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お兄様達と一緒

 





 朝の一件はともかく、生徒会の仕事を終えたお兄様達と教室へ向かう。


 生徒会室は第二校舎の三階にあるため、同じ第二校舎の二階にある三年生の教室に近い。


 二階の階段でエカチェリーナ様とはお別れだ。


 少し寂しげな雰囲気だったので「昼食は一緒に摂りましょう」と言えば、思い出したのか、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。




「では昼休みにまた参りますわ」




 そう言って颯爽と階段を降りて行った。


 お兄様が「ああ見えてしばらく引きずるだろうから、気にしてやってくれ」とこっそり言われた。


 わたしもエカチェリーナ様だけが仲間外れになってしまったようで少し可哀想に思っていたので、自分から積極的に話しかけていこう。




「さあ、私達も教室に行かないと」




 お兄様が歩き出し、それについて行く。


 教室は階段から一番離れた場所にあった。


 わたし達が教室に入ると、お兄様やロイド様、ミランダ様へ貴族の子息やご令嬢達が挨拶の言葉をかけてくる。


 それにお兄様達も「おはよう」「おはようございます」と慣れた様子へ返している。


 このクラスの顔触れはそう変わらないのだろう。


 お兄様達の後ろにいるわたしにクラスの人々が僅かに騒ついた。


 一年生に入るべきわたしがここにいるからだ。




「皆、聞いて欲しい」




 お兄様の声に騒めきが一瞬で止む。


 誰もがお兄様を見た。




「ここにいるのは私の妹であり、王女であるリュシエンヌだ。リュシエンヌは今日入学した。そして同時に三年生へ飛び級することとなった」




 それに生徒達が顔を見合わせた。




「飛び級って、あの飛び級?」


「受かった者がほとんどいないらしいぞ」


「一学年どころか二学年も越えて?」




 囁くような声が重なり、また騒めきが起こる。


 そのどれもが驚きの言葉だった。


 飛び級制度は学院創立当初からあったが、それを使用した者も少なく、受かった者は更に少ない。


 だからみんなが疑問を感じるのも分かる。




「リュシエンヌはニコルソン男爵と結婚するために在学期間は一年となる。そのため私は学院で学んだことをこの二年間、全てリュシエンヌへ教え続けた。そして飛び級試験を受けて合格したのだ」




 大半の生徒がなるほどという顔をした。


 お兄様が勉強を教えていたから、わたしは二学年分の試験を受けることが出来たのだと理解したのだろう。


 実際、お兄様から教わらなければ合格には至らなかった。




「歳は私達より下だが、一年生、二年生の試験を受けて合格した以上は私達と同じ学力を持ち、私達と同じ教室で学ぶ友となる」




 騒めきが止む。




「妹を一年間よろしく頼む」




 お兄様の言葉にわたしも一歩前に出る。




「皆様、こんにちは。リュシエンヌ=ラ・ファイエットと申します。お兄様の仰る通り、わたしは歳下で、同じ学年にはなりますが、皆様の後輩となります。同じ教室で学ぶ者として、後輩として一年間、王女という立場を気にせずに話しかけていただけたら嬉しいです。どうか、よろしくお願いいたします」




 自分に出来る精一杯の美しい礼を執る。


 シンと静まり返った教室に心臓がドキドキする。


 ……歳下は受け入れられないかな。


 そう不安に感じた時、パチパチと手を叩く音がした。


 ハッと顔を上げればその音が増えていく。


 そしてあっという間に教室内は拍手に包まれた。




「王女殿下、凄いです!」


「そのお歳で二学年も飛び級するなんて!!」


「これからよろしくお願いします!」


「残り一年、一緒に頑張りましょう!」




 クラスの人々から温かい言葉が送られる。


 喜びと安堵で胸がいっぱいになった。


 お兄様がわたしの頭をそっと撫でる。




「良かったな」




 わたしは大きく頷いた。




「はい、皆様ありがとうございます!」




 受け入れてもらえた。


 その事実がただただ嬉しかった。


 振り向けば、ルルが眩しそうに目を細めて私を見ていた。


 ……ルル、わたし頑張るよ。


 この場所で、あと一年、ルルと結婚するまで。


 ルルの相手として恥ずかしくない成績を残して。


 ルルと一緒に頑張りたい。


 そっとルルが近付いてくる。


 言葉はなかったけれど「頑張れ」と言われた気がした。


 だからわたしは一番の笑顔でルルを見上げた。


 それにお兄様が苦笑し、クラスの人達から「王女殿下と婚約者は相思相愛だ」と微笑ましく、少しだけ羨ましく思われることになったのだけれど、わたしがそれを知るのはもう少し後の話である。








* * * * *









 前世とよく似た入学式を終えて教室に戻る。


 護衛の騎士とルルは廊下で待機している。


 授業中は基本的にそうなるらしい。


 全員、それぞれの席に着くが、席順は試験の結果順になるので一番前の一番窓際がお兄様、その後ろがわたし、ロイド様、一つ飛んでミランダ様という風になった。


 わたしが二位の席に着くとクラスの人達は目を丸くしていた。


 ……そうだよね、わたしもビックリだよ。


 試験では手応えも感じたし、やれるだけやったけど、まさか二位なんて思わない。


 上位を目指すという目標は最初から達成出来てしまい、現在はこの成績を保つことが目標だ。


 わたしは前世の記憶があって二位だが、後ろの席にいるロイド様はそういうものがなくてその成績で、わたしとの差もほぼない。


 お兄様もそうだけど優秀過ぎる。


 もし前世の記憶がなければ、上位に入るなんて無理だったはずだ。


 原作のリュシエンヌが成績上位のクラスにいても、上位でなかった理由が分かる。


 学ぶ機会の多い王族であったのにそうなのだから、学院の試験も相当に難しい。




「静かに! まずは出席を取ります。名前を呼ばれた生徒は返事をしてください」




 教室に入ってきた女性の教師が教壇に立つ。


 出席番号一番のお兄様から名前が呼ばれ、返事をしていく。


 この出欠席の確認をしっかり聞いていく。


 出来るだけクラスメイトの名前は覚えておきたい。


 そうして全員の名前が呼ばれ、全員が出席していることを確認すると、教師がまず自己紹介をした。




「今年一年間、みんなの担任になりますアイラ=アーウェンといいます。科目は魔法の座学を担当しますので、よろしくお願いします」




 それでは、と今度は生徒の方の自己紹介が始まった。


 当然一番のお兄様から始まっていく。




「アリスティード=ロア・ファイエットだ。二年間同じクラスだった者ばかりだから知っているだろうが、今年もよろしく頼む」




 あっさりとした挨拶にぱらぱらと拍手が起きる。


 お兄様が席に座ると、今度はわたしの番だ。


 席を立ち、クラスメイトを軽く見回す。




「改めて初めまして、リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。ご存知かと思いますがアリスティードお兄様の妹で、皆様より二歳年下です。飛び級で入学して学院のことは分からないことだらけなので、色々と教えていただけたら嬉しいです。よろしくお願いいたします」




 浅く会釈をするとお兄様の時と同じく、拍手が起こる。


 それにニコリと微笑んで席を着く。


 わたしが座るとロイド様が立ち上がった。




「アルテミシア公爵家次男、ロイドウェル=アルテミシアです。今回は王女殿下に負けてしまいました。ですが次はもっと頑張ります……今年もよろしくね」




 わたしへパチリとウインクして、それからロイド様が柔らかく笑った。


 おどけたような柔らかな調子の言葉に拍手と小さな笑いが広がった。


 その後も、そのような感じで全員が挨拶をしていく。


 一クラス三十人ほどなのでそう時間はかからなかった。


 それが終わると成績の上位十名に先生からバッチが配られた。


 魔法式でよく使われる六芒星を模したものだ。




「飛び級で入学した人もいるので説明しますね。この校章は各学年の上位十名にのみ配られるものです」




 先生の説明によると、このバッジを付けている者は学院内で様々な恩恵を受けられる。


 学院内で個人の休憩室が借りられる。


 訓練場を一時間単位でだが貸切で利用出来る。


 カフェテリアを無料で利用出来る。


 教師の許可が必須だが、いくつかの授業の免除。


 細かな点まで上げると本当に驚くほど色々な利点がある。


 ただし十位から外れたらバッジは回収されて恩恵を受けられなくなるため、皆、努力を怠れない。


 ちなみにわたしも魔法の実技の授業を申請すれば、免除出来るらしい。お兄様がこっそり教えてくれた。


 でも魔法を実際に目に出来る時間なので出ようと思っている。


 バッチは目につきやすい胸元に付けるそうだ。


 ……一年間カフェテリア無料は大きいなあ。


 それからいくつかの教材が配られ、その日は解散となった。


 教室にはロッカーがあり、それぞれ鍵付きで、教材や教科書などを置いておけるようで、ほとんどの人はそうしている風だった。


 ……お兄様は二年間毎日教科書を持って帰って来てくれていたけれど、重い鞄で大変だっただろうな。




「お兄様、ありがとうございます」




 ロッカーに教科書などを仕舞いながら、横で同じ作業をしているお兄様へ言う。


 お兄様が小首を傾げた。




「何がだ?」


「一年と二年の時に、わたしに勉強を教えてくださるために教科書を持って帰ってきてくれていたのでしょう?」


「ああ、そんなことか。どうせ私は馬車で登校しているしな、別に大変じゃなかったよ」




 お兄様はそう言って微笑んだ。


 本当に気にしていない様子だった。


 ……お兄様って身内にはすごく甘くて、世話好きというか、優しいよね。


 わたしも見習ってもっとルルやお兄様に優しくしないと、と思う。




「アリスティード様、リュシエンヌ様」




 呼ぶ声に顔を向ければ、エカチェリーナ様が鞄片手に教室の後ろの出入り口に立っていた。




「そっちももう終わったのか」


「ええ、皆様も?」


「ああ」




 お兄様とエカチェリーナ様が話している。


 ……二人とも美男美女で並ぶととても絵になる。


 ほう、とそれを眺めていれば、二人が振り向いた。




「そうだ、リュシエンヌ、校内を案内しよう」


「それは良い案ですわ」




 二人の柔らかな眼差しに頷き返す。




「是非お願いします」




 ロイド様とミランダ様は生徒会室に戻って仕事をするそうで、二人は並んで先に教室を出て行った。


 ロイド様とミランダ様も意外と良好な関係を築けているらしい。


 腹黒なロイド様と勝気なミランダ様が思っていたよりも馬が合ったのだろう。


 廊下に出るとルルがわたしの鞄を持ってくれた。




「リュシー、お疲れ様〜」




 囁くように言われてわたしも返す。




「ルルもお疲れ様。ずっと立ってて大変だったでしょ? これからお兄様とエカチェリーナ様が校内を案内してくれるっていうんだけど、大丈夫?」


「大丈夫だよぉ」




 片手で鞄を持ったルルがへらりと笑う。


 差し出された腕にそっと手を添える。


 ……うん、やっぱりルルのエスコートが一番落ち着く。


 別に普段の生活の中ではあまりエスコートする理由はないのだが、わたしもルルも出来るだけ近くにいたいので、エスコート出来そうな時はしてもらっている。


 お兄様とエカチェリーナ様が「仕方ないな」みたいな感じで口角を僅かに引き上げる。




「第一校舎は必要ないだろう」


「そうですわね、あちらには一年生の教室がありますし、三年が行く機会もないでしょうから」




 お兄様とエカチェリーナ様が頷き合う。




「そうなのですか?」


「ああ、第一校舎は一階に一年生の教室、二階に二年生の教室、三階は一年二年用の実習室、四階に上位十名の休憩室がある。第二校舎の一階に職員室と保健室、学院長室などがあり、二階が三年生の教室、三階が生徒会と三年の上位十名の休憩室があり、屋上となっている」


「図書室はないのですか?」




 お兄様が「あるぞ」と言う。




「図書室とカフェテリアはそれぞれ別で建物がある」




 ……それはすごい。


 カフェテリアは一度行ったけれど、図書室が別の建物としてるだなんて、それはもう図書館ではないか。




「昼食を持って来たから、案内が終わったら今日は生徒会の休憩室で食べよう。カフェテリアはまた今度だな」


「昼食を持って来たのですか?」




 午前中に終わると聞いていたので、わたしは持って来なかった。




「ああ、皆で食べられるくらいはある」


「まあ、そうなんですの?」


「……下校時間が被ると会うかもしれないだろ、あの男爵令嬢と」




 お兄様の若干歯切れの悪い言葉に、なるほどと納得する。


 下校時間をズラすために最初から学院で昼食を摂って帰るつもりだったようだ。


 エカチェリーナ様が苦笑する。




「大変ですわね」


「ああ、まあ。そんなことよりリュシエンヌの案内だ。第二校舎に図書室に、訓練場、カフェテリア、行くところは沢山ある」




 お兄様に促されて、すれ違うクラスメイト達に挨拶を済ませてからわたし達は歩き出す。




「そういえば、校内を歩き回って大丈夫ですか? 男爵令嬢に会ってしまったり……」




 心配して言えば、お兄様が首を振る。




「いや、一年は午前中いっぱいかかるから問題ない」




 そこまで考えた上でのことだったようだ。


 よほど男爵令嬢に会いたくないのだろう。


 ……まあ、朝の件を思えばそうだよね。


 男爵令嬢に会う心配がないからか、お兄様の足取りはどことなく軽やかだった。







 

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