ブラコンの姉がシスコンの弟に守られているだけのお話
「アデライド姉さんっ」
「あら?アンセルム、どうしたの?」
アデライド十二歳。幼くして美しい少女は、自身によく似た弟アンセルム十歳をとても可愛がっている。
一方でアンセルムも、頼り甲斐があり甘やかしてくれるのにどこか抜けたところがある姉にとても懐いている。
「あのね、アデライド姉さんがお友達と会うって聞いて焼き菓子作ったんだ!」
「アンセルム、ありがとう」
「ふふ、うん!」
アンセルムはこの国の男の子にしては珍しく、お菓子作りが趣味だ。
アデライドはそんなアンセルムを止めることなく、好きに趣味に打ち込めと言って周りの口煩い連中からも守っている。
そんなアデライドのため、アンセルムはプロ顔負けの焼き菓子を作り完璧なラッピングまでこなしていた。
「アンセルムみたいな器用な子が弟で、私は幸せだわ」
「そこまで褒められると照れるよぉ。ふふ、じゃあ楽しんできてね!」
「ええ」
笑顔で出かけるアデライドを見送って、アンセルムは部屋に急いで戻った。
「…ということで、我が家の自慢の弟の焼き菓子ですわ。皆様も良かったら」
「まあ素敵!」
「まだまだ頭の固い方もいますけれど、やっぱり趣味は自由ですものね」
「イマドキはお菓子作りの出来る殿方も人気が出ると思いますわ〜!」
「こんな素敵な弟がいるなんて、羨ましいですわー!!!」
友達ときゃっきゃっと喜び合いながら弟の焼き菓子を楽しむアデライド。
アデライドの友達はみんな、〝男がお菓子作りなんて〟とか言うアホには古い価値観がこびりついた老害と笑い飛ばしてしまうほど肝の座った強いお嬢さんばかり。
そんな強いお嬢さんが現れるようになった辺り、国も変わりつつあるのかもしれない。
「でも、アデライド様のお父様も素敵ですわね」
「ん?ああ、婚約のことですの?」
「ええ。ふふ、アデライド様に相応しい相手でなければ受け入れない!だなんて」
「まあ…噂は怖いですわ!もう皆様の耳に入ったなんて」
「まあ実際、あんな男願い下げというやつですわ!お父様が正しいですわ」
アデライドは最近、成金のおっさんに目をつけられた。
金に糸目をつけぬとでも言うように、アデライドの父に金を渡して婚約を取り付けようとするおっさん。
しかしアデライドの父は、年齢差を考えろボケとブチギレし娘を人身売買なんぞするかと追い返したわけだ。
噂はどこからともなく流れたようだが、父の言葉は少し綺麗になっていた。
ともかく。
「でもまだ諦めてなさそうなんですわよねぇ…私十二歳なんですけど。犯罪者?」
「冗談抜きで身の回りには気をつけてくださいまし」
「ですわね」
その後も焼き菓子を食べつつコロコロと話が変わりながら楽しい時間は過ぎていった。
「アデライド姉さんっ!おかえりなさい!」
「ただいま、アンセルム」
「見て!やっと完成したんだ!」
「あら、可愛い手袋」
「最近寒いから、アデライド姉さんに!」
手先の器用なアンセルムは編み物も大の得意だ。アデライドの喜ぶ顔が見たくてこうして時々物作りをする。
「まあ!いいの?ありがとう」
「ふふ、うん!」
アデライドの本当に嬉しそうな表情に、アンセルムも似た顔で微笑む。
「それで…今日は大丈夫だった?」
「え?」
「…あの男」
ぎゅっと拳を握るアンセルムの頭を撫でるアデライド。
「大丈夫よ。心配させてごめんね」
「…うん」
嫌な予感がして、父と例のおっさんの話を盗み聞きしていたアンセルムはその内容に怒り狂っていた。
同じく怒り狂っていた父が追い出したのを見て溜飲を下げていたが、まだしつこくアデライドを狙うおっさんにまた怒りのボルテージが上がり始めている。
が、アデライドの前では心配している程度に抑えてみせているのは健気なのか腹黒いのか。
「…本当に、気をつけてね?」
「ええ、もちろん」
アデライドはそう笑うが、アンセルムは不安だった。
アデライドがアンセルムからもらった手袋をはめて、メイドを連れて雪道を歩いていた時のこと。
「…っ!?」
突然、横にいたメイドが倒れた。
後ろにはあのおっさんと複数人の男。
あ、と思った時には遅かった。
「さあ、行こうか」
おっさんに腕を掴まれて連れ去られそうになる。
やめておけばいいのに、とアデライドは呑気に思った。
その理由は。
「姉さんに触んじゃねぇ」
おっさんの周りにいた男たちが次々となぎ倒される。
おっさんが目を白黒させて見たそこには、アデライドの可愛い弟…アンセルム。
アンセルムは、まだまだ小さな身体だが体術の達人だ。
お菓子作りや編み物などの趣味を認める代わりに、強さも身につけておけと父親にお節介を焼かれた結果である。
そんなアンセルムに、成金のおっさん風情が敵うはずもなく。
「姉さんを離せクソやろう」
おっさんの腕を捻り上げ姉を救出。そのままおっさんの腹に魔力で強化しまくった重い蹴りをお見舞いした。
「アデライド姉さん…無事!?」
「助かったわ…大丈夫よ。ありがとう、アンセルム」
「よかったぁ…!」
「メイドの治癒もお願い出来る?」
「あ、忘れてた!」
アンセルムがメイドも魔法で治癒して、治安部隊にクソどもを突き出してやっとアデライドに平穏が訪れた。
なお、その後の供述によるとクソどもはアデライドを攫ってお金だけを持ってそのまま遠くの国に逃げるつもりだったらしい。
アデライドとアンセルムの父がブチギレて治安部隊に厳正な処分をと訴えたので、お金をどれだけ積んでも多分無罪放免はないだろう。
「アデライド姉さーん!見て見て、今日のおやつはプリンアラモードだよ」
「あら、さすがはアンセルムね。美味しそうだわ」
あの日以降あまり外に出ようとしなくなった姉のため、アンセルムは毎日おやつを作って姉に食べさせている。
「アデライド姉さんは本当に美味しそうに食べてくれるよね!僕、アデライド姉さんがだーいすき!」
「ふふ、私もアンセルムが大好きよ」
おっさんのアホな行動に心の傷がないわけではないが、仲良しのメイドもアンセルムの治癒で回復し自身もアンセルムのおかげで連れ去られずに済んだので少しずつ立ち直りつつはある。
あの時アンセルムがいてくれてよかったとアデライドは思う。
あの日、少し出かけるだけだからと言うアデライドにアンセルムはこっそり隠れて着いていっていたのだ。
メイドがいれば大丈夫だと思っていたアデライドだったが、あのおっさんは何をやらかすかわからないとアンセルムはわかっていた。
そんな姉の無防備さに、アンセルムはまだ少し怒っていてふとした時に思い出しては叱ってしまう。
「でもアデライド姉さん。これからは大丈夫そうな時でもきちんと護衛はつけてね」
「ええ、そうね。迂闊だったわ…ごめんなさいね」
護衛をぞろぞろ連れて歩くのがあまり好きではないアデライドだったが、今回のことでさすがにちゃんと反省はしている。
その様子にアンセルムもウンウンと頷くとアデライドにプリンアラモードをあーんした。
「はい、アデライド姉さんにあーんしてあげる!」
「ふふ、あーん」
まだ少し幼い姉弟は距離感が近い。そのうち反抗期に入ればまた変わるのだろうか…変わらない気もする。
アンセルムは趣味について笑顔で守ってくれるアデライドを慕っているし、放っておけないタイプの姉を守ることが自分の役目と感じている。
アデライドは心のどこかでアンセルムさえいれば大丈夫だという甘えがあったりするが本人は気付いていない。
アンセルムはそんな姉にずっとそのままでいればいいのにと思いつつ甘えながら甘やかしているので、二人の弟離れや姉離れはまだ先になりそうだ。
【連載版】侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
という連載をしています。よかったら読んでいってください!