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孤児院の慰問(1)

 






 十三歳になり、公務が増えた。


 本来は十二歳の段階であるはずだったのだけれど、旧王家のわたしが国民に受け入れられるかという点で問題があり、ようやく今になって公務として行えるようになった。


 それは孤児院への慰問である。


 慰問という名目だが、実際は王都内にある孤児院を無作為で選び、貴族達がきちんと受け持っている孤児院への支援などをしているか確認する意味もある。


 ここで問題があれば、その孤児院を受け持っている貴族に改善を命令することが出来るのだ。


 それによって孤児達の生活も良くなる。


 旧王家の圧政によって孤児となった子供達は多い。


 十二歳になって、公務としての慰問はなかったけれど、孤児院にいる子供達がどういう経緯でそこへ来たのかについては読んでいたし、お兄様が書類などを確認する時にも一緒に見させてもらっていた。


 今、孤児になる子供は少ない。


 現在孤児院にいる子供の半数以上は旧王家の時代、税が払えずに親が殺されたり、無理をした親が亡くなったり、どうしても子供を育てきれずに孤児院に置き去りにするなどでやって来た。


 実は娼婦の子は孤児院に預けられることが少ない。


 女の子なら娼婦として育てられるし、男の子なら娼館の護衛目的で育てられることもある。


 特に男の子は孤児院ではなく、幼少期に商業ギルドや闇ギルド、冒険者ギルドなどに入ってそれぞれの道を歩んでいくそうだ。


 ……そう、冒険者ギルドがこの世界にはある。


 魔法があるだけでも驚きだけど、この冒険者ギルド、聞いたところ、何でも屋に近い。


 行商人達や貴人などの護衛、薬草採取、動物の狩り、他にも戦争が起こった場合は傭兵として国に雇われることもあるらしい。


 街から街へ渡り歩く者が多いとか。


 よくあるゲームのように魔獣の討伐なんていうのはないらしい。


 何でも昔々は魔獣と呼ばれる生き物もいた記録が残っているそうだが、人間に駆逐され、現在はおとぎ話の存在に近い。


 子供達はそれぞれのギルドで知識や経験を積み、やがて独り立ちするのである。


 ルルもそうして育ったらしい。


 元は娼館で生まれ育ち、その後は闇ギルドへ預けられて暗殺者の道に進んだ。


 その間の詳しいことは言わなかったが。


 ……いつか教えてもらえたらいいな。


 あと、ルルはとある侯爵家を父に、没落した男爵家の娼婦を母に持つそうだ。


 意外にも血筋はれっきとした貴族であった。


 本人はそれを全く気にしていないようだけど。


 話は逸れたが、とにかく、旧王家のせいで孤児になった子供は多い。


 孤児院では成人まではいられるので、下は赤ん坊から上は十六歳前までの子供達がいる。


 旧王家の血筋のわたしが歓迎されることはまずないだろう。


 それでもわたしは行くことを決めた。


 王女でいる間はその責務を果たさねばならないし、そういうことから逃げたままではいけないと思う。


 馬車に揺られながらドレスを見下ろす。


 今日は動きやすいシンプルなものを選んだ。


 色も汚れが目立ち難い濃紺で、汚れてもいいと思って着てきた。


 髪も邪魔にならないように結い上げてもらった。


 化粧も殆どしていない。


 ただ目元を隠すレースだけはしている。


 小さい子達はいいかもしれないが、それなりに大きな子達はきっと旧国王が琥珀の瞳を持つと知っている。


 ギィ、と馬車が揺れて停まった。


 どうやら今日の慰問先に到着したようだ。




「リュシエンヌ、行けるか?」




 初めてなのでお兄様と一緒の慰問である。


 それに頷き返す。




「はい、大丈夫です」




 ルルも傍にいる。


 護衛の騎士達もいるが、わたし達を護衛する数は少なく、残りは孤児院全体の警備に当てられる。


 馬車の扉が開き、まずはルルが降りた。


 次にお兄様の従者が降りて、お兄様が、最後にルルの手を借りてわたしが降りる。


 騎士達が警備する中、孤児院の責任者だろう老齢の女性が丁寧に礼を執った。




「王太子殿下と王女殿下にご挨拶申し上げます」




 歳はとっているが、ピンと伸びた背筋と朗々とした声に挨拶をされた。




「頭を上げてくれ」




 お兄様の言葉に女性がゆっくりと顔を上げた。


 その枯葉色の瞳がお兄様からわたしへ向けられ、柔らかく細められる。




「本日は妹のリュシエンヌも一緒だ」




 お兄様の言葉に礼を執る。




「リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。孤児院へ足を運ぶのは初めてで、至らぬ点もあるかと思いますが、本日はよろしくお願いいたします」




 女性が「あら、まあ……」と目を丸くする。




「この孤児院の院長を務めておりますアイシャ=フィースと申します。私のような下々の者にそのようにかしこまらないでください、王女殿下」


「いいえ、フィース様は先生です。礼を尽くすのは当然です」


「先生とおっしゃいますと?」




 院長の女性が目を瞬かせる。




「わたしは孤児院の子供達と接したことがありません。どのように接すれば良いのか、また、どのような孤児院が理想なのか、知らないことが沢山あるのです。そしてそれらを知っていらっしゃるのはフィース様です。孤児院で働く方は全員わたしの先生とも言えるでしょう」




 知識で知っていても実際に見なければ分からない。


 体験し、学び、そこから得たものを自身で考えることで理解出来る。


 前世のわたしだって孤児院がどんな場所なのかは知っていても、普段、どのように暮らしているかは知らない。


 だから今日は知るために、学ぶために来た。




「確かに、それは先生と呼べますね」




 フィース様が嬉しそうに微笑んだ。




「もしわたしが良くないことをした時は、子供達へするように叱ってください」




 そう言えば冗談だと思ったのかフィース様が穏やかに「そのようなことがあれば」と笑いを漏らした。


 ……わたしは本気なんだけどなあ。




「立ち話はよくありませんね。どうぞ中へお入りください」




 フィース様に案内されて中へ入る。


 この孤児院は教会付きではないようだ。


 中へ入ると小さな応接室へ通された。


 職員の一人がお茶を運んできてテーブルに並べると、すぐに退室していった。


 どうやら王族を前に緊張したらしい。


 お茶を出す手が少し震えていた。


 ルルと従者が、わたしとお兄様のお茶を毒味する。


 フィース様は嫌な顔一つしなかった。




「王女殿下は孤児院へいらっしゃるのが初めてだとおっしゃっておりましたが、孤児院についてご説明させていただいてもよろしいでしょうか?」




 フィース様の言葉にわたしは頷いた。




「是非お聞かせいただきたいです」


「かしこまりました。では、まず孤児院がどのような場所かというところからお話させていただきます──……」 




 孤児院は名前の通り、孤児、つまり身寄りのない子供達を引き取り、成人まで養う施設である。


 孤児と言っても様々だ。


 両親を亡くした子、育てられずに捨てられた子、訳ありで手元に置けない子、両親の虐待から逃れた子……。


 それぞれの子供にそれぞれの理由があると言っても過言ではない。


 孤児院は国や貴族、教会からの援助によって成り立っている。


 それらの違いは簡単に見分けられる。


 まずは教会付きの孤児院。


 こちらは教会の庇護を受ける孤児院で、国と教会の援助により運営され、子供達の世話は共に暮らすシスター達が行う。


 もう一つは独立した孤児院。


 こちらは国と特定の貴族の援助により運営される。


 そのため、どちらも一長一短だ。


 教会付きの孤児院はどこもほぼ同じ水準の暮らしや最低限の計算や読み書きを教わることが出来て、どの孤児院も平等だ。だが逆を言えばそれ以上は期待出来ない。


 独立した孤児院は受け持つ貴族によって異なるため、最低限の教育しか施さない無関心な貴族もいれば、教育や暮らしに力を入れる慈善活動に熱心な貴族に当たることもあり、それぞれの孤児院で差が出てしまう。


 特に後者では受け持つ貴族によって貧富や教育に顕著に差が出るため、子供の未来がそれで決まってしまうこともある。


 孤児達に最低限どの程度の教育を施すべきかといった定めはなく、各孤児院に任せられているのが現状だ。




「どうして定めないのでしょうか?」




 わたしの疑問にお兄様が答えてくれた。




「難しい問題なんだ。例えば男爵家の受け持つ孤児院と公爵家が受け持つ孤児院があったとする。その両方に同じだけの水準の教育を行わせるために、どちらか一方の水準に合わせることは出来ない」


「……男爵家を基準にすると教育水準が低く、公爵家を基準とすると、男爵家の負担が大きくなってしまうからですか?」


「ああ、高位貴族と下位貴族の教育と同じ理由だな。間を取っても、結果的に爵位の低い家の負担は大きい。それに家によっては生活支援だけで手一杯で教育までは無理だというところもある」


「それなのに受け持つのですか?」


「貴族としての義務だからな。経済的にどうしても難しいという場合は外すことも可能だが、貴族という立場に誇りを持つ者達は多少無理をしてでも受け入れているようだ」




 そういう家が受け持つ孤児院はどうしても他の孤児院に比べたら生活や教育の質は落ちてしまうだろう。


 しかし法で定めるには難しい。


 足りない分を国が補填するにも限度がある。




「孤児院への予算の分配はどのような決め方でされているのでしょうか? それぞれの孤児院に均等割りですか?」




 わたしの問いにお兄様が頷く。




「ああ、そうだ」


「人数割りにはしないのですか? それぞれの孤児院の子供の数は違いますし、子供の数で計算して分配した方が平等なのでは?」


「以前はそうしていたが人数の水増しがあったり、子供の数が変動したりするため、一律になった」




 お兄様が無理だという風に首を振る。




「変動?」


「それについては僭越ながら私からお話させていただきます」




 フィース様がそっと声をかけてくる。


 フィース様の説明によるとこうであった。


 孤児院の子供の数の水増しを行なったのは受け持つ貴族であったり、孤児院の院長であったり、職員の場合もあったが基本的に水増しされた分は横領されていたという。


 下手をすると子供達のための金すら満足に使われない孤児院もあったそうだ。


 それに加えて孤児院の子供の数は変わりやすい。


 一年の間に増えることは勿論だが、逆に減ることも多い。


 成人したり、早いうちから職人などに弟子入りしたりして住み込みの場所を見つけて出て行く子もいれば、孤児院の集団生活に馴染めず逃げ出してしまう子もいた。


 逃げ出した子供は大抵貧民街へ行ってしまう。


 貧民街の子供達は盗みやスリをして日々暮らしているが、そこから孤児院へ来た子供はほとんど元の貧民街へ戻ってしまう。


 貧民街の子供達も集団があるが、孤児院での暮らしは規則が多く、無法地帯で育った子供達には窮屈過ぎるらしい。


 そのため人数割りしても増えたり減ったりするため、あまり意味がない。


 それならば最初から一律にし、毎年どの程度の額が支払われるか公表しておくことで横領をし難い状況を作っている。




「制度が変わったおかげで、それからは毎年決まった額が入ってくるので孤児院としてはとても助かっているのです」


「そうなのですね」




 だが、とお兄様が言う。




「今のままではまだ不十分なんだ。孤児達が職につきやすくするためにも、教育の制度を定めたいと私は思っている。……今すぐには無理でも、必ず」




 お兄様の言葉にフィースさんが微笑む。




「そうなればきっと子供達はもっと自分の望む道を歩めるでしょう」


「ああ、私はそれを目指したい。そのためにも色々なことを学び、経験し、知っていく必要がある」




 自分の手を見つめ、握ったお兄様は真剣な表情で、フィース様はまるで我が子の成長を見つめる母親のように柔らかな表情を浮かべていた。




「それでは子供達の生活についてもご説明いたしましょう」




 子供達は基本的に自分のことは自分で行わなければならない。小さな子などは年上の子達が面倒を見る。


 この孤児院は職員がいるけれど、どちらかと言うと運営を手伝うことが目的で、子供達の世話をするための人員は少ない。


 教会付きだとシスター達のように子供を見守る大人がいるが、人数が限られている独立した孤児院はそうもいかないというのが現状らしい。


 自分達の生活する建物を掃除し、片付け、簡単な読み書き計算を習い、年上の子供達は食事を作るのを手伝う。


 子供達と職員とで作ったものを売ることもある。


 それらは大抵、街の人々や貴族達が寄付の代わりに購入し、金は孤児院の運営に当てられる。


 そうすることで細々とやっていけている。




「子供達にはつらいことですが、早いうちに自立して生活出来るように教育しております」




 自分のことは自分で行い、生活出来るように。


 物を作り、それを売ることで働くことを覚えさせる。


 きっとわたしより小さな子も大勢いるだろう。


 ……わたしは本当に恵まれている。




「それが嫌で逃げてしまう子もいるのですが……」




 フィース様が悲しそうに眉を下げた。


 子供に物事を教えるのは大変だろう。


 説明しても理解してくれないことだってある。


 子供の為が、子供にとって楽とは限らない。


 普通の家庭で育った子供が遊んでいるのに、親に甘えているのに、自分達はそれらが出来ないと思うと理不尽だと感じるだろう。


 それを子供が呑み込むのは難しい。



 

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