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王族達の末路(4)

 



 おかげで王子も王女達もあっという間に髪はぐちゃぐちゃに、頬や腕などに引っ掻き傷が出来て、着ていた衣装は引き千切られたり破かれたりでボロボロになった。


 だがその憐れな姿を見ても誰も手を止めようとはしない。


 檻の四方から手が伸びて来て、棒が突き込まれて、王族からすれば恐ろしいだろう。


 あまり気の強くない側妃は早々に泣き叫んでいた。




「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」




 それでも側妃と第二王子はまだ良かった。


 檻に集まる人が少なかったからだ。


 王や王妃は引っ張られ過ぎて服の大半が裂け、殆ど服の形を残しておらず、下着や肌着姿になってしまっていた。


 その下着すら掴まれると、さすがに王妃は抵抗したが、余計に破かれる結果となる。


 衆人環視の中で下着姿にされるというのは、高位貴族の元令嬢であった王妃には耐え難い屈辱と羞恥を感じた。


 引き千切るものが減ると、民衆の手は容赦なく肌を傷付けていく。


 白く美しい肌に赤い引っ掻き傷が増えていく。


 そうして全員が傷だらけになると、静観していた兵士と治療師が顔を見合わせて頷いた。




「そこまで!!!」




 空気を震わせるような兵士の声に民衆が振り返る。


 そのあまりにも鋭い多くの視線に一瞬兵士は気圧されたが、言葉を続けた。




「その者達は処刑されるまで生かさねばならない!! よって、治療師がこれより治癒魔法をかける!!」




 その言葉にざわりと不穏な空気が流れた。




「だが、これは『死なせないための行為』であり、治療後については我々は関知しない!!」




 兵士の言葉に民が顔を見合わせる。




「どういうことだ?」


「えっと、つまり……?」


「治療後は好きにしてもいいってことだろ」


「何だ、そうか、それならいい!」


「治療してもらえるなら死ぬ心配もないわ!」




 ざわざわと話し合った民衆が檻から少しだけ離れ、隙間を作った。


 そこに数名の治療師が入り、詠唱を口にして、檻の中にいる者達へ治癒魔法をかける。


 傷だらけだった体はみるみる元通りになっていった。


 王妃や側妃、王女達は慌てて体を隠したが、彼女達に欲情する者など誰もいなかった。


 民衆の冷たい視線が突き刺さる。




「これで治療は終わりました」




 治療師達が檻から離れていく。


 とっさに王が手を伸ばして、近くにいた治療師のローブの裾を掴んだ。




「ま、待て! 余は国王だぞ?! この檻から早く出すのだ!! 余を助けよ!!」




 唾を撒き散らして叫ぶ王を治療師は見下ろした。




「いいえ、あなたはもう王ではありません。この国の新しい王は既におり、あなたは私利私欲によって国を混乱と貧困に傾かせた愚かな元王でしかありません。そして今のあなたはただの罪人です。……姉を死に追いやった、憎い、罪人だ」




 治療師は裾を掴んでいた元王の手を払った。




「姉……? 何の話だ?」




 王の言葉に治療師が鼻で笑う。




「そうでしょう、あなたにとっては『その程度の人間』だったかもしれません。……姉は婚約者がいた。だがあなたに無理やり手篭めにされて、婚約を破棄せざるを得なくなり、それを苦に自殺しました」




「誰のことか分からないでしょう?」と治療師は言う。


 王にとって、気に入った女を権力を使って己のものにすることなど当たり前のことだった。


 むしろ王である自分の慈悲を与えられて喜ぶべきだとすら考えていた。


 確かに一度か二度抱いて、その後、放置した女は大勢いる。


 そういった女は大抵二度と姿を見ない。


 だから気にしたことなどなかった。




「姉が苦しんだように、あなたも苦しめばいい」




 見下ろす治療師の目は民と同じ光を宿していた。


 治療師が檻から離れると、待っていましたと言わんばかりに民衆が檻を取り囲む。


 これほど誰かに恨まれているなど知らなかった。


 側近も、宰相も、美しい女を次々と連れて来た。


 そして「あの女が欲しい」と言えば、その女は必ず姿を現した。


 時には王命で呼び出したこともあった。


 でも誰にも止められなかった。


 王だから何をしても構わないと思っていた。


 けれども、今更になって思い知る。


 自分以外の人間にも感情があることを。


 自分も王という身分がなければただの人だということを。


 好き放題に生きた結果がこれなのだと。


 大勢の手に掴まれながら王だった男は呆然と座り込んでいた。







* * * * *








 広場に面した家の屋根から一人の青年がその様子を眺めていた。


 屋根に立つ青年の姿が揺らぎ、外見が変わる。


 風に茶色の髪が遊んでいる。


 切れ長の灰色の瞳が細められた。




「ん〜、良い感じだねぇ」




 屋根の上に座り、手を翳して見渡す。


 ルフェーヴルは布の下で口角を引き上げた。


 最初に声を上げ、王の檻に棒を突き立てたのは、他の誰でもないルフェーヴルである。


 魔法で姿を偽って紛れていたのだ。


 ……ああいうのは最初の一人がやると、みぃんな一緒になってやり始めるんだよねぇ。


 だから最初の一人はルフェーヴルが演じた。


 暗殺者という職業柄、時には変装して対象に近付くこともある。


 逃亡する際に周囲に紛れることもある。


 変装や偽装は暗殺と同じくらい得意分野だ。


 頬杖をつき、眼下を見やる。


 王や側妃、第二王子はどうでもいいが、王妃やその子供達が民衆から暴力を振るわれる様は気分が良い。


 虐げる立場だった者が虐げられる側に堕ちる。


 今どんな気持ちなのか聞いてみたい。


 きっと最低で最悪な気分だろう。


 ……これでリュシエンヌの気持ちも少しは分かっただろうしぃ?


 もしこれでダメでもまあいい。


 どうせあの七人は全員、処刑ころされるのだ。


 最後まで恐怖に怯えて死ねばいい。


 それは民衆の怒りを少しは和らげてくれる。


 唯一の生き残りのリュシエンヌへ怒りが向かわなければ、それでいい。


 そうして王妃達が虐げた分、いや、それ以上に自分がリュシエンヌを甘やかして、可愛がって、手に入れる。


 リュシエンヌはしばらくの間、人と会ったり出歩いたりといったことはしないだろう。


 でも王族の処刑に関しては説明しておこう。


 ……もうリュシエンヌを傷付ける奴はいないって安心させてあげなきゃねぇ。


 ルフェーヴルが黙っていてもいずれは耳に入ることだ。


 それならば変に隠す必要はない。


 何より王城はクーデターによる荒れがいまだ残っており、養女となったリュシエンヌは城へ移らず、ファイエット邸に留まっている。


 例え王城が整ったとしても、リュシエンヌがある程度落ち着くまでは居を移すことはないだろう。


 良い記憶のない王城を嫌がる可能性も高い。


 ファイエット邸は警備の人間が増え、厳重に守られているため、クーデターからまだ数日というのに邸内は静かなものである。


 クーデター後、ルフェーヴルもファイエット邸に入り浸り、常にリュシエンヌの側にいる。


 時々、ギルドの部屋に戻ることはあるが、ファイエット家に正式に雇われたので使用人棟に侍従の部屋も用意された。


 今のところその部屋は使っていないが。


 ルフェーヴルはどこででも眠れる上に、短時間の睡眠で活動出来る。


 安全な場所に移ったからか、心身共に疲労していたのだろうリュシエンヌは熱を出してしまった。


 それにより、ほぼ一日中眠っている。


 たまに目を覚ますが、食事や薬を口にするとすぐにまた眠りに落ちてしまう。


 ルフェーヴルは横で寝顔を眺めて過ごしている。


 その間に睡眠は十分とれている。


 それもあって部屋は未使用のままだった。


 小さな頭を撫でて、汗をかいたら着替えさせ、たまに起きたら食事や薬を己の手で与える。


 リュシエンヌを構うのは楽しい。


 目を覚ました時にルフェーヴルが側にいると、リュシエンヌはそれはそれは嬉しそうに顔を緩めるのだ。


 その表情もなかなか気に入っている。


 ……さぁて、そろそろ戻らないと。


 この民衆の騒ぎはそう簡単には終わらないだろう。


 幸い、ファイエット邸はこの広場から離れている。


 熱を出して臥せっているリュシエンヌが喧騒で起きてしまうこともない。


 だからこそルフェーヴルも躊躇いなく民衆を煽ったのだが。


 ルフェーヴルは立ち上がると屋根を蹴った。


 彼が去った後も、民衆は熱に浮かされたように王族の入れられた檻に押し寄せ続けたのだった。








* * * * *









 それから七日間、檻は広場に置かれた。


 民衆は代わる代わるやって来て、檻の中にいる者達に鬱憤を晴らしていった。


 どれほど傷付けても治療師が治してくれるということもあり、民の行動は躊躇いがなかった。


 殆どの王族は最終日には大人しくなったが、王妃だけは最後まで抵抗し続けたという。


 七日後、檻は王城へ戻され、旧王族達は一人ずつ裁かれた。


 王と王妃、側妃は公開処刑が言い渡された。


 王子や王女達は非公開の処刑を言い渡された。


 そうして王子や王女達は速やかに刑に処された。


 元王と王妃、側妃はそれから二日後、檻を置いた広場で斬首刑となった。


 元王と側妃は抵抗もしなければ、何かを言い残すこともなく、刑を受けた。


 しかし王妃だけは最後まで抵抗し、見物しに来た民衆を、見届け人の国王ベルナール=ロア・ファイエットを口汚く罵り、呪いの言葉を吐き続けた。


 反省の色が見られない王妃に民衆が石を投げたのは言うまでもない。


 首が落とされるその瞬間まで王妃は王妃のままであった。


 王族の遺体は回収され、王家の墓へ埋葬されたものの、彼らのために花を手向けに来る者は誰もいなかった。








* * * * *

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