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話し合い

 






 それから三日後。


 お父様とお兄様と話し合うことになった。


 二人に送った手紙には『洗礼の日に見た夢のことで話がしたい』といった内容で書いた。


 お父様は了承の返事があり、お兄様からは『私も話したいことがある』という返事が届いた。


 王城へ馬車で向かい、到着すると、お父様の側近の一人が出迎えに来てくれていた。


 その側近がお父様のところまでの案内役らしい。


 わたしとルルとでその人の後ろをついて、王城の奥へ進んでいく。


 迷路のような廊下や階段を右へ左へ結構な時間歩くと、ようやく目的地へ到着する。


 側近が扉を叩き、中からの誰何の声に答えると許可が下りた。


 側近がゆっくり扉を開ける。




「案内ありがとうございます」




 そう言えば、側近はニコリと微笑んだ。


 扉を抜けて部屋の中へ入れば、お父様だけでなく、既にお兄様も待っていた。


 わたしとルルが入室すると背後で扉が閉まる。




「リュシエンヌ、こちらへ座りなさい。ルフェーヴルもリュシエンヌの横へ」


「はい」




 お父様の斜め前にある三人がけのソファーにルルと並んで座る。お兄様は向かい側のソファーにいる。


 わたしが座るとお兄様が紅茶を淹れてくれた。


 お礼を述べてから一口飲む。


 ……美味しい。


 そう言えばお兄様が嬉しそうに「練習したからな」と笑った。


 テーブルの上にはお茶請けだろうお菓子が置かれている。


 室内にはお父様とお兄様、わたしとルルの四人だけで、使用人も側近もおらず、人払いされていた。




「それで、洗礼の日の夢について話したいということだったが。どのような夢を見たか教えてくれるか?」




 お父様の問いに頷き返す。


 緊張するわたしの手をルルがそっと握ってくれる。


 ルルに大丈夫だと笑いかけて、お父様とお兄様へ顔を向けた。




「はい、その夢はわたしがファイエットの家に引き取られてお兄様と出会うところから始まっていました──……」




 前世やゲームといった内容は省き、わたしは原作のリュシエンヌが辿る物語を二人へ語ることにした。


 夢の中のわたしは我が儘で贅沢三昧で、使用人や周囲の人々に当たり散らすような人間だったこと。


 お兄様やお父様とは不仲だったこと。


 ロイドウェルが婚約者になったこと。


 学院に入学すると一人の少女が同じ時期に入り、お兄様やロイドウェルがその少女に惹かれていったこと。


 夢の中のわたしはそれが気に入らなくて、お兄様や婚約者を取られたくなくて、その少女に酷い虐めを行うこと。


 それ以降のお兄様ルートとロイドウェルルートのそれぞれハッピーエンド、トゥルーエンド、バッドエンドについても説明した。


 全て説明するだけでも一時間以上かかってしまったが、それでも二人は真剣に耳を傾けてくれた。




「以前開いた園遊会でその少女を見かけました。夢の中よりも幼い姿でしたが、確かに少女で間違いないと思います」




 お兄様が「あの時の令嬢か」と呟く。




「アリスティードはその少女と既に面識があるのか?」


「いえ、直接会ったことはありません」




 お父様の問いにお兄様が首を振る。




「そのご令嬢は園遊会でバラに髪を引っかけてしまい、それをメイドに外させ、退席させるよう指示を出したのですが、それについて感謝の手紙が送られてはきています。返事はしませんでした」




 それは知らなかった。




「それにそのご令嬢は最近、私の側近達に近付いているようです。それだけでなく私やロイドウェルの行く先々で姿を見かけることが度々あったため警戒して避けております」




 ……ヒロインちゃん、行動力あるねえ。


 攻略対象は五人。ルルを合わせて六人。


 その全員に近付こうと思ったら、それこそ毎日攻略対象達がいそうな場所を回っていくしかないだろう。


 お父様が眉を寄せた。




「行く先々に? 情報が漏れているのか?」


「いえ、それはありませんでした」


「ふむ……」




 お父様とお兄様、似た顔の二人が同じ表情を浮かべている。




「こちらはルルが闇ギルドに調査を依頼した、その少女の報告書です。どうぞご確認ください」




 ルルが持ってきていた書類の入った封筒をお父様に渡す。


 お父様が書類を取り出して、少し読んだ後、お兄様を近くに呼び寄せて二人で読み始めた。


 読んでいく中で段々と二人の顔が険しくなる。


 時間をかけて最後まで読み終えた二人が顔を上げた。




「何だこの令嬢は?」




 お父様が手元の書類を不気味なものでも見るかのような顔で見下ろした。




「性格も問題がありそうだが、言動が理解出来ない。意味の分からない言葉に、アリスティードやその側近達と会うことへの異様な執着……」




 前世を知らない人間からしたらそう見えるだろう。


 しかもそのためにこの一年近く、オリヴィエ=セリエールは毎日街や王城の近くをうろついている。


 お兄様が嫌そうに顔を顰めた。




「リュシエンヌ、ルフェーヴル、実は私もリュシエンヌと同じ夢を洗礼の日の夜に見た。父上には話してあったんだ」


「えっ? お兄様も?」


「ああ」




 思わずまじまじとお兄様を見る。


 ……もしやお兄様も前世の記憶が……?




「私の場合はリュシエンヌとその少女が学院に入ってからを主に見たが、内容は同じものだと思う。私も私と少女の未来、ロイドと少女の未来、そしてその時のリュシエンヌがどうなるかというものだった」




 ……そういうわけではないみたい。




「その夢があったからお兄様はオリヴィエ=セリエール男爵令嬢を避けていたのですか?」


「あの令嬢に関わると良くないことになりそうだったからな」




 お兄様が頷き、そして溜め息を零す。




「ロイドを含めた側近達が夢のようにならないように注意はしておいたんだが、上手くいかなかった。この報告書の通り、その令嬢と知り合ってしまった」




 肩を落とすお兄様の背を励ますように、お父様が触れる。


 お兄様はお兄様なりにヒロインちゃんへの対策を講じていたみたいだけど、ヒロインちゃんの行動力の方が一枚上手だったようだ。




「これから側近達には婚約者が出来る。もしその令嬢と親しい関係のままそうなれば、夢と同じ出来事が起こる可能性が高い」


「彼らの婚約者になった方々が、男爵令嬢を虐めるかもしれないということでしょうか?」


「ああ。そうなった時、悪いのは側近達なのに、虐めを行った婚約者達の方が不利になってしまう。彼らの婚約者は皆それなりに地位の高い家になるだろうから、醜聞は避けたい」




 ……まあ、虐めはダメだけど、そもそもヒロインちゃんが婚約者のいる男性に近寄ってるわけだしね。


 いくら正しくても暴力を振るってはいけない。


 でも口で注意しても話を聞かない相手だったなら、そういう風に分からせるしかないと思ってしまうのだろう。


 原作のリュシエンヌは苛烈な性格だったようだけど、ゲームでも、まずはお兄様やロイドウェルに近付かないよう警告していた。


 何度か行い、それでもヒロインちゃんは攻略対象達から離れなかった。


 それどころかますます親しくなっていく。


 だからリュシエンヌも、攻略対象の婚約者達も、それが悪手と分かっていても虐めにまで発展してしまったのではないか。


 もしヒロインちゃんが弁えていたら。


 もし攻略対象達が筋を通していたら。


 虐めは起きなかっただろう。




「しかし、この令嬢はルフェーヴルを好いているようだが……」




 お父様の言葉にお兄様が困った顔をする。




「ええ、そのようです。それなのに私の側近達に近付くので正直困っています」




 そこまで話していてふと疑問が湧く。




「そういえば、男爵令嬢はルルのことを狙ってるみたいだったけど、園遊会の時もわたしの誕生パーティーの時も、近付いてきませんでしたね?」




 もし前世の記憶があるならルルの顔も知ってるはずだが、接触して来なかった。


 ルルは隠しキャラとして早い段階で公開されていたから顔を知らないということはないと思う。




「多分、リュシエンヌの誕生パーティーには出席していない。もし来ていたら私も顔を覚えているはずだ。だがあの令嬢は園遊会で初めて見た顔だった」


「そうなんですね」




 それなら園遊会が初めての社交場だったのか。


 ルルが「ん〜」と首を傾げる。




「園遊会の時、その男爵令嬢はオレの顔は見てないよぉ」


「そうなの?」


「うん、一瞬だけ向こうの顔を確認したけど、興味ないから背を向けてたしねぇ」


「そっか」




 ……なるほど、顔を見ていないのか。


 見上げた先でルルが「ん?」と小首を傾げ、長い髪がサラリと揺れる。


 そういえば原作のルルは髪が短かった。


 茶髪はこの国では大勢いるし、髪型や服装が違うから、後ろ姿では分からなかったのかもしれない。


 園遊会の時は結構距離もあったから尚更だ。




「だが、それではどうやってこの令嬢はルフェーヴルを知った? お前の情報を男爵家の令嬢が購入するには無理があるだろう?」




 お父様の言葉にわたしとルルは顔を見合わせた。


 ……お父様とお兄様には前世の話をしていないから、男爵令嬢がルルを知ってること自体がおかしいんだ。


「確かに……」とお兄様が訝しげな顔をする。




「あの、もしかしたら男爵令嬢もお兄様やわたしのように夢を見たのかもしれません。だからルルを知っていて、夢の通りに動こうとしている、とは考えられませんか?」




 実際、お兄様も夢を見て、その通りにならないように行動に移している。


 彼女の前世の記憶も夢と表現すれば、それなりに辻褄が合うのではないだろうか。




「なるほど」


「言われてみればこの令嬢の行き先は私達がよく出掛けたり通ったりする場所ばかりだ。私やリュシエンヌと同じく彼女も洗礼の日に夢を見ていたと仮定すれば、私達の前に現れるのも不思議はない」




 お父様とお兄様が頷く。


 洗礼の日の夢が特別だという言い伝えがあって良かった。


 お兄様が少し嫌そうな顔をしている。


 ……まあ、見知らぬ人間に自分の行動範囲を知られた上に、先回りして待ち伏せされて嬉しい者はいないだろう。




「アリスティードもリュシエンヌも、この男爵令嬢とは距離を置きたいということで意見が一致しているようだな」


「はい、父上」


「はい」




 お父様が考える仕草を見せた。




「リュシエンヌはともかく、アリスティード達の方は早めに婚約者を定めて発表してしまった方が良いかもしれない。その上で再度彼らに注意を促し、出来る限り男爵令嬢と距離を置かせるのはどうだろうか。それぞれの家にも伝達させておこう」




 お父様の言葉にお兄様が頷いた。




「そうですね、今の段階では令嬢は何もしていませんし、今後も何事もなければそのまま放置しておけば良いでしょう」




 ルルが膝に肘を置いて頬杖をつく。




「ええ〜、それだけぇ? いっそのこと表舞台から引きずり下ろしちゃえばいいんじゃないのぉ?」


「止せ。その男爵令嬢もまたこの国の民の一人だ。罪を犯していない者を徒らに傷付けるのは許可出来ん」


「面倒だねぇ。まあ、リュシーもそういうのはあんまり乗り気じゃないからしないけどぉ」




 わたしはクッキーを取り、つまらなさそうな顔をするルルの口元へ差し出した。




「殺すのはちょっと避けたいけど、もし男爵令嬢がルルに言い寄ってきたらわたしも容赦しないよ?」




 ルルがぱくりとクッキーにかじりつく。


 わたしはわたしだけど、リュシエンヌでもある。


 だからわたしの中に原作のリュシエンヌのような苛烈な部分は確かに存在している。


 普段はわたしの意識の方が強いだけだ。




「その時は王女の権力を使ってでもその男爵令嬢をルルから引き離すし、何なら二度とわたし達の前に出てこないようにセリエール男爵を脅したって構わない」


「リュシエンヌ」




 わたしの言葉にお父様が眉を寄せ、怒ったような、困ったような顔をする。




「ごめんなさい、お父様。でもわたしにとってはルルが全てなんです。ルルを他の誰かに取られるなんて想像するだけで頭がおかしくなりそうなくらい怖いんです」




 もしヒロインちゃんにルルを奪われたら、奪われそうになったら、わたしは何をするか分からない。


 そう言えばお父様もお兄様も小さく息を吐いた。




「リュシエンヌも出来る限りその男爵令嬢に近付かないように。ルフェーヴルも接触は避けるんだ。……リュシエンヌを守るためにも」




 わたしが権力を私利私欲に使えば誰もが前王を思い出すだろう。


 この琥珀の瞳がそれを彷彿とさせるから。


 わたしは前王家とは違うという姿勢を見せ続けなければならないのだ。




「分かってるよぉ。オレだってあんなのに近付きたくないしぃ?」




 わたし、ルル、お兄様はヒロインちゃんに近寄らないようにするということで決まった。


 他の攻略対象達は早々に婚約者が決められ、各々の家が攻略対象達を監視してくれれば良いのだが。


 ……あまり期待は出来ないけど。


 何せヒロインちゃんは正しい選択肢を知っている。


 それはつまり、攻略対象達との仲の深め方を熟知しているということでもある。


 他の攻略対象なら別に構わない。


 でもルルだけはダメだ。


 そしてお兄様やロイドウェルに近付いて悪役王女わたしを破滅させようとするのも。




「大丈夫だ、リュシエンヌ。私は絶対に男爵令嬢に惹かれたりはしない」




 お兄様の言葉に頷き返す。


 お兄様は原作のお兄様とは違う。


 そしてヒロインちゃんも。


 原作の流れは既に崩れ始めている。


 強制力や主人公補正なんかは多分ない。


 ここは現実の世界なのだから。






 

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