「あなたを守れる私になりたい……」少女は願って──ぶつかり稽古に励んだ
「私は、あなたから守られるだけじゃ嫌なの!」
水色髪の少女は、そう叫んで、感極まったのかぽろぽろと涙をこぼす。
その少女の叫びの対象である男──まだ少年と表現してもも差し支えがないだろう──はっと息をのんだ。彼は冒険者で、少女はその護衛対象だった。
少女は聖女、らしい。
曖昧なのは明確に彼女から告げられたことはなく、同時にこの護衛の依頼人が明言したことはなく、そしてその依頼人は少年に真実を告げる前にこの世から去っていってしまった。
だが、青空を思わせるその水色は、神の力を多く宿している証であり、他にも彼女のことを聖女と断定するに足る証拠はあまりにも多かった。
しかし、そんなこともどうでもよかった。護衛と護衛対象という関係が始まり約半年。彼らは互いに、仄かなけれど確かに熱烈な情を抱きつつあった。
「だが……」
「私だって、あなたを守りたい!」
「いや、俺が言いたいのはそういうところじゃねえんだよ。 その、踏んづけてるのなに?」
「龍。 死んじゃったみたい……ちょっとぶつかっただけなのに……」
そっかあ、龍かあ、と少年は思った。伝説の生き物で、竜よりも遥かに格上。信仰の対象にもなっている。
その龍がめちゃくちゃ腹を見せてプルプル震えてて、少女の腰かけになっていた。
完全に上下関係ができてる。
「絶対、ぶつかっただけの怯えかたじゃねえよ」
「嘘じゃないもん! ちょっと、勢いつけて腰を落として両手で取っ組みに行っただけだったのに」
「ぶつかり稽古しようとしたのか?」
ぶつかり稽古くらいで、龍がひっくり返ることはない思うが。
少年が、同情のこもった目で龍をみていると、全力で威をこめて龍からにらみ返された。
正直、結構怖い。腰かけにさえなっていなければ。
「道場のお姉さま達なら、余裕で私くらいひっくり返してくるのにさ」
「待った。 道場ってなんだよ」
初耳である。
「強くなりたかったから、通ってたの」
「いつだよ」
そんな暇は無かったと断言できる。連日連夜、命を狙われており、屋根のある部屋で眠ることすらままならなかった。
「時空魔法でちょっと時間をお姉さまが弄くってくれてたから、あなたが知らなくても当然」
「お姉さまなにもんだよ……」
「私みたいな境遇で、道場で強さを求めている方々よ。 時空魔法を使ったのは、沈黙の魔女お姉さまなんだけれど」
「おとぎ話の存在ぃ…………」
建国神話に出てくる名前である。少年は虚空を見つめた。
「いつもぶつかり稽古を私につけてくれるのは、サンチャンお姉さまなんだけれど」
「神話存在よりさましそう」
「サンチャンお姉さまは、岩窟龍サンドチャンシスッタットという別名もあるそうなんだけれどね」
「おっと、七龍王の一角」
百数年、姿がみられていない伝説の龍王である。少年は考えるのをやめた。そして、腰かけ龍は力なく、ぶぎゃあと鳴く。顔見知りなのかもしれない。
「お前、強くなりすぎてない?」
「まだまだだよ? もっと強い人もいるし。 お姉さま達はもちろんだし」
神話存在を比較対照にするのは、どうなのだろうか。
「あなたみたいな悪い男からは、あなたから守ってもらわないと、だし」
「俺、悪い男と思われてる!?」
「あと、ゴキブリ」
「同列か……」