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リボンとドレス

 






 誕生日を祝ってもらった翌日の午後。


 お父様が言っていた通り、仕立て屋がやって来た。


 歳の頃は四十代ほどでややふっくらとした顔立ちの、気の良さそうな女性だった。


 一緒に来た数名のお針子達は二十代から三十代ほどくらいで、それぞれ動きやすそうなシンプルなワンピース姿である。


 そして何故かお兄様もいる。


 ここは広い応接室なのだけれど、さすがにわたしやルル、お兄様、リニアさんとメルティさん、仕立て屋の人々が集まると少し手狭に感じてしまう。


 仕立て屋の人々は部屋に入ると礼を執る。




「第一王子殿下、第一王女殿下にご挨拶申し上げます」




 全員頭を下げたままだ。


 それにお兄様が頷いた。




「うむ、面を上げよ」




 全員がゆっくりと顔を上げた。




「聞いているとは思うが、今日は妹のドレスを作りたい。だが生憎僕も妹もドレスに少し疎くてな、こういうものはその道の者に頼みたいんだ」




 お兄様の横に座って頷く。


 ちなみにルルはソファーの斜め後ろにいる。


 女性はにこりと微笑んだ。




「そのようにおっしゃっていただけて光栄に存じます。このウィニー=オルガ、非才の身ではございますが精一杯努めさせていただきます」




 おっとりとした口調のおかげであまり怖くない。


 女性、オルガさんが軽く手を叩く。


 すると控えていたお針子達が何やら平たい箱をいくつもテーブルの上へ並べていった。




「こちらは国王陛下よりご注文いただきました王女様へのプレゼントでございます」




 お針子達が箱を開けていく。


 平たい箱の中には色とりどりのいくつものリボンが並んでおり、中には刺繍のされたものもあった。




「こちらのリボンは全て最高級の生地でお作りしてあります。光沢を出すために絹を織り込んだり、華やかに刺繍を施したり、どのようなドレスにも合うようにとのことでしたので種類も色も豊富に揃えさせていただきました」




 どうぞ、と手で示される。


 ルルが箱を取ってくれたので、そこからリボンを一つ触ってみた。


 ツルツルすべすべの感触は手触りが良く、光沢も綺麗で、糸の解れなどもない。


 箱一つに同じ色のリボンが五本入っている。


 そうして、その箱はパッと見ただけでもテーブルに7つほど並べられ、並び切れないものが更にいくつもお針子の手の上に重なっていた。




「……とてもきれいですね」


「気に入ったか?」


「はい。……よういしてくださって、ありがとうございます」




 オルガさんの表情が明るくなる。




「勿体ないお言葉でございます。私共は陛下の命でご用意させていただいたまで。どうぞ、そのお言葉は陛下へお伝え下さいませ」


「はい、そうします」




 リボンの入った箱は部屋の隅に積み重ねられた。


 それからお針子達がテキパキと衝立を部屋の隅に立てていく。




「それでは、まずは王女殿下の採寸をさせていただきます。あちらで行いますのでお待ちいただいている間、王子殿下はこちらのデザイン画をご覧ください」




 頷き、ソファーから自力で降りる。


 実は今朝、とうとうお医者様から歩いて良しと許可を出してもらえたのだ。


 久しぶりに歩いて分かったけど、やっぱり大分足の筋肉が弱っていて、ゆっくりと歩いて衝立へ向かう。


 わたしが転ばないようにルルが衝立の近くまで付き添ってくれて、衝立の奥はリニアさんが代わりについていてくれることになっている。


 衝立の中には既に準備万端といった様子のお針子達がいて、衝立を動かして見えないようにすると、リニアさんと共にあっという間にわたしの着ていた服を脱がせてしまう。


 ……まあ、恥ずかしくはない。


 下着はかぼちゃパンツみたいなドロワーズだし、肌着もタンクトップみたいなものなので、肌の出ている面積は少ない。


 言われるがままに立って、両手を左右に広げていると、お針子達が数人がかりでリボンみたいなものでわたしの体を採寸していく。


 あのリボンがメジャー代わりなんだろう。


 全身を測られるので時間がかかるだろうと思っていたら、意外と早く終わった。


 わたしの採寸を終えるとリニアさんが元の服を着せてくれる。


 そうして衝立が動かされて、外へ出た。




「お疲れ様でございます」




 ずっと側で待っていたらしいルルと共にソファーへ戻れば、メルティさんが果実水を渡してくれた。


 ただ立ってるだけなのに結構疲れる。


 果実水を飲むわたしにお兄様が振り向いた。




「リュシエンヌはどのようなドレスがいい?」




 ……ドレスかあ。


 どのようなと言われても正直分からない。


 本物のドレスなんて着たことないし、流行も分からないし、そもそも動き難い服は苦手だ。


 ……原作のリュシエンヌはものすごくゴテゴテした派手なドレスを着ていたっけ。


 原作のリュシエンヌ=ラ・ファイエットは美しく、常に豪奢なドレスと華美な装飾品を身につけていた。


 それでお父様やお兄様だけでなく、他の貴族からも顰蹙を買っている風だった。




「うごきやすいのがいいです。ピカピカしたのも、ふわふわしたのもたくさんはいらないです」




 ……うん、正反対の服装にしよう。


 幸い、わたしは派手なものよりシンプルなものの方が好きだ。




「かしこまりました。では、こちらのデザインはいかがでしょうか?」




 差し出されたデザイン画をルルが受け取り渡してくれる。


 紙に描かれたデザインはどれもシンプルだ。


 フリルやリボンは最低限にして、レースを取り入れており、スカートの広がりもあまり大きすぎない。形は全体的に体に沿うものが多い。




「少し前の流行は肩をバルーンにするものでしたが、現在は体に沿ったものが主流になっております。リボンやフリルを控えめにする代わりにレースを多めにすれば品もあってよろしいかと」




 子供向けにありがちな大きなリボンはない。


 オルガさんの言葉に頷き返す。




「装飾品はどのようになさいますか? ご入用のでしたら我が商会にてご用意させていただきますが」




 ドレスに装飾品といっても宝石の類は要らない。


 どうしてもと言うならいくつかは持つけれど、出来れば普段はリボンがいい。


 ……リボンの方が楽だしね。




「キラキラ、ピカピカはいりません。リボンがいいです」


「妹は宝石や金銀細工のアクセサリーより、リボンの方が好きらしい」




 わたしの言葉をお兄様が分かりやすく言い直す。


 それにオルガさんが「まあ!」と声を上げた。




「陛下がリボンをとおっしゃられたのはそれが理由でございましたか。ではドレスに合うリボンも揃いでご用意させていただきます」




 ニコニコと笑顔でオルガさんが言った。


 何でそんなに笑顔なのだろうか。


 その後はお兄様だけでなくリニアさんやメルティさんも加わり、ドレスのデザイン画を見ていくつか選び、わたしに見せるという作業を繰り返した。


 ……一体何着作るつもり?


 最低でも、もう十着分は選んでいる。


 それでもまだ足りないのか、お兄様もオルガさんも熱心にドレスについて話している。


 ……疲れたなあ。




「リュシー、大丈夫ぅ?」




 ルルが小声で話しかけてくる。




「つかれた」




 素直に言えば苦笑された。


 差し出されたお皿からクッキーを摘む。


 別にわたし自身はさして動いていないのだけれど、これだけ大勢の人と接するは初めてで気疲れしてしまったのかもしれない。


 それにそろそろお昼寝の時間だ。


 ……眠い……。


 頑張って起きていようとするが、瞼が閉じてしまいそうになる。




「ああ、リュシエンヌはもう限界か」




 横にいたお兄様に気付かれた。




「ルフェーヴル、リュシエンヌを部屋で休ませてやってくれ」




 お兄様の言葉にルルがわたしを抱き上げた。




「……おにいさまは?」


「僕はまだここにいるよ」


「おねがいします」


「ああ、可愛いドレスを選んでおくから、リュシエンヌはゆっくり休め」




 お兄様に軽く頭を撫でられ、わたしは眠気を我慢しながら「しつれいします……」と退室の断りを入れる。


 ルルに抱えられて応接室を出た辺りで記憶が途切れた。








* * * * *








 ルフェーヴルは眠りに落ちたリュシエンヌを運びながら、考えていた。


 ……ドレスねぇ。


 本人が何も言わないのでルフェーヴルも黙っていたが、恐らく、リュシエンヌはあまりドレスが好きではない。


 それに装飾品の類も。


 今着ている服ですら、最初は酷く動き難そうに、落ち着かなさそうにしていた。


 多分派手なものや動き難いものは苦手なのだろう。


 しかし王女という身分である以上はドレスを身につけるしかない。


 それをリュシエンヌも分かっているようで、ドレスに関しては華美でなければいいといった感じであった。


 そのあまりの興味のなさにアリスティードと仕立て屋の方がドレス選びに熱中してしまっている。


 ルフェーヴルもリュシエンヌに服は贈りたい。


 だが、ドレスではダメだ。




「……服は結婚後かなぁ」




 結婚して、リュシエンヌが外に出なくても良くなったら、動きやすくて可愛い服を贈ろう。


 身の回りのものは全て買い与えて。


 ルフェーヴルが与えた物だけで埋め尽くしたい。


 その中でリュシエンヌが笑っていてくれるなら、ルフェーヴルはいくらだって稼いでこよう。


 ……でもあんまり仕事を入れるとリュシーとの時間も減るしなぁ。


 出来る限り高めの仕事を選んで、出かける回数を減らし、その代わりにリュシエンヌの傍にいる時間を増やす。


 それが一番良いような気がする。


 リュシエンヌの部屋に到着し、扉を開けて、中へ入る。


 大きなベッドへそっと寝かせてシーツをかける。


 昨日渡したヌイグルミをリュシエンヌは、ルフェーヴルが言った通りにずっと抱えている。


 さすがに入浴と食事の時は手離すが、それ以外では眠る時も一緒にいる。


 子供向けのヌイグルミの中でも手触りの良いものを選んだが、正解だったようで、リュシエンヌはよくヌイグルミに顔を埋めるように抱き締める。


 可愛らしいリュシエンヌが可愛らしいヌイグルミを抱えている様は、とてもかわいい。


 他の侍女二人やアリスティードだけでなく、屋敷の使用人もヌイグルミを抱えるリュシエンヌを和やかな目で見ていた。


 中にはリュシエンヌに思うところのある者もいるようだが、そういう者はリュシエンヌの担当からは外されているらしく、あまり見かけることはない。


 ……まあ、どうせ忌まわしき旧王家の血筋が〜とか思ってるんだろうなぁ。


 旧王家を良く思わない者からしたら、これまで溜まっていた感情の行き場がなくなってしまったわけで、そうなれば生き残りのリュシエンヌには思うところはあるだろう。


 ……こんなちっちゃな子を憎んだって仕方ないのにねぇ。


 よしよしと頭を撫でてやる。




「……るる……」




 眠ったままのリュシエンヌに名前を呼ばれる。


 顔を覗き込めば、眉を寄せて、シーツを強く握っていた。


 ……嫌な夢でも見てる?


 そうだとしたらリュシエンヌが見る悪夢というのは後宮でのことしか思いつかない。


 大丈夫だと安心させるように背中を撫でてやれば、ギュッと握られていた手が少し弱まる。


 寄せられていた眉も少しだけ和らいだ。


 小さな体を丸めて眠るのは癖か。


 大きなベッドの端、リュシエンヌは必ずルフェーヴルのいる方に寄って眠っている。


 ベッドの真ん中で眠ったのは熱を出して意識が朦朧としていた間だけだ。


 眠るまで手を握っていて欲しいと言われることも珍しくなく、ルフェーヴルも、リュシエンヌが深い眠りに入るまではいつもベッドの横にいる。


 ……あー、そうだったぁ。


 眠るリュシエンヌの耳元に顔を寄せる。




「リュシー、大丈夫だよぉ。王も王妃も、王子や王女も、みぃ〜んな死んじゃったからねぇ。もうリュシーを虐める奴はいないよぉ」




 眠っているから聞こえないだろう。


 もし聞こえていたとしても、リュシエンヌはきっと「そうなんだ」とだけ言っただろう。


 あれほど酷い扱いを受けたにも関わらず、リュシエンヌには王妃達を恨む気持ちがないようだから。


 まだまだ痩せている頬をそっと撫でる。


 するとリュシエンヌの顔がへにゃりと緩んだ。




「そうそう、リュシーはそういう顔をしてればいいんだよぉ」




 リュシエンヌの頬を撫でて、ルフェーヴルは笑う。


 何の苦労もなく、屈託のない笑顔。


 それがルフェーヴルがずっと見ていたいと、そうであって欲しいと思う顔だった。







* * * * *

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