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リュシエンヌ、知る

 






 王都の街中をオリヴィエは歩いていた。


 今日はドレスではなく、町娘がよく着ている流行りのワンピースに身を包んでいる。


 その可愛らしい容姿は道行く人々の視線を集めており、オリヴィエの機嫌を良くしていた。


 ……やっぱりヒロインはどうしても目立っちゃうわよね!


 前世のオリヴィエはそこまで目立つ容姿ではなかった。


 メイクなどでそれなりに可愛くしていたが、それもいわゆる量産型の作った可愛さで、メイクを落とせば凡庸な顔であった。


 けれども今のオリヴィエはメイクをしなくても可愛らしく、メイクをすれば誰もが振り返る整った顔立ちで、体型は痩せ型だが、その華奢な体は顔によく合っている。


 あの園遊会の一件以降、オリヴィエは毎日のように街に出掛けていた。


 理由はもちろん、攻略対象達との出会いイベントを起こすためである。


 ゲームでは当たり前に出会っていたけれど、現実では、いつ出掛ければ会えるのかは分からない。


 もう半年も続けているので、街に出るのは日課になりつつある。




「でもそろそろ会いたいわよね」




 最初に狙っているレアンドルは一番攻略しやすいキャラクターなのだ。


 会ってしまえばこちらのものである。


 ……何で会えないのかしら。


 こういう時はヒロイン補正などで出会えるのが鉄板のはずなのに。


 考え事をしながら歩いていたせいか、ドンと何かにぶつかった。




「きゃっ?!」


「わっ?」




 弾みで体が後ろへ倒れかける。


 けれども、がしりと誰かに腕を掴まれた。


 ハッとして目を開ければ、そこには今オリヴィエが望んでいた人物がこちらを見つめていた。




「ごめん、大丈夫か?」




 ……来た!!


 明るい茶髪に同色の瞳の、わんこ系キャラ。


 レアンドル=ムーランがいた。


 レアンドルはオリヴィエの顔を見ると目を瞬かせた。




「あれ? あんた、前に王城であった園遊会にいた……」




 その言葉にオリヴィエも目を丸くする。




「え?」




 確かに園遊会には出たが、攻略対象達には会っていない。


 オリヴィエが首を傾げつつ体勢を立て直すと、レアンドルが腕から手を離した。




「えっと、ごめんなさい、覚えてなくて……」




 オリヴィエが困ったような顔をすれば、レアンドルが手を振った。




「あ、いや、直接会ったわけじゃないんだ。あの日、バラに髪が引っかかって困ってただろ?」


「はい」




 本来なら攻略対象達が来るはずだったのに、見知らぬメイドがやって来て、かなりガッカリしたのだ。


 だからオリヴィエはよく覚えていた。




「あの時、あんたのところに行ったメイドは殿下が指示したんだ。髪や服が乱れているのを異性に見られたくないだろうって」


「そうだったんですね」




 ……つまり攻略対象達は私のことを見たってこと?


 じゃあ出会いイベントは発生してたのね!


 それなら無理して毎日街に出る必要はなかったのかとオリヴィエは思いながらも喜んだ。




「殿下のお気遣いに感謝します。確かに、あの時に声をかけられたらきっと困ったと思います」




 そう言えばレアンドルの表情が明るくなる。




「そっか、そうだよな!」




 レアンドルは騎士を目指している。


 そして王太子であるアリスティードを主君と仰ぎ、仕えているため、そのアリスティードについて話題を出せば食いついてくる。


 レアンドルの選択肢も基本的にアリスティードに対して好意的なものや、レアンドルの努力を認めるものを選べばいいのだ。




「本当はお礼を言えれば良いんですけど、急に話しかけたり手紙を送ったりしたらご迷惑ですよね」




 その言葉にレアンドルが頭を掻いた。




「あー、うん、身分的にちょっとな」




 オリヴィエが残念そうな顔をすると、レアンドルが少し考えるように首を傾げた。




「でも、手紙くらいは良いんじゃないか? 別に感謝の気持ちを伝えるだけだし、返事は要らないって書いておけば迷惑にはならないと思う」


「そうでしょうか?」


「まあ、手紙は検閲されるけど、変なこと書くわけじゃないだろ?」


「当たり前です!」




 オリヴィエが「もう!」と頬を膨らませると、レアンドルが「ごめんごめん」と笑う。


 そして真面目な顔になる。




「本当はあの時、俺、あんたを助けに行こうと思ったんだ。でも主君が動かないのに俺が勝手に動けないから……。困ってたのにごめんな」


「ううん、気にしないでください。その気持ちだけで嬉しいです」




 オリヴィエが慌てて両手を振って答えると、レアンドルはホッとした表情を見せる。




「そうだ、名乗るが遅くなったけど、俺はレアンドル。……ムーラン伯爵家の次男だ」




 後半を声を落として言うレアンドル。


 それにオリヴィエも返す。




「私はオリヴィエです。……セリエール男爵家の長女です」




 レアンドルの真似をして最後を小声で言う。


 互いに顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出して笑った。




「はは、あんた面白いな! もし何か困ったことがあったら、まあ、なくても良いから手紙くれよ。いつかあの時の借りを返すからさ」




 レアンドルの言葉にオリヴィエが笑う。




「ふふ、じゃあ期待していようかな」




 ……やっぱりレアンドルは簡単ね。


 出会いイベントじゃないけど、アリスティードに手紙を送っておくのはありかもしれない。


 それで、学院で出会った時に名乗って、覚えてくれていたりして仲良くなっていく。


 ……まあ、私の推しはルフェーヴル様だけど!


 互いに別れた後、オリヴィエはほくそ笑んでいた。








* * * * *








 もうすぐ十三歳になる。


 夜、いつものようにベッドに腰掛けたわたしの横に、ルルも座った。


 ただいつもと違ってルルが紙の束を持っていた。


 思わずそれを見ると、差し出される。


 受け取って見上げれば「読んで」と言われる。


 だから手元の書類に目を通した。




「……これって……」




 まず飛び込んできたのは『オリヴィエ=セリエール』という名前。


 それは『光差す世界で君と』のヒロインちゃんのデフォルト名だ。


 ……そっか、ゲームと違って自分で名前を決められるわけじゃないからデフォルトなんだ。


 最初はヒロインちゃんことオリヴィエ=セリエールの身辺調査についての報告書だった。


 読み進めていくうちに眉が寄る。


 どうやらオリヴィエ=セリエールは原作のヒロインちゃんとは違うようだ。


 表向きはそのように振る舞っているけれど、本当はそうではない。


 ……何というか原作のリュシエンヌみたい。


 我が儘で、贅沢が好きで、使用人達に当たり散らす。


 それにその中身は恐らくわたしと同じ『前世持ち』だ。もしかしたら『転生者』という言い方が近いかもしれない。


 わたしはリュシエンヌとしての記憶も持っている。


 五年にも満たない記憶だけど、それでも、わたしとリュシエンヌという人格が混ざり合い、今はもうわたしという人格が形成されている。


 でもオリヴィエ=セリエールの言動を見る限り、前世の記憶の方が色濃く残っているようだ。


 書類の後半はオリヴィエ=セリエールのここ数年の行動についてだった。


 攻略対象達に近付こうとしている。


 既にレアンドルとアンリに接触したようだ。


 リシャールは学院の教師になっていて、基本的に学院内にいるため、会えていないらしい。


 お兄様とロイドウェルとも出会っていないそうだ。




「アリスティードとロイドウェルなんだけど、なぁんか、このヒロインちゃんを避けてるっぽいんだよねぇ」


「そうなの?」


「うん、報告では二人ともヒロインちゃんを見かけると逃げるというか、会わないようにしてるみたぁい」


「何でだろう……?」




「さぁ?」とルルも首を傾げる。


 避けるということは何か理由があるのだろう。


 でもわたしが知る限り、お兄様がヒロインちゃんを知ったのは園遊会の時で、それ以前に出会ったという話は聞いたことがない。


 あの時も知り合いじゃないと明言していた。




「でもさ、このヒロインちゃん、リュシーと『同じ』だよねぇ?」




 ルルの言葉に頷き返す。




「多分……ううん、絶対そうだと思う」




 攻略対象だの好感度だのという言葉はこちらの世界で使われることはない。


 …………ん?


 あれ、と思い書類を読み返す。


 ………………。




「もしかしてヒロインちゃん、ルルのこと狙ってる……?」





 所々でルルの名前が出ている。


 攻略対象達の名前も出ているのであまり気にならなかったが、それにしては独り言でルルの名前を呟く回数が多い。


 ルルが溜め息混じりに頷いた。




「そうらしいよぉ?」




 そしてギュッと横から抱き締められる。




「オレにはもうリュシーっていう唯一がいるから、正直『ほっといて』って感じだよねぇ」




 もう一度溜め息を零すルルの腕を撫でる。


 ルルがこんなに溜め息を吐くなんて。




「大丈夫?」




 見上げれば、頬に頬を寄せられる。




「オレこういう顔だから女に言い寄られることは多いけどぉ、リュシー以外は要らないしぃ、こういう人間って山ほど見てるからつまらないんだよねぇ」


「……今も言い寄られてるの?」


「まあねぇ。……あ、嫉妬したぁ?」




 ルルの問いに素直に頷き返す。


 ……おかしい、ルルの周りって言うとこの宮のメイドくらいしかいないはずなのに。


 わたしの宮の女性使用人達には目を光らせていたつもりだが、もしかして甘かったのだろうか。


 ムッとしたわたしの頬を、ルルの頬がすりすりと擦る。




「かわいいなぁ」




 それで誤魔化されたりはしない。




「誰がルルに言い寄ったの?」


「ああ、この宮の人間じゃないよぉ。アリスティードの宮だったり王城だったりかなぁ」


「……お父様とお兄様の所によく行くの?」


「ん〜、あの二人はリュシーのこと大好きだからねぇ。時々報告したり、リュシーが困ってないか確認されたり、まあ色々〜?」

 



 ……そうなんだ。


 別にお父様やお兄様にわたしの生活を報告されても何ら問題ないのでそれは構わない。


 むしろ相変わらず過保護だな、と思う。


 何だかくすぐったい気分になる。


 それが嫌じゃない。


 二人に大事にしてもらえている証拠だから。




「でも次からはあんまりメイドさん達に会わないようにして欲しい。……ルルはわたしのルルなのに」




 重なっている頬を今度はわたしが押し付ける。


 ルルがクスクスと笑って「りょ〜かぁい」と言う。




「それでぇ、このヒロインちゃんどうするぅ?」




 ……あ、そうだった、ヒロインちゃん。


 ルルから頬を離し、残りの書類にも目を通す。


 この様子だと、きっとお兄様やロイドウェルにも会おうとするだろう。


 二人が何でヒロインちゃんを避けているのかも気になるし、原作リュシエンヌが悲惨な末路を辿る二人のルートを考えれば、出来ればあまりヒロインちゃんと接して欲しくない。




「まずお兄様に話を聞いてみよう。何でヒロインちゃんを避けてるのか気になる。もしお兄様達がヒロインちゃんと親しくなりたくないと思ってるなら、そのまま避けていてもらう方向でお願いしたいし」


「そうだねぇ」




 ルルにはお兄様とロイドウェルルートを細かく説明してあるからか、すぐに頷いてくれた。




「アリスティードに前世について話す〜?」




 ちょっと考える。




「えっと、夢を見た、みたいな感じじゃダメかな? 前世についてはルル以外に話したくない」




 前世の記憶はわたしにとってはかなり繊細な話なので、お父様やお兄様に話してあれこれ訊かれたくないし、これはルルだから話せたのだ。


 ルル以外の人に話す勇気はない。


 前世の記憶を思い出すと寂しくなるから。


 前世の家族や友人、自分の顔や名前は思い出そうとしても思い出せないけれど、もう二度と会えない人達だと思うとたまに切なくなる。


 ルルが嬉しそうに笑った。




「そっかぁ、オレだけかぁ」




 ルルは「ルルだけ」という言葉が好きだ。


 わたしも「リュシーだけ」が好きだ。


 わたし達は「相手だけ」がとても多い。




「夢で見たっていうので良いと思うよぉ。リュシーは加護持ちだしぃ、女神様が見せてくれたのかも〜って言えばおかしくないでしょ?」


「なるほど……」


「洗礼の日の夜に見る夢はそういう特別なものが多いって言われてるからぁ、洗礼の日の夜の夢ってことにしておこうよぉ」




 そういえば、確かにそういう言い伝えがある。


 洗礼の日の夜に見る夢は特別だ。


 女神様が過去・現在・未来に関わる夢を見せてくれることが多いらしい。




「お兄様だけじゃなくて、お父様にも話しておいた方がいいかな?」




 ルルが頷く。




「うん、その方が良いんじゃない? 今、手紙書くなら後でオレが二人のところに持ってってあげるよぉ」


「今書く」




 ベッドから降りて机に向かう。


 ……ヒロインちゃん、原作のヒロインちゃんじゃなくて残念だ。


 もしも原作のヒロインちゃんだったなら、同じ者同士、仲良く出来たかもしれないのに。


 でもルルを狙うなら話は別だ。


 わたしは破滅したくないし、絶対にルルを渡すなんてしない。ルルはわたしのルルなのだから。




「絶対にヒロインちゃんに負けない」




 わたしの宣言にルルが笑う。




「オレがいるから負けるなんてありえないけどねぇ」


「それもそうかも」




 国王おとうさま王太子おにいさまさえ手を焼く暗殺者ルルの言葉にわたしはふふと笑ってしまう。


 わたしを破滅させるならルルを倒さないと無理だ。


 そしてルルを奪うには王女わたしを相手にしなければならない。


 そう簡単に奪わせてなんてあげないけどね。







 

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