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ルルとリュシーの街歩き(2)

 



 屋台に辿り着くと足取りが緩やかになる。




「まぁ、色々見て欲しい物があれば買えばいいよぉ」




 そういうことで市場を見て回ることにした。


 最初の屋台は野菜を売っているらしく、色々な野菜と少しの果物が並んでいた。


 どれも瑞々しいのは今朝採れたものなのだろうか。


 ……さて、値段は……。




「こんにちは〜」




 ルルが声をかけるとお店のおじさんがニッと笑う。




「いらっしゃい。なんだ、兄妹で買い物かい?」





 ルルとわたしを見比べておじさんが言った。


 それにルルが頷く。




「うん、そうなんだぁ。そろそろ妹にもお金の使い方を覚えさせようと思ってねぇ」


「そうかい、そうかい」




 おじさんが微笑ましげにわたし達を見た。


 側から見たら、きっと年の離れた兄妹に見えていることだろう。


 目が合ったおじさんにわたしも笑う。




「こんにちは」




 おじさんが「ははぁ」と感心したような声を漏らす。




「こんなに可愛い妹じゃあ、兄ちゃんが心配してついてくるのも無理ねぇな」


「そうなんだよぉ。父さんなんて過保護でさぁ、護衛も連れて行けってぇ」


「そりゃあそうだろう。妹も兄貴もこんだけ見目が良いんだから、親だって過保護になるってもんさ!」




 がははとおじさんが明るく笑う。


「そんなものかなぁ」とルルが苦笑して見せた。


 それからルルがわたしに視線を向ける。





「どう? 何か食べたい物はあった〜?」




 その問いに考える。


 野菜はいらない。果物はちょっと気になる。




「おじさん、このリンゴ、一ついくら?」




 指差して訊くと「銅貨一枚だよ」と教えてくれた。




「よこのオレンジは?」


「そっちは二個で銅貨一枚」


「……ブドウは?」


「それは一つで銅貨三枚だな」




 おじさんが目の前でオレンジを一つ剥いて、一房「ほら、食べてみろ」と差し出した。


 ルルが受け取り「夕飯が入らなくなると怒られるから半分ずつねぇ」と半分かじる。


 それから残りの半分をくれた。


 口に入れると甘酸っぱいオレンジの味が広がる。




「……おいしい!」


「今朝採れたオレンジだからな、瑞々しくて美味いだろう?」


「はい、ビックリしました」




 まるでジュースを飲んだみたいに瑞々しい。


 ……果物、他のも美味しいのかな?




「リンゴ三つとオレンジ四つ、ブドウを三つください」


「あいよ! いくらか分かるかい?」


「はい、ぎんか一枚とどうか二枚です」




 ルルが懐から袋を取り出してわたしに渡す。


 そこから、わたしは銀貨を一枚、銅貨を二枚取り出した。




「これでおねがいします」


「おお、お嬢ちゃん計算早いねえ! いくつだい?」


「この前、六さいになりました」


「その歳でそれだけ早く計算が出来るなんて、お嬢ちゃんすごいなあ」




 おじさんは銀貨を受け取った。




「紙袋は銅貨五枚だけど要るかい?」


「はい」




 更に銅貨五枚を渡すと大きな紙袋にリンゴ、オレンジ、ブドウを入れてくれて、護衛の騎士がそれを受け取った。


 ついでに野菜を指差して、あれはいくら、これはいくら、と目につく物を聞いてみたが、野菜は多分かなり安いだろうことが分かった。


 果物の方がやや値段が高い。


 最後にお礼を言ってお店を後にする。


 買った果物は飲み物代わりに食べることにした。


 沢山買ったのは、護衛の騎士二人の分も含めていたからで「のどがかわいたら食べてください」と言うと何故かすごく喜ばれた。


 ついでにオレンジを一つ剥いてもらった。




「ルルもどうぞ」




 口元にオレンジを一房差し出すと、ルルがニコリと笑った。




「ありがとぉ」




 そうしてオレンジを交互に食べながら、野菜や果物、干し肉などを売っている屋台を見ながら通りを進んでいく。


 どうやら肉はそれなりに高級らしい。


 屋台の干し肉でさえ銀貨でなければ買えない。


 ルルに尋ねてみたところ、やっぱり肉は平民からしたらやや値の張る物だそうだ。


 逆に野菜は安く、果物は物によるという。


 お屋敷でバランスの良い食事が出ていたけれど、毎日肉を口に出来るのは裕福な家でないと難しいということだった。




「むしろ地方の村の人間の方が肉食べてるよぉ。猟師もいるし、村全体で狩った獲物を共有して分けたりするからねぇ」


「へぇー」




 確かに王都に住んでる人達が狩りをするのは厳しい。


 自分の仕事もあるし、毎日王都を出入りするだけでも大変だろうし、何より狩りも経験がなければ簡単に獲物は捕まえられない。


 これからはもっと感謝しながら食事は食べよう。


 野菜を売っている屋台、果物を売っている屋台、干し肉を売っている屋台、何やらよく分からない草みたいなものを売っている屋台と様々なお店を眺めて、噴水のある広場に辿り着く。




「ここが市場の中心だよぉ。あれが噴水〜」




 ルルの指差した場所には確かに噴水があった。


 大きさもそれなりにあって、中央の台座から綺麗な水が吹き出している。




「ふんすい、キレイだね」




 日の光に水がキラキラ輝いている。


 それに噴水の縁に座って、人々が気の向くままにお喋りをしたり、どこかの屋台で買ったらしい食べ物を食べたり、昼寝を楽しんだりしている。


 噴水は憩いの場でもあるらしい。




「お土産は最後に見るとしてぇ、次は雑貨品、その後に食べ物かなぁ」




「それでい〜い?」と訊かれて頷き返す。


 ルルはわたしを抱えたまま左手の通りへ向かった。


 左手の通りもまた、屋台であふれている。


 先ほどのルルの言葉通り、雑貨品を売っているようで、日用品からちょっとしたバッグまで、色々な物が既に通りにはみ出ていた。




「あれはお皿?」




 木製の物が並んだ屋台を示すとルルが頷いた。




「平民の家は大体、ああいう木製の皿やコップを使うんだよぉ。銀食器やガラスを使うのは裕福な商家や貴族の家だねぇ」


「あれほしい」


「え? ただの木製の食器だよぉ?」


「うん、かわいい」




 丸みを帯びた木製の食器は可愛らしい。


「かわいい……?」と首を傾げながらもルルは屋台に寄ってくれた。


 屋台のおばさんがわたしとルルを見てニコリと笑った。


 恐らく兄妹で買い物に来たと思ったのだろう。




「いらっしゃい。ゆっくり見てってね」




 おばさんの言葉に頷き返す。


 屋台には深皿、平皿、コップ、フォーク、スプーンが置かれていて、どれも丸みを帯びている。


 シンプルなものもあれば、側面に飾り彫りがされているものもあって、丸みのあるフォルムも相まって可愛らしい。




「ルル、それとって」




 木製の平皿を指差すとルルが取ってくれる。




「これ?」


「うん、ありがとう」




 ルルが取ってくれた平皿を受け取る。


 木製のお皿は縁周りが二センチ幅くらい平たく盛り上がっており、そこに細かな植物が彫り込まれていた。


 触ってみると丁寧に表面が磨かれて、つるりとした感触がした。


 ……うん、なかなかに可愛い。




「これと同じがらのスプーンとフォークはありますか?」




 おばさんに声をかけるとニコニコしながら並んでいる食器の中からスプーンとフォークを手に取った。




「その皿なら、これとこれだね」




 ルルが受け取り、差し出される。


 スプーンもフォークも確かに同じ植物が彫られていて、どれも可愛らしい。




「買っても多分使えないよぉ?」




 ルルが囁くように言う。


 それにわたしも頷いた。




「うん、ニコの分だからいいの」




 今日はルルが抱えてくれているからか、ニコはお留守番である。


 王女であるわたしの食器を木製の物に替えてくれなんて我が儘を言うつもりはない。


 代わりにヌイグルミのニコ用にするのだ。


 いつも食事の時にニコを食堂へ連れて行っているけれど、椅子に置いているだけなので、形だけでも食器を飾ればそれらしく見えるだろう。


 わたしの言葉にルルが目を瞬かせた。




「ヌイグルミの?」


「そう、ニコのしょっき」


「そっかぁ」




 それなら、とルルも頷いた。




「おばちゃ〜ん、この食器いくら〜?」




 わたしの持っている食器を指してルルが訊くと、おばさんが「買ってくかい?」と目尻を下げた。




「皿は銀貨一枚と銅貨三枚、スプーンとフォークはそれぞれ銅貨十枚さね」




 頭の中で計算する。


 お皿は銀貨一枚と銅貨三枚。


 スプーンとフォークで銅貨二十枚。


 ……ということは。




「ぎんか二枚とどうか十一枚?」


「おやまぁ、お嬢ちゃん小さいのによく計算出来たねぇ!」




 まるで孫でも見るような穏やかな眼差しで見られる。




「今日はじめてかいものしました」


「そうかい、そうかい、買い物は楽しいだろう? あ、紙袋は要るかい?」


「いります」


「じゃあ特別に銅貨一枚にしとくからね!」




 おばさんが感心した様子でわたしが差し出した銀貨三枚を受け取った。


 持っていた食器はおばさんに一度返し、紙袋に入れて騎士が受け取ってくれる。




「ありがとうございます」




 最初のお店で紙袋は銅貨五枚だった。


 それを一枚にまけてくれるというのはかなりすごいことだと思う。


 ぺこりと頭を下げるとおばさんはからりと笑った。




「礼儀正しい良い子だ! お兄さんもこんな妹がいて鼻が高いだろう?」


「うん、自慢の子だよぉ」


「だろうね!」




 ルルの言葉におばさんが明るく笑う。


 わたし達は「買ってくれてありがとうね!」という声を受けながらお店を後にした。


 それから雑貨品を売っている他の屋台も見て回った。


 雑貨と言っても、値段はそれぞれだった。


 わたしが買った食器類は比較的高い方で、意外にもハンカチなどの小さな布製品は安かった。でも安い布はかなりゴワゴワしていて、値段並みのものだった。


 古着もあったけど、平民の普段着は結構安く、貴族の古着はやはりそれよりもかなり高かった。ただ貴族の古着は布の質が良いらしい。


 平民のオシャレはリボンや色を塗った木のビーズの飾りなどで、宝石がついていても小さい。貴族へ売れないような小さい宝石が平民の間に出回っているそうだ。


 それでも気軽に買える額ではない。


 ちなみに貴族のドレス一着で平民の家族三人が三、四ヶ月暮らしていけるという。


 貴族のドレスは古着で着なくなると、爵位の高い方から低い方へ下げ渡されていき、最終的に平民の下まで行って結婚式などのお祝いのドレスとして役目を終えるらしい。


 雑貨品の屋台はなかなかに面白かった。


 何に使うのかよく分からない物も売っていたし。


 初めて目にする物が沢山あった。


 わたしが雑貨品をあれこれ見ている間、護衛の騎士達は時々果物を食べていて、たまにオレンジやブドウを少し分けてくれた。


 ルルはわたしを抱えながら、もう片手で器用にリンゴを持って食べていた。一口だけそれももらった。


 雑貨品の屋台を見て回り、また噴水まで戻って来た。




「雑貨品はそれでい〜い?」




 わたしは木製の食器の他に、平民の子供の間で最近人気だという木製の騎士を象った人形と刺繍の入ったリボンを何本か買った。リボンはニコ用だ。




「うん」


「じゃあ次は食べ物を見に行こうかぁ」




 心なしかルルがご機嫌そうだ。




「食べもの、おいしい?」


「屋台のやつも結構美味しいよぉ。オレは堅苦しい料理より、こっちの方が好きかなぁ」




 言いながら、真っ直ぐ進んで次の通りへ向かう。


 近付くだけで食べ物のいい匂いが漂ってくる。


 思わずその匂いを嗅ぐと、ルルに「リュシー、鼻動いてるねぇ」と笑われた。


 だって本当に美味しそうな匂いなのだ。




「ここはオレのオススメの店に行くよぉ。物によっては辛かったり味が濃かったりして、リュシーにはちょ〜っと食べ難いものもあるからねぇ」




 ルルの言葉にうんと頷き返す。


 そうしてルルがいくつかの屋台を通り過ぎて、一つの屋台の前で立ち止まった。




「おう、らっしゃい!」




 体格の良いおじさんが声をかけてくる。


 屋台は串焼きを売っている店だった。


 串焼きと言ってもお肉だけでなく、野菜ものもあって、タレの香ばしい匂いがする。




「おじさ〜ん、肉串五本ねぇ」


「あいよ! 銅貨一枚まけてやるから、銀貨二枚だな!」


「リュシー」




 ルルに言われて銀貨二枚を出す。


 おじさんは「兄妹で仲良いねえ!」とお金を受け取り、代わりに串を差し出した。


 騎士二人に二本ずつ渡し、ルルが一本手に持ち、半分食べてからわたしへ差し出した。




「串、尖ってるから気を付けるんだよぉ?」


「うん、ありがとう」




 受け取った串にかじりつく。


 やや硬い肉だけど、タレが染み込んでいて、噛めば噛むほど味が出てくる。


 一応顎の下にハンカチを添えているので、もしタレが落ちても服を汚すことはない。


 ルルがまた歩き出す。




「それ美味しいでしょ〜?」




 うん、と頷く。




「はじめて食べるあじだけど、おいしい」


「屋台の串焼きなんて普段食べないからねぇ」


「なんか『にく!』ってかんじがするよ」


「あはは、がっつり肉だもんねぇ」




 お屋敷で出てくる料理は肉料理もあるけれど、綺麗に盛り付けられているし、香草やら何やらを色々使ってあってあんまり肉の臭みもないし、柔らかい。


 この屋台の肉はやや硬くて、獣の肉独特の臭いもあって、でもそれがタレと炭の香ばしい匂いのおかげで美味しさに変換されている気がする。


 野性味のある、見た目も上品さとは程遠いものだ。


 でもとても美味しい。




「わたし、こういうのも好き」


「リュシーって何でも好きだよねぇ」


「うん、食べものはどれも好き」




 そんな話をしているうちに次の屋台へ着いた。



 

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