20話『ソシャゲ開発とお姉さんの小さな夢』
根津ゲームファクトリーは青梅市にある。西多摩最大の市というけれど、まあ都内にある田舎だ。奥多摩の一歩手前である。
当初オフィスを建てる際には根津Pを始め、出資してくれる親会社と立地に揉めたらしい。つまり、ゲーム会社のスタッフ的にはもっと都会の方がいいと。根津グループの出版社『為版元』などは飯田橋に立派なビルがあるのにと。
しかしまあ、ゲーム会社の方は新興であり版元は江戸時代から続く老舗、いいところに移りたければ自分たちで儲けて移れと言われ出資を絞られた結果、青梅市にある一戸建てのオフィスで開発運営をしている。オフィスの裏には畑と鶏舎まであってそっちの管理もさせられている。
偉大なプログラマー、ビル・ゲイツ曰く。全てを失って一からやり直すとしたら、まず鶏を飼うことから始めるのだそうだ。
つまりは、ゲームが売れなかったら根津ゲームファクトリーの皆は養鶏業で食っていかねばならない。根津グループは色々な事業に手を伸ばすが、最悪失敗したら農家をやらせればいいやと思っている。
その日、僕は美月さんのニーヴァに相席して午後からそのゲーム会社のオフィスへ向かっていた。
「すみません美月さん、今日は仕事を休ませちゃって」
「いいのいいの。埋蔵金探しなんて、いつでもやれるんだから」
午前中は美月さんがレズ後輩を総合営業会社『シノビヤ』へ連れて行ってあれこれと手続きの手伝いをしてきたので、今日一日彼女は僕らのお守りをしてくれたような感じだ。
ちなみにレズ後輩曰く、シノビヤは日本の営業界(そんな界初めて聞いた)の梁山泊とかそんな呼ばれ方をしている上級営業職ゾーンらしい。これまでの実績でAランク営業(ランクとか初めて聞いた)しか入社できず、入社試験ではなんか木製の人形に向けて攻撃を放ったりする(特に意味はないらしい)。
恐らく僕は後輩に嘘をつかれているのだろう。
青梅のNGFオフィスにたどり着いた。畑こそあるものの社屋自体はしっかりと近代的だ。サーバールームとか必要だからである。根津グループでは建設事業も手がけているので自社でビルまで作れる。元々農家で、小屋とか倉庫とか自分らで作ってた技術から発展していったらしい。
しかしながらオフィスの周りは畑に囲まれていて、雇われている農家が野菜を作っている。普通に仕事があるうちは畑をいじってる時間が無いので、こうして普段は他の人に管理を任せているのだろう。彼らのゲームがコケてたならば次の予算を作るまでは農作業で稼がねばならなくなる。
オフィスの入り口にあるスリットにカードキーを通すと、隣に建てられている大きな石像の腕から鍵が落ちてくる。
その鍵を正面扉の鍵穴に開いて中に入る、もうこの鍵は必要ないので捨てる用のゴミ箱へと鍵を投げ入れた。中には十以上の鍵が既に落ちている。あの鍵たちは回収されて、後でまた石像にセットされる。やたら無駄のある防犯システムである。話によると、年に一回ぐらいは防犯上の都合で変えてるようだ。
「よォこそ、我が社のメーンプログラマー・チャン瀬尾。と、姉者」
「どうもです根津Pさん」
「相変わらずヘンテコな格好だねぃ」
出迎えた男──柔道家のような筋肉質の体型をしていて、腰にはセーターを巻き付けサングラスを掛けた怪しげな業界人のような人が根津P。本名根津毘太郎。美月さんの弟である。手には雑誌を丸めたメガホンとか持っている。体格以外は一昔前のテレビプロデューサー(コントに出てくる)のようだ。
「っていうか姉者も一緒か……まあ今日はチャン瀬尾の組み上げたゲームのプレゼンってことで鬱陶しいスポンサーとかも集まってるけどよ」
「ええ、まあなんなら、デバッグモードでテストプレイ出来るようにしてきたので軽く触れながら説明できればと」
「ゴイスー。二日で? やべえだろチャン瀬尾……」
プログラマーに重要なのはさっさと仕事を完成させてしまうことだ。だらだら続けていると作業進行中なのに仕様変更のお知らせが届いたりする。
「成次くんはうち自慢のグラマーだからねぃ!」
「グラマー!?」
「っていうか姉者の穴掘りペーパーカンパニーにプログラマー要らねえだろ……」
「い、要るよ! 成次くんいると大助かりだよ! ……ご飯とか癒やしとか! 成次くん大事!」
「美月さん……!」
「……それって細長くて物を縛る……いやなんでもねえ。一生養っててくれ」
こう美月さんから存在そのものを肯定されるっていい気分だね! 仕事でも利益は出してるけど!
そんなこんなで一つ二つ打ち合わせをして、美月さんも連れて会議室へ。
「わたしもいいの?」
「軽く遊んで見る段階ではあるので、一般のユーザーにも触って貰えればと」
「よーし、おばちゃん頑張るぞう。スマホのゲームはパズルゲームぐらいしかやってないけど」
「是非お願いします。そういう感じのライトユーザーもやれたら裾野広がるんで……ちなみに何やってます?」
「『勇者のくせにガキが……舐めてると潰すぞ』とか」
「なんでユーチューブのクソ動画っぽいタイトルに!?」
「姉者はパズルばっかりだからなあ……そのせいか知らんがやたら器用だから採掘頼まれてるし。親父なんかあの地下、尻に八本ぐらい罠の槍が刺さったあたりで諦めたぞ」
酷いダンジョンだ……根津家の埋蔵金。
ちなみに根津パパさんは見た目通りというか、パワフルな見た目以上に機敏で動き回れる。テレビでやってる、障害物を越えてゴールを目指す体育系番組の『殺助』にも宣伝代わりに一度出て最速記録でクリアしたことがあるぐらいだ。そんな人でも地下迷宮では死にかける。
本当に美月さん大丈夫かな……美月さん補助用ドローンとか作るべきだろうか。近頃の機器を使えば地下百メートルぐらいまでの構造を、大きめの石ころの位置まで把握できる。専門の機械が必要なのと町中でそんなもの使っていいのか法律的な問題があるけれど。強力な電波使うから。
会議室に入ると社員一同に合わせて数名の外部アドバイザーだか、スポンサーだかの人間が来ていた。例えばこのゲームはゲーム内で栽培した野菜などを発送するので野菜の梱包発送業のマネージャーとかだ。
一人、『代理』と腕章を付けた二十代前半の女性と美月さんの目があった。
「あ。唯鈴ちゃん」
「ハロー。ミス・アラサー未通姉上」
ぺきょっ。
スタスタ近づいた美月さんが、唯鈴と呼ばれた彼女の妹の首を掴んで百八十度回頭させた際に鳴った音だ。
「そういうことを、人前で言わない」
「があああああ! がああああ!」
首を捻られたまま固定された唯鈴ちゃんは、彼岸島の雅様みたいな声で叫んだ。
えーと確か年は二十三歳かそこらだったけど、高校卒業してすぐ結婚して子供もいるのでアラサー未通女の美月さんを煽っているところがある……って親戚筋の情報。
ゴキゴキと首の位置を正して唯鈴ちゃんがこっちを向き直した。
「あっ成次兄ちゃんも、ちーす」
「ちーす」
「今日は親父の代わりにゲーム見に来たよー。自分が移動時間以外睡眠してない忙しい生活してるからって、暇な主婦のあたしを働かせるなんて酷ない?」
「いや全然。っていうか根津パパさん忙しいのなやっぱり」
僕とはまあ普通の顔見知りで、盆と正月に合う年の近い親戚ではある。暇な主婦というけれど子育てに熱心ではあるらしい。
彼女は屈託のない笑みを浮かべて僕にこう言ってきた。
「成次兄ちゃん、未通女が貫通したら記念パーティ開くから是非教えてねがあああああ!! がああああああ!!」
「いーすーずー?」
「ごめんなざああい!!」
とても優しい美月さんだけど、家族には容赦ない。いわゆるDVだ。まあ、根津家は常識人率が低いのでツッコミに回っているだけかもしれないけれど。
「雑魚妹と強姉者のじゃれ合いはいいとして、さっさとチェック始めちゃいますゥ!」
根津Pさんが丸めた雑誌をポンポンと叩いて音を立てて皆に呼びかける。僕と美月さんも椅子に座った。
「細かい挨拶は省略、プレゼンは資料を読め! とにかく動作確認してみよう! はいチャン瀬尾に頼んで貰った端末配りますゥ」
大雑把な確認は僕とAI、プランナーさんや根津PもPC画面で行ったけれど、動作確認は実際の端末で行うのが間違いが少ない。会議室に集まった皆に、まっさらな状態の中古スマホがそれぞれ渡された。それにはアプリの形に整えた『農マンズランド!』がインストールされている。
この人数なのでデータ配信も普通のパソコンで出来る。アプリを起動させると、日焼けした可愛いギャル系美少女と、年収が低そうな顔つきの男が爽やかに収穫物を持っているタイトル画面。まさかこの男女が、「サブマスィンガン!」とか叫んでおもむろに発砲するとは思えないだろう。
とはいえ、僕が手がける前のRPG風戦闘モードの頃から、主人公は銃などで武装して邪悪エイリアンと戦う既定路線だったのだけれど。なので武器名を呼んだ声が収録されていた。
根津P操作の画面はプロジェクターで映し出されている。そこで説明しつつ進めるのだけれど、
「はァいまずタイトル画面からムービー入ってOPイベント……」
「ガチャガチャガチャガチャガチャはどこなの!!!」
「フハハハハ庶民共見ろこのウェブマネーの札束を!!」
「イベントスキップ! イベントスキップ!」
「てめえら! まだOPすら終わってねえだろうが! 初っ端からスキップも禁止だ!」
和気あいあいといっていいのか、盛り上がり始めた皆に僕と美月さんは苦笑する。
とにかく画面では物語が始まる。開拓村送りになった主人公は生き延びた人の居ないフロンティア、『ノーマンズ・ランド』へと旅に出る。その途中、村までもう少しという森の中で主人公は邪悪エイリアンことJAに襲われる。
ハンドガンを発砲しながら村へと撤退。仲間の一人は犬型エイリアンの群れに食い殺された。まるで多摩川の河川敷をモチーフにしたような草むらを掻き分け、開拓団は危険な土地に作られた小さく寂れた開拓村へとたどり着く……
「なんかのパクリっぽすぎる」
「今更の意見は受け付けませェん」
僕の感想は封殺された。まあ、別にいいけど。開拓村へ行くのに絶望しか無いオープニングだ。
何はともあれ開拓村にやってきた主人公。畑は小さい。家屋はみすぼらしい。人も居ない。ここで農畜産業をして発展させていくのがプレイヤーの役目だ。箱庭ゲーっぽくもあり、庭造りのように整えることもできれば黒パンを乾燥させて兵器にする施設を乱立することもできる。
とはいえやってきたばっかりの開拓村。種は無料配布のしょぼいやつ。土壌は貧弱。害獣への防備は皆無。武器は女主人公はハンドガンで男主人公はサバイバルナイフのみ。こんな状態ではろくに野菜も作れないだろう。
『前の開拓団が残したプレゼントを開いてみるのじゃよー!』
開拓の手伝いをしてくれるナビゲーター的キャラがそう指示を出す。ちなみにOP後に、『どうにか村まで一緒にたどり着いたのは……』という選択肢で最初の仲間が選べる。のじゃロリ。胡散臭い女薬師。怠そうな顔の男用心棒。機械音声の忍者かメイド。微妙なチョイスだが、後から合流できるしそれぞれ便利な特性がある。
ナビゲーターの勧めで十連ガチャが始まった。
「おっおっおっ……あああー!」
「ねえこのSR使えるやつ!? 使えるやつ!?」
「種種種種種つけおじさん種種肥料種つけおじさん種つけおじさん……はいリセマラ! リセマラ開始!」
「エーヌーレーアー!!」
「やった! 武器出た! どうたぬき+3と散弾銃!」
「種つけおじさん:植え付けの際にプラス補正するおじさん。消耗品。おじさんこれ消耗するの!?」
「追加で回させてー!」
皆がガチャの結果に一喜一憂している。テストプレイとはいえ、射幸心を煽っているようだ。
僕のは種と農具と武器がそれぞれ出ていてバランスは良い方だ。探索にも出かけられるし、農作業も始められる。
『さて仕事を始めるのじゃよー!』
そうしてホーム画面へと以降し、本格的にゲームがスタートした。
『編成』武器の装備や用心棒の追加などが行える。
『農業』畑での作業へと向かえる。
『拠点』村を回ってイベントや施設を見て回れる。
『増築』ゲーム内通貨や課金要素を使って村に畑や建物を増やしたりできる。
『通信』専用掲示板やユーザー間の交換所が利用できる。
『討伐』戦闘系の選択画面へ。
『購入』ガチャや課金アイテムの購入。
イベントが進み資金投入をすると農産物だけでなく畜産物も取り扱えるようになり、専用ボックスにてクール便で肉が届いたり羊毛フェルトが手に入ったりする。
まあ、当然ながらこのゲームで農畜産物を育てる時間と手間があればスーパーで購入したほうが効率はいいのだけれど、そんなことを言ったら農家はおしまいである。
「ガチャガチャガチャガチャ~!!」
「ええー今回はテスト段階なのでェ、ガチャは無料で引き放題。農業の時間経過は百倍モードも付けてもらってまァす」
「ああああああー!! やったー!! リン(肥料)ちゃんだああああ!! ……根津P。ガチャ連打して液晶が壊れた」
「バーカ!」
仕方なく、その社員に根津Pさんが自分のテスト端末を貸してやった。会議室のモニターには全員分の画面が分割して表示され、それぞれのプレイ内容が見られる。結構な割合で無限ガチャを引きまくっていた。
ガチャ無限に興奮した社員がスマホを破壊したけれど、とにかくある程度快適にプレイするには無限ガチャで種や肥料を所得しまくるのが簡単だろう。
もちろん初期の無課金状態でもバトルに勝利して報酬を得たりすることが出来る。最初のランクが低いときだけ受注可能な初心者救済クエストをこなしておけば一通りの農業は可能になる。まあ、種さえあれば一応農業は進められるんだけどメッチャ手間と時間が掛かり出来もイマイチになる。農具を手に入れ時間短縮、肥料を使って土壌改善などアイテムを使わねば。
「えーと、成次くんこの装備ってどうやるの?」
「ええとですね。編成画面で……序盤だから主人公と仲間一人ですけど、武器を装備させます。あっガチャで弓矢が引けてますね。遠距離オッケーだからこれ装備と」
美月さんが僕に画面を見せながら聞いてきたので、近くで操作してあげた。一応序盤のお手軽ミッションは近接か遠距離かどちらか一方の武器でもクリアできる程度の難易度だけれど、遠近両方装備していたら圧倒的に楽だ。
男主人公で近接はナイフ。遠距離は手裏剣。武器は重ねることで強化・進化していく。味方を設定すれば援護射撃をしてくれたり操作キャラチェンジできたりするので、美月さんの初期相棒ロボ忍者を設定。
そして討伐クエストに出て説明をする。
「これで自動的に画面が動きますので、敵が出てきたらタッチしてください」
「ふむふむ」
美月さんがしげしげと眺めて、飛び出して近づいてくる最初の敵は、顔が的のような円状の形をした人型JAでゆっくりと近づき、倒しやすい練習用だ。どことなく奈良県の農協マスコットに形が似ている気がしないでもない。
遠距離からタッチすると遠距離武器、近距離に近づいてからだとフリックで近接攻撃が出来る。ヘッドショットなど弱点に当てるとクリティカルダメージだ。
「なるほど! 簡単だね!」
「ほほう。じゃあ美月さんにはハードモードでやってみましょうか」
「どんときなせい」
スマホを操作して敵の出現数と速さを増加、ステージを長くしてやらせてみる。
シュババババと敵が現れ手前に近づいてくるのを美月さんが初プレイとは思えない指の動きで対処していく。はやっ。ダッシュで近づいてくるゾンビ映画のように群がる敵を、正確にヘッドショットして近づいたら首を刎ねていく。どの敵を先に倒せば効率的か一瞬で把握しているようだ。
まあ言ってみれば、美月さんはパズルゲームが得意なわけだ。一方でこの僕が作ったガンシュー風ゲーム、画面が動いて自分が移動しているように錯覚するものの、自動的に次々にタッチして処理するアイテムが現れ続けるという点では実は落ちものパズルゲームと理屈上そう変わらない。
戦国武将の血みどろ生首が次々に落ちてきてタッチして消していくアプリゲーム『積む積む』など、背景を動かしてタッチする度に矢でも当てるエフェクトをつければ近づく生首を撃ち落とすゲームに見えてくるだろう。
『パーフェクト!』
「やったねぃ」
「さすが美月さん! こんだけ敵を出しても動作に問題無いこともわかって助かりましたよ」
「えへへ」
少し離れたところで唯鈴ちゃんと根津Pがヒソヒソ話をしていた。
「なんでうちのおかんとか伯母さんとかあんな感じのゲーム得意なんだろうね。姉者もその類だけど」
「テトリスとかドクマリとかやらせたら異次元の領域に行くよなァ……おばちゃん」
美月さんのハードなプレイはともあれ。
ぼちぼち満足行くまでガチャってた参加者らも農業やら掲示板でのトレードやらクエストやらに手を出している。約一名ひたすらガチャっている人も居たけれど、まあ配られる素材の偏りとかそういうのをチェックする係かもしれない。
あれやこれやと僕らは様々なゲームプレイを試し、不具合を探した。大抵のシチュエーションはAIによって精査させているので問題ないのだけれど、実際に手にとって不便な部分も見つかったり要望があったりする。
この段階から要望に応えて遅らせるのには根津Pも微妙そうな唸り声を上げていたけど僕がちょちょっと修正できる程度だから大丈夫だろう。
細かいバグ取りはともかく、この会議は出資者や社内でのゲーム完成度を確認するためがメインであったので、ネットワークの調整はともかくほぼ遊べる状態に段階が進んでいた成果が出たのでそれとなく成功してひとまず夕方には解散することになった。
数名の社員はサービス開始まで延々とテスト版をプレイして試すみたいだけれど……
「え!? 根津P、このテスト版のデータ、拙者の本プレイ版に以降できないんです!?」
「当たり前だ馬鹿野郎。おめえ何百万円分ガチャったと思ってるんだよ」
「うぐぐー!」
まあそりゃあね……
ともあれ、これからの最終調整はまた美月さんのオフィスでも出来るので僕らは帰ることにした。
根津Pさんと唯鈴ちゃんが見送りに入り口まで来る(出たらまた石像から鍵を取らないといけないのに)
「それじゃあこれからもシクヨロね~チャン瀬尾。あともっと頑張れよアラサー未通姉者」
「成次兄ちゃんも早くしないとアラサー未通姉者の羊水腐r」
ココッと軽い骨を打つ音が連続して聞こえ、兄妹二人は意識を失ってその場に倒れた。美月さんが手刀で二人の顎に打撃を与えたのだ。とんでもなく早い手刀だった。僕でなきゃ見逃しちゃうね。(見えてなかったけど)
そこはかとなく恥ずかしそうな顔をして美月さんは僕の手を引いた。
「帰るよ! 成次くん!」
「あっはい」
根津家の家族親戚は基本的に皆さっさと結婚する。金持ちな上に、男はマッチョでスケベ、女は美人が多いのでモテることもあるだろう。そんな中で、アラサーで未婚な美月さんが親戚から受けている目線を思うと同情を禁じ得ない。
昭和の時代ぐらいまでにあった、二十代後半までに結婚できてないと行き遅れという風潮はまだ根津家では健在なのだ。
言ってみれば相手なんて選り取り見取りで、見合いを探せば山のように出てくる環境だから仕方ないのかもしれないけれど。ちなみに結婚せずプレイボーイ的な態度を取った一族の男は周囲からスケコマシ野郎としてボコボコにされるらしい。
ニーヴァに乗り込んだ僕は若干気まずい空気の中で、美月さんが咳払いしてから言う。
「そ、それにしてもゲーム楽しみだねぃ! 発売されたらおばちゃんもやろうかな!」
「凄く僕のやる気が出るので是非どうぞ」
美月さんみたいなガチ勢がやるとなると難易度調整も気を使わないと。もちろん、素早い敵がひたすら出てくるだけでなく、一定時間で消える宝箱をフリックしたりその宝箱から飛び出してきたトラップを更にタッチしたり、撃ってはいけない民間人などを出して様々にバリエーションがある。
ちょっと前に教習所のシュミレータープログラムを開発した経験も生きてくる。通行人の老婆ボタンを連打したら道路に老婆がインドの物乞いみたく大量に出現するモードを作ったところ、ちょっとした飛び出し程度は警戒して事故らない教習生をパニックのどん底に陥らせることができていると感謝のメールが届いた。
美月さんは若干のため息混じりで言う。
「成次くんも汝鳥ちゃんも人から認められる仕事してて偉いなあ……おばちゃんは時々、アラサーになって埋蔵金探しててどうなのって思わなくもないからねぃ」
「いやいや、そんな事無いですからね。実際発見できてるわけで……ちなみに今までどれ位見つかりました?」
「う、うーん……小判だけなら古物取引で数億円ぐらいなんだけど」
「はいヤバイ」
「でも売りに出すと市場価格崩壊しそうだからそこまで高くないよ。っていうか一枚百万円とかするやつだから、百両箱一つで一億円だし」
もう既に人生遊んで暮らせる程度の埋蔵金がゲットされてらっしゃる。いやまあ、元から人生遊んで暮らせる超大企業の娘さんだけどさ。
「あと写楽とか歌麿とかの浮世絵も結構出てきて、これもやっぱり希少価格が下がるから売りに出せないけど、美術オークションで一枚数億円とかつくし……」
「ご先祖に先見の明がありすぎる」
確かに、そんなものがゴロゴロ埋まってる地層に下手な作業員を入れることはできないだろう。
「でも売っても仕方ないから展示会を年に一回ぐらいやるぐらいになりそうだけどねぃ、全部掘り起こしても」
「まあそれはそうでしょうね……お金なら充分ありますからね」
お金持ちの隠し蔵から、お金持ち相応のお宝が見つかる。『なんでも鑑定団』で時々ある、盛り下がる展開のやつだ。あそこぐらい金持ちのいい家柄ならそんぐらいのお宝あるだろうよって感想が出てくる。
「でも掘り起こすのを後回しにしてると、そのうち忘れそうだからって……そもそも、うちのお父さんが酔った勢いで内部の罠まで書いといた秘伝の書をお風呂の焚付にしちゃったからこんな危ない場所になったんだけど」
「根津パパさん……」
あの人、世界でトップ百の有能経営者に選ばれたりするんだけど親戚一同からの評価は『どうも大雑把』なんだよなあ……
仕事ではミスしないしグループの規模と業績は年々拡大していくからオフと仕事中では違うのかも知れないけれど。
「この埋蔵金探しが終わったらどうしようかなあ……」
「あっ……そういえば、埋蔵金探しのためだけのカバー採掘会社なら……僕もお払い箱ですね」
市街地で発掘作業をする際の申請などに関わるために採掘会社を作っているのだけれど、埋蔵金という目的がなくなれば存続理由も無くなる。
「なんだったら成次くんのパソコン会社にしてもいいんだけど」
「いえいえ、僕ごときが会社を運営とかズボラすぎて悲惨なことになりますって」
「汝鳥ちゃんがサポートしてくれるよ」
「ハァー! あの女と二人だけの会社とか気が滅入るどころの話じゃないです!」
「そうかな? ふふふ」
意味ありげに美月さんは微笑んだ。美しい。きっと明日も美しい。
「あっそうだ。途中でスーパーに寄って帰ろうか。冷蔵庫の中も乏しくなってきたし、汝鳥ちゃんの営業お祝いもしないと」
「余所の職場に派遣されただけでお祝いするかはともかく、腸詰めも補給したいので賛成です」
「そういえば犬子ちゃんが来るんだっけ」
鮫島さんがなにか腸詰めをたかりに来る予告までしていたので買いだめておきたかった。
僕らは途中で大きめのスーパーマーケットに入る。美月さんは能動的に野菜を買う習慣がないけれど、山積みになっている野菜から質の良いやつを選ぶ能力はある。あれこれ吟味してカートに載せた籠に入れていく。
肉コーナーで腸詰めを大量に買い込み、日用雑貨なども載せてカートを押して進む。
「こんなもんですかね美月さん……美月さん?」
ぼーっとしていた美月さんに呼びかけた。彼女はカートを押している僕を改めて見回して言った。
「うーんとね、なんかこう、いいなーって」
「なにがですか?」
「おばちゃんね、こう、結婚したら週に一回ぐらいでいいから、旦那さんとか子供連れて家族仲良く、買い物に出かけたいなーって……なんとなく今そう思った。それだけで幸せだなーって」
なんて小さな願いだろうか。そんな願いを叶えることなど簡単そうに思えるけれど、或いは美月さんぐらいに何もかも持っているような理想の女性だからこそ、周りが与える幸せのハードルも高すぎて庶民的なそれに憧れるのかもしれない。
僕はそんな彼女の思いにふと口が開いて、
「みつ──」
「はいはい美月さん私が! 私が! 私がお買い物に付き合いさせていただきますよ週一どころか日に二回でも三回でも!! 先輩は留守番してひな鳥のように与えられる餌をついばんでろ」
突然現れたメガネの女が僕と美月さんの間を割り込んで彼女の手を取ってまくしたてた。
「レズ後輩! 貴様なぜここに!?」
「はっ! 今日は午後から営業に出つつ、携帯のGPSでチラチラと二人の位置を確認してはムラムラ違ったイライラしていたところだったのさ!」
「ストーカーか」
「先輩に半日付き合って大丈夫でしたか美月さん! 先輩はすぐドメスティックになりますからね!」
「DVのことを言いたいのかもしれないけどドメスティックだけだと『家庭的』とかそういう意味だからな」
「ふふふっ、やっぱり二人は仲がいいなあ」
くっ美月さんに笑われてしまった。ヒシっと美月さんの腕に抱きついたレズ後輩がジト目でこっちを見てくる。
「先輩など私と美月すわぁぁんの愛のレズパートナー生活においてペット扱いですからね。そこんところ自覚してくださいよ」
「なんでお前の妄想を自覚しないといけないの!?」
電脳でもハックされたのか僕は。
「はいはい。お店の中だからねぃ二人共。一緒に買い物して、お家に帰ろ?」
美月さんに止められて僕らは休戦した。彼女の力ならばいかなる内紛も止められる。
僕と美月さんとレズ後輩。配置的には夫婦と子供的にはなっている。こんな性格がアレな子供は嫌だけれど。
根津一家の方針「浮気や不倫は殺す。だが未確定状態で多角関係はおもろいので見守る」