17話『ゲーム開発マンと埋蔵金採掘レディ』
ソシャゲは流行れば儲かる。いやまあ、大抵のものは流行れば儲かるのだけれど。
普通の売買と違ってソシャゲやネトゲの強みはデータを売ることにある。リアルマネーを投じたガチャで引けるのは、単に何らかのソースコードのコピーであって、それを幾ら売ろうがタダで配ろうが会社は商品が尽きるわけではない。まあ、うっかり妙な配り方をして寿命がマッハで尽きるソシャゲもある。
開発費運営管理費は掛かるけれど、それ以外はタダの商品を送料も掛からずに売りつけてお金がドバドバ入ってくる。一発当たれば左うちわになると言われている。
ただし実際のところ、当たるソシャゲなんてほんの一握り、上澄みの上澄み程度にしか存在しない。普通の人がプレイしたり広告を見たりする何十倍もの数、マイナーなソシャゲは存在している。
サービス開始してから五分で致命的なミスを発見して即死するソシャゲや、一年経過してログインユーザー数が一桁しか居ないものまで含めれば、すべてのソシャゲを把握している人など居るのだろうかという気になる。
実のところ僕もそこまでハマっているわけではなく、有名なやつを幾つかやっている程度だった。『グラブル』とか。言わずとしれた、『グラン・バーブルナーマ』の略でインド・ムガル帝国を舞台としたファンタジーRPGゲームだ。あと『モンスト』。『モンスター・ストライキ(社会主義版)』のことだ。
別の仕事をAIとプログラムで自動的に進めつつ、依頼されたソシャゲの資料を目にする。
資料と同時に根津ゲームファクトリー(略してNGF。ゲーム会社名だ)と連絡を取って、プログラミングに必要な内部データを貰う。既にグラフィックやシナリオ、BGMなどは完成しているようだ。
原画は有名なイラストレーター『ギャルビッチ・ガングロスキー』さんを採用している。名前の通りロシア人だ。多分。噂では。
複数の絵師に分担させていて、男性キャラの絵は『初元小町』さん。これも人気絵師で、描く男キャラの顔だけでそのキャラの年収がわかるようだと評価されている。
どうやら途中まで手がけていたメインプログラマーが失踪したことも僕にお鉢が回ってきた原因のようだ。ガチ行方不明で捜索中だとか。ひょっとして僕の前所属していた、人類抹殺プログラム的な何かを作る秘密組織にさらわれたのでは?
さて僕が外部委託のプログラマーとして関わることになった、根津ファームグループのソシャゲはその名も『農マンズランド!』。農業ソシャゲである。
うん……似たようなのどっかにっていうか昔からありそう。mixiかなんかで野菜とか果物育てるやつなかったっけ。
ともかく、このゲームは基本農業+RPGバトルだ。ログインボーナス、ガチャ、クエスト報酬、SNSトレード、ゲーム内マネーなどで種や肥料、素材に武器や用心棒などを揃えて農作物を作るのが目的だそうだ。
敵として襲ってくるのは『邪悪エイリアン』略してJAと呼ばれる謎の存在。JAに怒られない? 大丈夫?
肥料を撒き、種や苗を植え、水や農薬を使用して作物を収穫する。収穫した作物はゲーム内で売る、トレード、或いは使用すればクエストバトルに出るキャラのステータスを上げられる。
そしてこのゲーム最大の特色が、収穫した作物を一定量収納できるボックスが課金アイテムで存在し、それを使うと登録された住所まで収納した作物が送られてくるのだ。
つまり農業ゲームで実際の野菜まで手に入る仕組みになってるわけだ。
となるとソシャゲの優位点な『データだけ販売して利益を得る』というところが実物まで売るので、あまり発揮されないような……
いやそこは他ならぬ、日本一の大農業企業根津ファームが出すという点で面倒な問題はクリアされるのだろうか。運送もやっているし。
言ってみればソシャゲに加えて、野菜通販サイトをくっつけたようなものだろうか。
ちなみに課金で購入できる『野菜配送ボックス』はゲーム内アイテム扱いなので、ゲーム内掲示板やSNSでトレードして手に入れることもできるようだ。
またガチャなどで手に入る高ランクの苗や肥料を使うと高ランクの野菜が収穫できる。根津ファームの中でも高級ブランド野菜だ。ただしそれを配送してもらうには更に高額の『レア配送ボックス』を課金しないといけない。
リアルマネートレードが簡単にできそうで不安だなあ……結構これツッコまれると面倒になるし。ネット上のデータを、利用者同士が売り買いすることに関しては複雑な問題が絡み合っている。
某有名なRMTを推奨している海外の大規模ネットゲームだと、一等地に作られたバーの建物と権利(もちろんゲーム内のだ)が日本円にして数千万円の値段で売られたりとか半端ないものもあるが、日本製ネットゲームだと基本的に規制されていることが多い。
まあとにかく、オタク層を美少女やイケメンのキャラで釣って(イベントやガチャに登場するのが女のみ、男のみ、両方混在の三つからいつでも変更できるらしい)、農業体験してみたいけどしんどいのは嫌だなーみたいな層を実際に野菜が手に入るシステムで誘うのだろう。
部屋でゴロゴロしつつ、まあ課金は必要なんだけど(実際の農業でもお金は掛かるのが当たり前だ)それでなんとなく自分が作った的な野菜が送られてくるのだ。野菜目的でやる人も居るのではないだろうか。
こんな面倒くさい仕様のゲームになってるのも、資料を見れば根津パパさんを筆頭に大勢の関係者が案を出しまくってそれを盛り込みまくったせいだろう。おかげで内部システムがやたら煩雑で面倒にならざるを得ない。
儲かるか儲からないかでいえば、普通にデータだけ売った方が儲かるのだろうけれども。
根津さんのところのグループはなんかこう大儲けしてやろうって気概で事業広げているわけでなく、単に農畜産業の延長で事業を広げているのでそんなに儲からなくてもいいのだろう。
というかゲーム会社で儲けなくても、製薬会社の方が小国の国家予算みたいな儲け方を特許料とかでやってるみたいだし。黒字事業で赤字事業を補填。ちゃんと合法になるようにやってるらしいので安心しよう。
依頼を受けた日にはそっちのゲーム会社へ出向いてプランナー(全体の調整をしてくれる人)と打ち合わせをした(レズ同伴で)。
僕はイマイチ対人スキルにポイント振っていないので、受け答えを代わりに後輩がやってくれていたのだが。
そして翌日から早速作業開始だ。ゲーム会社のオフィスに設置したタブレットでいつでもデータやテレビ電話等のやり取りが出来るため、僕の仕事はいつもどおりの根津採掘会社のオフィスで行える。
片手間に以前まで受けていたソフト開発の仕事は進めておく。ゲームを制作するワクワクの余波でこなせる程度の仕事だった。
朝に起きてから朝食もそこそこに職場のパソコンを立ち上げて仕事を始めた。前残業になるが、美月さんも許可はくれるだろう。パパの仕事の手伝いのようなものだし。
ちなみに彼女の実家こと農業従事者……というか第一次産業には労働基準法が適応されない。いや正確には適用除外が多くあるといったところだけれど。言ってみれば天候や生き物に左右される仕事なので、労働時間の基準などが作れない。
幸いなことにプログラミングの素材などは前任者が残していった。幾つか残っているコードは発狂したようにこんがらがっているが。丁寧に解きほぐて並べ替えていけば案外に早く、テストまで持っていけそうだった。僕の場合はその後も継続してプログラム組むことになるけど。
朝からカチカチやっていて集中していたのだろうか。いつの間にか背中にレズが抱きついて僕の肩越しにモニターを見ていた。気にせずに仕事を続ける。
「……よく考えたら先輩、もう営業で取ってきた仕事量パンク状態ですよね」
「ん? ああ、今ある分は片手間で終わらせるけど、ちょっとの間はゲームプログラムに集中したいかな」
実際、これ一本で今年の稼ぎは十分なぐらいだ。即サービス終了の憂き目にならなければ来年ぐらいも大丈夫だろう。
「大変です美月すわん。営業の! 営業の私が仕事ありません! これ以上取ってくるわけにもいけないので!」
「あ、あはは。成次くんのお手伝いしてみる?」
「無理です。いえ、営業で説明するぐらいなら理解できてるんですが、私が手を貸すレベルの簡単な作業は先輩の場合全部AIに自動処理させてるので、手の出しようがありません」
残念なことにプログラマーの仕事は猫の手は借りられない。まあ優秀なプログラマーが分担して作ることもあるが、それはガンプラで言うなら手足頭などのパーツごとに専念させてヤスリがけから墨入れ、塗装までさせて最後に全部くっつけるみたいな感じだ。パチ組みしかできない人では難しい。というか、AIにパチ組みからヤスリがけ墨入れぐらいまでやらせてるので無用なのだ。
「それにお茶くみとかは男尊女卑への屈服みたいですし……」
もう屈服しておけよ。とはいえ、一日中オフィスでひたすらお茶を入れてたら何杯になるのだろうか。10秒で1杯とすると8時間労働で約2880杯。すごい量だ。
確かに営業に「もう取ってこなくていい」というのは、僕に対して「プログラムの仕事しないで一日中オフィスでDOOMしてていいよ」と美月さんに言われるようなものだ。つらい。それもう社員じゃないじゃん。細長くて物を縛りそうなアレじゃん。
しかしながら僕ぐらいプロプログラマーになると、仕事もやたら早く終わるのでこれまでのように絶え間なく仕事を取ってきてくれる後輩のペースはちょうど良かったのだけれど。
「うーん……汝鳥ちゃん病気だから病気休暇をとってもいいんだけど……」
「元気ピンピン丸でござるよ! 定期的に死ぬほどの痛みが来るだけで!」
「それが危ないんだよなあ……なんならおばちゃんと一緒に採掘に行く? ちょっと大変だけど」
「行ぎたい!!!!」
「そんなに泣きながら叫ばなくても」
そんなこんなで、レズ後輩は美月さんについていくことになったようだ。
しかし採掘?の正体を僕じゃなくて後輩が知ることになるとは。いったい何をどこで採掘するというのか。
僕もついていきたい気持ちが無くはなかったけれども、僕の仕事は開発。畑違いの現場に足を踏み入れることは死を意味する。
素直に残って二人を待つことにした。
「にゅーふふふ! 美月さんと二人で仕事! 薄暗い採掘所で汗ばみながら協力プレイ! ああプレイってそういう……深まる愛!」
「支離滅裂すぎて狂人のようになってるけど、気をつけてくださいよ美月さん」
「うーん……気をつけるべきなのは汝鳥ちゃんの方なんだけど……採掘現場って言っても危ないんだから」
****
──しまった。もう十二時前だ。僕は夢中で仕事をしていたので時間経過に気づかなかった。
二人はそろそろ帰ってくるだろうか。しかし昼食の準備はまったくできていない。
参ったな。仕方ないサッと作れるやつ。腸詰めのホットサンドだ。オッサレーな朝食用アイテムホットサンドメーカーが台所にはある。
パンにチーズとバターと薄切りトマトと腸詰めを四本載せて挟んで焼くだけだ。サンドイッチが昼ごはんで大丈夫だろうか。大丈夫だな。学生の頃女子とかお昼サンドイッチだけな人居たと思う。食パンだけの子も。小麦粉オンリーで袋に入れてスーハー吸い込んでた子も。
コーンスープも温めておく。缶入りの高級贈答品っぽいやつ。北海道の根津農場産コーン使用。
根津家は関東の農家から始まったのだが、明治時代に入ると北海道開拓にも絡み、結果大きな土地を手に入れた。噂だと砂金もかなり入手して、すぐには使わず隠したとか。ゴールデン根津い。
僕も親戚ではあるのだけれど幾つも根津家には謎の噂が囁かれている。一番荒唐無稽なのは忍者の一族で幹部集団もだいたい忍者だとか。
サンドイッチにコーンスープと来たら紅茶だろうか。アメリカのボストンで売られているブランド品のティーバッグを用意しておく。
この紅茶はボストンの観光ツアーで、海に紅茶を投げ捨てる体験コーナーで購入できるレア物だ。うちの母さんが昔、ボストンで開かれた『プリンセス・レイア・コスプレ・コンテスト』に出場しに行った際に飲んで気に入り、それ以来個人輸入で手に入れている。
そうして慌ただしく昼食の準備をして二人を待っていると、ニーヴァのエンジン音がしてオフィスの裏口が開いた。基本的に採掘とやらで土埃が作業服についていることが多いので、裏で土を払って入ってくるのだ。
「ただいま~」
「お帰りなさい美月さん」
まるで主夫になったように迎える僕。主夫と細長くて物を縛りそうなアレはどう違うのかという社会的な偏見は主夫の方々を傷つける。
そして美月さんの後ろに、
「げっ! ど、どうしたんだ後輩。まるで墓から蘇ったばかりのゾンビみたいだぞ……」
「死ーぬーかーとー……思ったんじゃーい!!」
泣きそうな顔で後輩が叫ぶ。その作業服(美月さんのお下がり。朝に貰ったときはとても喜んで、トイレに入ったまま十五分ぐらい出てこなかった)は泥まみれでところどころ破け、手袋は片方脱げ、髪の毛はボサボサになっていた。心なしか焦げてる気もする。
なにがどうなってそうなった。レズレイプでもされたかのようだ。
後輩は問答無用で僕に抱きつきながら泣き言を言う。
「最初はね! 説明受けてたときはね! 洞窟ばっかり見に行ってるユーチューバーにでもなった軽ーい気持ちだったわけよ先輩!」
「ま、まあそういうユーチューブの動画あるよな」
「実際に現場に潜り始めたら『ガキが……ナメてると潰すぞ』みたいな感じだった!」
「そういう動画もあるけどなんでユーチューブで例えるんだ!?」
「東京にあんな地下洞窟があったとか信じられない……午前中だけで五回は死にかけた……あんなところ通ってると先輩に抱きつくどころじゃなく死んでしまう……アンチャーテッドみたいだった……」
「み、美月さん!? いったいどこでどんな作業してるんです!?」
「あはは……で、でも汝鳥ちゃんが初心者だったからってこともあるし」
困ったように笑う、初心者が午前中で五回は死ぬ現場に毎日通っている我らが社長。この会社のコンプライアンスはどうなってるんだ。
抱きついたまま恐怖からか体がこわばっている後輩が言う。
「私の計画だと、初採掘なのに目利きの私がレアな採掘品を発見して、『なっ!? Eランクの採掘者なのにそんなレアアイテムを掘り出すとは!?』『なんか私やっちゃいました?』みたいになるのだと」
「採掘者になろうかよ。っていうか何掘ってるんだよ」
「いやまあ、小判とか出ることあるからそういうこともあるかもしれないよー」
と、美月さん。小判とか掘ってるの……? 根津家の埋蔵金の噂は僕も聞いたことあるけれど。
僕の訝しげな眼差しに彼女は頷いて言う。
「わたしのご先祖様が、江戸時代の頃に小判とか浮世絵とか隠して埋めたのを掘り起こしてるんだけど……」
と、美月さんが説明をした。
今から二百年ぐらい昔、商売を初めてからあっという間に儲けまくった根津家には優秀な助言者が居たという。
彼曰く、あまり目立って貯蓄していたら盗人に狙われるし、悪どい施政者に目をつけられれば贅沢が過ぎるとか難癖をつけて財産没収されることがある。
また大火事、大地震、戦争などですべてがパアになっては勿体がない。
それに後世になれば小判も浮世絵も茶碗も、価値が跳ね上がるだろうとやたら先見の明がある提案をして、根津家の当主らと地下洞窟を拡張しまくって隠し財産にしたのだという。
案の定、東京が何度も大騒動になるのは歴史が証明している。狙い通り、小判の価値も現代では何十倍にも上がっているだろう。
そこまでは良いのだが……
その助言者とご先祖、洞窟に隠す際にどうやらノリノリで隠蔽し罠などを仕掛けまくったようだった。
お宝は見やすい宝箱に補完されているのではなく、どうやって作ったか陶器製の保存容器ごと砂岩に分散して埋め込まれていてツルハシで掘り出さないといけない。
下手なところに触れると槍や落とし穴、吊り天井が襲ってくる。そして地下空間がこれまで発見されなかっただけはあるぐらいに深く、やたらと広大だった。
「今になって、掘り出しても防犯災害対策も国から取り上げられないようにもできるだろうって下準備して探すことになったんだけど、下手な人が入ると大怪我するからって大人数では探せなくて。それにほら、ご先祖様が隠したちょっと人に見せられない記録とかあるかもしれないから、あんまり他人も入れられないってことで、家族の中で一番器用なおばちゃんが採掘することになったんだねぃ」
「だ、大丈夫なんですか美月さん」
「おばちゃんは平気だけど……」
Eランク採掘者の後輩はブルブルと首を横に振っている。とてもこれ以上無理そうだ。高所恐怖症の人に無理やり高いところへ行かせたみたいで。
「体育の成績は3でした!」
「うん。無理は言わないよ。そうだねぃ、じゃあちょっと今日明日ぐらいは汝鳥ちゃんは成次くんのお手伝いをしておいて。根津グループで臨時の営業職回してくれるところ探してみるから」
根津グループは臨機応変に別会社へ社員を出向できる仕組みを取っている。具体的には全社員農業に従事できる。そういうことで、ここの近くにある系列会社で営業要員を一時的に雇っても良いというところがあるかもしれない。
なにせ営業こそは歩合にしやすい仕事なので、慣れている営業員ならつぶしが利いてあちこちに転職できる。
「それでよろしくお願いしましゅうう……」
「よっぽど堪えたんだな……まあ後輩、幾らかPC用品で買い出しを頼みたいのあるから、午後はそれをやってくれ」
一人で結構な規模のソシャゲプログラム担当するにはちょっと機材を拡張する必要がある。
っていうかその場合、経費は美月さんの会社とゲーム会社とどっちで落ちるんだろうか? 確認した方がいいかも。
昼休みの休憩も終えて美月さんは再び採掘へと向かった。
後輩は買い出しだ。このオフィスにあるPC機器では、まあ一般的なソフト開発に問題はないのだけれどソシャゲのような大規模案件だと効率化が必要になる。ついでに根津パパさんから頼まれてたドローンも作っておきたい。
「というわけで、このメモにあるやつを電気屋とかから買ってきてくれ後輩」
「スッゴイ多いんだけど先輩。っていうか重そうなのが」
「安心しろ。バッグ貸してあげるから……この『ゲーミングタワーパソコン収納バッグ』を」
「馬鹿じゃないの先輩!?」
唐突に罵倒された。僕が差し出したのは背負うタイプのバッグで、シンプルな黒色のカバーをしたものだが、なんとゲーミングパソコンを持ち運ぶためのものなのだ!
ゲーミングパソコンというと主にFPSゲームとかの精度を上げるために性能を盛ったデカいパソコンで、無闇矢鱈に発光するアレだ。
「これはゲーミングパソコンを持ち運んで出先でも問題なくゲームが出来るという画期的なバッグで……」
「ばか! なんでXbox四個分より巨大な物体を持ち運んでまでゲームするわけ!? こんなの背負うとちっちゃいオルガン担いでるみたいじゃん!」
「なんかボディビルの掛け声みたいだな。『ちっちゃいオルガン担いでるんじゃないの~?』みたいな」
「そのままじゃん!」
「とにかく。手で持つと大変すぎるだろ。車も無いんだから」
僕たちは車を持たない。東京都民とは言え多摩に住んでいるのだから車ぐらいあっても構わない気がするけれど、この前まで一人暮らしのアパート生活、今は職場に泊まり込みの日々だ。なかなか必要性が出てこないのも仕方がない。
どちらにせよ僕は免許を持っていないのだけれど。
「車かぁ、買おうかなあいっそ……お金ないけど」
「なにを?」
「ハイエース」
「ヤバイ臭いしかしねえよ!」
車種に詳しくはないけど、ハイエースはなんかこう悪い意味で有名なのでツッコミを入れた。
「とにかく、買い物よろしくな。お金はこっから出していいから」
「……先輩? このお財布は?」
「美月さんの」
「もしもし、警察ですか」
「ちげえよ! 美月さんが調達費として建て替えてくれるって渡してきたの! ちゃんと後々、ゲーム会社とかから経費で落とさせるから!」
「財布まるごと渡されてホイホイ受け取る先輩も先輩だと思う! 美月さんのことを都合のいい財布だとしか思ってないんでしょこの外道!」
「人聞き悪すぎる!」
「先輩に美月さんは渡しませんからね! がるるる、ふーふー!」
「はぁー!? お前にこそ渡さんわ! いやまあ僕が貰うわけでもないけど」
売り言葉に買い言葉。僕らは一通り口喧嘩をしあって、巨大バッグを背負った後輩を送り出したのだった。
何往復かしてパーツを運んできた後輩は朝の労働と昼の運搬で全身筋肉痛になり、夜にはすっかり疲労困憊だった。
「ぐーなーすぃーたぁー」
「おいこら後輩。ビートルズを口ずさみながら寝に入るな。ビートルズの曲は使用料が軽く一千万を越える上に、まだ十時だぞ。せめてあと一時間は起きて抱きついて寝ないと」
「ぐごごごごご……」
「寝やがった」
「あはは、仕方ないから成次くん、寝る前に汝鳥ちゃん抱きしめてくれる?」
ええい、面倒な。僕はオフィスのパソコンで作業をしつつ(時間外労働)椅子を並べて後輩をもたれかけさせていた。
ちょっとやりたかったゲームのプログラミングには真剣になってしまう。時間も忘れて僕はAIと作業をし続けた。
……気がついたら寝ながら抱きついている後輩と僕には毛布が背中から掛けられている。僕は寝ていたわけじゃないけど、作業に集中していたので気づかなかった。真夜中だった。
起こすのもなんだし、切りの良いところまでやるかと作業続行。後輩の買ってきた機材のおかげでプログラマー15人分ぐらいには作業が捗る。
次に気がついたら作業したまま朝になっていた。隣で後輩はまだ寝ている。朝チュン。この後輩と? 嬉しくない。
「お疲れ様、成次くん。無理しちゃだめだよ」
「あ……美月さん」
「はい朝ごはん用意しておいたよ」
幸せだ。こんなに優しい人が居るだろうか。僕は彼女の微笑みに、乾燥してシパシパする目から涙が出そうだった。
渡されるのはカップ焼きそばであっても。そのカップ焼きそばがチョコミント味の異色作であっても。いやチョコミントは待てよ。
「糖分とミントのすっきり感だよ!」
「はい」
僕は断れなかった。ずずずー。ん? 意外といけ──いけねえわ。一口目では騙されそうになるけどすぐに正気に戻るわ。
だけど僕は美月さんから貰ったものなので、味覚プログラムを停止してでも食べきるのであった。好き。