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クリューガー公爵邸のお茶会(1)

 





 エカチェリーナ様との手紙のやり取りを始めた。


 その何度目かの手紙で「クリューガー公爵家でお茶会を開くのでもし良ければいらっしゃいませんか」とお誘いを受けた。


 お父様とお兄様にお伺いを立てて、許可を得て、出席出来そうだと手紙を送るとすぐに招待状が届いた。


 あの早さは最初から招待状を準備していたに違いない。


 初めてご令嬢達とのお茶会がエカチェリーナ様のところでというのは安心だ。


 侍従を連れて来ても構わないとのことだったので、ルルも一緒に行くことが出来る。


 今回のお茶会はこじんまりとしたもので、エカチェリーナ様と他二人のご令嬢とわたしの四人だけだ。


 慣れたらもっと大勢のお茶会に参加したり、王女として王城でお茶会を開いたりすることになるが、今すぐにではない。


 その二人のご令嬢はエカチェリーナ様いわく腹心だそうで、彼女が信頼するくらいなのだから、変な人物ではないだろう。


 名前を聞いてお兄様に確認もしてみたが「ああ、あのご令嬢達は私に興味がないらしい」と言っていた。


 お兄様がそのように覚えているくらいなので、エカチェリーナ様に似た方々かもしれない。


 柔らかな淡い菫色のドレスを着て、ルルのエスコートを受けながら馬車に揺られる。


 リニアさんもついて来ており、王宮御用達の紅茶を手土産に持ってきた。




「リュシー、楽しそうだねぇ」




 座席に座るわたしを見てルルが緩く笑う。


 わたしはそれに頷いた。




「うん、初めて他の人のお茶会に行くから。どんな感じなのかなって」


「不安はなぁい?」


「ないよ。エカチェリーナ様のところだし」




 エカチェリーナ様はお兄様とも手紙のやり取りをしているそうで、手紙で聞いた感じ、二人の関係は良好らしい。


 ……やっぱり政の話とかしてるのかな?


 甘い雰囲気はないかもしれないが、それはそれで、お互いの意見や考えを知ることが出来るので今後の関係のためにも良さそうだ。




「リュシーはクリューガー公爵令嬢のこと気に入った?」


「そうだね、わたしと仲良くしたいって思ってくれてるのがすごく伝わってきて、エカチェリーナ様は好きかも」


「そっかぁ……」




 ルルが何やら考えるような仕草をする。


「ルル?」と問いかければ灰色の瞳が向けられる。




「結婚後も会いたい?」




 ちょっと考える。




「ルルがいない時に、時々でも会えたらいいな。初めてのお友達だから」




 結婚後、ずっとルルが傍にいてくれるのが一番嬉しいけれど、きっとルルは本業を続けるだろう。


 一人で待つのは平気だ。


 でも、ルルがいないなら、時々お友達に会いたい。


 エカチェリーナ様がお兄様と婚約して、何れ王太子妃になるなら、義理の姉妹にもなる。


 ルルが傾げた首を戻す。




「分かったぁ。じゃあ、時々クリューガー公爵令嬢と会えるようにするねぇ」




 わたしは思わずルルを見上げた。




「いいの?」


「でもオレがいない間だけだよぉ」


「うん、わたしも一緒にいたいって一番思ってるのはルルだから、ルルがいる時に行くつもりはないよ」


「それなら良いよぉ」




 髪を崩さないようにそっと頭を撫でられる。


 結婚後はルルと二人だけの世界になると思ってた。


 わたしもそれを望んでいるし、そうなれば幸せで、それでいい。


 だけどルルがこうして譲歩してくれたのも嬉しい。


 本当はわたしを外に出さずに、誰の目にも触れない場所で過ごさせたいはずなのに。


 わたしのために折れてくれたのだろう。


 揺れていた馬車がゆっくりと停まる。


 開いた扉からリニアさんとルルが降りる。


 先に降りたルルが手を差し出してくる。




「お手をどうぞ、オレのリュシーおひめさま




 クリューガー公爵家の使用人もいるためか、ルルが猫を被る。


 ぱちりとウインクされて、カッコイイ外見でお茶目な仕草が可愛くてキュンとしてしまう。


 内心でギャップにやられながらもルルの手を借りて馬車を降りる。


 クリューガー公爵邸の正面玄関には数名の使用人と執事らしき男性が立ち、揃って礼を執っていた。




「王女殿下と男爵様にご挨拶申し上げます」




 執事の声に続いて使用人達も挨拶を行う。




「出迎え、ありがとうございます」




 ルルが招待状を渡すと、執事らしき男性が丁寧に受け取り、確認して朗らかに微笑んだ。




「ようこそお越しくださいました。さあ、中へどうぞ。僭越ながら私めがご案内させていただきます」


「ええ、お願いします」




 執事の案内を受けて公爵邸へ入る。


 失礼にならない程度に内装を眺める。


 ……ファイエット邸とは違うのね。


 ファイエット邸はどちらかと言うと華美さや派手さよりも実用的な感じが強く、一見質素だがよく見るとどれも質が良く、手のかけられた家具が多い。


 クリューガー公爵邸はファイエット邸よりも華やかだ。


 飾られる絵画の数や調度品も多い。


 でも派手というわけではない。


 ほどよい華美さが品の良さを際立たせている。


 廊下を歩き、やや奥まった部屋に通された。


 執事が扉を叩き、誰何に答える。


 扉が開けられると明るい光が漏れる。


 柔らかなモスグリーンで統一された部屋は窓が大きく、その窓には眩しくないようにレースや薄いカーテンがかけられており、カーテン越しに外の光が室内を照らしていた。


 広い部屋の中央にテーブルがあり、そこは日が当たらず、けれども暗すぎることもなく、丁度良い位置にあった。


 エカチェリーナ様と他二人のご令嬢が立ち、礼を執ってわたしを出迎える。




「王女殿下にご挨拶申し上げます」




 三人が声を揃えて言った。


 顔を上げた三人へ微笑み返す。




「本日はお招きくださり、また、わたしのために集まっていただきありがとうございます」




 今回のお茶会はわたしとこの二人のご令嬢の顔合わせであり、交流の場でもある。




「こちらこそ来ていただけて光栄ですわ。さあ、リュシエンヌ様もどうぞおかけくださいませ」




 エカチェリーナ様に椅子を勧められた。


 ルルが近付いて椅子を引いてくれたので、それに腰掛ける。


 わたしが座れば三人も腰を下ろした。


 クリューガー公爵家の使用人、恐らくエカチェリーナ様の侍女だろう女性が紅茶を人数分淹れて、最初にわたしがカップを選べるように差し出した。


 ルルがそのうちの一つを取ってわたしの手元に置く。


 残りのティーカップもそれぞれに行き渡った。


 テーブルの上には目にも楽しく、美しい菓子や軽食が並んでいる。




「ではさっそくですがこちらのお二方の紹介をさせていただきます」




 わたしの右手側にエカチェリーナ様が座り、向かいと左手側に二人の令嬢が座っている。




「まずラエリア公爵家のハーシア様」


「初めまして、王女殿下。ラエリア公爵家が長女、ハーシア=ラエリアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」




 ハーシア様は色素の薄い金髪に同じく淡い水色の瞳をした、十五、六歳ほどのおっとりとしたご令嬢だった。


 このハーシア様がエカチェリーナ様とは別の、公爵家のご令嬢だ。


 既に婚約者がいるので王太子妃候補から早々に外れた方だ。


 その色素の薄さと細身もあって儚げ美人である。




「そしてボードウィン侯爵家のミランダ様」


「初めまして、王女殿下。ボードウィン侯爵家が長女、ミランダ=ボードウィンと申します。よろしくお願いいたしますわ」




 もう一人のミランダ様は鮮やかな赤毛に金の瞳を持つ、十三、四歳くらいの勝気そうなご令嬢だ。


 まだ成人前だというのに悩ましいほどの肉感のある体型をしており、将来は絶対に美女になるだろう。


 エカチェリーナ様は完全に悪役顔だけれど、ミランダ様は気の強そうな美人といった感じだ。


 やや気位は高そうな雰囲気だが、目が合うとニッコリと微笑みを向けられて少し拍子抜けした。


 二人とも、わたしに害意や敵意はないようだ。




「改めましてリュシエンヌ=ラ・ファイエットです。リュシエンヌとお呼びください。社交の場に不慣れで失礼をしてしまったらごめんなさい。どうぞよろしくお願いいたします」




 この二人はエカチェリーナ様の補佐として、エカチェリーナ様がわたしの傍にいられない時にはどちらかがついていてくださるらしい。




「あら、まあ、殿下のお名前をお呼びする栄誉をいただけるなんて光栄ですわ。どうかわたくしのこともハーシアとお呼びくださいませ」


「私もどうぞミランダと。殿下のご期待に添えるよう精一杯努めさせていただきますわ」




 二人からは好意的な気配を感じる。




「はい、ハーシア様、ミランダ様」




 ここで三人で微笑み合う。


 これでお友達になりましたね、といった感じだ。


 そしてわたしは斜め後ろで控えていたルルを手で示す。




「こちらはニコルソン男爵です。わたしの婚約者であり、侍従であり、護衛であり、とても大切な人です」




 ルルが綺麗な礼を執る。




「初めまして、ルフェーヴル=ニコルソンと申します。……まあ、オレの情報は全員買ってるから知ってるよねぇ?」




 前半は猫を被り、後半はそれを脱いでルルが笑う。


 ……情報を買う?


 わたしは思わず小首を傾げたものの、他の三人は苦笑を浮かべて肯定した。




「ええ、存じ上げております」


「高額で購入いたしましたが、やはりそれも筒抜けでしたのね」


「リュシエンヌ様のお側にあなたのようにお強い方がおられると心強いですわ」




 エカチェリーナ様、ハーシア様、ミランダ様がそれぞれに言う。


 ……えっと、つまり、この三人または三人の家はルルを調べたってこと?


 そして高い額でルルの情報を買ったけど、買ったこと自体がルルに伝わっていた?


 わたしの両肩に触れるルルの腕を辿って見上げる。




「ルルの情報って高いの?」




 ルルがニコッと笑った。




「うん、家が余裕で買えるくらいはかかるかなぁ」




 それは高いというか、もはやぼったくりでは?


 わたしの表情を見たルルに頬をつつかれる。




「これでもオレってば闇ギルドでは三本の指に入るくらい強いんだよぉ? だから情報もすごく高いしぃ、売る相手も選べるんだぁ。まあ、ギルドに結構ピンハネされるけどぉ」


「そうなの?」


「そうなんだよぉ」




 ルルが強いのは知っていた。


 ファイエットの騎士達にいつも勝っていて、これまでずっと負けなしだったから。


 でも闇ギルドでも三本の指に入るくらい強いって、結構な、いや、とんでもなく強いのでは?


 そもそも闇ギルドに入ってるの初めて聞いた。


 ……あ、そっか。


 ルルはわたしに自分が暗殺者だってこと隠してたから、それに繋がりそうなことは言わなかったんだ。




「ルルのことが一つ分かって嬉しい」




 別にルルが闇ギルドに入っていようが、暗殺者だろうが、わたしには全て些細なことだ。


 それも合わせてルルだから。


 これまでのルルの人生を否定する気はない。




「ルル、生きててくれてありがとうね」




 灰色の瞳が丸くなり、くしゃりと破顔する。




「リュシーはほんと良い子だねぇ」




 後ろからギュッと抱き締められたので、その腕に自分の手を添える。


 暗殺者稼業なんて危険と隣り合わせだろう。


 それでも今日までこうして生きていてくれて、わたしの横にいてくれて、感謝しかない。


 互いに顔を見合わせて笑い合う。


 しかし「まあまあ!」「……こほん!」という感嘆と咳払いに意識が戻される。




「婚約者同士、仲が良いのは素晴らしいことですわ」




 エカチェリーナ様がいい笑顔で言う。


 ハーシア様は興味津々という顔で、扇子で口元を隠しながらもしっかりとこちらを見ている。


 ミランダ様はちょっと赤い顔で視線を逸らす。




「このようにお二方は大変仲睦まじいので、二人とも、慣れるようにね」




 エカチェリーナ様の言葉に二人が「ええ」と頷く。




わたくしも婚約者がおりますけれど、どうすればお二方のように仲良くなれますのかしら?」




 頬に手を当てて小首を傾げるハーシア様に、わたしはうーんと悩んでしまう。


 何せわたしとルルの出会いもその後も特殊だったから、多分、参考にはならない。




「ん〜、オレ達はお互いがいなきゃ生きてる意味ない感じぃ? 参考にならないでしょ〜」


「まあ、そうですの? 残念ですわ」




 ルルがわたしの考えを代弁するように言い、ハーシア様が悩ましげに小さく嘆息した。


 ミランダ様がジッとルルを見る。


 見るというか、見据えるというか。


 睨んですらいるような目付きである。




「ニコルソン男爵は殿下に忠誠心を持っていらっしゃるの? 正直、そのようには見受けられませんけれど」




 無遠慮に金色の瞳がルルをジロジロと眺める。


 ルルはそれに肩を竦めてみせた。




「残念だけどぉ、オレは『王族だから仕えてる』わけじゃなくてぇ、リュシーだから傍にいるんだよぉ。忠誠心なんてこれっぽっちもないねぇ」


「それでリュシエンヌ様をお守りすると?」


「うん。忠誠心はないけどさぁ、オレぇ、リュシーにものすごぉく執着してるんだぁ。もしリュシーがオレのとこにお嫁さんに来れなかったら、邪魔する奴ら全員ぶち殺してリュシーを攫っちゃうくらいには大事に思ってるよぉ」




 ルルが笑ったままうっそりと目を細める。


 それだけでルルから冷たい空気が流れてくる。


 ミランダ様はしばしルルと睨み合っていたが、唐突にふっと肩の力を抜いた。


 そして困ったように苦笑した。




「私の負けですわ。あなたには、私が五人いたとしても勝つことは出来ないのでしょうね」


「ミランダ様が五人、ですか?」




 わたしの疑問にミランダ様が微笑んだ。




「ええ、私はこう見えて女性騎士になることを目指しておりますの。剣の腕ならばその辺の騎士に劣りませんわ」




 この国にも女性騎士がいる。


 前王家の時には後宮を女性騎士が守っていたし、現在は、わたしの護衛に女性騎士がつくことも多い。


 鮮やかな赤毛に輝くような金の瞳を持つミランダ様が騎士の制服を着たら、きっととても似合うだろう。




「ミランダ様が騎士の制服を身に纏ったら素敵でしょう。騎士になれると良いですね。微力ながら応援いたしますわ」


「ありがとうございます。リュシエンヌ様にそのように言っていただけるだけで、これまでの努力が報われたようですわ」




 ニコ、と笑うミランダ様のそれは嫌味ではなく本心から言っているのが分かる。


 ミランダ様もエカチェリーナ様と同じく外見で勘違いされてしまいそうな見た目をしているが、接してみると、ご令嬢ながらに忠誠心の厚い方のようだ。



 

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