ルルと勉強(4)
今日のルルとお勉強の時間。
わたしは今日が一番楽しみだった。
魔法というのはやっぱり特別だ。
例え魔力がないわたしでは使えないと分かっていても、それを学びたいし、知りたい。
それに知らないものは怖い。
知っている、というだけで怖さは薄れる。
だから使えなくても学んでおきたいのだ。
……何より魔法のある世界に生まれたんだから、魔法を学んでおかないなんて損だと思う。
ノート代わりの本とペンを手元に置く。
「それじゃあまずは『魔法』について簡単に説明するよぉ」
ルルはわたしの隣に座っている。
「『魔法』っていうのは『魔力』を『精霊』に捧げて『詠唱』によって精霊に使いたい魔法の種類をお願いして、精霊が魔法を生み出してくれるものなんだぁ」
「まほうは人じゃなくて、せいれいが生み出すの?」
「そうそう、その代わりに精霊に魔力をあげる〜」
ノートに習ったばかりの公用語でメモしていく。
「ささげられるのは、まりょくだけ?」
「うん、そう言われてるねぇ。そもそも精霊っていうのは世界の基礎となる存在で、魔力を元に活動してるらしいよぉ。だから精霊は魔力が欲しくてぇ、人は魔法を使いたいからぁ、持ちつ持たれつって感じぃ?」
じゃあ他のものでは意味がないんだろう。
「魔法の大きさは精霊に捧げる魔力の量で決まるよぉ。大きい魔法は沢山魔力が要るし、小さい魔法は少なくて済むんだけどぉ、魔力量は人それぞれだから使える魔法の大きさや回数には限りがあるんだよねぇ」
……それはゲームのMPみたいな感じかな?
「まりょくのりょうはふえないの?」
「成長によっては多少増えるらしいけどぉ、十歳ぐらいで大体魔力量は決まるかなぁ。それに魔法には火・水・風・土・闇・光の六つの『属性』があってぇ、属性との相性が悪いとぉ、魔力が沢山あっても大して魔法が使えないってこともあるんだよぉ」
「そうなんだ……」
……結構厳しい部分もあるんだなあ。
わたしは魔力がないから魔法が使えなくても仕方ないって思えるけど、魔力が沢山あるのに魔法があんまり使えないってなったらつらいと思う。
「ぞくせいは、火・水・風・土・やみ・光の六つだけ?」
「そうだよぉ。属性との相性、もしくは親和性っていうのは言っちゃえば『どの精霊が自分の魔力を好むか』ってこと〜」
「せいれいがすきじゃないとダメなの?」
「ダメだねぇ。リュシーだって、好きな人のお願いと嫌いな人のお願いだったらどっちのお願いを聞く?」
……そっか、そういう好みに近いんだ?
「すきな人」
「そういうことだよぉ」
それについてもノートへ書き写す。
魔法は魔力だけでなく精霊との相性も必要で、相性、親和性が高くないと魔法が使えない、と。
……ルルはいくつ魔法が使えるんだろう。
気になるけど、人の魔法やスキルについて聞くのはあまり良くないという話だったので聞き難い。
「魔法を使えるのは人間だけ?」
それともこの世界にはエルフとかドワーフとか、そういう人種もいるのだろうか。
それはそれで夢が広がるけど、人種が増えると色々問題も増えそうだ。
「ううん、魔獣も魔法を使える奴がいるよぉ」
「まじゅう?」
「獣みたいだけど、獣より強くて、凶暴なんだよぉ。魔力を持ってる獣って言うかぁ」
そういう存在がいるのには驚いた。
……でもわたしが見たことがないのは仕方ないか。
今までずっと城の敷地内にある後宮で暮らしていたし、それからこのお屋敷に来たが、外には全く出ていない。
その魔獣に出会うことがないのだ。
それにルルの話しぶりからすると人間以外の人種はいないのかもしれない。
「まあでも、その魔獣ももういないけどねぇ」
……そうなんだ。
「で、魔力をどうやって精霊に捧げるかって言うとぉ、ここで詠唱が出てくるんだよねぇ。詠唱をする時に言葉に魔力を込めるんだぁ。そうすると精霊が魔力を受け取って魔法を起こしてくれるの〜」
「えいしょうって、ルルがまほうをつかうとき、言ってるのだよね? でもきいても分からないよ?」
そう、ルルが魔法を使う時、確かに何かを呟いているのは分かる。
だけど聞き取れたことが一度もない。
まるで早送りにした音声を聞いているような、それを更に逆再生しているような感じで、意味を理解出来なかったのだ。
「あ〜、あれねぇ。魔力を込めると詠唱が精霊に聞こえるようになるんだけどぉ、人の耳では聞き取り難くなるんだぁ。詠唱自体はどこの国の言葉でもいいんだよぉ」
それは不思議なことだ。
魔力が込められると何が変わるんだろう。
それらについてもノートに書いていく。
「魔法で大事なことは、詠唱に魔力を込めること、属性の親和性が高いこと、魔力量が多いことかなぁ」
……うん? でも待って?
「ふつうの人のまりょくのりょうって、どれくらい?」
「そうだねぇ、平民でも大体、百から五百前後ってところ〜? 千に近いと冒険者として問題ないくらいって言われてて、三千くらいだと魔法士として貴族に雇われて一生安泰に暮らせるって感じかなぁ」
意外と普通の人でもそれなりに魔力を持ってるみたいだ。
普通で百から五百前後ってことは、みんな小さな魔法くらいは使えそうである。
そういえば部屋に暖炉があるけれど、リニアさんもメルティさんも、火打ち石を使っている姿を見たことがない。
……もしかして魔法で事足りちゃうのかな?
そうだとしたら魔法って便利だ。
だけど魔力量って人それぞれで、そうだとしたら、魔法を使えたとしてもあっという間に魔力がなくなってしまうんじゃないだろうか。
「小さいまほうだと、どれくらいまりょくをつかう?」
ルルが驚いたように目を瞬かせ、それから面白そうに目を細める。
何故か頭を撫でられた。
「リュシーって本当、頭良いよねぇ。小さな魔法、初級の攻撃魔法は大体一回で十前後くらいでぇ、普段の生活で火を点けるくらいなら五くらいかなぁ」
「いがいと少ないね」
「初級とか生活魔法は簡単な魔法だからねぇ。中級になると一回で五十以上いくし、上級になると軽く百は超えるよぉ。その上に更に
魔法は初級で十、中級で五十、上級で百、更に超級、災級、神級がある、と。
後半三つは何となく想像がつく。
災級って災害級ってことなんだろうし、神級はそれこそ神様かと思うくらいってことなんだろう。
そこまで魔力が多くて、それを使える人って、いたら確かに危険だ。
国に属して管理されるっていうのも分かる気がする。
でもそんなに強い人も滅多にいないらしい。
みんな魔力を持ってるのに、強い人はあんまりいないって面白い。
「ちなみに王族なら超級を使えるくらいは魔力があったりするよぉ」
……わたし、王族だけどない……。
「でも王族って何故か精霊との親和性が低くて、全属性使える人はあんまりいないらしい〜。その代わり、親和性の高い属性の魔法がとんでもなく強いんだってぇ」
「そうなんだ」
「不思議だよねぇ」
ノートに聞いたことを纏めていく。
書いている途中でふと疑問が湧いた。
「まりょくをつかい切ると、どうなるの?」
「ぶっ倒れるねぇ」
「じゃあまりょくをつかい切るのはあぶないね」
倒れるということは何かしら体に負担がかかるのだろう。
それに戦ってる最中に倒れるなんて最悪だと思う。
「そうだねぇ、無理に大きな魔法を使おうとして魔力だけじゃあ足りなくて、精霊に生命力まで奪われて死んだ奴は一回だけ見たことあるよぉ」
……何それ怖い。MP切れを起こすと足りない分はHPが削られて死ぬってこと?
「まりょくをもどすこと、できない?」
「戻す? あ〜、回復のこと?」
ルルの問いに頷き返す。
「それなら魔力回復薬があるよぉ。……高いし、クソまずいし、飲んだ後しばらく胃がムカムカする」
「のんだことあるの?」
「ずーっと昔ね。もう二度と飲みたくない」
間延びした口調じゃないってことは、ルルの本心で間違いないんだろう。
嫌そうな顔したルルは小さく息を吐いた。
どうして飲むことになったのか。
でも、何となくそれって仕事に関係するのかなと思って、聞くに聞けなかった。
「だからいつもチョコレートもってるの?」
だから別の質問をする。
「ん〜、まあ、そうだねぇ。まずい薬を飲んだ後って口の中に味が残ってて死にそうなくらいまずいでしょ〜?」
「それは、うん……」
この世界の薬は本当に「薬草を使いました」と分かるような味なのでまずい。
苦くて、青臭くて、えぐくて、でもちょっと甘味があって、それが更に青臭さとえぐみを強くしてしまって、ハッキリ言ってすごくまずい。
痛み止めや解熱薬でも結構なまずさなのだ。
出来るだけ怪我や病気はしたくないと思う味だ。
「あ、まほうでケガ、なおせるんだよね? くすりをのむより、そっちの方が早いよね?」
「それはそうだけどぉ、治癒魔法は光属性に親和性がないと出来ないんだよぉ。光属性と相性が良い人ってなかなかいないんだぁ。だから教会や治療院で治してもらうとかなりお金かかるんだよぉ」
「そっか」
貴族ならともかく平民の暮らしでそこまでの余裕はないってことだ。
治癒魔法を使わずに薬で治した方が時間はかかるけど、お金は魔法よりはかからない。
……治癒魔法で治してくれる場所は教会と治療院。
「きょうかいと、ちりょういん、何がちがうの?」
「教会は一回限りの治療を受けられる場所で、治療院は長期間の治療を受けられる場所だよぉ。病気だと治癒魔法の効きが悪くて何度もかける必要があるからねぇ」
「ケガはきょうかい、びょうきはちりょういん?」
「うん、そうだよぉ」
教会はその場限りの治療で治る怪我を請け負う病院で、治療院は入院が必要な病気を請け負う病院といった感じなのかもしれない。
お互いに扱うものが違うから喧嘩はなさそうだ。
でも教会って何となく慈善活動で炊き出し以外にも怪我人や病人の治療、行き場のない人々の受け入れなどを行なっているイメージがあったけれど違うのだろうか。
「きょうかいも、ちゆまほう、お金とるの?」
「表向きは無償でって言ってるけどぉ、実際は治療してもらったらいくらか納めなきゃいけないんだぁ。お布施ってやつ〜。それが少ないと次行った時にきちんと治療してもらえなかったり、適当な理由つけて追い返されたりするところもあるよぉ」
「……お金のない人は?」
「一応時々は本当に無償の治療もしてるかなぁ。お金のある人からは取って、お金のない人からは取らないって方針らしいけど、聖職者も生きるためにはお金がいるからねぇ」
教会も内部で色々ありそうな感じだ。
だが確かに人が生きるためにはお金が必要だ。
お布施だけでは生きていくのは難しいだろう。
教会の運営にだってお金はかかるだろうし。
「まほうって、何でもできるわけじゃないんだね」
「あ、そうだったぁ、魔法でやったらダメなことも一応教えておくねぇ」
「うん」
ルルが自分の右手の人差し指を一本立てた。
「一つ目は金や銀なんかの価値の高い鉱物を生み出すのはダメだよぉ。物の価値が下がるのもそうだけどぉ、鉱物を生み出すのは精霊が嫌がるからねぇ」
「せいれいがいやだと、ほかのまほうも、生み出してもらえなくなるから?」
「正解〜」
褒めるように頭を撫でられる。
それから二本目の中指を立てた。
「二つ目は生き物を生み出す、もしくは生き返らせるのもダメ。これは神級の魔法でぇ、精霊にお願いしてもほぼ成功しないし、何よりやった側も死んじゃうからぁ」
「……ほぼ?」
……成功例がないとは言えないってこと?
「ず〜っと昔、ものすご〜く魔力量の多い魔法士がいたんだけどぉ、恋人を生き返らせようとして魔法士は魔力切れで死んじゃって、でも恋人は歩く死体になって死んだ魔法士だけじゃなく近くの村の人間を襲ったんだってぇ。教会の聖騎士が殺したらしいよぉ。首と胴が切り離されるまで動いてたんだってぇ。それから禁止ってことになったみた〜い」
それはゾンビなのでは……?
魔法で人を生き返らせるとゾンビになるって怖い。
しかも生き返らせようとした魔法士は死んでるって、なかなかに救い様のないお話だ。
……というか、怖い話は聞きたくなかった。
今夜は一人じゃ眠れないかもしれない。
思わず想像してしまってブルリと体が震えた。
頭を振って想像を追い払う。
「三つめは?」
続きを促すとルルが薬指を立てる。
「三つ目は人に鑑定をかけないことぉ。ステータスを覗き見するのは法に触れるんだよぉ。他人のステータスを鑑定で覗いて、その情報を本人の同意なく売ったり人に教えたりするのは重罪なんだぁ」
どうやら『鑑定』というスキルを持つ人がたまにいるそうで、その鑑定を人にかけると、その人物の情報を見ることが出来るらしい。
ただ全ての鑑定スキル持ちが相手の情報を全て見られるわけではなく、どれくらいの情報を見られるかは、能力の差は人ぞれぞれなのだとか。
しかしそれには一つ特例があるそうで、王城にいる王宮鑑定士だけは裁判の際に罪人のステータスを見ることが許されているそうだ。
ただし裁判以外でスキルの使用を禁じる契約を行うため、なかなか志願する人もいないらしい。
「最後は、気候に干渉することだねぇ。無理やり天候を変えると別の場所で崩れて農作物に被害が出たり、災害が起きたりするからねぇ」
……それもそうだ。
でもきっと気候を変える魔法ってかなり上の魔法なんじゃないかと思う。
多分、それを行えるだけの魔力のある魔法士がいないんじゃないだろうか。
いたとしても天候を無理に変えれば、どこかでその分が返ってくるから、禁止されてると。
魔法は何でも出来るわけじゃないけど、してはいけないこともあって、ただ便利なだけじゃない。
「魔法って面倒くさいでしょ?」
ルルの言葉にわたしは深く頷いた。
* * * * *
魔法について教えてもらった日の夜。
わたしはベッドの中に潜り込みながら、シーツに包まって、縮こまっていた。
室内は薄暗くて、少し離れたテーブルにランプが一つ置いてあるだけだ。
その灯りが黄色く、ぼんやりと室内を照らし出している。
ルルはいつものようにベッドの側に椅子を置いて、ランプのある方へ体を向けて、何やら手紙を読んでいる。
わたしが寝付くまで傍にいてくれるのだ。
だけど今日はわたしがなかなか寝付けない。
昼間聞いた、ゾンビの怖い話を思い出してしまって、夜のこの薄暗さと静けさが余計に不安を感じさせる。
もそりと動いたわたしにルルが振り返る。
「今日は夜更かしするねぇ」
シーツの上からぽんと撫でられて顔だけ出す。
「ルルがこわいはなしするから……」
「怖い話〜? 何か話したっけぇ?」
ルルが不思議そうに小首を傾げる。
「……あるくしたいのはなし」
灰色の瞳が瞬いた。
「あ〜、リュシーにはまだ怖かったかぁ」
「ごめんねぇ」と言ったルルの手が伸びてくる。
そうしてシーツに包まったわたしをそのまま、ひょいと抱き上げ、膝の上へ乗せた。
「今日は眠るまでこうしててあげるよぉ」
ルルの膝の上で、ルルが片手でわたしの背中を支えて、もう片手で手を握ってくれる。
……これならあんまり怖くない。
握られた手はわたしより少し冷たくて、でもわたしより大きな手に安心する。
それまで全然眠気が来なかったのに、ルルにくっついているとすぐに眠気はやって来た。
うとうとしているとルルの声がする。
「おやすみぃ、リュシー」
「……おや、すみ……」
ルル、と言い切る前にすとんと眠りに落ちた。
* * * * *