19話『徹夜続きのヒモ理論』
夜道を歩く。ある程度仕事の目処が立った僕は夕食後、疲れを癒やすべくゆっくりと銭湯に入ってくるといって出かけたのだ。
午後の作業で片手間にしていた他の会社からのプログラム開発を終わらせて後輩に持って行かせた。企業から頼まれるソフトで最近人気なのは経済危機予測ソフトだ。その会社に関わる範囲で発生する経済危機の兆候をインターネットから自動探知して警戒を通知させる。
結構大きなところからも頼まれたりするけれど、会社の規模が大きければ大きいほど必要なデータは莫大になりソフトも大規模になる。だがまあ、基本は同じだ。僕の作ったやつは社員のSNS投稿すら見張って危険な書き込みを知らせる。
それらの仕事も終わり、ゲームもあともう少しで一応の形にはなりそうだった。無論、根津ゲームファクトリー側のサーバーなどの準備がまだですぐにリリースとは行かないだろうけれど。
銭湯に行く前に二人から、
「お風呂で寝ないようにね。銭湯の休憩室とかでも。汝鳥ちゃんまだ今晩あと一回抱きつかないといけないからお願いね成次くん」
「まあ先輩の行く銭湯で寝たらまず尻の危機でしょうけど」
とか言われた。尻の危機とか言われたらなんか銭湯行く気失せてくるのがつらい。
しかしながら昨日から働き詰めで疲れているのも事実。2~3時間ぐらいのんびりしてくる旨を告げて出てきた。
……さて。
常識的に考えて風呂とは己の洗濯である。洗濯した後で汚れるような行為は慎むべきだ。つまりは銭湯より先に個室ビデオ店へ行くのが順番通りといったところだろう。
確かに寝てないのでメッチャ疲れていることは確かだけど、ゲーム制作の楽しさで気が高ぶってるから鎮めなくては。
なにせ企画書や仕様書を見ると、とても多くの関係者や後援者が熱意を持ってリリースを心待ちにしているのが伝わってくるのだ。僕もそれに応えるべく頑張った、
そう考えながら歩いていると、
「こーんばんわー」
びくっ。
急に話しかけられて心臓が止まるかと思った。
ガチガチと刃物を打ち付け合うような音。振り向くとそこには、警備員の制服の上からコートを着ている鮫島さんが笑みを浮かべ尖った歯をむき出しにしてこちらを見ていた。
「さ、鮫島さん? あ、えーと、退院したんですか?」
「はい! なあに爆発の際はあの怪人を盾にしましたからね。ただ音と衝撃で脳震盪を起こしちゃっただけで」
投石&爆発物取締違反怪人に奇襲を仕掛けて自爆に巻き込まれた鮫島さんだったが、幸い軽い火傷を負った程度の怪我で検査入院を終えて出てきたようだった。
もう職場復帰しているのは凄いと思う。しかしこんな夜間に? もう常駐警備の人も美月さんは帰らせたのだけれど。
「今仕事上がりで職場から帰ってきてたところでして」
「帰って……というと」
「実は昨日から、すぐそこのアパートに引っ越ししたんです。頭領……根津さんに特別手当を貰ったので。夜間の常駐警備はしませんけど、いざというときにすぐオフィスに駆けつけて欲しいんだそうです」
「そ、そこまでやるかあのパパ……」
「アパート代も会社持ちだし、給料も上がりますので引き受けました。ご近所としてよろしくおねがいしますね」
どうやら夜間常駐させるのは反対されたので、警備員の詰め所的な住居としてアパートをオフィスのすぐ近くに取らせたようだった。
警備会社が行っているアルバイトの類だが、自宅で待機させておいて警報が鳴った際にのみ社員として現場へ確認に行かせるものがある。昼仕事の副業としては結構な額(月十万以上)は貰えるのだけれど、毎日夜間は自宅待機しないといけないし飲酒していて現場に行けなかったというのも良くないので制限は多い。
「ところでご主人さんはどちらへお出かけですか?」
「え、えーと……これから銭湯へ行こうかと」
「そうでしたか! 呼び止めてお邪魔でしたね」
「いえいえ、鮫島さんこそ、夜道はお気をつけて……」
適当に挨拶を交わして、僕は愛想笑いを浮かべながら頭を下げてその場を去った。
ふう。鮫島さんに急に会ってびっくりした。うちを襲った怪人と戦ってくれた、いわば恩人みたいなものなんだけれど、どうも彼女の印象は苦手だ。
なんというか、捕食者に睨まれている獲物のような気分になる。被害妄想だろうけれど。
とりあえず萎え掛けた気分を奮い起こしてビデオ店へと向かった。
店に入って受付のマスターと目配せをし、ビデオを選びに行く。
何がいいだろうか。適当なDVDケースを手に取る。内容はこう、LGBTのLの研究資料的なものだ。僕も理解を示したい。
他数点借りて受付で部屋を借りる。満員だったのかこの前の個室ではなく少し広めの部屋を勧められた。まあいい。少し高めの料金を支払って(電子マネーでいけた)部屋へ行く。
大きめのソファーベッドが置かれたゆったりとした部屋だ。なかなかいいじゃないか。僕はDVDをモニターの再生機器にセットしようとした。
「ふむふむ」
「……」
振り向く。無料のポン菓子を齧りながら興味深そうに見ている鮫島さんが、僕の背後に居た。
「さささささささっ鮫島さぁぁぁん!? なんでここに!?」
「え。ご主人が銭湯に行くっていうので、近くにお風呂あるんだーと思って参考までについてきてたんですけど。お風呂好きですしこの辺の地理知らないので」
「ここ銭湯じゃないですよね!?」
「こっちが聞きたいんですけど。なんですここ。ネカフェ?」
「え、ええ。まあ。何の変哲もないネカフェですはい。実は風呂に行く前にちょっと気になる映像作品があったので見ておこうかと」
「なるほど。どんなのですか?」
気になる映像作品『女社長とオフィスレズ』。駄目だ。一発でアウトだ。
だがしかし僕には逆転の一手がある。僕はこういうビデオを借りる際にはカムフラージュで真面目そうなのを一緒に借りるのだ!
さりげない動作でディスクを入れ替える。
パパーンと画面に地味なタイトルが映し出された。
『超弦理論徹底解説~居候から始める超弦~』
そう。物理学の理論を解説した小難しそうな映像作品だ。圧倒的に一般人の興味が無いやつ!
これで興味を失って帰ってくれると助かるのだけれど。
「ほえー……ご主人真面目なんですねえ」
「まあ……」
「うわ早速よくわからない」
「そう……」
「見てると眠くなりそう」
「うん……」
帰らないし。
っていうか僕も眠くなるわこんなの! もう三十時間以上寝てないんだぞ!
目が意思に反してショボショボしだす。ソファーの隣に座る鮫島さんは牙を見せながらあくびをしている。
なんだろうか。熊の住処に迷い込んでそのまま寝るような危険性を感じる。頑張れ僕。耐えろ僕。
……
ハッ! ちょっと寝てた! 睡眠! 睡眠解除! 睡眠! って感じ! ちょっと寝てるんじゃねえよ!
でももう駄目っていうかあーもう隣で鮫島さんも寝始めている。徹夜仕事を翌日の夕方まで続けて、一段落ついて気が抜けたところで超弦理論を解説してるDVDを見て寝ない人なんて居るのだろうか。
むり。僕は寝た。スイーツ。
*****
着信音。僕は意識を覚醒させた。スマホを取ると時刻は十一時過ぎになっている。
うわ! うっかり寝ていて、もはや後輩の抱きつき時間だ! ソファーで僕は鮫島さんと並んで寄りかかり合いながら寝ていたようだった。歯ぎしりっていうか、寝ながら歯をガチガチ噛み合わせる音を立てて彼女も寝ている。
着信相手は美月さん。時間になっても帰ってなくて心配して掛けてきたのだろう。
「はいもしもし!」
『成次くん? 大丈夫?』
「あ、いえはい! いやー予想通りというかなんというか、居眠りしちゃいまして。すぐに戻りますので大丈夫です!」
『ごめんねぃ。よろしくおねがいします』
帰らねば。目的は何一つ達成していないのだけれど。
しかも一時間コースで部屋に入ったのに、軽く四時間は寝ていた。ここの規約だと時間オーバーの場合には連絡されず、出る際に追加料金が徴収される。当然ながら無断延長は割高になる。
僕は敗北者のような無念を心に宿しながら寝ている警備員さんを軽く揺すった。
「鮫島さん、鮫島さん、起きてください。出ますよ」
「ふがっ。がうがうインターナショナルジャパン……」
「なんの寝言!? って痛ツァー!」
肩に触れていたのだが口からの距離が近かった。僕の指は噛みつかれ、慌てて引き抜いた。ライオンの檻に手を触れないでくださいってぐらいだ。
軽く血が滲む。踏んだり蹴ったりだ。泣きそうな気分で鮫島さんを見ていると、彼女はにわかに目覚めて寝ぼけ眼で周囲を見回した。
「ん……なんか美味しいソーセージ食べたような……」
「気の所為です」
怖い。下手をすれば僕の指を噛みちぎりそうだ。どういうわけか、そういう危険を感じる。普通は女性に噛まれたからといって、捕食的な心配はするはずないのだけれど。
かなり眠たそうな鮫島さんを連れて受付に戻り、延滞料金を電子マネーで支払う。無益な出費だった。せめて超弦理論でも理解できていれば勉強代にもなったというのに。
外で別れて、僕はオフィスへと戻ると二人が待ち構えていて、焦れた様子の後輩に僕はいつものように抱きつかれた。
「もう、何やってるんですか先輩! 女の敵! 人類悪!」
「いや悪かったけど……人類悪ってほど悪くはねえよ!?」
「成次くんもうちのお風呂使っていいんだけどねぃ」
「駄目ですよ美月すわぁぁぁん! 絶対このジャップオス、美月さんのインモーとか拾い集めてお守りに入れますよ!」
「するか!」
「だって私はしてるし!」
「するな!」
「汝鳥ちゃんそういうのはおばちゃんちょっと……そ、それに大丈夫だよ! ほら、成次くんゲイだって」
「ゲ?」
「イ?」
「すっかり二人共その設定忘れてる……」
そういえば。レズ後輩を安心させつつ、美月さんに興味ないですよアピールのために僕は男色家という話になっていたのだった。
暫くそんなフリをまったくしていなかったのですっかり忘れていたというか、ゲイのフリをするってどうすればいいんだ。いや、詳しく知ったとしてもやりたくはない。
しかしながら僕が忘れるのはともかく、僕がゲイじゃないと諸々の警戒心が生まれるはずの後輩も忘れているとは……どういうことなの?
脇腹に抱きついている後輩に目をやると、色んなことを思い出したように後輩は何か言おうと口を開きかけて──
「んんん!? くんくん……クーン・カーン!」
「うわ何いきなり嗅いでるんだ!」
「くちゃい! 先輩お風呂入ってない!」
「は、入る前に居眠りしたんだよ!」
「成次くん大丈夫? 疲れてるなら明日おやすみにしようか。向こうの会社でも、そんなに即日出来るとは思っていないはずだしねぃ」
「い、いえ問題ありません」
明日は中間発表を会社に持っていく手はずなのだ。向こうも急に出来上がったものだからテスト準備に忙しかっただろう。休むわけにもいかない。
しかしながら後輩は僕に抱きつきつつ更に鼻孔を膨らませる。
「クーン・カーン少尉!」
「誰だよカーン少尉」
「先輩! どういうことですかこれは! お風呂入ってないならまだしも、女の子の匂いが体についてる!!」
「え」
「え?」
それはなに? ええはい。寄りかかって数時間寝ていた鮫島さんの匂いしかありえない。
美月さんが目をシパシパさせて、突然口元を抑えて顔を赤らめた。
「ちょっ……せ、成次くん、そういう休憩っていうか……ええ!?」
「違います誤解です」
「ふざけるなばか先輩!! 犯罪だ! 私以外の女に手を出すなと言っただろう! もしもしポリスメン!? 性犯罪者です!」
「体に女の匂い付いてただけで性犯罪者扱いはやめろ! ええとこれは……!」
どうするべきか。
美月さんは完全に僕が何やらスケベこましてきたかのように勘違いしてるし、後輩は凶暴化して僕に抱きつき締め上げてくる。
明らかによくない! こうなれば素直に白状するべきか! 一部事実を変えて!
「いいですか美月さん。それと馬鹿後輩。まず僕の話を聞いてください」
「どんな言い訳が飛び出すかな! 美月さんおいそれと信じちゃいけませんよ!」
後輩のありがたくない援護射撃を受けるが、実際に僕はやましいことをしていないのだから正直に言えばいいだけだ。
「うるさい。いいか、僕はまず夕食後、風呂に行くといってオフィスを出ただろ。その途中で見たい映画があったなーと思った僕は近所のネカフェに行こうとしたわけだ。するとたまたま、近所に引っ越してきた警備員の鮫島さんと出会って、なんとなく鮫島さんもネカフェまで付いてきた。なのでペアシート席で映画を見ていたけどうっかり二人して居眠りし、ぐったりもたれかかって寝てたので匂いが移った……その後電話が来て、僕らはネカフェを出て別れた。そんだけだ」
個室ビデオは実質ネカフェと言っても過言ではないだろう。きっと利用者の1%ぐらいはそう使ってるはずだ。メイビー。
しかし後輩は信じられないアホを見るような目で僕を見上げながら告げてくる。
「先輩」
「なにかね後輩」
「ばーか!! 嘘松! そんなクソみたいに怪しい浮気報告があるか! 余罪追加ー!」
「嘘松言うな! 本当のことだ!」
「せ、成次くん……おばちゃん、嘘とは言わないけど……その、本当に大丈夫?」
「気を使った心配がむしろつらい!」
ほぼ本当なのに!
言葉にすると怪しすぎる!
僕ってそんなに信頼されてないのかなって疑問に思う前に、やはり胡散臭い状況がマズイのだろう。
「よし。先輩は罪状・私以外の女子に触れたで、判決死刑」
「なにその糞重いストーカーみたいな判断」
「先輩が女の子に触れるぐらいなら私が女の子に触れるわ! 連れてこい!」
「意味がわからなすぎる……」
しかし、連れてこい……か。
面倒な誤解を解くためには鮫島さんに説明してもらうのが確かに楽ではあった。
「わかった。じゃあ鮫島さんに電話して聞いてみればいいだろ」
「成次くん、鮫島さんと電話番号交換してたの?」
「破廉恥! 女性と電話番号交換とかもう犯罪目的以外に理由が見えてこない!」
「お前の視界はどこのスラム街に繋がってるんだよ! っていうか番号知らないですけど、調べればわかりますし」
「調べる?」
僕はipadを取り出してテーブルに置いた。しげしげと後輩と美月さんが画面を眺めてくる。
「まず普通に検索したら出てくる、根津警備保障会社石神井支店のHPにそこの電話番号がありますね」
「うん」
「これにワン切りしたら……ほら僕の作ったプログラムで、その支店の電話に登録されてる電話番号が全部コピーされた」
「なにそれ!?」
「えーとこの中に鮫島さんは……無いけど、支店長やら課長やらの携帯番号があるので今度はそっちにワン切りすると、ほらその携帯に登録されてる番号を所得できて、鮫島さんもあった」
「ちょっと待って先輩。なにその怖い機能。え? 先輩が電話掛けてくると、私の携帯に登録されてるレズ仲間とかの連絡先とか全部盗まれてるの?」
「いや、このプログラム起動させないと所得できないやつだから大丈夫だぞ。使い所無いなーって思ってたけど」
連絡先わからない人に連絡取るのに便利かなーと思って作ったけど、そもそもそんな機会は少なかったので死にアプリになっていた。
遊びで使ってみたところ、根津パパさんの電話を経由させれば3つ目ぐらいでケヴィン・ベーコンでも総理大臣でも電話番号が判明した。とある学者が知り合いの知り合いで繋がっている関係ではどこまで人を辿れるかというと、十回以内の経由で世界中のほぼ全てへと行き着くことが可能だという話もあるほどだ。
「悪用はしないから大丈夫。で、鮫島さんに電話掛ける」
「いきなりこんな時間に知らない番号から掛かってきて取るか怪しいぞ先輩」
「大丈夫。電話掛けた時点で向こうの携帯に僕の名前で番号登録されたから」
なので携帯を取ると着信相手げ瀬尾成次と出るようになってるはずだった。
何故か後輩が抱きつきつつドン引きしたような声を出す。
「どうなってるの先輩の電話。掛けた瞬間相手の携帯操作できるの……ってそういえばなんか、今日もレズカップルに襲われたとき通話ボタン押してないのに先輩と通話状態になってたような……」
「悪用はしないって」
というか使いようがない。そもそも僕は友達が少ないので、通話機能を使うこともあまりない。ラインは美月さんとレズ後輩ぐらいしか繋がっていない。SNSはAIのレスポンスを学習させるために使っている。僕の世界は狭く、悪用するにも目的もなかった。
向こうが着信を取る。
『はいもしもし? あれ。ご主人、電話番号登録してましたっけ』
「やだなあ。前にしたじゃないですか」
『そうかな……そうかも。ところで何か問題でも発生しました? 駆けつけましょうか?』
「いえ、えーとですね、ちょっとお伺いしますが……僕はネカフェに用事があったので出かける途中で鮫島さんに会って、鮫島さんも一緒にネカフェに行って二人で超弦理論の真面目な動画を見てたら居眠りして今さっき目覚めて店を出てわかれましたよね?」
『は、はあ。確かにご主人はネカフェに用事があったので出かける途中でアタシに会って、アタシも一緒にネカフェに行って二人で超弦理論の真面目な動画を見てたら居眠りして今さっき目覚めて店を出てわかれましたけど』
「ですよね! ほら見たことか! ネカフェに用事があったので出かける途中で鮫島さんに会って、鮫島さんも一緒にネカフェに行って二人で超弦理論の真面目な動画を見てたら居眠りして今さっき目覚めて店を出てわかれたんだよ!」
「長ーい! 三回も繰り返すなー!」
クソっ証明したというのに後輩から文句が出た!
「そ、それより成次くん……鮫島さんに『ご主人』って呼ばせてるの?」
「先輩って最低のクズね!」
「一発で最低まで下がりすぎだろ! 鮫島さんが勝手にそう呼んでるだけだ!」
『ピコーン』
なにか電話先で妙な音がして、忍び笑いを含ませた声が届いた。
『おやおや? 奥方様と一緒でしたかご主人』
「おくっ」
「がたっ」
何故か美月さんと後輩が動揺したように口を半開きにする。恐らく呆れたのだろう。
「いや違うから。単に家主で雇用主の美月さんと、居候してる病人の後輩がいるだけだから。全然関係ない。そもそもご主人じゃないからな僕」
『うわー白け声ー』
まったく。そういう冷やかしをして美月さんが気分を害したらどうするんだ。
小学校とかであった気がするぞ。誰それと誰それはケッコンー。アッチッチー。そのせいで何人の、男女間の友情が壊れたことだろうか。
美月さんの方を見るとすごく乾いた笑みを浮かべていた。ほら、呆れている。
「っていうか今日の行動の確認だけだったので」
『それだけですか? 謎の電話ですね……夜中だというのに……』
「今度腸詰めご馳走しますから」
『本当ですか!? 明日! じゃあ明日の夜来ますね! ワクワクが止まりませんね!』
えっ。早い。
どんだけ腸詰めに飢えてるんだ。そんなことを言って通話は切られた。
僕に抱きついてる後輩が低い声で言う。
「怪奇・女性の家に居候しつつ、その家に他の女性を招き入れる男」
「うっ」
「これは細長くて物を縛るクズポイント高いですよ美月さん。見捨てましょうこの男を! 女を不幸せにするタイプですよ!」
「酷い言われようだ……まあ事実だからしょうがないけど」
ちょっと鮫島さんに腸詰めで誘うのは軽率だったか。
いやもういっそ外で食べてもいいんだけど。鮫島さんの家に差し入れ持っていっても。
しかしながら美月さんはニッコリと微笑み、
「大丈夫だよ成次くん。鮫島さんはうちを守るために入院までしたんだから、お礼しないといけないねぃとも思ってたから、明日沢山ご馳走でもてなそう?」
「ちぇっ。まああわよくばあの警備の人とレズセックスに持ち込めるかもしれないから招くのは賛成ですけど」
「おいそこ! クズどころか犯罪者思想がいる!」
「お酒に混ぜると気分が盛り上がるおくすりも用意している!」
「汝鳥ちゃん、そういう違法性の高いものはちょっと……」
「根津製薬が作った合法的なブツです」
「実家ァー!」
もちろん、美月さんの実家グループで莫大な利益を上げている製薬会社がそんなアングラな薬物を蔓延させているわけではない。
ただそれは普通の目薬なのだけれど、アルコールと反応して妙な薬効が得られる(らしい)。怪しい。
「美月さんこのレズヤバイですよこっちこそ見捨てましょう。共犯者扱いで罪を負うかもしれません」
「はぁー!? 先輩こそ見捨てられるべきなんですけど! なんかこう、皆から疎まれるみじめな立場になって私に抱きつかれることだけが生きてる理由みたいになってくださいよ!」
「なんだよその嫌な未来!?」
どんだけ人を見下したいんだ!?
「まあまあ。おばちゃんは二人共見捨てないって。だから喧嘩も止めてねぃ」
「はい喧嘩しません仲直りの抱きつき……先輩くちゃっ!」
「叩きたい」
「じゃあ成次くんは、抱きつき終わったら寝る前にお風呂入っていって。疲れてるときはゆっくりしないと」
「は、はあ」
若干、女性の自宅風呂を借りるのは抵抗があるのだけれど……
正直なところ僕も疲れ切っていてまた銭湯まで出かけるのも億劫であるし、昨日も風呂に入っていないので体臭も気になる。ついでに明日はゲーム会社へ行かないといけない。
ここは素直に借りることにしよう。
「残念だったな先輩! 美月さんの残り湯を飲もうとしても、既に湯船のお湯は私の出汁スープで汚染されてるから無意味だ!」
「飲まねえし汚染されてるって自分で言うか!?」
シャワーを浴びるだけだよ! ノー湯船!
抱きつきタイムも終わって、僕は着替えを持って美月さんの風呂場へ向かった。
ゆっくりとは言うけれど、まあシャワーの湯を浴びる程度でさっさと出てしまおう。余計なことを考えたらいけない。それだけでも充分スッキリ爽やかなはずだった。
脱衣所に入ってシャツを脱ぎ、用意した自分用のビニール袋に詰め込みつつ、足元に布切れが落ちていることに気づいた。
パンツだ。気づかなかったことにしてさっさと脱ごうとすると、足音が聞こえた。
「ちょっ先輩待っ──フブゲハァァァ!!」
後輩が脱衣所に踏み込んできて唾を吹き出しながらぶっ倒れる。レスボスの女が本能的に恐怖する……男裸だ! 上半身オンリーだけど。
白目を向いてへたり込んだ後輩に続いて美月さんがやってきた。
「汝鳥ちゃん!? あっ成次くん汝鳥ちゃんが下着を脱衣所に置きっぱなしにしたって慌てて」
「ええ。わかりました。わかりましたから僕の腹とか撫でながら言わないでください」
サワサワと催眠術の効果で浮き出たままの筋肉に触れてくる美月さん。手付きがいやらしい。
とりあえず下着を洗濯機に放り込んで、美月さんは後輩を引っ張って連れて行った。
それにしても、男の上半身裸を見ただけで気絶するとかか弱い生き物すぎる。プールの授業とか夏場の海とかどうしてたんだ。
「まったく後輩は騒がしいというか……ん? あいつ根津パパさんの半裸ではそこまでショック受けてなかった気がするけれど」
嫌悪感は出していたが。
まあ多分、不意に僕の上半身裸を見てしまったのだから覚悟ができておらず衝撃が強かったのだろう。
あまり気にしないようにして僕は石鹸だけ借りてシャワーで頭を洗った。この泡一つ幾らぐらいかな。超高級石鹸。ブランド価値を高めるために国内だと限定受注販売と根津家の関係者しか手に入らない。お値段は火星で育てた貴重な牛の乳から作ったのかな?ってぐらい高い。
その後、髪の毛ツヤツヤしすぎでいい匂いがするのを後輩に抱きつかれながら文句を垂れられた。いやお前さっき寝る前の抱きつきしただろ。美月さんも嗅がないで。
この男、隙だらけなのである
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