と戦争していた国の出身で、何年も前に和平したとき両国の友好のあかしとして当時のオスカー王太子に嫁いだ。

 要するに政略結婚である。


 しかし政略結婚であるとしても、彼らの関係はあまりにも冷え切っているということで有名だ。



 今年20歳になるベネッタは、そんなレミリア王妃の侍女となることになった。


「初めまして、ベネッタと申します!今日からレミリア様のお付きに配属されることになりました」


「ベネッタさんですね・・・今日からよろしくお願いします。私はエリナと申します。わからないことがあれば何でも聞いてください。後輩の指導も仕事のうちですので」


 新しい職場に期待半分不安もあったが、先輩たちもとても丁寧で品が感じられる人たちばかりだ。ここならなんとかやっていけそうだとベネッタは安心した。


「それでさっそく質問なのですが、よろしいでしょうか」


「ええ、どうぞ」


「オスカー様とレミリア様の仲が悪いという噂は本当のことなのでしょうか」


「・・・公の場では、お二人とも取り繕っているというのは事実ではありますね」


「オスカー様はレミリア様のことを一度も本名で呼ばず、王妃とだけでしか呼ばないというのも・・・?」


「それも事実ですね」


 やはり王と王妃の仲が悪いというのは本当のことだったようだ。ずっと昔からレミリア様の侍女をしている先輩が言うなら間違いはない。


「ベネッタさん、それでは私についてきてください。本格的にお仕事を始める前にレミリア様に挨拶をしておきましょう」


「わかりました」




 そうしてベネッタはレミリア王妃のいる部屋に案内された。


「初めまして、レミリア王妃。今日から侍女として働かせてもらうことになります。ベネッタと申します」


「初めまして、ベネッタ。わたくしのことはレミリアと呼んでくれてかまいませんよ」


「恐れ入ります。それではレミリア様と呼ばせていただきます」


 レミリア王妃は話で聞くよりもずっと美人であった。()(とお)るような銀色の長い髪と淡い青色の目はまるでこの世のものとは思えないほどである。


「ゴホッゴホッ・・・」

 

「レミリア様、大丈夫ですか?!」


 突然せき込みだしたレミリアに、ベネッタが慌てた様子で駆け寄る。


「気にしないでください。わたくしは昔から体が弱くて病気がちですの。これぐらいはいつものことなので問題ありません」


「さようでございますか・・・しかし本当にしんどい時は遠慮せずにお申し付けください」


 レミリアの言葉にベネッタはしぶしぶうなずく。主人を心配する気持ちはまだあるが、当の本人が大丈夫と言っているのであれば、引き下がらないわけにもいかない。


「ところでベネッタ、あなたはどんなことが得意なのかしら?」


「侍女として必要なことはたいてい修めているつもりですが、あえて言うなら、髪を結ったり切ったりするのは得意です」


「髪を結う・・・それなら今まさしく必要な人材ですね。エリナもそう思いませんか」


「そうですね、今日の豊神祭ほうしんさいにぴったりです」


 エリナがそう答えて、ベネッタはなぜ自分がいま必要な人材と言われたかを察した。


 豊神祭ほうしんさいとは毎年この時期に行われる祭事で、作物の実りを神に感謝するというものだ。神への感謝の言葉と来年も豊作であるようにという祈りの舞が披露された後に、豪勢な食事がふるまわれる。

 この豊神祭では髪を独特の形に結い上げるという風習がある。別に外部の人間にそれを頼んでもいいが、身内で髪をセットできるならそれに越したことはない。他国出身のレミリア王妃なら余計にその傾向が強い。



 ベネッタはここ最近レミリア王妃のお付きになるということで忙しかったため、今日が豊神祭であるということをすっかり忘れていた。


「では恐れながら、レミリア様の髪を結い上げさせてもらいます」


「ベネッタ、よろしく頼むわね」


 そうしてベネッタは侍女として初めての仕事にとりかかった。



 * * *



 レミリアとベネッタたちは豊神祭の会場に向かって歩いていた。豊神祭は例年通り、外で執り行う予定だ。


 しずしずと歩くレミリア王妃の髪は豊神祭仕様に結い上げられている。

 その横では、ベネッタが満足そうな顔で歩いている。髪をセットするという初めての仕事に緊張していたが、自分の納得できるほどの出来に仕上がった。レミリアからもよい出来栄えだとお褒めの言葉をいただいた。



 その時、脂ぎった顔の男がレミリアに話しかけてきた。


「おお、これはレミリア王妃、今日も麗しゅうございますね」


「ごきげんよう、ドメニク男爵」


 ドメニク男爵と呼ばれた男はレミリア王妃に対して礼もせずに、出っ張った自分の腹をさすっている。ここにいるということは、彼も今から豊神祭の会場に向かう予定なのだろう。


「貴公のご活躍のうわさはよく耳にしますよ。たぐいまれな商売の腕で、ドメニク家をさらに発展させているらしいですね」


「いえいえ、これも全ては()()()()()()ひいては()()()()()()()のためでございます」


「これからの活躍も期待しています」


「ありがたきお言葉に感謝いたします」


 言葉こそ丁寧だが、ドメニクのレミリアを見る目つきには、どことなく敵意が含まれていた。


 ベネッタは周りに聞こえないように小声でエリナに尋ねた。


「先輩、あの人はいったい誰ですか」


「ドメニク男爵は昔から王国を支える古株の貴族の一人です。レミリア王妃の出身のヘデラル帝国が我がデラルーシ王国と戦争していた時を知っている世代ですね。そのためレミリア様に良い感情を抱いてはおられないようです」


「そんな、その戦争だってずいぶん昔に終わったことじゃないですか」


「終わったからと言って、ヘデラル帝国が我が国の敵国だったという事実は変わりません。その因縁は古い貴族ほどいまだに根に持っているようです」


「それでもレミリア様はずっと王国に献身なされたじゃないですか!それなのに出身で人を見るなんて・・・」


「王国の貴族たち全員がベネッタさんのような考えの持ち主でしたらよかったのですけれど」


 残念そうにつぶやくエリナを見て、ベネッタはかけるべき言葉を失った。ベネッタは胸に悔しさを抱きながら、レミリアとドミニク男爵の様子を見守る。



「――いやはや、レミリア王妃とオスカー陛下は仲睦まじい理想の夫婦であるとうわさでございますよ。全くうらやましいですなぁ」


「そうですか」


「しかし私は心配なのです。最近の王妃と陛下はどうもぎくしゃくしているような気がしましてね・・・私でよければご相談に乗らせていただきます」


「問題ありません。わたくしとオスカー様は良好な関係を保っています」


「良好な関係ですか?それはおめでたいことですね。では私の勘違いだったということですか。いやぁ、もし一国の王と王妃の関係性が悪いとなったら一大事ですからね、どうやら杞憂のようで安心しました」


 ベネッタはドメニク男爵のあまりの無礼さに怒りを抑えきれなくなった。


「ドメニク男爵、レミリア様に対してそれはあまりにも失礼――」


「ベネッタさん、おやめなさい」


「・・・・・・すみません」


 しかしエリナに抑え込められ、ベネッタはしぶしぶ一歩下がった。


「おや、このドメニクに何か不満でのあるのかね」


「・・・ございません」


「それならいいのだ。ただの侍女ごときが私に口出ししようなど、おこがましいにもほどがある」


 ドメニクはベネッタに詰め寄った後、気を取り直したかのようにレミリアの方に向き直った。


「話は変わりますが、レミリア王妃は今から豊神祭に向かう途中だとお見受けしました。そこで一つ、僭越せんえつながらわたくしめがこのデラルーシ王国日伝わる豊神祭の逸話をお聞かせしましょう」


「ありがとうございます」


「実はこの豊神祭というのは意外と歴史の浅い神事でございまして、それというのも我がデラルーシ王国では・・・・・・これは失敬、レミリア王妃はヘデラル帝国のご出身であらせますから、デラルーシ王国の逸話なんぞに興味はございませんな」


「そのようなことはございませんよ」


「いえいえ、気になさらなくて結構でございます。興味がないのはお互いに同じでありますから」


 皮肉気に言い放つと、ドメニク男爵は笑いながら立ち去って行った。その様子を黙ってみていたベネッタであったが、さすがに我慢の限界になって声を荒げた。


「なんなのですか、今のは。あんなに失礼な人は初めて見ました!」


「ベネッタ、落ち着きなさい」


「レミリア様、これがおちついてなどいられましょうか!あんな無礼なものなど、裁判にかけて逮捕してしまえばいいのです!!」


「ベネッタ、少々声が大きいですよ」


 レミリアに注意され、ベネッタはハッと冷静さを取り戻した。そして気まずそうにうつむいた。


「すみません、ちょっと取り乱してしまいました・・・」


「先ほどのことですが、(わたくし)は本当に気にしていませんよ」


「なぜですか・・・?」


「この国に嫁ぐとき、一部の方からはこのように反感を持たれるだろうなと覚悟していたからです。両国の平和のためならば、わたくしはどのような感情だって受け止めるつもりです。

 それにエリナや、そしてあなたのような良い人々に出会うこともできました。この国に来て、むしろ良かったとさえ思っているのです」


 ベネッタはこの言葉を聞き、心から感動した。この世にはここまで美しいひとが存在するのだと。


「――レミリア様はお優しすぎます」


「そうでしょうか?私からすれば、あなたのほうがよっぽど優しい心を持っていると思います。他人のためにあんなに怒ることができる人はなかなかいません」


「・・・そんなこと当たり前です。それに私とレミリア様は他人同士ではありません。主従の関係で結ばれています」


 レミリアは少し驚いた表情を見せてから笑っていった。


「そうですね、私たちはもう他人同士ではありません」


「はい!」


 ベネッタは元気よくうなずいた。



 * * *



 レミリア一行が豊神祭の会場につくと、ベネッタはその豪勢な様子に思わずため息をついた。


「規模が大きいですね…配属された初日からこんな催しがあるなんて緊張してしまいます」


 するとエリナが云った。


「これでもほかの催しと比べると規模は小さいほうですけどね」


「こんなに人が集まっているのに規模が小さいほうなんて・・・すごいですねぇ」


「感心してばかりはいられませんよ。オスカー陛下に挨拶しないといけません」


 ベネッタは奥のほうに座っているオスカーを見遣った。レミリアと同じく年若いオスカーは、遠目からでも一国の王としての風格を漂わせていた。

 ベネッタは正直言ってレミリアと仲の悪いオスカーと会うのはあまり気が進まなかったが、立場上そんなことは言えない。



 レミリアたちはタイミングを見計らってオスカーのところに近づいた。近くで見るオスカーには遠目で見た時よりも威厳があった。黒い髪を短く切りそろえ、デラルーシ王国の伝統衣装に身を包んでいる。

 レミリアから彼に声をかける。エリナやベネッタなどの侍女たちはレミリアの後ろで黙ってはべっている。


「ごきげんよう、オスカー様」


「レミリアか、遅かったな」


「遅れまして申し訳ございません。少し調子が悪うございました」


 実際はドメニク男爵の一件で予定より遅れてしまったのだが、そんなことは全くなかったかのようにふるまった。


「そうか、豊神祭ももうすぐ始まる。早く自分の席に着き給え」


「はい」


 オスカーはそう言ってレミリアに自分の隣の席を示した。豊神祭では王と王妃は隣同士で座り、侍女は別のところで参加する決まりになっている。いくら今代のオスカー王とレミリア王妃の仲が悪いといって、このしきたりは変わらない。


 レミリアがオスカーの隣に座って、エリナたちに向かって言った。


「あなたたちはもう行っていいですよ」


「それでは私たちはここで失礼させていただきます」


 エリナたちはオスカーとレミリアに恭しく礼をしてから、侍女のために用意されている席に向かった。




 豊神祭はつつがなく進行していった。

 初めに豊かな実りを神に感謝する祝詞のりとが唱えられた。もっとも、今年は豊作どころかむしろ凶作といってもいい収穫量だったが、この豊神祭では関係のない話だ。


 次に神にささげる剣舞が披露された。舞ったのは剣の使い手として名高い50台の男性であった。ベネッタはこのような舞を見たのは人生で初めてのことであったが、無駄のない流麗な踊りに目を奪われた。


 そして最後に立食パーティーが行われた。ここではその年にれた作物を使った料理がふるまわれる。豪華な食事に舌鼓を打つのもよし、ほかの貴族に声をかけコネクションを作るのもよしと、最も盛り上がるはずだったが――事件が起きた。


「なんだか騒がしいですね。どうしたのでしょう」


 ベネッタはオスカー王やレミリア王妃の座っているほうを見てそうつぶやいた。


「どうやらトラブルがあったようですね」


「レミリア様は大丈夫でしょうか・・・」


 その時一人の若い男がベネッタの視線の先から、こちらに走ってきた。どうやらベネッタたちに何かを伝えに来たようだ。


「レミリア王妃の侍女の方々はいますか!」


 レミリアの侍女を最も長くやっているエリナが進み出た。


「私はレミリア様の侍女であるエリナでございます。いったいどうされましたか」


「実はですね――」


 若い男はエリナにそっと耳打ちすると、エリナははっと目を見開いた。普段はどんなときであっても冷静な彼女が、感情を表に出すのは非常にまれなことであった。


「なるほど、承知いたしました」


 ベネッタが遠慮がちにエリナに尋ねる。


「何があったのですか?」


「聞いて驚かないでください――レミリア様が倒れました」


 エリナは小声で言った。





 レミリア王妃が倒れた。その報告を聞いたエリナたちは急いでレミリアのところに向かった。


「レミリア様、大丈夫ですか!」


 エリナがレミリアを抱きかかえる。高熱を出したレミリアの体からは汗が噴き出している。呼びかけても荒い息を吐くばかりで返事はない。


「ベネッタさんたちはレミリア様を医務室に運び込んでください。私はここに残ります」


「了解しました」


 レミリアが運ばれて行くのを確認すると、エリナはオスカーに当時の様子を尋ねた。


「陛下、レミリア様は倒れる直前どんなご様子でしたか」


「突然息が荒くなったと思ったら、急に倒れたな」


 ついさっき自分の妻が突然倒れたとは思えないような口ぶりで言った。


「ほかには何かございませんか。周囲に不審なものがあったなど」


「レミリアが急に倒れて驚いてしまって、周囲を確認するどころではなかったのだ。力不足で申し訳ないが、私にはこれ以上のことは何もわからない」


「それは失礼いたしました。ではレミリア様のご様子を確認してまいります」


「もしレミリアが起きていたら、私が心配していたと伝えておいてくれたまえ。私も豊神祭が終わったらレミリアの見舞いに行くとしよう」


「承知しました」


 エリナはそう言って恭しく一礼した。



 * * *



「レミリア様・・・」


 ベネッタはベッドの上で横になっているレミリアの手をそっと握った。

 先ほどまで苦しそうにうなっていたのとは打って変わって、静かに呼吸をして眠っている。どうやら命に別状はなさそうだと、ほっと一安心する。


 ガチャ――扉を開けてエリナが入ってきた。


「ベネッタ、レミリア様の容態はどのようですか」


「一時は危ない時もありましたが、今は安定しております」


「そうですか・・・それを聞いて安心しました」


 エリナはレミリアに近づいた。


「エミリア様、豊神祭が終わったら、オスカー陛下が見舞いに来てくださるそうです。もう少しの辛抱ですよ」


 妻が倒れても心配するそぶりすら見せなかったオスカー王が見舞いに来たところでレミリア様が元気になるものか。ましてや、すぐに見舞いに来るのではなく豊神祭が終わったらなんて、一応妻を心配しているポーズをとっているだけにすぎないくせに、とベネッタは思ったがもちろん口には出さない。


「エリナ先輩、豊神祭ってあとどれぐらいで終わるのでしょうか」


「祝詞の読み上げも剣舞も終わり、今は立食パーティーの途中なので、あと3時間弱といったところでしょう」


「では、余裕を持ってあと2時間程度で陛下を受け入れることのできる体制を整えないといけませんね」


「受け入れ態勢を整えるといっても、そこまでやらなければいけないことも多くないので、2時間もあれば十分でしょう」


 エリナの予想通り、ベネッタたちは部屋の掃除やレミリアの看護、主人が神事の途中で倒れてしまったことでのオスカーや貴族たちへの謝罪を、わずか2時間足らずで終わらせた。



 そして豊神祭が終わり、オスカーが貴族を引き連れてレミリアの寝ている部屋にやってきた。


「王妃はまだ寝ているのか?」


 エリナが「はい」と答える。


 すると貴族たちがオスカーに媚を売り始めた。


「全く、陛下はお優しいですなぁ。王妃の見舞いにわざわざ出向かれるなど、よっぽど徳が高い方でないとできませんよ」


「王妃は仮にも私の妻だからな、見舞いぐらいしないと後々が面倒だ」


「陛下は先のことまで見通されているのですね。さすがでございます」


 オスカーが部屋に入ろうとすると、図々しくも貴族も一緒に入ろうとしてきた。エリナはあくまでも下手に彼らを注意する。


「申し訳ありませんが、ここから先に入るのは遠慮してもらえないでしょうか。レミリア様の見舞いにいらっしゃるのはオスカー陛下だけだと聞いておりますので」


「君はレミリア王妃の侍女だったね。君はもう少し柔軟性というのを身につけたほうがいいと前々から思っていたのだ」


「申し訳ありませんが、部屋にお招きすることはできません」


 エリナがかたくなに態度を変えないでいると、貴族はちっと舌打ちした後帰っていった。


「ではオスカー陛下、こちらへどうぞ」


「うむ」


 オスカーを部屋に招き入れ、外から中の様子が見えないようにエリナは扉を閉めた。


 オスカーはレミリアの横に座って、彼女の顔を黙って見つめた。するとオスカーは眠っているレミリアに静かに語り始めた。


()()()()、見舞いが遅れてすまない。豊神祭の途中、私の胸は貴女への心配で張り裂けそうだった」


 ベネッタはあまりの衝撃に開いた口がふさがらなかった。レミリアに語り掛けるその様子は、まるで本当に彼女のことを心配しているかのようだった。


 するとレミリアの目がゆっくりと開いた。


()()()()、起きたのか!」


「オスカー様、ここは?」


「覚えていないのか?貴女は豊神祭の途中で倒れてしまって、ここに運び込まれたんだ」


「そうでしたか・・・すみません、ご迷惑をおかけしてしまいました」


「迷惑なんてそんなことはない。もとは言えば貴女の体の弱さを知りながら、豊神祭に出席させようとした貴族ども悪い」


「ふふ、それでは一番悪いのはわたくしになってしまいますわよ。この豊神祭に出席すると最終的に決めたのはわたくしなのですから」


「いや、私は別のそんな意味で言ったわけではない。ただ・・・」


「わかっていますよ、オスカー様はお優しいですからね。それにこの豊神祭に出席したのは結果から言えば間違いでした。倒れてしまったわたくしが悪いというのは事実なのです」


「そうか・・・」


 ベネッタは目の前の光景が衝撃的過ぎて何の言葉も出なかった。

 普段、冷血国王で通っているオスカーが今はまるで別人かのようだ。それにオスカーが来てからレミリアが目覚めるなど、これではまるでおとぎ話のような――


「愛の力ですね・・・」


 隣でエリナがそうつぶやいた。――エリナは意外とロマンチストだった。


「それにしても貴女が無事で本当に良かった。もし貴女になにかあったらと思うと・・・」


「大丈夫ですよ、この腐ったデラルーシ王国を少しでもより良い国にする――その志の道半ばで死ぬほどわたくしは弱くありません」


 そう言ってレミリアはオスカーをやさしく抱擁した。


 ベネッタはもう何も考えないようにした。




 後に、ベネッタはエリナに尋ねてレミリアとオスカーの関係性を詳しく知ることになる。レミリアはデラルーシ王国とヘデラル帝国の和平の駒としてオスカーに嫁ぎ、そんなレミリアとオスカーの仲は政略結婚だとしても非常に悪い。これが一般的に信じられている事実だ。


 しかし真実は違う。デラルーシ王国にはいまだにヘデラル帝国に恨みを募らせる者もいる。特にそれは古株、つまり力を持っている貴族に多い。そんな状況下でレミリアとオスカーが仲良くしていたら、貴族たちの不満はいずれ爆発してしまうだろう。

 そこでレミリアとオスカーは仲の悪いふりをしているのだった。この真実を知っているものはレミリアとオスカーの周りにいるごく一部の人だけだそうだ。



「でも先輩は前に言いましたよね。オスカー様とレミリア様は公の場では取り繕っているって」


「はい、実際に取り繕っているではありませんか」


「え?」


「実際には仲がいいのに、()()()()()()()取り繕っているでしょう」


「あー」


 本当のことを言われただけだが、ベネッタはなんだか騙された気持ちになった。