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9話『知らなくていいこと』




 ─────



「─────さ、催眠解除ぉ!」


 はっ。美月さんの声。

 僕は突然意識を取り戻した。なんだろうか。学生時代に授業中居眠りをしていて、不意にパッと目が覚めたらやけに思考がクリアになっていた。そんな感じの、唐突な覚醒だ。

 場所は美月さん宅の居間。さっきまで隣の部屋で催眠術を受けていたはずだけれど……

 何故か僕の眼の前には、顔を真っ赤にしている二人。レズは凄く僕を睨んでいる。

 ついでに何故か僕はワイシャツの前ボタンが全開だった。なんでやねん。

 

「こっここここっここ」

「鶏かな?」

「こぉんのスケコマシがああああ! とっと、とんでもないことを言いやがって!! 逮捕だ犯罪だ! 明日の朝刊載ったぞテメー!!」

「ちょっと待てよ!」


 いきなりの暴言に僕は慌てて制止する。


「僕が何を言ったのかわからないし覚えてないんだけど、催眠アプリで操って言わせたんだろ!? 僕は悪くない!」

「覚えてない……? 馬鹿を言え! 私は自分があんな、あんなことを言いまくったのをバッチリ覚えてるのに……」

「使用説明に記憶が残るか個人差がありますってあっただろーが。まるで覚えてない。ついさっきまで美月さんのテクニシャン系催眠音声みたいな声を聞いてたと思ったらいきなりこれだ。なんなんですか美月さん」


 本当に覚えていないのだから責任能力を追求されても困る。いや裁判の席ではそれでもなにかしら罪になるかもしれないけれど。 

 しかしまあ、本当に催眠アプリって効果あるんだな。なにをされたかは覚えてないけれど、このレズがペラペラ心にもないことを喋るわけだ。

 片手で顔を押さえながら赤面している美月さんが、おどおどとした様子で聞いてくる。


「せ、成次くん、覚えてないの?」

「ええ、まったく……なに言ったんです?」


 僕が首を傾げると、ヒソヒソと女性陣二人は話し合いだした。


「あの顔……本当に知らないって感じですね美月さん」

「お、覚えてたら絶対耐えきれないぐらい恥ずかしいもんね」

「私なら飛び降りますよ」


 マジでなにを喋ったんだよ僕!?

 二人は納得したように頷きあった。


「じゃあ、ええと話はこれで終わり! おばちゃんと汝鳥ちゃんもこの事は忘れよう!」

「いや美月さん、さっぱり事情が……」

「やかましい! 覚えているなら記憶が消えるまでしこたま酒を鼻から注ぎ込むところだが、忘れてるから許してやると美月さんのお言葉なんだ!」

「許しを請う立場なの僕!?」

「とにかく!」


 美月さんが手を叩いて、半分笑い半分照れたような、微妙になにか耐えているような顔をしながら宣言する。


「おばちゃんはこれから、忘れるためにお布団に入って悶えてくるので一旦解散です」

「悶え!?」

「私もちょっと自室に籠もります……パイセンは絶対入ってくるなよ」

「誰が入るかよ!?」


 二人はフラフラと自分の部屋に歩いていく。ポツンと残されたのは、意味不明にシャツ半脱ぎな僕だけ。

 なんとなく扉に耳を近づけてみると、美月さんの可愛らしい「きゃー! あー! もー!」とくぐもった声が聞こえる。なんやねん。可愛いわお前。

 レズの部屋からは「うー! うー!」とサイレンのような声が上がっていた。そのうーうー言うの止めなさい。

 なんなのだろうか。人は飲み会などで晒した自分の醜態に気づかない。それと同じような現象が起きている。


 だが。

 なにが起こったのか、検証する方法はある。僕はポケットに入れていた携帯を取り出す。録音モードを解除。実は、催眠を受ける直前からずっと録音をしていたのだ。もし裁判沙汰になった際に有利な証拠を残さるかも知れないと思って。

 聞くべきだろうか? 或いはこれはパンドラの箱になりかねない。

 二人は僕が忘れているので、全て無かったことにして沈静化を図っている。僕が飲み会の席で二人が見せた態度を忘れることにしたように。

 僕がそれを確認することで関係が悪くなるだろうか。いや、確認して、僕がマズイことを発言していたとして、二人が忘れるようにしているならばそれに乗って僕も何もなかったことにするだろう。

 となれば、確認することは一方的に僕が知らないでいい、ひょっとしたら覚えていたら恥ずかしい情報を知るだけなのではないだろうか。

 

「それでも……!」


 僕はガンダムのパイロットかプリキュアみたいな言葉を呟いて、録音した音声を耳元で小さく再生してみた。知らないままでは喉に刺さった骨のようだ。



 なにか声がボソボソと聞こえる。美月さんが耳元でテクニシャン系催眠音声を囁いている音だろうか。

 そして暫くして、


『よし、じゃあ試しに……成次くん、浮かべ!』

『は、はい。成次浮きます……フワー』

『成功!』


 浮いたの!? 僕! 嘘みたい!

 なんとなく全身に力を込めて浮くイメージをしてみる。子供の頃は空を飛ぶヒーローに憧れたものだ。モスマンとか。うおおお!

 ……当然ながら僕の体は一ミリたりとも浮かばなかった。催眠アプリによって潜在能力が開放されないと浮かないのだろうか……


『じゃあ成次くん、こっちに来て』


 と、どうやら僕は部屋の外に連れ出されたようだ。

 

『おおっ!? どうやら催眠に掛かったみたいだなこのオスプレイ野郎! ぼけーっとした間抜け面してざみゃあー!』


 メスプレイ野郎の暴言が聞こえてくる。


『貴様のようなオットコハム太郎が美月さんと暗い密室で催眠術やるとか一生に一度あるかないかの幸運だったんだから反動で今すぐ不幸になれ!』

『まあまあ』

『ふん! しかしあのアプリの威力だったら、恐らく一瞬で催眠状態になってただろうからそこまで長く味わえなかっただろうな美月さんルームトゥ二人っきりを』

『いやー、汝鳥ちゃんより催眠の掛かりが悪かったから、こう耳元でこしょこしょと頑張ったのよおばちゃん』

『なんで!? 私のときほぼ一瞬でしたよね!? ストーンって催眠入りましたけど!』

『汝鳥ちゃんはほら……素直な子だから』

『ムキー! なんか催眠耐性で負けたみたいでムカつくー! ばーかばーか! 無抵抗に罵られろ!』


 なんだろうか。音声だけだと凄いバカっぽいなあいつ。

 見た目はクール理知的なビジネスウーマンなんだけど、性格のアホさが残念感を増している。レズかどうかよりもよっぽど。


『こらこら、えーと、じゃあ催眠に掛かった成次くんに何を命令してみようか』

『鼻からスパゲティ食べつつ目でピーナッツを噛ませるとかどうですか』

『可哀想すぎるのは駄目!』


 発想がジャイアンとかスネ夫レベルだ。


『試しに……成次くん、シャツの前開けてみて!』

『うげーっ! なんの意味があるんですかその命令!』

『だ、だって、催眠術ってなんか服を脱がせるの定番じゃない?』


 これでシャツのボタン全開だったのか……美月さんエロ漫画でも読んだのかな? 馬鹿な。美月さんのような穢れなき女性が、エロ漫画などという読むだけでIQが下がっていく媒体に手を出すはずがない。まあ、催眠術ぐらいは普通の漫画とかでもよくある展開だし、脱がすのもお約束だろう。

 っていうか躊躇いなく操った男を脱がさないで欲しいけど。現実では。

 

『ほほーう、これが成次くんのお腹……ってまあ、昔一緒に海とか川とかで泳いだことあるから見たことあるけど』

『貧相な体だ! 胸に7つの傷とか刻んでやりましょう! そして『うわっあいつあんな貧相なのにケンシロウ気取りかよ』って銭湯とかで嘲笑の的に!』

『うーん、それならいっそ成次くん、マッチョになーれ』


 すると、ボッという干してる布団を叩いたような音が聞こえた。


『うわーっ! なっなっなんじゃこりゃあああ! 気色悪ッ!』

『はわわ、ほ、本当になっちゃった……マッチョに』


 なったの!? 僕の筋肉どうなってるの!? 催眠されて急になるものなの!?

 映像が無いのが逆に怖い! いったいどんな光景が……!?


『うっとり』

『うっとりしてる場合ですかァーッ! これはキショいですよ! 私の許容範囲外です! すぐさま戻しましょう!』

『えーでも、筋肉だよ?』

『っていうかこういうのこそ体に後遺症が残りそうなやつですって! パンプアップさせた代償に心臓とか止まったらどうするんですかハリーハリー!』

『ちぇー……成次くん、元の体に戻れー』

『うわ風船から空気抜いたみたいに戻った! キッショ!』


 ()ってくれよ、僕の体ァー!

 チクショウ。思ったよりも酷いことになっていたというか。なんやねんあの催眠アプリの効力。それこそパソ通雑誌の裏広告にあった脳パワー覚醒テープみたいなことになってるじゃないか。

 はだけたシャツのお腹になんとなく触れてみる。違和感。次に見下ろす。薄っすらと、昨日まで浮き出てなかった腹筋が出ていた。やったね! 後遺症残ってるじゃんッッッ!

 コワァー! あの催眠アプリコワァーッ!


『ふぅー……よかったぁーこれでなんとか……』

『それより汝鳥ちゃん、あのマッチョが許容範囲外なら普段の成次くんは許容範囲内なんだね』

『ふえっ!? そ、そんなことないですよ! 何言ってるんですか私はレズサーのレズ! 男なんてゲイだろうが男子小学生だろうが男の娘とか自称してるホモカマだろうが全部許容範囲外! あー女だけの街が作られたらなー手当たり次第食い散らかして捕まるのに!』

『はいはい』


 ふーむ、しかし一応僕の筋肉案件は収まって(後遺症が残ったけど)いるけど、何をあのレズはキレ散らかしていたのだろうか。

 

『ええと、他に試すこと無いなら解除しておく?』

『美月さんの試したいことが筋肉増強だけというのがちょっと驚きますけど……しかしなあ。私は恥ずかしいことを口走ったのだから、こいつにも恥ずかしい発言とかさせましょう! 録音もしてやれウシャシャシャシャ!』

 

 チッ! やはりそう来たか……!

 僕の恥ずかしい発言。なんだろうか。アメリカ政府をテンプル騎士団の末裔が支配しているという陰謀を信じていることとかか。これは間違いなく論拠がある。しかしここに書くと、僕が大学で書いた卒論より長くなる。(ちなみに卒論は『ゲーミングパソコンと周辺機器がやたらビカビカ光ることに関する論文』だった。プログラマーらしい卒論だ)

 問題はそれを熱く語ると大抵馬鹿にされることだ……!

 僕が心配していても、録音していた状況は進行していく。


『あんまり変なこと言わせても悪いから……よぉし、成次くん! これからおばちゃんと汝鳥ちゃんを褒めてみて』

『はい、成次褒めます……』


 ブワッ。

 僕は全身から汗が吹き出て思わず録音再生を止めた。


 褒める? 褒めるというのはつまり、相手の美点を挙げて称えることかね?

 いやまあ、喋ろうと思えば美月さんを幾らでも褒めることができるよ? ただね、今どきはセクハラとかもあるから正気なら言葉を選ぶと思うんだ。それにあのサー・レズに褒めるべきところは……

 なにより録音で言葉が聞こえた僕はまるで正気ではない調子だった。録音した自分の声を聞いてみるとキモく感じる現象というのはあるが、それよりもおかしな雰囲気を感じた。

 

 つまり僕はまるで正気じゃないまま、ペラペラと二人のなにかしらを褒めまくった。


 言葉はゼロから出てくるものじゃない、と僕は思う。それが自分の意志に反しているとはいえ。

 例えば直前にレズが僕にしゅきしゅき言いながら好きポイントをおえっ褒めていたおえっ内容もだけど。

 僕が意外と力強いとか、趣味が似ているとかそういう事を言っていた。これは普段、好意に感じているわけじゃないのだろうけど「あいつ力強いよな」とか「あいつ趣味似てるよな」ぐらいには思っていた内容に好意が後付されたのではないだろうか。


 つまりアレだ。正気じゃない僕は、美月さんとあのレズの何かしらな特徴を全て好意的に解釈して褒めたのではないだろうか。


 美月さんは山程あるからまるで何を言ったか見当もつかない。ただ、『軽めのDVをしても許してくれそうなところ』とか『ちょっと強く言ったらお小遣いを沢山くれそうなところ』みたいな、僕は絶対にそんなことを思っていないような内容を口にしていたら……破滅だ! 僕は絶対そんなことを美点だと思っていない! ただちょっとそういうところあるから気をつけて欲しいよなーとか考えてるだけだ!


 そしてあのレズ。あのレズ。褒めるとなると……なんだろう。『割と泣き顔が可愛いので軽めのDVをして泣かせがいがあるところ』とか『恩を売って金を請求して屈辱的な顔をしながら金を差し出させたいところ』とか、そんなことを褒めていたら……地獄だ! 僕は決してそんなことが良いところなんて思っていないのに! 絶対! これじゃまるで僕が軽めのDVをして金をせびってくる、細長くて物を縛るアレみたいじゃないか! 絶対そんなんじゃない!



「はぁーっ……はぁーっ……」


 呼吸が荒くなってきた。だが落ち着け僕。そんなことを言ったという証拠は、僕が手にしている薄い板にしか残っていない。

 これを聞いたら後戻りができなくなる。パンドラの箱だ。開けると後悔しか残らない。

 確かに喉に刺さった骨を取る気分で確かめようとしたけれど、これを確かめたら僕も布団に頭を突っ込んでママーウウウーってボヘミアンラプソディ状態になることは間違い無さそうだ。

 だが、録音を消せば。

 僕は忘れている。あの二人も、催眠状態のアレだし忘れると言ってくれた。

 僕らには何も起こらなかった。

 それでいいじゃないか。

 

「ぽちっと」


 僕は録音を消した。よし! 僕はなにも知らない! 責任も取らない! 神様なんてもう信じない!

 よし。お昼の腸詰め料理でも作ろう。





 ****





 ソーセージとスパムのエッグオムレツ。肉肉しくて塩味が効いているので単品でもご飯のおかずになるが、薄目の味付けにしたチキンライスのチキン抜きライスを皿に盛って上に載せた。パセリも散らす。キャベツの千切りも添える。薄切りにしたソーセージと玉ねぎのスープも簡単に作った。

 腸詰めがメニューで被っている。だが僕が本気を出せばソーセージ炊き込みご飯、ソーセージ味噌汁、ソーセージ漬物、焼きソーセージのフルソーセージ定食になるのでまだ手加減している腸詰め濃度だ。


「二人共ー、お昼ご飯だぞー」

 

 僕が呼びかけるとノソノソと部屋に引き篭もっていた二人は居間へと出てきた。なにかチラチラと僕の顔を見ているが、僕は仏の如きスマイルで気にしないようにした。

 

「さあお嬢さんがた、なにか悪い夢でも見たのかも知れないけどご飯を食べて忘れよう」

「う、うん」

「はぁー……」


 微妙に元気が無いけれど、まあとにかくご飯だ。話題にしなければそのうち気にならなくなるはず。


「ところで成次くん」

「なんです美月さん」

「軽めのDVってどう思う?」

「どうも思いませんけど!? なんですかいきなり食事時の話題ですかそれ! DVなんて犯罪ですよ死刑ですよ! はいテレビ見ましょう!」


 話題にしなければって思ったばかりなのに! っていうか僕! 確認してないけど僕! 催眠状態で何ほざいてんだ!

 僕は問答無用でテレビのリモコンを操作した。土曜昼ならば新喜劇でも見よう。

 やってるやってる。BBC制作のシェイクスピア新喜劇。

 関係ないけど、近頃のネットミームの汚染で二度とネット上ではシェイクスピアの『真夏の夜の夢』はマトモに語られないと思う。


「むう……今日の昼ごはん妙に美味い……」


 レズをも唸らせる料理。そんなアレが浮かんだ。チキンライスの上で半熟のオムレツを潰し、黄身にライスを混ぜて食べるといい感じの塩気と腸詰めの香ばしさが合わさって美味い。


「というかこの家、卵もいいの置いてたからなあ……美月さんの実家で作ってる、道の駅で六個五百円ぐらいな烏骨鶏のやつ」

「卵はねぃ、おばちゃんもカップ焼きそばによく入れて食べてるから実家から送られてもちゃんと食べてるんだよぅ」

「エヘンって胸を張ることですか」


 このおばちゃんの偏った食生活を今まで見逃していた後悔が募る。

 道理で僕が会社で作った昼ごはんを、足りない栄養を補わんばかりにモシャモシャ食べてるわけだよ! そう考えると僕はもしかしたらプログラマーではなく栄養管理係として雇われたのでは。そもそも最初の頃プログラマー要らなかったしこの会社。


 女性の職場に転がり込んで、お昼を作って話し相手になるだけで給料をたっぷり貰っていた生活。


 ……まずい! 深く考えるといけない。僕はちゃんと今稼いでいるんだ。あれはそう、準備期間だったんだ。


「そ、そういえば汝鳥ちゃんは家で何食べてた?」

「私ですか? 夜は外食が多かったですね……」

「そうなんだ。美味しいお店とか詳しいの?」

「それなら美味しいパンケーキとか出すメイド喫茶知ってますよ! メイド喫茶のポイントカードで『一緒に撮影』ってあるから脱がしたら警察呼ばれたから次に行ったら入り口でつまみ出されるかもしれませんけど。クソっヌード撮影じゃねえのかって思いましたので☆1です」

「限りなく悪質な客だな……」


 全方位に迷惑を掛けることしか考えてないのか。


「でも今は美月さん宅にお邪魔しているので! 夜ご飯は任せてください! この女の敵よりも美味しいご飯を作って差し上げます」

「女の敵というかお前の敵だからな?」

「いいキャベツといい卵が沢山あるからな……よしお好み焼きにしようかな。お好み焼きは最も美味しいキャベツ料理と言われていますからね!」

「いいねえお好み焼き。おばちゃん長く食べてないよぉ。お昼から買い物行こうか」


 そして彼女らはお好み焼きに入れる具材でアレコレと話し合いを始めた。

 ふう。どうやら話題も変わったようで、後は放っておけば自然と妙なアレも収まるだろう。


 昼食後に抱きつきタイムだ。やはり背中を貸して抱きつかせる。正面から抱きつかれるよりも僕的に邪魔じゃなくていいのだけれど問題は、


「おい、抱きつきつつ指を僕の体にねじ込んだりヘドバンみたいな頭突きを繰り返すの止めてくれない?」

「うるさい! 軽めのDVだ! 思い知れ!」

「止めろよ軽めのDVの話題出すの! 僕が何をしたっていうんだ!?」


 そして何故美月さんは照れたようにしているのか。世の中は謎ばかりだ。フシギフシギー。




 *****




 

 二人が買い出しに出かけるのを僕は送り出す。美月さんに誘われたが、女性の買い物に付き合うのは大変だ。世間の彼女持ちの男は耐えているのだろうか? 楽しんでいるのだろうか?

 まあ僕としても美月さんと二人なら幾らでも買い物に出かけられる自信はあるけれど、レズが煩いので。きっとあいつも僕に対してそう思っている。

 一人オフィスに残ってネットゲームで休暇を消費していた。勿論DOOMの亜種とも言えるオマージュゲーだ。DOOMの古くも完成されたゲーム性は数多くのゲームに影響を与えている。

 例えば特殊部隊のシュミレーターや攻撃ドローンの操作方法などにもDOOMは活用されており、もしAIが人類に反旗を翻すならばDOOMのプログラムを利用してくるだろうとも言われている。DOOMは地球の新たな主になる可能性を秘めていた。


「ハッハァー! 雑魚がァー! そぉらお前のせいでお仲間が死ぬぞーお?」


 僕はあまり美月さんに聞かせられないような言葉を呟きつつ、敵の弱いプレイヤーをカバーに入った他の相手を射殺していった。

 対戦FPSになると人類は口が悪くなる。それは間違いないし避けられない。だって仲間も似たようなことをスカイプで言いながら敵を攻撃しているもの。お互いに通信が送れる環境のゲームだと更に酷い応酬になる。

 そうしてとても充実した土曜の昼を送っていると、オフィスのベルが鳴った。来客を知らせるやつだ。来客?

 この会社、客が来たことも無いのだけれど。押し売りとか営業マンとかだろうか。今日は休みだというのに。いや、案外に美月さんが通販で頼んだ商品とか届いたのかも知れない。昼にテレビショッピングでやっている、謎の筋トレ器具が家には散らばっていたから。

 

 僕はオフィス入り口にあるカメラを操作してPCの画面で来客の姿を確認。複数の視点から相手の容姿を撮影し、映像データを保存する。

 女性……かな? 帽子をかぶり長いストレートの髪の毛をした、薄い青色のシャツにネクタイを付けてる……って警察か!?


「は、はい、どちらでしょうか……」


 机に置いたマイクに話しかけると入り口に付いているスピーカーから僕の弱々しい声が出る。

 殆どのプログラマーは警察に弱い。僕だってプログラマーっぽい遊びで、改造したipadでペンタゴンのシステムに侵入することもやっていたり後ろ黒いことがある。

 すると入り口にいる女性は愛想よく笑って告げてくる。


『こんにちは! 私、根津警備保障会社の鮫島と申します!』


 彼女はおもむろに胸ポケットから拳銃を取り出した。なんで!?


『あっ違った。こっちこっち』


 慌ててポケットに拳銃を突っ込み直し、反対側に入れているIDカードをカメラの前に出す。

 根津警備保障会社、鮫島犬子。同時にプログラムが自動的に根津警備保障会社多摩支店にアクセス。社員データを参照して当該社員を特定。年齢22歳の新卒で今年入社。前科あり(傷害罪)。……前科あり!?

 急に。

 カメラに映っているにこやかな女性の笑顔に底知れないものを感じだした。傷害罪ね……暴行罪の上位ランクな傷害罪ね……十五年以下の懲役と五十万円以下の罰金の。(今調べた)

 いや、ね? ほら根津パパさんのとこ、社会復帰も支援しているとか聞いたことあるというか。つまり刑務所を出ても雇ってくれる職場も無いような人を農家にしたりとか。実際、そこらの会社員より給料いいからね。あんまり昇給は無いんだけど。

 彼女もそのクチだろうか。まだ若いのに。


『あのー、少々警備上のことでお時間よろしいでしょうかー?』

「えっあっはい」


 しまった。はいって返事した。適当に断って帰せば……って。

 いかんいかん。前科持ってるからって必要以上にビビってしまっていた。自分の会社を尋ねてきた、自分の会社を警備しているいわば職務上の相手を追い返すなどやってはいけない行為だ。

 たとえ相手は前科者だとしても、今も犯罪者というわけではない。前科を持ってしまった人は一生許されずに世間から後ろ指をさされ続けなくてはならないのか? そんなことはない。だからこそ根津パパさんも、美月さんも前科を持っている相手も構わずに雇っているのだろう。


 僕は意を決して応対することにした。シャツの中に漫画ゴラクの雑誌を入れる。ゴラクはヤクザ漫画が多いだけあって、もし刺された際の刃物耐性が高い。

 モニターの向こうでニマーっと笑みを浮かべている鮫島さん。なんかね、歯が尖ってない? 鮫みたい。 




死亡フラグが立ちました


お知らせ

大変申し訳ありませんが、作者のPCに致命的な故障が発生したため、メーカーに送らねばなりません。

なので暫く続きが投稿できません……正月明けぐらいにはできるかもなので、ブックマークを外さずに待って頂ければ嬉しいです

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