謀られた罪(2)
散々彼らのお世辞を聞き、飽きてきた頃。
部屋の扉が叩かれた。
司祭が勝手に扉を開けて来訪者を招き入れる。
こういう時、わたしが許可を出すまで待つものだと思うんだけど。
内心で呆れているわたしを他所に、入ってきた者達は扉の前に並ぶと人の好さそうな笑みを浮かべた。
「殿下がいらっしゃると聞き、ご挨拶に参りました」
「何でも人攫いに遭われたとか。おいたわしや……」
「何事もなくて良うございましたね」
「殿下をお助けした聖騎士達も鼻が高いでしょう」
礼を執り、ぺらぺらと喋り始める。
しかも全員名乗ってくれたので名前は覚えた。
全員司祭の座についているらしい。
例え逃げたとしても、この場に誰がいたかわたしが証言出来る。
彼らはそれぞれ話をしていった。
まずはわたしの無事を女神イシースに感謝してから、歓迎はお気に召したか、王族としての暮らしはどうか、今の生活に不満はないか、といった質問をそれとなくされた。
わたしは手厚い歓迎に感謝の言葉を述べ、他の質問には言葉を濁すように曖昧な返事をした。
困ったような、悲しげな、そういう顔で。
きっと司祭達はわたしが今の暮らしに不満を持っていると勘違いしただろう。
雑談のように話が進められる。
そうしてついに核心に触れた。
「殿下は王位についてどのようにお考えですかな?」
一番年嵩の司祭だった。
わたしは困ったように眉を下げた。
「現在はわたしを引き取ったお父様が王位についており、いずれはお兄様である王太子殿下がその座につかれるでしょう……」
当たり障りのない言葉を口にする。
「ふむ、それに関して何か思うところがあるご様子ですね」
わたしは黙って困り顔のまま微笑んだ。
言葉には出せません、という風に。
すると別の司祭が口を開く。
「もし、もしもの話ではありますが、殿下が王位につくことが出来たとしたらいかがですか?」
「それは……」
「ああ、ご心配なさらずとも、この部屋におります者は皆、とても口が固いので何をおっしゃられても外に漏れることはございません」
……何が口が固い者だ。
一番口が軽い代表みたいな司祭がそこにいる。
しかも本人はバラした情報の元であるわたしを目の前にして「そうですとも」としたり顔で頷いている。
ここまでイライラさせられたのは初めてだ。
何というか、多分司祭の方は「自分は貴族らしい優雅さが〜」と思ってやっているのかもしれないが、わたしから見たら行動全てがわざとらしくて胡散臭い。
引きつりそうな口元を何とかキュッと結ぶ。
「……そうですね、一度考えたことは」
王位について考えたことはある。
即座にそんな面倒なものは要らないと思ったが。
わたしの言葉に「やはり……!」と司祭達が騒めき、周りに侍る者達が当然という顔で頷く。
「そうです、正当な血筋の王女殿下こそ、王の座に相応しいと我々は考えております」
「あのような血筋も遠い侯爵家などとは殿下は違うのです」
「殿下が王位につかれれば民は美しい女王を敬うでしょう」
「そして女神イシースのご加護を持つ女王を、誰もが崇め、忠誠を誓うことでしょう」
視界の端でふとルルが顔を上げ、そしてわたしの方を見ると深く頷いた。
どうやらお父様が到着したらしい。
それなら、もうわたしが何も知らないふりをする必要もない。
わたしは微笑むのをやめた。
「あら、洗礼の際にいなかった司祭がどうしてわたしの加護を知っているの?」
加護を口にした司祭がハッと口に手を当てる。
「しかもここにいる皆様はそれを知ってるようですが、それを漏らしたのは誰かしら?」
スイ、と視線をフリューゲル司祭に向ける。
その太った体がピクリと揺れ、取り繕うように笑みを浮かべたが、やや引きつっている。
「ま、まさか、私めはそのようなことはいたしません!」
「では大司祭様かしら?」
「お、おお、きっとそうですとも! あの者め、教会の、そして国の法を破るとは何と浅ましい!」
恐れ慄く姿に思わず「なんというブーメラン……」と呟いてしまった。
全員が不思議そうな顔をした。
わたしは咄嗟に小さく咳払いをする。
「そちらの司祭様方は大司祭様よりお聞きになられたというのね?」
視線を向けると司祭達が慌てて頷いた。
「ええ、そうです!」
「そうですぞ」
「まさにそうです」
「いや、殿下は何と優秀であられることか」
あはは、ほほほ、と司祭達が誤魔化し笑いをするのを、わたしは冷めた目で眺め見た。
ルルが扉からサッと離れ、わたしに近付いて来る。
それを目端に捉えつつ、口を開いた。
「いいえ、あなた方が愚かなだけです」
「え?」「は?」と全員の声が重なった。
同時にルルがわたしの周りに侍っている者達のうちの一人の襟を掴むと、無造作に壁へ向かって投げ捨てた。
そこで初めて全員がルルに気が付き、驚いた顔をした。
ルルは構わず、硬直している二人目を蹴り飛ばす。
「ど、な、侵入者ぞ! 誰か、誰かおらんのか!」
いち早く我に返ったのは一番年嵩の司祭だった。
その声に呼応するように扉が開く。
そして司祭達の顔は安堵の表情で固まった。
「ほう、それは一大事だな」
美しい黒髪をなびかせて入って来たのはお父様だった。
その左右や後ろを守るように騎士達も雪崩れ込み、司祭達はあっという間に取り囲まれた。
同時にわたしをひょいと抱き上げたルルはソファーの背もたれの上を歩き、固まる司祭達をすり抜け、お父様の脇に降り立った。
お父様の視線がわたしの全身をサッと確認し、ルルが頷き返すと、わたしの頭を優しく撫でた。
「お前は馬車で一度王城へ行きなさい」
「はい、お父様」
手が離れる時に「よくやった」と褒めてくれた。
それにわたしはルルの腕の中で一礼し、ルルが開け放たれた扉から廊下へ出る。
廊下には大司祭様が真っ青な顔で立っていた。
わたしを見て黙って深々と頭を下げる。
今にも倒れてしまいそうなその姿に、この人は何も悪くないのにと思う。
でも大司祭様だから、司祭達を御しきれなかったことや今回の件を未然に防げなかったことで色々と責任を感じているのかもしれない。
わたしが手を伸ばすとルルが立ち止まった。
頭を下げる大司祭様の肩に出来る限り優しく触れる。
大司祭様が顔を上げたので、わたしはニコリと微笑んで手を離した。
ルルが歩き出したので離れていく大司祭様へ小さく手を振っておいた。
護衛のためか四人、騎士がついて来る。
入った時と同様に目立たない裏口に馬車が停まっていた。
御者が扉を開け、ルルがわたしを馬車の中へ降ろす。
すると馬車の中にお兄様がいて、わたしを抱き締めると「頑張ったな……!」と感極まった声で言う。
ルルが馬車に乗り込み、扉が締められる。
お兄様はわたしから手を離して座席に座らせると、自分もわたしの向かい側に腰を下ろした。
ルルは当然わたしの横だ。
「大丈夫だったか? 報告を聞いたが、麻袋に入れられたそうだな。痛いところはないか?」
心配する眼差しに笑って頷き返す。
「大丈夫です。怪我はしていません。でも、麻袋ってチクチクしてて、触れてた顔が痛かったのでもう入りたくないです」
「当たり前だ、二度とこんなことさせるものか!」
お兄様は「いくら腐敗の根を断つためといっても父上はリュシエンヌに無理をさせすぎだ」と眉を顰める。
「でも、平気でしたよ? ルルが傍にいてくれたから、全然怖くなかったです」
「オレはあんまり面白くなかったけどねぇ」
珍しくルルが拗ねたような声を出した。
片膝の上にもう片足を乗せ、そこに頬杖をついて、その表情はとても不満そうだ。
そっとルルの足に触れる。
「わがまま言ってごめんね、ルル」
ルルがこちらを見やる。
「守ってくれてありがとう」
体を近付けてルルの頬にちゅ、と唇を押し当てる。
ルルの灰色の瞳が少しだけ見開き、瞬いて、そして細められる。
「……はぁ〜、オレの負けだよぉ」
頬杖をやめ、足を解いたルルがわたしに手を伸ばして抱き上げ、膝の上に横向きに乗せる。
そうして頭にルルが頬を寄せた。
ギュッと抱き締められる。
それから、右手を取られ、触れるか触れないかの微妙な具合で唇を当てられた。
「……これでよし」
そこは唯一、侍っていた者達に触れられた場所だ。
まるで消毒か上書きでもするみたいな行動に、わたしは驚きよりも嬉しさの方が募った。
「ルル、騎士みたいね」
物語の中の、お姫様に忠誠を誓う騎士。
お姫様の片手に忠誠の口付けを落とすのだ。
先ほどの美少年達に傅かれても何とも感じなかったのに、ルルにされるとドキッとしてしまう。
目が合うとルルがウインクする。
「リュシーだけの騎士だけどねぇ」
向かい側のお兄様がこほんと一つ咳払いをした。
* * * * *
リュシエンヌとルフェーヴルが去った後。
ベルナールは娘に声が届かなくなったのを確認し、部屋の中で座り込む司祭や美少年達を見やった。
司祭達は影からの報告にあった者達だ。
そして美少年達も、よくよく見てみれば、司祭達の家に繋がりのある家の者達ばかりである。
……それにしても酷い匂いだ。
「窓を開けろ。こんなに匂いが強くては、こちらの鼻が曲がってしまう」
騎士達の数名が窓を開けて回ると、室内にこもっていた花の匂いが薄れていく。
テーブルを見れば、用意された物には一切手をつけられていない。
リュシエンヌは紅茶すら飲まなかったようだ。
その判断は正しい。
貴族は招かれた先で最低でも出された茶や菓子を一口は口にしなければならない。
全く手をつけないのは、歓迎に不満があるか、相手を拒絶していると取られる。
この場合は司祭達の歓迎をリュシエンヌは受け入れなかったという見方も出来よう。
扉が締められ、ベルナールはソファーに腰を下ろした。
「まず、貴様らには国家機密を漏らした罪、王女を利用して王位を簒奪しようと目論んだ罪、私利私欲のために王女を誘拐した罪、そして王女を監禁した罪。どれも反逆罪ばかりだ。……ああ、教会の法に反した罪もあるな」
ベルナールは低く嗤った。
「随分と強欲なことだ。さて、申し開きはあるか?」
金の瞳に鋭く射抜かれて、司祭達が視線を逸らし、互いに「何とかしろ」とせっつき合う。
その中でフリューゲルが声を上げた。
「陛下、それらは全て勘違いでございます!」
妙に堂々とした言葉にベルナールが「ほう?」と興味を引かれたようにフリューゲルを見た。
「我々は反逆だなどとそのような大逸れたことは考えておりません! それどころか教会の聖騎士は王女殿下をお救いし、我々は怯えていらした殿下を手厚く保護していただけでございます!」
「では何故、我がファイエット家に王女を保護していると即座に連絡を寄越さなかった?」
「いいえ、私めはシスターの一人に使いをやるように申し付けました! 恐らくその者が真面目に仕事をしなかったのでしょう……。連絡が届かなかったのは私めのミスです。それに関しての罰であれば粛々と受け入れましょう」
両手を床につき、謝罪するために地に額を押し当ててフリューゲルが平伏する。
他の司祭達が驚いた顔でそれを見た。
しかしすぐに何かに気付いた様子で我先にと同じように頭を地に擦り付け、連絡が途切れたことへの謝罪の言葉を口にした。
これで王女の監禁という罪をなかったことにしようと考えているのがありありと伝わり、ベルナールはやや呆れた顔をする。
「ではそれについては、そのシスターを含めた関係者全員に聴き取り調査をしてどこに問題があり、誰の責任か改めて追及するとしよう」
フリューゲルが頭を上げた。
「陛下、お慈悲に感謝いたします……!」
わざとらしいほどに体を震わせるフリューゲルに、ベルナールはただただ不愉快な気持ちになった。
やめろ、と手を振ればフリューゲルは床から両手を離し、その場に座り込んだ。
「だがまだ罪は残っている。王族の、それも第一王女の洗礼についてはその内容を秘匿するように厳命したはずだ」
フリューゲルが困ったような顔をする。
「それが、そのような話は伺っておらず──……」
「それはありえません」
フリューゲルの言葉を凛とした声が遮った。
騎士達の間から大司祭エイルズ=マッカーソンが姿を現した。
この状況を理解し、顔色はやや悪いが、それでも真っ直ぐに姿勢を正してフリューゲルを見る。
ベルナールがマッカーソンへ視線を向けた。
「どういうことか説明を」
「はい、陛下。私は陛下より厳命が下されたあの日、王女殿下の水晶板を保管庫へ納めた後、その足でハロルド殿の部屋へ行き、陛下のご意向を伝えました」
「証拠はあるか?」
「その際、ハロルド殿の部屋の前にいた聖騎士達と側仕えの者達が聞いております。その者達は街の警備兵の下で保護していただいていますので、陛下がお望みになれば喜んで彼らも証言してくれるでしょう」
ベルナールはマッカーソンの言葉に頷き、フリューゲルを見た。
「だ、そうだが?」
フリューゲルがぐっと一瞬唇を噛む。
「しかし陛下、私が王女殿下の洗礼の内容について口外した証拠はありません」
他の司祭達もそれに頷く。
他の司祭達が黙っていれば乗り切れると思っているのだろうが、甘すぎる。
ベルナールが指を鳴らせば全身黒服の者が天井から降りてきた。
「あの時と同じ報告をして差し上げろ」
黒服の者は頷くと、あの日と同じ報告を繰り返す。
最初は突如現れた不審な者に眉を顰めていたフリューゲル達であったが、その黒服の口からスラスラと流れ出る報告を聞いていくうちに段々とその顔から血の気が引いていく。
自分達の発言くらいは覚えていたらしい。
黒服、黒騎士と呼ばれるその者は、フリューゲル達の発言を一言一句違えず、全て覚えていたのだった。