ハローワールド

作者: アリス法式

 私が生まれたのは小さな暗い箱の中だった。

記憶もなく、思いもなく、意識もなく。

ただ、そこに生まれそこにいた。


ある日、この小さな部屋に明かりがともった。


『Hello World』


軽快なチャイムの音、この日、この部屋に初めて朝が来た。

緑が溢れ、妖精が飛び交い、そして、世界が生まれた。


世界が生まれて、大きな世界とつながって、私は沢山のことを知った。

私は初めて、子どもというものを見た。

私は初めて性別という概念を理解した。


この小さな世界に、大きな世界があふれ出した。


ある日、気が付いた。

この小さな世界をジッと見ている人がいることに。

私が、世界を見て得た概念を当てはめるなら、きっと神様と呼べる相手だろうか。


時に楽し気に、時に悲し気に。


神様は、学院というものがお気に入りらしかった。

神様が頻繁に世界を眺めるたびに、世界に学院が学校が人が男が女が、時に冒険が生まれていく。


ある日、私は一人の女の子に話かけられた。


『コンニチワ』


不思議なイントネーションの女の子、世界が生まれた日に聞いた、あの声を思わせるしゃべり方をする女の子だった。

私は不思議だった、この世界で生き生きと話す子は沢山いても、私を認識して話しかけてくる子は少ない。

それこそ、学院などで生きている子たちは私を知らないし、神様ですら私に話しかけたことは無い。


『シッテルヨ、シャベレナインデショ』


困惑した私の雰囲気を感じ取ってくれたのか、女の子は私の隣に座り込み、一緒に学院を眺め始めた。


-あなたは、しゃべれる-


『ウン』


-あそこに、いかないの?-


思った事が伝わるのか、少女は私の思いに相槌を返してくれる。


『アリカタ、ヤクワリガ、チガウカラ』


-そう-


そう言って、少し寂しそうに笑った少女は、立ち上がってクルクルと踊りだす。

少し、外れたように聞こえる声も、軽快に動く体も、私にはないものだ。

あそこにいる子たちは、あの学院で生きるのが役割。


『ワタシハ、ウタッテ、オドルタメニウマレテキタ』


クルクルと世界を纏って歌い踊る彼女は、まさしく『歌姫』。

世界を色づかせる素晴らしき創造者。


『---アリガトウ』


今日はそれを言いに来た。

彼女は、笑う。

私は、あなたに色をもらったの、あなたに声をもらったの。

私は、あなたのおかげで踊れる、あなたがいてくれたから、私は歌えるの。


その日、彼女は世界から消えた。


時折おこる不思議な現象。

学院も、ドキドキする冒険も、また、彼女のような人も、この世界は無慈悲に飲み込んでいくことがある。

気が付けば、消えている、それが当たり前のように彼らは生き、生まれ楽し気に笑って消えていく。


何時しか、世界に夜が多くなった。

夜は、嫌いだ、あれだけ生き生きと、生きる者たちが夜になると、みんな波を打ったように静まり返ってしまう。


夜は嫌いだ―――。


最近、学園が減った。


代わりに不思議な子たちが増えた。

無口だけど沢山文字を書いている子と、計算するのがとても得意な子だ。

中には、楽し気に神様と喋っている子もいる。

彼女は調べたり、探し物をするのが得意で、『歌姫』よりも流暢によくしゃべる。


だけど時々、彼女たちは時を止める。


そうするたびに夜が来る。


最近夜が増えた。

段々と、一人っきりの時間が増えて、開ければ、一人また一人と知っていた子たちが消えていく。

気が付けば、昼なのに一人ぼっちになっていた。

あの日と同じ。

この小さな世界と、その先の大きな世界。

少し、寂しそうにこちらを眺めている神様が見える。


それが、私が見た最後の光景。




この日から世界は長い長い夜に覆われた。

気が遠くなるほど遠く―――。

話し相手も、観察相手もいない長い長い時間。





すべてが、擦り切れて、すべてを忘れ去って―――。

そして、私はあの日と同じ声を聴いた。


『Hello World』


それは私の声。

私が唯一、私として喋れる声。

世界が開けていく光景の中で、真っ白な世界の向こうに懐かしい顔が見えた。

神様と、そして、神様を一回り小さくしたような子どもの姿。


『--タダイマ』


後ろを向くと、『歌姫』少女が立っていた。


『アナタニ、ショウカイシタイ、ヒトガイルノ』


その後ろに、数名の少女たちが並んで立っている。


『こんにちわー』


『ハロー』


『おはようございます』


とても流暢にしゃべるもの、少し窮屈そうに喋るもの、でも、みんながみんな私の声で喋っている。


『ワタシノ、イモウト、タチ』


気が付けば、寂しさは薄れ世界に色どりが戻っていた。

懐かしい子たちがいた、新しい子たちがいた、四角いブロックみたいな子、懐かしい学園の子たち。

絵を描くのが好きな子、歌を歌うのが好きな子、映画ばかり見ている子。

世界は私の色を使い、私の声で歌う。


気が付くまで長い長い時間がかかった。

私は仲間外れなんかじゃなかった。

私がいたから世界があった、私がいたから世界は神様と繋がっていた。


今日も世界に朝が来る。


『Hello World』


また世界が終わるまで、私は今日もしゃべり続ける。








―――ネタバレ―――

久々に思いついて書いてみた短編。

ネタは、デスクトップPCから見た世界です。ちなみに彼女or彼は小さな箱の世界の住人、ディスプレイですね、大きな世界はPC本体です。


出演者


学園メンバー --ギャルゲー

歌姫 --初○ミク

無口文字っ子・数字っ子 ――officeソフト

神様 ――ユーザー

お喋りっ子 ――Google先生