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二度目の公務(3)

 






 エカチェリーナ様と話を終えた後。


 ルルのエスコートで東屋から会場に戻ったわたしは、貴族達の挨拶を受けることになった。


 あまり格式張った場でないからか、皆、前回の公務の時よりも気安い雰囲気があった。


 もちろん、気安いと言っても礼儀作法を欠くようなことはせず、穏やかで話しやすい感じである。


 特に公爵家や侯爵家は友好的だった。


 わたしが王位継承権を放棄したことで、最も懸念していた王族同士の争いが起きずに済んでホッとした部分も大きいだろう。


 もしわたしが逆の立場だったらそう思う。


 せっかく国の内情が安定しているのに旧王家の血筋の王女が「自分こそが王に相応しい!」などと騒ぎ立てれば面倒な状況になるのは目に見えている。


 そもそもわたしは政に関わるつもりがない。


 だから挨拶の最中にそれとなく、政に興味がない旨を何度か口に出して、無害ですよとアピールしておいた。


 お父様もお兄様もわたしを政に関わらせる気はないらしく、公務も、恐らく必要最低限のものだ。


 あまり目立った功績を挙げると変に勘ぐられるかもしれないし、また教会派の貴族のような人達が出て来ても困るし、何よりわたし自身も目立たずにいたい。


 その中で先ほどエカチェリーナ様が追い払った二人のご令嬢の親達にも会った。


 ご令嬢達は体調不良で家へ帰したらしい。




「王女殿下には大変な失礼をしてしまい、申し訳ございません」


「娘達には今一度、教育を受け直させる所存でございます」




 どちらの親も頭を下げてとても申し訳なさそうな顔をしていて、わたしは彼らの顔を立てることにした。


 何らかの処罰を、とも言われたが、わたし自身はそれほど不愉快でもなかったので否定しておいた。


 突然名前を呼ばれたのは驚いたけれど、それだけで、むしろお兄様に近付きたいという気持ちがありありと伝わってきて非常に分かりやすい子達である。


 それにあの子達もまだ成人していない。


 これが成人しているご令嬢であればまた違ったかもしれない。


 でもまだ子供なので一度の過ちなら、許してもいいのではないかと伝えた。


 ご令嬢達の親は酷く恐縮されたが、娘達が処罰されないことに安堵した様子だった。


 ただエカチェリーナ様の方についてはわたしではどうしようもないので、そちらは大丈夫かと問うと、これから謝罪に行くと肩を落としていた。


 それでも、王女であるわたしが処罰を望まなかったことで、エカチェリーナ様の方もそこまで事を大きくはさせないだろう。


 ……エカチェリーナ様は不愉快そうだったな。


 園遊会が終わったら手紙を書いて送ろう。


 王女であるわたしが処罰を望まなかったことでエカチェリーナ様の不満が残る形になったとしたら申し訳ない。


 ご令嬢達の親達はクリューガー公爵達の下へ謝罪に行くとわたしの前から去る時も、何度も謝罪の言葉を口にしていた。


 侯爵と辺境伯という高位貴族でありながら、謙虚なその様に、どうしてあの子達はあんな風なのだろうと疑問に思った。


 ……まあでも今回のことで反省するでしょうね。




「大丈夫、リュシー? 疲れてなぁい?」




 貴族達の挨拶が来なくなったタイミングでルルに問われて、頷き返す。


 今回は公爵家と侯爵家、辺境伯家がほとんどだったし、それ以下の爵位の人達はあまり挨拶に来なかった。


 わたしの誕生日の時は出席していた貴族が全て挨拶をしたが、普段のは誰かの紹介がない限り、わたしに挨拶をすることは出来ない。


 爵位の低い者から高い者に話しかけるのは無礼な行いなので、王族であるわたしに話しかけられるのは少ない。


 挨拶に来たのもお兄様の側近となる彼らの家で、そこから紹介された他の公爵家や侯爵家、辺境伯家であった。




「うん、大丈夫。ありがとう。ルルは平気?」


「オレも大丈夫だよぉ」




 ずっとルルが寄り添っていたので、挨拶に来た貴族達はわたし達を微笑ましげに見ていた。


 舞踏会の時はルルの腕にわたしが手を添えるだけだったけど、今日のエスコートはルルがわたしの肩に手を回している。


 体に触れることは基本的に相手の許可がなければいけないため、肩に触れているというのは、親密な証である。


 会場を見回してみるが、エカチェリーナ様はまだクリューガー公爵と挨拶に来た貴族へ対応していて、声はかけられなさそうだ。


 お兄様は、と考えていると、お兄様の方から近付いて来た。




「リュシエンヌ」




 ぞろぞろとその後ろには側近候補の人達がついてくる。




「お兄様」


「エカチェリーナ嬢とは仲良く出来そうか?」




 遠回しな問いかけに頷き返す。




「はい、お友達になりたいと思っています」




 お兄様が満足そうに微笑んだ。




「ルフェーヴルから見て、どうだ?」


「よろしいのではないかと。クリューガー公爵令嬢は姫様に敵意や害意を持っておりません。むしろ好意を感じました」


「……そうか」




 お兄様の後ろに彼らがいるからか、ルルが猫を被ったまま対応するとお兄様の口元が微かに引きつった。


 普段を知っていると今のルルには違和感を覚えるだろう。


 こほんと咳払いをしてお兄様が引きつりかけた口元を誤魔化した。




「でもお兄様、本当によろしいのですか?」




 わたしとしてはエカチェリーナ様が社交の場で傍にいてくれたり、フォローしたりしてくれたらとても助かる。


 だけどそのためにお兄様の結婚相手を決めてしまっていいのだろうか。


 お兄様がふっと笑うと、わたしの頭に手を伸ばし、髪を乱さないように撫でた。




「良いんだ。私がそう望んだ。エカチェリーナ嬢はなかなかに優秀らしいからな。……それに侯爵家の私の後見役には公爵家が必要だ。今回のことがなくとも選ばれただろう」




 後半を囁くように言い、チラとエカチェリーナ様がいる方へ視線を向けた。


 エカチェリーナ様はわたしとそう歳が変わらないはずなのに、大人の貴族とも平然と話しているし、ご令嬢達の統率力もある。


 確かに王太子妃に選ばれる可能性は高い。


 他にも公爵家のご令嬢は一人いるけれど、挨拶をした感じ、あまり我の強い人物ではなかった。年上だけど淑女然とした控えめな雰囲気だった。


 それにそのご令嬢には婚約者がいるとのことだったので、消去法で見ても、もう一人の公爵令嬢であるエカチェリーナ様が選ばれる。




「それに言い出したのはあちらだ。彼女の資質を見るのにも丁度良い。だから受け入れた」


「その、ずっと一緒にいる相手ですよ?」


「ああ、私はそういう相手は恋愛ではなく実力で選ぶことに決めている」


「そうなのですね」




 それはちょっと意外だった。


 原作では毛嫌いしているとは言え義妹を思わず切り殺してしまうくらいヒロインちゃんを深く愛していたお兄様だから、てっきり恋愛結婚すると思っていた。


 でもホッとした。


 真面目なお兄様のことだから、きっと婚約者がいればヒロインちゃんと一緒になることはない。


 ヒロインちゃんは男爵家の養女だから爵位的に考えても側妃や正妃は無理だ。


 女神様の加護でも授からない限りは。


 ロイドウェルと婚約していない今、リュシエンヌわたしが悲惨な末路を遂げる可能性はお兄様ルートだけ。


 例えヒロインちゃんがロイドウェルルートに入ってもわたしとは無関係である。


 わたしがヒロインちゃんを虐めなければいい。


 ふとお兄様の視線がわたしを通り過ぎた。


 何となくその視線を追って顔を向ければ、会場から少し離れた場所に一人の女の子がいた。


 ……あまり見ないドレスね。


 豪奢な格好が忌避される風潮に合わせて見ると、その女の子のドレスはかなり派手だった。


 可愛らしいベビーピンクのドレスにはフリルやリボンが贅沢にあしらわれ、遠目に見ても何か縫い付けられているようでスカートがキラキラしている。


 その女の子はこちらに背を向けているので顔は見えないけれど、どうやらバラにその綺麗な金髪が引っかかってしまったらしく、ドレスが汚れるのも構わずに座り込んでいた。


 困ったように辺りを見回した女の子の横顔が見える。夏の新緑みたいに鮮やかな瞳があった。


 ……え、もしかしてヒロインちゃん?!


 まじまじと見れば、原作のヒロインちゃんの面影が色濃くあり、庇護欲を誘う大変可愛らしい顔立ちだ。


 ……でも原作でこんなストーリーあったっけ?


 一応、全キャラのハッピーエンド、トゥルーエンド、バッドエンドは一通りこなしたはずだが、幼少期に王宮で攻略対象達に会ったという話はなかったと思う。


 原作でも学院で初めて言葉を交わした、とヒロインちゃん視点で最初の頃に呟いていた。


 雲の上の存在だと思っていた攻略対象達が、話してみたら自分と同じように悩んだり苦しんだりしている人間だと知って、彼らと関わるうちにその内の一人に惹かれていくのだ。


 ちなみに逆ハーレムルートはない。


 ……いや、お兄様のトゥルーエンドは全員と友人関係になれるのである意味ではそうとも言える。


 そこまで考えてハッとしてルルを見上げる。


 ルルもファンディスクの隠しキャラ、つまり攻略対象なのでヒロインちゃんと会わせるのはまずい。


 でも見上げた先ではルルが「ん?」と小首を傾げてわたしを見ている。


 それどころかわたしの目元にかかった髪をそっと除けてくれた。


 ……全然興味なさそう。


 目を瞬かせているとお兄様が動いた。




「君、あそこのご令嬢が困っているようだ。ドレスも汚れているようだからメイドに控え室に案内するよう手配してやってくれ」




 控えていた近侍に声をかけた。


 でもそれだけだった。




「エカチェリーナ嬢とのことは私の問題だ。リュシエンヌが気に病むことではない」




 お兄様はそう言ってわたしを見る。


 ヒロインちゃんのことを気にする素振りもない。


 ……あれ? お兄様も?


 お兄様の後ろにいる彼らはヒロインちゃんへ少し意識を向けているようだったけれど、動くことはなかった。




「あ、はい……」




 やや上の空で返事をしたわたしにお兄様が首を傾げた。




「リュシエンヌ? どうかしたのか?」


「いえ、その、てっきりお兄様はあのご令嬢のところへ助けに行くものと思っていたので……」




 私の言葉にお兄様が目を瞬かせた。




「私が何故行く必要がある? 知り合いならばともかく、あの令嬢とは面識もない。何より王太子である私が婚約者でもない女性に近付くのはまずい」




 お兄様の言葉がストンと入ってくる。


 ……ああ、そうだ、ゲームによく似た世界だけど、それ通りに進むわけじゃない。


 お兄様はエカチェリーナ様を王太子妃に据えるつもりで、だからこそ、今は下手にどこかのご令嬢と親しくするわけにはいかないのだ。


 相手に勘違いさせないためにも、勘違いされないためにも。


 そっと振り返ればヒロインちゃんのところに近侍が行かせた給仕のメイドが近付き、バラに絡んだ髪を解いてやっている。


 ドレスの裾が土で汚れているので、お兄様が言った通り、控え室に連れて行かれるだろう。


 着替えのドレスがあれば会場に戻ってくるかもしれない。


 それにしてもヒロインちゃんの存在に全く気が付かなかった。


 この国の貴族は金髪が多いので実はヒロインちゃんの髪色はこの場では目立ち難いようだ。




「ほら、あれで良いだろう。それに髪やドレスが乱れてしまっている姿を異性に見られたいとは思わないはずだ」




 お兄様は一瞬ヒロインちゃんへ視線を向けたものの、興味なさげに外した。


「それよりも」とわたしへ視線が戻る。




「二度目の公務だが、あまり緊張していないようで安心した」




 心配性なお兄様の言葉に苦笑する。




「今日は主役ではありませんから」


「そうだな、主役は私の方か。……どうやらまだ挨拶をしたいものがいるらしい。疲れたら無理せず休むんだぞ?」


「はい、分かりました」




 わたし達からやや離れた場所でこちらをチラチラと見る貴族達がいる。


 それに気付いたお兄様がふっと微笑んだ後、側近候補の彼らを伴ってそちらへ向かって行った。


 残されたわたしはそれを見送る。


 ルルがひょいとわたしの顔を覗き込んだ。




「リュシー、少し顔色が悪いねぇ」




 そう言うと優しい手付きで抱き上げられた。


 周りの貴族達がざわついたけれど、日陰にある椅子へわたしを運び、甲斐甲斐しく水を渡したり果物を持ってきたりするルルを見るとそれは止んだ。


 代わりに微笑ましい視線が向けられる。


 政略結婚の多い貴族だが、政略でも愛を育む夫婦もいるし、友情結婚の夫婦もいる。仲の悪い夫婦も。


 家に影響を及ぼしたり、家名に傷を付けたりしなければ、貴族の恋愛自体は否定していない。


 わたしが拒絶しなかったので許可を得て触れているのだということは分かるだろう。


 ルルは許可なんて得る必要はないが。


 他の誰でもないルルならむしろ大歓迎である。




「ありがとう。日に当たりすぎたのかも」




 そう言うとルルがジッとわたしを見た。




「違うでしょ」




 驚いて見上げれば、灰色の瞳が真っ直ぐにわたしを見つめ、それから一瞬だけヒロインちゃんがいた方向へ視線を向けた。




「さっき向こうにいた子、もしかして『ヒロインちゃん』? 前にリュシーが話してた外見的特徴と一致してた」




 頷くとルルは「そっか」と呟く。


 ……そうだ、ルルには話してるんだった。




「ごめん、隠すつもりはなかったの。ここで会うとは思ってなかったからビックリしちゃって……」


「うん、大丈夫、分かってるよ」




 グラスを持つ両手を、ルルの両手が優しく包む。




「突然のことで驚いて、あの『ヒロインちゃん』の方に意識が向いちゃっただけ。それにアリスティード達がいてオレに言える状況じゃなかったしね」



 

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