<< 前へ次へ >>  更新
21/221

王族達の末路(2)

 



 熱い液体が口の中に流れ込んでくる。




「〜っ! 〜〜っ!!」




 熱いというより痛い。


 口内の激痛に体がブルブルと震える。


 吐き出したいのに、口に入れられた筒のようなもののせいで吐き出せず、上向きにされているせいか喉へ熱い液体が流れ込んでくる。


 むせても液体は止まらない。


 熱い液体が口の中を傷付け、喉を通って胃の辺りへ落ちるのが分かった。胃に落ちても熱を感じる。




「ほら、まだまだ残ってるよ」




 容赦なく熱い液体が流れ込んでくる。


 熱くて、痛くて、苦しくて。


 それなのにその人物は楽しそうに訊いてくる。




「美味しい? ここの厨房からこっそりもらってきたんだけど、良い茶葉使ってるよね」




 楽しそうなのに淡々とした口調だった。


 ティーカップの中身を全て飲まされ、口から筒が抜き取られると、両手も自由になった。


 口で息を吸うことすら痛くて、口内は火傷でただれてしまい、声を出そうとすると喉が引きつったように痛む。


 痛い痛い痛い痛い痛いぃぃいっ!!


 何でわたくしがこんな目に遭わなくてはならないの?!


 あれに何をしようとわたくしの勝手じゃない!!


 王を誑かした挙句、琥珀の瞳を産んだあの女が悪いのよ!!


 そうだわ、あの女の子だけあって、きっと男を誑し込むのが上手いんだわ!!


 瞬間、ガツンと背中に衝撃が走った。


 そのまま、地面に顔を打ち付けてしまう。




「なぁんか変な気配したけど、もしかして勘違いしてない?」




 地面に転がった王妃の背をその人物が蹴る。




「これはさぁ、オレがやりたくてやってんの。分かる? リュシエンヌにお願いされたんじゃなく、オレが、アンタらを、痛めつけたいと思ってやってんの」




 二度、三度と背中を蹴られ、痛みに呻く。




「これもアンタがリュシエンヌにやったことでしょ? というか、いつも、アンタらは、リュシエンヌに、暴力振るって、楽しんでたじゃん」




 何度も蹴られたせいか背中がズキズキと痛む。


 痛みのあまり、胃の中にあったものが口へとせり上がってくる。


 喉や口の中が焼けるように痛くて吐き出した。




「あーあ、今度は吐いたかぁ。早過ぎない?」




 つまらなさそうな声がする。


 それでも吐き気は治らず、胃の中が空になるまで吐き戻してしまった。


 ものを吐くなんて生まれて初めての経験だった。


 酸っぱい臭いが辺りに広がる。




「まぁ、いっか。後三つも遊ばなきゃいけないし、壊さないって約束しちゃったしなぁ」




 その人物が詠唱を口にすると頭上からバシャリとまた水が降ってきた。


 そうして次に足元の床の一部に土が生まれ、モコモコと動き、今吐いたものが土の中に消えていく。




「そのままだと臭いがつくから仕方ないか」




 もう一度ガツンと背を蹴られ、それを最後に意識がプツリと途絶えて消えた。







* * * * *







 気絶した王妃をルフェーヴルは見下ろした。


 他人に暴力を振るう人間ほど、実は与えられる暴力や痛みに弱いのだ。


 この五年でリュシエンヌが受けた苦痛を思えば、この程度はまだまだ可愛らしいものである。


 床に倒れ込んだまま放置して牢を出て、鍵をかけ直すと、左右の牢にいる王と側妃がブルブルと体を震わせてこちらを凝視していた。


 ……これくらいでそんなに怖がらないでよねぇ。




「安心してよぉ、アンタらには興味ないから。オレはリュシエンヌを虐めた奴と遊びたいだけだしぃ?」




 そう言えばあからさまに安堵している。


 側妃がそこで初めて口を開いた。




「リュ、リュシエンヌとは、昼間見た、子供のことですよね……?」




 ルフェーヴルはそれに頷いた。




「そうだよぉ。そこの王様がメイドに手を出して産ませた子で、生まれてから五年間も王妃様が後宮に隠してずぅ〜っと虐待していた子。でも王様よりも綺麗な琥珀の瞳なんだよねぇ」




 しかも琥珀の瞳以外、リュシエンヌは王に似たところはない。


 恐らくは母親似なのだろう。


 そこが余計に滑稽で笑ってしまう。




「そんな……、そんな子がいたなんて……。私が気付いていたら……」




 一児の母だから痛ましそうな表情をする。


 それにルフェーヴルは首を傾げた。




「アンタが保護した?」


「っ、ええ、だって可哀想ではありませんか……」


「ふぅん?」




 ルフェーヴルが鉄柵越しに側妃を見る。




「それはないんじゃない?」


「え?」




 否定され、側妃が顔を上げた。




「だってリュシエンヌは第二王子よりも綺麗な琥珀の瞳で、多分、頭も良いよぉ。それでもアンタはリュシエンヌを助けた? 自分の子の障害になるかもしれないのに?」


「それは……」


「何のつもりで言ってるのか知らないけどぉ、今更何をしてもアンタらの処罰は変わらないと思うよぉ。というかアンタは自分の心配したらぁ? 他国に情報漏らしてたんでしょ? どう考えても反逆罪で首と胴体はさよならだねぇ」




 側妃の顔が青くなる。


 素直に側妃を辞して、第二王子の王位継承権を放棄して実家へ帰れば良かったのに、欲を出したからだ。


 虫も殺せないような顔をして他国と密通しているなんて、度胸だけはある。


 国力の低下したこの国の内情を隣国に漏らし、攻め込ませ、国が落ちた後もそれなりの地位に収まる約束をしていたようだが、残念、その計画は終わりだ。


 そもそも、そんな杜撰な計画が成功するはずがない。


 例え隣国が攻め入って来たとしても、この女を生かしておく利点はない。


 国を落とした後か、落とす際に殺されるのが目に見えている。


 最初から隣国に利用されただけだ。




「お喋りはこれくらいにしてぇ……」




 振り返れば王妃の子供達がビクリと震える。


 王と側妃は、王妃の左右の牢なので声や音しか聞こえないが、向かい側の牢に入れられた子供達は母親に起こったことを全て見ていたはずだ。


 三人は一様に怯えた顔で柵から後退る。


 それをルフェーヴルは目を細めて見た。




「次は誰にしよぉかなぁ」




 牢の前をふらふらと行ったり来たりしながら、ルフェーヴルは柵の向こうの三人を品定めする。




「そうだ、誰からが良いか選ばせてあげるぅ。次は誰がい〜い?」




 柵越しに第一王女を覗き込むと、カタカタと体を震わせながらも、口を開いた。




「だっ、第一王子っ、弟が良いわ!」


「えっ?」




 姉に裏切られた第一王子の驚く声がしたが、第一王女は強張ったような笑みを浮かべて更に言葉を重ねた。




「あの子は私達がいない時にもあれ・・を虐めていたもの! 割ったティーカップの上を歩かせたり、雪の中に何時間も立たせたり、色々していたわ!!」




 それにルフェーヴルが「へぇ〜?」と興味を示す。


 リュシエンヌの足の裏は治ったものを含めても傷だらけだった。


 王女達のリュシエンヌへの虐めはある程度調べたが、それは初耳である。




「そっかぁ、教えてくれてどぉも〜」




 ルフェーヴルが柵から離れたことに第一王女は酷く安堵した様子で息を吐いた。


 だが所詮は後回しになっただけ。


 牢から出ない限り、ルフェーヴルの与える苦痛から逃れることは出来ないというのに。


 牢の前にやって来たルフェーヴルを、第一王子は真っ青な顔で見た。




「というわけでぇ、次はオマエだよぉ」




 ルフェーヴルが鍵束を使い、牢の扉の鍵を開けて中へ足を踏み入れる。




「っ、うわぁああああぁぁっ!!!」




 第一王子が叫びながら突然立ち上がり、ルフェーヴルへ突進した。


 しかしルフェーヴルはそれをひょいと避けると通り過ぎかけていた第一王子の後ろ襟を掴み、牢の奥へ向かって投げ戻した。




「ぐぇっ、」




 蛙が潰れたような声を漏らした第一王子の体が浮き、奥の壁に叩きつけられる。


 強かに背を打ち付けたのか、痛みを堪えるようにその体を丸め、小さな呻き声を零した。


 ルフェーヴルは牢の扉を閉めると内側から鍵をかけ直した。


 ガチャリと鍵のかかる音に王子がハッと顔を上げる。




「そんなことで逃げられるわけないでしょ〜」




 愉快そうな声でルフェーヴルが言う。


 王子が顔を赤くして睨んだ。




「魔法が使えればお前なんか……!」




 唸るような言葉にルフェーヴルは吹き出した。




「ぷふっ、あはっ! あはははははっ!!」


「何がおかしい?!」




 爆笑するルフェーヴルに王子が噛み付く。


 ルフェーヴルは久しぶりに腹を抱えて笑った。


 ……魔法を使えれば?


 使えればルフェーヴルに勝てると本気で思っているらしいが、そんなことはありえない。


 いくら魔力量が多くても、初級魔法しかまだ使えない王子が、戦い慣れた暗殺者オレに勝つなんて、それこそ奇跡でも起きない限りは無理な話だ。




「オレってばそんなに弱そうに見える?」




「心外だなぁ」とルフェーヴルが自身の腹部から手を離し、ゆっくりと顔を上げた。


 瞬間、ぶわりと王子の体から汗が噴き出す。


 灰色の目と絡み合った視線が外せない。


 ただ見つめられているだけなのに、体が震え、足に力が入らなくなる。




「……ぁ、あ……?」




 静かな空間に水音が響き渡った。








* * * * *









「汚ったね〜のぉ」




 目の前の男の言葉にヒュ、と喉が鳴る。


 腹の内側から冷えるような感覚がした。


 呼吸をしたくても喉が引きる。


 男の視線を辿り、自分の局部が温かな液体で濡れていることに気付き、呆然とする。


 ふっと体が軽くなった。




「王子様がお漏らしとか恥ずかしくないのぉ?」




 男の言葉に顔が熱くなる。


 しかし男は短く呟くと空中に現れた魔法陣に腕を入れ、そこから、先ほど母親に使ったものと同じ柄のティーカップを取り出した。


 そしてそれを足元に落とす。


 繊細な作りのカップは簡単に割れた。


 男はそれを一度踏み、更に割ると、こちらに近付いて履いていた靴を無理やり奪われる。


 ……もしかして……。




「この上、歩いて?」




 小首を傾げつつ男はそう言った。


 ……こんな破片の上なんて歩いたら足の裏がズタズタになるじゃないか!




「い、嫌だ……っ!」




 後ろに逃げようとしたけれど、真後ろにあるのは壁で背中がそこに当たる。


 横に逃げれば、また首の後ろを掴まれた。


 そうして荷物でも持ち上げるみたいに立たされる。




「離せっ、このっ!」




 後ろへ手を伸ばすが届かない。


 そのままズリズリと破片の所まで引きずられる。




「ほらぁ、早く〜」




 破片の傍に立ったが、足を踏み出せるわけがない。


 立ったまま破片を見つめていると男が溜め息を漏らした。




「歩けないならオレが手伝ってあげるよぉ」




 そうしてドンと背中を押された。


 自分の意思とは関係なく足が前へ出る。


 パキペキと足の下で音がする。


 ほぼ同時に足の裏に鋭い痛みが走った。




「痛っ、痛い、痛い……っ!」




 慌てて破片の上から逃げたのに、足の裏には鋭い痛みと異物感が残っている。


 その場に座り込もうとしたが男に片腕の脇をグッと持ち上げられ、また破片の上へ突き飛ばされた。


 今度はバキ、と音がして、はっきりと足の裏に破片の刺さる感触がした。




「ああああっ?!!」




 立っていられなくて前のめりに倒れる。


 膝や手の平を床にぶつけたが、それどころではなかった。


 急いで仰向けになって足の裏を見れば、ティーカップの白い破片がいくつか刺さっていた。


 じわりと視界が滲み、涙があふれてくる。


 足の裏が痛い。でも破片を抜こうとすると更に激痛が走って、そのせいで抜くことも出来ない。


 涙と鼻水が止まらない。




「うぅ、痛い、痛い……っ」




 そのまま足を抱えて丸くなれば、男が破片を踏み越えて近付いて来た。




「痛そうだねぇ」




 男が横で屈んで顔を覗き込んでくる。




「リュシエンヌもきっと痛かっただろうねぇ」




 その言葉に喉が詰まる。


 今更になって、自分のしたことがどれだけ酷いことなのか理解出来た。


 ……こんな、こんな痛かったなんて……っ。


 そういえばあの子も泣いていた。


 泣きながら、歯を食いしばっていた。


 それを自分は姉と妹と三人で笑いながら見てた。


 ……あんなことしなきゃ良かった……。


 ボロボロと涙が出て、後悔が押し寄せてくる。




「まあ、でもオレは優しいから助けてあげるぅ」




 男に片足を掴まれる。


 声を上げる暇もなく、もう片方の手が足の裏に伸び、刺さっていた破片を摘んだ。


 そして躊躇いなく引き抜かれる。




「あぁああっ?!!」




 激痛にびくりと体が強張る。


 だが男はこちらの様子なんて全く気にせず、一つ、二つと破片を引き抜いていく。


 股から尻にかけて、温かい液体がまた濡らしていった。


 恥ずかしいなんて気持ちすら湧かなかった。


 痛くて痛くて叫ぶことしか出来ない。


 男が破片を後ろへ投げ捨てる。




「あ〜あ、これは跡が残っちゃうかもねぇ?」




 男が何やら詠唱を呟く。


 ひんやりとした空気が流れ、そして、痛かった足が今度は冷たく固い感触に包まれる。


 驚いて見れば、足は膝から下が氷漬けにされていた。




「これなら痛くないよね〜? オレ優しい〜。あ、でもこんだけ氷漬けにしたら、もしかしたら凍傷になっちゃうかもねぇ」




 その言葉に疑問が湧く。




「凍傷……?」




 聞いたことのない言葉だった。


 それに気付いたのか男が呆れた顔をする。




「知らないのぉ? 凍傷っていうのはねぇ、体が凍っちゃうことだよぉ。放っておくと黒くなって、水膨れになって、そのうちその部分が死んじゃって、使い物にならなくなっちゃってね〜」




「オレの知り合いにそれで足の指を失くした奴がいるんだけどぉ、死ぬほど痛いらしいよぉ?」と男がクスクスと笑う。


 ……足の指が、なくなる……?


 思わず自分の足を見る。


 足の裏の痛みはなくなったが、代わりに氷の冷たさが段々と痛みになっていく感じがする。


 もし男の話が本当なら、氷を何とかしないと足がダメになってしまう。



 

<< 前へ次へ >>目次  更新