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二度目の公務(1)

 






 初めての公務から約一週間後。


 二度目の公務の日になった。


 今日は王家主催の園遊会であり、お兄様の婚約者候補の方々との顔合わせと交流も兼ねている。


 王城の美しいバラの庭園に立食パーティーを開いて、舞踏会や晩餐会よりかは比較的堅苦しくない場である。


 ただし子供は十歳以下は登城出来ない決まりなので、それ以上の年頃の子供達がやって来る。


 お兄様の婚約者候補は公爵家か侯爵家、あるいは辺境伯家といった辺りから選ぶことを考えているそうだけれど、それでも伯爵家や子爵家、男爵家も自分の子供達を連れて来る。


 他の子供との社交場でもあるが、もしかしたらお兄様の目に留まって側妃や愛妾になれるかもしれない、未来の国王の側近になれるかもしれないと主に親の方が僅かでも希望を持って子供を参加させる。


 子供の方も王の妻や側近になれるのは誇らしいことなので、積極的に縁を結ぼうとしてくるそうだ。


 ちなみに伯爵家までは側妃になれるが、それ以下の爵位の家柄では愛妾となる。


 下位貴族と高位貴族とで施される教育の違いと身分差の問題上、子爵家や男爵家が側妃、ましてや正妃の座に据えられることはない。


 今日のわたしの装いは淡いパステルカラーの水色のドレスで、肌が出ているのは顔だけだ。


 夜会や晩餐会など夜用のドレスは首回りや背中などが開いているものが多いが、昼間のドレスは逆に肌を一切見せないものが主流である。


 貴族の女性は日焼けを嫌うのでそれも理由かもしれない。


 水色の布地に淡い青の光沢のある糸で全体的に植物の刺繍がされていて、胸元から腰まではリボンがあり、スカート部分は刺繍と同色の薄いレースが重ねられている。


 見た目は相変わらず軽やかそうだが実はそこそこ重いのである。


 エスコートは婚約者となったルルの役目だ。


 それでも時間が近くなるとお兄様が離宮まで馬車で迎えに来てくれた。


 お兄様もルルも正装姿だ。


 ……何度見てもうっとりしちゃう。


 馬車の中で熱心にルルを見ていると、お兄様が呆れと、ほんのちょっとの寂しさの滲む声で言う。




「リュシエンヌはルフェーヴルしか目に入っていないみたいだな」




 それにわたしはお兄様へ顔を向ける。




「ルルが一番カッコイイんです。でもお兄様もとっても素敵ですよ。きっとご令嬢達もお兄様に見惚れてしまうでしょう」


「だがリュシエンヌは私とルフェーヴルが並んでいたら、ルフェーヴルを選ぶんだろう?」


「はい、だって婚約者ですもの」




 横に座るルルと手を繋ぐ。


 ルルがニコニコと機嫌良さそうに笑っている。


 秘密を明かしてからルルは機嫌が良い。


 わたしが何かを隠していたのは気付いていたそうで、ずっと、それを話してくれるのを待っていたという。


 それを聞いて一層ルルのことが好きになった。


 無理やり問い質さずにわたしの心の準備が出来るまで待っていてくれるなんて、なんと紳士的だろう。


 しかも秘密を受け入れてくれた。


 拒絶も否定もなく、ルルはあっさり納得した。


 ちょっと拍子抜けするくらいだったが、その日はすごく安心して眠ることが出来た。




「リュシエンヌ達は年々仲の良さに磨きがかかってるな」




 貴族の中でも恋愛結婚する人や政略結婚後に愛を育む人もいるけれど、人前でべったりすることはない。


 人目のあるところでの触れ合いは少々はしたないらしい。


 そういうことで、公務などの人目のある場所では普段のようにルルとくっついたりお菓子や軽食を食べさせあったりということは無理である。


 その間、頑張れるように、今は充電中なのだ。


 ぴったりと寄り添うわたし達にお兄様が苦笑する。




「そのうち国一番のオシドリ夫婦と呼ばれるかもしれないぞ。いや、オシドリ婚約か?」




 この世界にもオシドリがいて、夫婦仲の良い人々の例えとなっている。




「今はまだ婚約だけど、気持ちはもうルルに嫁いでいるつもりです」




 むしろ今すぐに結婚してもいいくらいだ。


 ルルがふふ、と笑った。




「そうなのぉ? それは嬉しいねぇ」




 繋いだ手がキュッと握られる。


 それに頷きながら握り返した。


 馬車は王城に着き、わたし達もそれから降りる。


 そうしてお兄様の後ろをルルにエスコートされながら城に一度入り、廊下を抜けて、バラ園に向かう。


 到着すると貴族達はもう全員集まっているようだった。


 今回はお父様は出席しないけれど、あちらこちらで談笑する声がして場の雰囲気が華やかになる。


 わたしはルルにエスコートされたまま、お兄様について行く。


 そこには複数人の男の子達が集まっていた。


 ……ん? ちょっと待って。


 どこか見たことのある顔ぶれに足が止まりそうになると、ルルが気付いてそっと顔を寄せて来る。




「リュシー、どうかしたぁ?」




 その問いに思わず素で答えてしまう。




「こ、攻略対象がほぼ揃ってる……」


「……ああ、そういうことかぁ」




 あれから原作ゲーム『光差す世界で君と』についてルルに出来る限りの情報を伝えておいたため、ルルもそれだけで分かってくれた。




「どうする? 逃げちゃう〜?」


「それはそれで不自然だよ。……仕方ない、頑張ってみる」


「どうしても無理なら俺の腕を二回握って」


「うん、ありがとう」




 こそこそと話していればお兄様が振り返る。


 それに何でもないと首を振り、後を追えば、思った通り数名の男の子達の集まりに近付いていった。


 お兄様が近付くと子供達は礼を執った。




「今日の園遊会は気楽にしてくれ」




 お兄様の言葉に全員が顔を上げる。


 それぞれ方向性は違うけれど見目が良い。


 ……さすが攻略対象。


 揃いも揃って美形である。


 お兄様が振り向いた。




「今日はお前達に私の家族を紹介しようと思ってな。妹のリュシエンヌとその婚約者のニコルソン男爵だ」




 お兄様の言葉にわたしとルルが礼を執る。




「初めまして、皆様。リュシエンヌ=ラ・ファイエットです。どうぞよろしくお願いいたします」


「ルフェーヴル=ニコルソンと申します」




 お兄様が今度は男の子達を見る。




「リュシエンヌ、ルフェーヴル、彼らは何れ私の側近になる者達だ。右手からアンリ、レアンドル、リシャール、そして知っているだろうがロイドウェルだ」




 それぞれがわたし達へ礼を執る。


 ……まあ、主にわたしへ向けてだが。




「は、初めまして王女殿下。ロチエ公爵家が長男、アンリ=ロチエと申します」




 少しおどおどとした挨拶をしたのは銀に近い灰色の髪に神秘的な紫色の瞳を持つ同年代くらいの男の子だ。


 彼も攻略対象の一人で、同年代だけど年下っぽくて母性本能をくすぐると言われた可愛い男の子系キャラである。


 ヒロインちゃんと彼とのハッピーエンドルートは公爵夫人となる。




「初めまして、王女殿下! ムーラン伯爵家が三男、レアンドル=ムーランと申します!」




 元気なこの男の子は明るい茶髪に金に近い茶の瞳を持っている。端正というよりかは精悍な顔立ちで、原作では素直なワンコ騎士見習いという立ち位置であった。


 彼も攻略対象の一人である。


 彼とヒロインちゃんとのハッピーエンドでは、後に騎士爵位を授かった彼の妻にヒロインちゃんがなり、王城の文官の一人となって夫や主君であるお兄様を支えて行くことになる。




「初めまして、フェザンディエ侯爵家が次男、リシャール=フェザンディエと申します。麗しき王女殿下にお会い出来て光栄に存じます」




 恭しい仕草で礼を執ったのも攻略対象の一人。


 他の攻略対象よりも十歳近く歳が離れているため、攻略対象の中では最も年上だ。赤みがかった金髪に綺麗な緑の瞳をしている。


 いや、ルルがいるからだった、かもしれない。


 右目の下にある泣き黒子が色っぽい。原作では教師になっていたが、年上の色気あるキャラという立ち位置だ。


 この世界、というか国では学院の教師と生徒が結婚することは法に触れない。


 そもそも貴族は親子ほど年齢の離れた者同士での政略結婚などもあるため、年齢差は結婚の障害になることはあまりない。




「こんにちは、リュシエンヌ様。今日のドレスは晴れた空のように爽やかで、淡い色合いがリュシエンヌ様によく似合っていらっしゃいますね」




 そして最後に社交辞令をスラスラと述べるロイドウェル。


 ニコリと微笑む彼にわたしも微笑み返す。




「ありがとうございます」




 これが他のご令嬢だったらドキリとしてしまうかもしれないが、残念ながら、わたしはそれが彼の世渡りのための社交辞令であると知ってる。


 そもそも屋敷に遊びに来る度に言われている。


 女性を褒めるのは貴族男性のマナーみたいなものだ。


 互いに自己紹介を終えるとお兄様が間に立つ。




「今後は彼らと会う機会も増えるだろう。リュシエンヌもルフェーヴルも彼らのことを覚えておいてくれ」


「はい、分かりました」




 でも出来る限り近付かないつもりだが。


 それを隠してニコリと微笑んでおく。


 どうせ今関わらなくとも、学院に入学すれば、嫌でも顔を合わせることが増えるのだ。


 ……まあ、わたしはあんまり関わらないけど。


 第一関わる理由がない。


 お兄様の側近と親しくなる理由なんてない。


 ふと視線を感じて顔を動かせば、見知った顔と目が合った。




「ごめんなさい、友人を待たせてしまっておりますのでわたしはこれで失礼いたします」


「ん? ああ、そうか、行っておいで。男の中にいても落ち着かないだろう」




 お兄様はわたしの視線の先にいる人物に気付くと訳知り顔で頷いた。




「ありがとうございます。時間がありましたら、また後ほど」




 それぞれが頷いてくれたので、微笑み返してルルと共にその場を離れる。


 ルルは何も言わなくてもエスコートしてくれる。


 そして目が合った人物の下へ向かう。




「御機嫌よう、エカチェリーナ様」




 今日はご令嬢達が少ない。




「王女殿下にご挨拶申し上げます。ニコルソン男爵も御機嫌よう」




 互いに丁寧に礼を執る。


 ご令嬢達も同じように挨拶をした。 


 そしてどちらからともなく微笑んだ。




「今日も会えて嬉しいです」


「わたくしもお会い出来て嬉しいですわ。今日はお招きくださり、ありがとうございます。王城のバラ園は美しいと有名なので見るのを楽しみにしておりましたの」




 エカチェリーナ様の言葉にご令嬢達が「私も」「わたくしも」と頷いている。


 その中で二人ほど、視線がバラではなく、お兄様のいる方へ向いていた。


 ご令嬢達は全員名乗ってくれたが、その二人は片方は侯爵家でもう片方は辺境伯であった。


 不意にピンと来る。




「皆様はお兄様への挨拶はお済みですか?」




 わたしが問えばエカチェリーナ様が首を振る。




「いいえ、後ほどご挨拶に伺おうかと──……」


「いえ、まだご挨拶出来ておりません」


「わたくしどもは婚約者候補ですのに……」




 エカチェリーナ様の言葉を遮るようにその二人が口を開く。


 他のご令嬢も、エカチェリーナ様も、不快そうに眉を寄せて扇子で顔を隠したのだが、その二人は気付いていないのかわたしへ詰め寄るように近付いて来る。




「ご挨拶が出来ないなんておかしいと思いませんか?」


「どうか、王太子殿下へご挨拶をさせてください」




 ……なるほど。


 つまりわたしからお兄様に紹介させることで、わたしとの繋がりを見せ、他のご令嬢達より一歩先んじたいということか。


 爵位的にも正妃につける可能性はある。


 王太子妃になり、行く行くは王妃になりたいと思っているのだろう。


 その向上心は素晴らしいと思うけれど、やり方は全くもってダメダメだ。


 王女わたしを利用しようとする魂胆がわたしにバレてしまっている段階でお粗末だ。


 せめて利用するなら、こちらにも利益が出るようにしなければ。




「あら、お兄様にご挨拶したければお好きにどうぞ。わたしはエカチェリーナ様と談笑しておりますので、ごめんなさい。お二人だけで行かれてはいかがですか?」




 しかも自分より格上の公爵家のご令嬢の言葉を無視して遮ったのだ。


 その時点でマナー違反である。


 二人が驚いた顔をする。




「まあ、そんな、私達だけでなんて恐れ多い……」


「そうですわ、リュシエンヌ様もどうかいらしてくださいな」




 今度はわたしが驚いた顔をしてみせる。




「あら? わたし、あなたに名前を呼ぶ許可を出したかしら?」




 不思議そうに小首を傾げてみせれば、エカチェリーナ様がパチリと扇子を畳む。


 そのつり気味の瞳が二人のご令嬢を射抜いた。




「あなた方、先ほどから無礼ではありませんこと? わたくしの言葉を遮っただけではなく、リュシエンヌ様に殿下へ取り次げなどと。しかも王族のお名前を許可なく呼ぶなど、不敬で罰せられても言い訳は立ちませんことよ?」




 エカチェリーナ様がスッとわたしへ視線を向ける。


 レースで隠された目元はともかく、わたしの口が笑っていないことに気付いたのだろう。


 二人のご令嬢の顔色がサッと青くなる。




「も、申し訳ございません!」


「決して王女殿下を侮辱するつもりはなく、その、わたくしどもは王太子殿下を心よりお慕い申し上げておりまして……」


「ええ、思わず暴走してしまいました」




 そんな子供じみた言い訳をわたしは黙って聞いた。


 そしてニコリと微笑んだ。




「そうですね、誰かに恋い焦がれてしまうと周りが見えなくなることもあると言いますものね」




 私の言葉に二人がホッとしたような顔をする。




「ですが王太子妃、ひいては王妃として据えるには少々資質を疑われるでしょう」




 王太子妃、王妃がそのような人間では困る。


 そもそもお兄様はきっとこの二人を選ばないだろう。


 だって二人の言葉を使うなら、愛しているなら何をしても許されるということになってしまう。


 それを許して仕舞えば王太子妃が、王妃が、私的なことで公務の最中に他の貴族や他国の使者に無礼を働く可能性すら許容してしまう。


 王族に必要なのは私的な感情に流されないこと。


 ……わたしもまだ全然出来ていないけれど。


 少なくとも目の前の二人はどちらもお兄様の横に立てる人物ではないと感じられた。



 

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