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謀られた罪 その後

 






 教会の件から二週間後。


 その後、司祭がどうなったのかお父様は手紙で教えてくれた。


 わたしの加護について漏らしたハロルド=フリューゲル司祭を除いた残りの四名の司祭達は、裁判で、皆一様にフリューゲル司祭の発案で行ったと口を揃えて証言したそうだ。


 計画の大半を取り仕切っていたのもフリューゲル司祭であり、自分達は利用されたのだというのが言い分だったらしい。


 しかし、わたしを攫うために雇った人攫い達、助けに出た聖騎士達、そしてわたしに傷がないか確認した二人の女性はそれぞれの司祭達の手の者であった。


 それが発覚した三名は自ら進んでわたしの誘拐に加担したと判断された。


 最も年嵩の司祭だけは他の三人よりも幾分軽い罪を受けることとなった。


 その理由は、年嵩の司祭は何もしていないからだった。


 企てに乗ってはいたが、彼自身はこれといってわたしの誘拐などに関与していない。


 それ故に最も軽い罪となった。


 それでも王位の簒奪と王女の誘拐に関わっていることに変わりはないが。


 最も軽い罰でも年嵩の司祭は鞭打ち三十の上に、王都の刑務所、それも独房で一生を暮らすことを余儀なくされた。


 人と関わることのない人生。


 恩赦はないという。


 他三名の司祭達は鞭打ち四十の末に、北にある刑務所に送られた。


 北の刑務所は国内で一番規律が厳しく、冬が長く続くため、暮らしていくにも大変らしい。


 彼らはそこで一生を過ごすことになる。


 体の弱い者は数年と保たないそうなので、彼らがどれほど生きられるかは不明である。


 四名とも手の甲に教会を破門された証として刻印が刻まれている。


 それは魔法の一つで、二度とどの教会にも立ち入れないそうだ。


 彼らは全員家から絶縁されたそうだが、それでもお父様は責任を追及し、彼らの実家は全て爵位を落とされたらしい。


 存続しているだけでも十分な温情だろう。


 関与していた聖騎士達は除隊処分となり、数年は鉱山で労役に課されるそうだ。


 わたしの周りでお世辞を言っていた美少年達は全員、まだデビュタントも済んでいない子供だったこともあり、家の罰金という形を取られた。


 ただ今回の件に関わったことで、官僚として、文官として、騎士として王城で働く道は閉ざされるだろう。


 人攫い達は奴隷に落とされて、数年炭鉱で働かされた後に他国へ売られる予定だそうだ。


 他にも結構な人数が関わっていたらしく、その人達もそれぞれ処罰された。


 そして問題のフリューゲル司祭だが、彼は五十の鞭打ちに加えて両手足の腱を切るという罰を受けた。


 その上で国外追放処分である。


 本来ならば処刑になっても不思議はないが、わたしが温情を与えたということにして、そのようになった。


 ……わたしのせいで死なれるのは寝覚めが悪い。


 そんな我が儘をお父様は叶えてくれた。




「これで良かったのか?」




 お兄様は少し不満そうだったけど、わたしはそれに頷いた。


 わたしの願いの方が残酷だけどね。


 処刑されればそこで終わりだが、満身創痍で国外追放にされる方が苦しむだろう。


 だから全く軽い罰ではない。


 でもそれは黙っていた。


 もう、彼らとわたしは関係ないのだから。








* * * * *








「何故っ、何故なんだ……っ?!」




 ガタゴトと馬車に揺られながらフリューゲルは己の爪を噛み締めた。


 裁判前の取引は失敗に終わったのだ。


 攫われた王女の身に何も起こらなかったという証明をする代わりに減刑を求めようとしたが、それは拒絶された。




「王宮専属医と教会の信頼出来る者達によって第一王女の身に傷一つなかったと証明されている」




「だから貴様の証言など何の価値もない」と続けられた。


 それどころか「王女を誘拐した犯人の持つ証拠ほど信用出来ないものもないが」と一蹴されてしまった。


 まさか王宮専属医だけでなく、教会側も確認を終えているとは思わなかった。


 王家と教会が揃って「王女は無事だ」と言えば、誰もそれに疑念を持つことは許されないし、それが事実であると認められる。


 フリューゲルが取り引きを持ちかけた際、王も、それを護衛していた騎士達も「王女を誘拐しておいてどの口が減刑を求めるのか」と失笑していた。


 フリューゲルの考えは見透かされていたのだ。


 護送用の馬車が闇夜に紛れるように王都の中を抜け、門を抜け、城壁の外へ出る。


 それを左右の高い位置にある、鉄格子のはめられた細い小窓からフリューゲルは眺めるしかない。


 手足の腱が切られ、手当てはされているが思うように動けず、何より激痛が絶え間なく襲いかかってくる。


 これで国外追放など処刑と何も変わらない。


 それでも王女の温情だと告げられると、裁判に出ていた国の中枢部の貴族達は「何と寛大な……」と驚いていた。


 ……何が寛大なものか。


 大して村や街のない国境の、隣国に接しているがどちらの領土でもない未開の地の森の中に、まともに手足も動かせない者を放置するのだ。


 ガタン、と馬車が揺れるだけで痛みに呻く。


 鞭打ちされた背中も酷く痛む。


 こちらも手当はされているが治癒魔法ではない。


 元々痛みなどとは無縁の生活をこれまで送っていたフリューゲルにとっては耐え難い痛みである。


 またガタンと大きく馬車が跳ねる。




「ぐっ! おいっ、もっとゆっくり走れんのか!」




 思わず怒鳴ってしまい、自身の怒声が体に響き、フリューゲルは身を縮こませた。


 しかし馬車の揺れは変わらない。


 護送している御者や騎士達は中にいるのが重罪人と知っているため、いくら中の人間が泣こうが喚こうが速度を落とすことはなかった。


 彼らは国境の森まで行かなければならない。


 そして日程通り、出来る限り早く戻ってきたいと誰もが考えていた。


 フリューゲルに配慮しようなどと考える者は誰一人としておらず、さっさとこの任を終えたいとすら思っている。


 王都から少し離れた場所で不意に馬車が停まった。


 揺れが収まったことにフリューゲルが顔を上げるのと、後方の扉が開かれるのは同時であった。




「降りろ」




 監視役の騎士が顎で示す。


 それを不快に思いながらも、フリューゲルは床を這いずって後方の扉へ近付いた。


 本来ならばここが開けられることはまずない。


 けれども王都を出てすぐに出られるということは、誰かがフリューゲルの脱出の手助けをしたのだろう。


 誰かは知らないがフリューゲルはその相手に感謝を感じながら、馬車の外へ出る。


 だが腱を切られた足がふらつき、地面へ転がった。


 騎士は地面に倒れるフリューゲルを無視して扉を閉めると、何事もなかったかのように己の馬に乗ると、動き出した空の馬車の監視役としてついていった。


 そうして闇の中へ消えていく馬車をフリューゲルは地面に転がったまま見送った。


 完全に馬車が見えなくなったところで、ホッと息を吐く。


 何とか上体を起こして座り込んだ。


 遠くでホーホーとフクロウの声がする。


 明かり一つない浅い森の道だが、それでも、フリューゲルはホッとしていた。


 あのまま国外追放になっていたら、森の獣達の餌になっていたことだろう。


 そして自分を助けたということは恐らく誰かが迎えを寄越すはずだ。


 それを待てばいいと安堵しつつ空を見上げた。


 見上げた格好でフリューゲルは硬直した。


 真後ろにいつの間にか人間がいたからだ。


 ほとんど距離がなく、全く気配もしなかった。


 フリューゲルは声にならない悲鳴を上げたが、すぐに体の痛みが襲ってきて、苦痛による呻きに変わる。


 真後ろにいた人間がゆっくりと正面に回る。




「あはは〜、ビックリさせちゃったぁ?」




 間延びした口調の男の声は妙に明るい。


 痛みを堪えながら、フリューゲルは言う。




「お前が迎えかっ?」




 それに男が小首を傾げた。




「ん〜? まあ、迎えと言えばそうかなぁ?」


「やはりそうか……!」




 誰かがフリューゲルに救いの手を差し伸べたのだ。


 例え利用するためだったとしても、今は甘んじてそれを受け入れようと考える。


 痛みに呻きながらフリューゲルは男を見上げた。




「治癒魔法で早く治してくれっ! それが無理でも何か薬は、痛み止めくらいはあるだろうっ? 傷が痛くて堪らんのだ……!」




 フリューゲルのことを知っているなら、受けた罰についてもきっと救いの主は知っているだろう。


 それならば治癒魔法を使える者を寄越すか、そうでないにしても薬くらいは持たせているはずである。


 しかしその男は首を反対に傾けただけだった。




「何でオレが薬をくれると思ってるのぉ?」


「え……?」




 男の言葉にフリューゲルは呆然とした。




「もしかしてぇ、助けてもらえたと勘違いしてな〜い?」




 男が屈み込み、月明かりにその顔が照らされる。


 その顔は見覚えがあった。


 あの日、突如王女の傍に現れた男。


 布で顔を半分隠していても分かる。


 国王達が来る直前に、王女の周りに侍っていた者達を投げ飛ばし、蹴り離した男。




「何故、ここに……?」




 フリューゲルがハッとする。




「もしや王女殿下が私を救い出してくださったのですかっ?」




 まさか、王女殿下は本当は王位を望んで……。


 ぞわりと背筋を冷たいものが駆け抜けた。


 間近にある男の顔から笑みが消えた。




「は?」




 服の襟首を掴まれる。


 たったそれだけなのに体が震える。


 震えるせいで更に痛むが、震えは止まらない。




「王女はお前のことなんてもう考えちゃいないよ。それどころかお前のことなんて忘れてぐっすり眠ってるだろうね」




 嘲る声で男はそう言った。




「お前が馬車から降ろされたのは、ここでオレに殺されるからだよ」




 男の口元に笑みが戻る。


 だがその瞳は欠片も笑っていない。




「こ、殺される……?」




 フリューゲルは襟首を掴まれたまま、目の前の男を見返した。


 ……殺されるとはどういうことだ?


 自分は鞭打ちを五十も受け、手足の腱を切られ、国境の未開の森に放り出されるはずだ。


 王女の意思を汲んで処刑は免れた。




「そんなはずはないっ。私は国外追放のはずだ……!」




 だからここで殺されるはずはない。


 男がうっそりと笑う。




「ああ、それね、王女のためにそうしただけだよ。可愛い可愛いオレのお姫サマは自分のせいで誰かが死ぬと傷付いちゃうから、娘にあまぁい王サマは処刑にしなかった」




「でもね、」と男が言う。




「王女を攫ったお前を生かしておくつもりはないってさ」




 あはは、と男は笑う。


 暗闇の中で妙に明るい声がこだまする。




「王サマも王太子も、オレも、お前を許す気はないよ」




 笑いを抑えた男の言葉に鳥肌が立つ。




「ま、待て、だがここで私が死ねば国外追放にするという決定を崩すことになるぞ……?!」


「そんなのどうにでも出来るでしょ。実際、お前を護送してきた馬車はここでお前を降ろした。あの馬車はそのまま国境の森まで行って、戻ってきて、お前を放逐したと報告して、はいおしまい」


「だが見届け人がいるはずだ……!」




 裁判で下された刑罰が厳正に処されたか。


 それを見届ける人間が存在する。


 その者が空の馬車を見れば不審に思うだろう。


 男は突き飛ばすようにフリューゲルから手を離す。




「そんなの、どうにでもなる」




 その見届け人をこちら側に引き込めばいい。


 第一、放逐されてから王の放った影に殺されるか、放逐される前に目の前の男に殺されるかの違いでしかない。


 そもそもフリューゲルを馬車から出した際に、付き添っているはずの見届け人が何も言わなかったのだから、つまるところはそういうことなのである。


 見届け人も、既に国王の側。


 遅まきながらフリューゲルもそれに気付いた。


 いや、気付いてしまった・・・・・・・・




「ぁ、あ……」




 目の前の男の言葉が頭の中で繰り返される。


 男はフリューゲルに向かって「ここでオレに殺される」と言った。


 この温度を感じさせない笑みを顔に貼り付けている男に、フリューゲルは、これから、殺される。


 頭が理解した瞬間にフリューゲルは男へ背を向けた。


 どんなに手足が痛くとも、どんなに背中が痛くとも、とにかく少しでも離れるために地面を這いずった。


 逃げなければ、それは死に直結する。


 必死に地面を這いずるフリューゲルの背後から、ひたひたと静かな足音がついてくる。




「最後に遊びたいのぉ?」




「いいよぉ、付き合ってあげるぅ」と妙に明るい声が笑い混じりに後ろから聞こえてくる。


 フリューゲルはとにかく前進した。


 服が汚れても、爪に土が入っても、爪が欠けても、それらを気にする余裕はない。


 背後にぴったりついてくる足音から逃げなければ。


 もしも止まれば殺される。


 涙と汗と土の味を口の中に感じながら、フリューゲルは地を這った。


 手足や背中の傷が開いて血が滲んでも這いずり続ける。




「ほらぁ、そんなんじゃすぐ追いついちゃうよぉ?」




 その死神から逃げるために。


 フリューゲルの人生で最も長い夜が始まった。







* * * * *

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