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13話『先輩と後輩』




 プログラマーの間では二つの名言がある。


『俺のコードが動かない。理由はさっぱりわからない』


 完璧にコードを書いたはずなのに動作しない場合があるということ。なぜか一晩寝かせたら味が染みたのか動き出したりするけど、今重要なのはもう一つの方だ。


『俺のコードが動いている。理由はさっぱりわからない』


 なんか明らかに要らない条文とかごちゃごちゃして組み上がったコードが、どういうわけか正常に動いてしまっている。ちょっとでもイジると動かなくなる。まったく理由は説明できない。再現も多分できない。

 そんなときプログラマーならどうするべきか。

 放置するしかない。


 つまり僕は理由はさっぱりわからないけれど、左右にレズと美月さんが寝ている状況に対して、何かしらの対処をしたら動作不良を起こすコードの如く放置を決め込むことにした。

 なので僕は夜中に一度起きなかった。そのまま真上を向いて寝ていたことにしよう! そして彼女らより後に起きれば何も気づかなかったことになる。


 まあ個人的なアレとしては、レズだというのに男に抱きついて寝ているこいつをからかう為にそっちを向いておきたい気もしたけれど。美月さんの方はね。間違いを起こすと死ぬからね僕が。

 とにかく現状維持だ! 意識シャットダウン二度目!




 再起動。恐らく朝だ。

 僕は目を閉じたまま周囲の気配を探る。

 体の左側にレズの気配無し! どうやら先に起きて離れたようだ。右側には美月さんがまだ居るような感じだが、まあレズが離れたなら男根崇拝主義への屈服とかまた面倒なことにならなくていいだろう。

 僕はゆっくりと目を開けて、なんとなく右側へ顔を向けた。


「グッドモーニングミスター刃牙」

「!?」

 

 顔の直ぐ側にあったのは──ミス・レズ氏の顔!

 思わず離れようとしたが、がっしりと僕の体を掴んで動かない。


「今は朝の抱きつき中だ! まんじりともせず受け入れろ!」

「驚くわ! っていうか起こせよ! 寝てたわ!」


 ちなみに「まんじりともせず」とは一睡もしないでとかそんな感じの意味で、寝ている相手が黙っているのを良いことになにかする意味ではない。

 

「うるさいうるさい! 先輩よぉ、気の利いた男なら夜中に目を覚ましてひっそりと私達を起こさずにベッドから抜け出してDOOMでもやってればいいのに、朝になっても間抜け面で美月さんに抱かれ続けやがって! 間に潜り込んでやったわ!」


 よくよく見ると、あいつの背後で美月さんがまだ寝ていた。

 どうやら並んで寝ていた僕らの間に無理やり割り込んで抱きついてきているようだった。


「それにこの手! チョチョチョチョー!」

「アイタタタ!?」


 なんか僕の右手を指先で乱れづきしてくる。

 その右手は──なんか美月さんの手を握ってた。


「なんで!?」

「やーらしー! 油断も隙もないなコレだから男は! ほら離せ離せ!」


 離すというか外すというか、とにかくいつの間にか握られていた美月さんの手から右手を抜き取る。

 まさか僕の潜在的な好意が睡眠状態でも発揮されて彼女の手を……

 お、恐ろしい……このままでは僕はいつか、命の危険を顧みず美月さんに迫ってしまうかもれない。命を大事に!


「まったく……手!」

「ん?」

「離した手は抱きついてる間、私に触れておくように! 見てないところでまた美月さんの手を握るかもしれないだろ!」

「見てないところでって……」


 そう言われて思い出すのが、一昨日のカラオケ店。正面から抱きついてくるこいつに隠れる形で、何故か美月さんが手を握ってきて。

 無念無心!

 僕は考えをやめて、抱きつき女の両肩あたりに手を置いた。

 

「セクハラ!」

「理不尽すぎるだろ……」


 じゃあどこに触れというのか。気が触れたのなら謝る。

 

「うーん、あれ? 二人共おはよう」

「おはようございます美月さぁぁぁぁん! 任せてください私がメイン盾やってますんで! 今です! こいつにトドメを!」

「叫ぶな」

「えーと? えい」

「オイヒッッ」

「先輩がキモイ声出してのけぞった!」


 美月さんに脇を突かれて思わず妙な反応をしてしまった!

 くすくすと笑う美月さん(お美しい小悪魔)


「成次くん、昔っからくすぐったがりだから」

「ほほーう良いことを聞いたぞ先輩」

「やめろ。抱きつき中に妙なことをしようとするな」

「朝からイチャイチャしてるねえ二人共」

「はっはぁー!? してませんが!? ええーい、最近普通に抱きつかれ慣れたからって先輩め調子に乗りおって!」

「どう乗るんだよ……」


 ため息を付きつつも、寝たまま抱きつかれているので動くこともできない。というかなんかあれだ。下手にレズの方を向いたせいで、寝ながら向き合って抱きつくという奇妙な体勢になっている。

 パシャーパシャーと美月さんの撮影音が聞こえる。どうして記録に残すのですか。どうして……

 抱きつきタイムを終えて何故か僕はレズに説教された。


「いいか! 男女二十を越えて同衾せずってことわざがあってだな!」

「少子化待ったなしすぎるだろ」

「とにかく先輩は今後、私達とラブホに入っても床で寝るように! いいな!」

「入ることあるのか!? 今後!?」 

「まあまあ」


 とりあえず僕らは帰る準備をしつつ、テレビでも付けた。ニュースをやっている。


『北は新潟から南は鹿児島まで、二十五ヶ所で郵便物が爆発して住宅などが破損、炎上するという事件が起きています。日本郵政は急遽、郵便物の再調査を徹底し一時郵便がストップする事態に……』


「怖いねえ」

「……なんか今、テレビに映ってる都内で事件があったアパート、僕の自宅みたいなんですけど」

「え!?」

「怖っ……ひょっとしてレズを侮辱する先輩に対する過激派レズからの報復では?」

「その場合密告したのお前だよね!?」


 また、ニュースで爆破予告をラジオでしたということで作家の十常侍氏の行方を探していると続いていた。ああ、ひょっとしてあの童貞ラジオ……どうやら十常侍氏は爆発物送り込んだ挙げ句に逃げているようだった。

 一番高価な持ち物はいつも持ち歩いている改造したipadぐらいだからダメージはそこまで大きくない。部屋に飾っていたヤプールの人形とモスピーダのプラモは残念だけれど。


「……ちょっと今日休んで、自宅の様子見てきていいですかね美月さん」

「も、勿論だよ。このままニーヴァで自宅まで行こうか。そして持ち出せるものがあるなら、オフィスまで運ぼう」

「こりゃ暫く帰れなくなったな……」

「ふっまだ甘いな。私なんて美月さんに放り出されたら露頭を迷うが如く、下宿する際に前の宿は捨ててきたぞ! きっともう私の部屋だったところにはベトナム人が十人ぐらい入っている!」

「思い切り良すぎなのと美月さんを頼りにしすぎだろ……」

 

 しかしながら僕も頼らねばならないようだった。

 このまま一生美月さんの元で下宿するのでは? 惑わされそうな魅力を感じるプランだけど、そのような細長くて物を縛る立場にニアピン状態ではいけないとも思う。

 いずれは『一人暮らししようと思うんだけど』という細長くて物を縛る立場の男が言いたいセリフ第二位を使わねばならない。



 僕らがホテルを出て駐車場に行くと、丁度ロードサービスの人が来たところだった。

 やってきた車には『根津ロードサービス』と印字されている。ええと、根津パパさんのところは産地直送で流通もやってるから、ついでにロードサービスもしようぜみたいなノリで参入したらしい。

 色んな仕事に手を伸ばしまくりだけどまず資本力が高いのと、大抵の業務には本業の農畜産業とシナジー効果があるので普通に成功するとか。


「はあ……どうも。。。」


 車から降りた覆面をかぶっている社員は、まるで一晩中眩しい青春恋愛ドラマCDでも聞いていたかのようなため息をついて、給油していった。

 

「なんで覆面……」

「美月さんのところの親戚とか社員とかで流行ってるんだけど……どうしてでしたっけ?」

「さあ……? 農家だから虫刺され対策とかで続けてたのが、なんかネクタイ的な存在になったのかなあ?」


 世の中には謎が多い。だがその全てを解明する意味もないのかもしれない。


「クソヘタレガ……」

「今ロードサービスの人なんかボソッと言いませんでした!?」


 なにはともあれ僕らはニーヴァに乗って奥多摩から超都会の多摩へと戻っていく。少し奥多摩に行ってみただけでこの騒動だから、やはり奥多摩は魔界なのかもしれない。



 ……あっ、ぴゅう太で作ったDOOMのテストプレイ忘れてた置いてきたままだ。





 ****




 その日は月曜日だけど、特別に仕事は昼からということになった。なにせ奥多摩から帰らないといけない。

 まあ僕の場合は、車の中からでもオフィスのパソコンをリモートで操作してAIに仕事を進めさせることもできるんだけど。オフィスに帰ってからでいいか。

 アパートに戻ると黄色いテープが張られ立入禁止になり、警察が捜査をしていた。

 警察に関わることほど嫌なことは無いものだけれど、やむを得ず部屋主だという事情を説明するが、色々と聞き取り調査やら部屋の確認やらで時間を取られそうだった。


「うわ……美月さん、ちょっと時間掛かりそうなんで、先に帰っててください」

「そう? 大丈夫? タクシー代要る?」

「電子マネーがありますから」


 そういって取り出そうとする五千円札を押し留めた。


「じゃーなー! 先輩! この車は二人乗りなんだ!」

「さっきまで乗っとったじゃろがい」


 捨て台詞を残していくレズ後輩に言い返して、僕はやれやれと破壊された自宅へ戻った。

 ……


「ん?」


 なにか後輩の言葉の端々に違和感を感じて車を振り返ったが、なんだったかわからないまま僕は首を傾げた。




 取り調べは思ったより長く続いてげんなりした。

 最初は警察署に同行を求められたけれど、話を聞くなんてどこでも出来るだろうと提案して近くの喫茶店で頼んだ。最初は断られたが眼の前で法令を検索して参考人・被害者の要請に従うものと言う記述を見せて喫茶店に誘導。

 ついでに録音してるのも見せてひたすら嫌な顔をされた。プログラマーは面倒くさい性格が多い。 

 爆発物が送られてきた何時何分にどこに居たとか、そういうことをひたすら聞かれた。あと捕まった十常侍氏との関係。ラジオに送ったはがき。今の住居。昨晩どこに居たか。プライバシーは守られるんだろうな。

 非常に面倒くさいのが警察官が途中で交代して、また同じ話を聞いてくることだ。何回も聞いて矛盾点を付く作戦だろうか。矛盾とやらがあればの話だけれど。こんだけうんざりだと言い間違えもしそうなもんだ。


「さっき録音した音声データをあげますからそれで調書取ってください」

「まあまあまあ、また話してるうちに思い出すことがあるかもしれませんから」


 とか言って取り合わない。僕はため息をついた。

 ふと空腹を覚えて電子マネーでカツ丼でも頼もうかと思った。この喫茶店は電子マネー払いができるのが便利なのだ。

 空腹?


「……!?」


 僕は時計を見る。既に二時過ぎになっていた。レズ後輩と抱きついたのが朝早かったから六時ぐらいだった。八時間経過してしまう! 

 携帯を録音モードにしていると余計な音が入らないように着信音などが消されてしまうのだ。僕は慌てて端末を操作すると沢山連絡の通知が届いていた。


「どうしました?」

「用事があるんでもう帰っていいですか今すぐ!」

「まあまあまあ……もうちょっとだけお願いしますよ」


 急に挙動不審になった僕に、警察官は長年の勘が告げているぜみたいに目を光らせて押し留めた。ファッキントッシュ! 何も告げねえよ!

 GPSとマップデータを美月さんとあいつに送る。どこかで合流しないといけないのだが、多分向こうが急いで駆けつけてくれた方が早い。

 

「ではもう一度聞きますよ。貴方のお名前とご住所から確認ですが──」


 そんなもん一度で確認しろや! 僕は苛立ったように警察官を睨む。ますます相手は『焦りだしたな……やはり怪しい』とばかりに薄笑いを浮かべている。くそ! 僕の親父も地味に警察官をやっていて、やたら誤認逮捕とかしまくるらしいけど、やられそうになると警察官のこと真性のアホかと思う!

 どうやら近くまで探しに来ていたのか、ニーヴァのエンジン音が喫茶店の駐車場に荒々しく響いた。息を切らして喫茶店の入り口にあいつが入ってきて、警察と向き合っている僕を見つけ目を見開く。

 僕は指の動きだけでラインを送る。『トイレに入れ』。通知を受け取って頷いたあいつが店にある小さなトイレに入っていった。

 勢いよく立ち上がる。


「まあまあまあ瀬尾さん、落ち着いてください。今交代要員が到着しますから、お昼でも食べてから続きを……」

「トイレだ! トイレに行かせないのは違法だからな!」


 怒鳴って振り切り、僕はトイレに入っていった。腹が立つ。あの警官の持ってる電子機器全部壊してやろうか。改造したipadから出るマイクロ波で。

 トイレに入ると手洗い場の前にあいつが立ってた。息切れしていて、汗ばんで髪の毛も乱れている。


「先輩の馬鹿!! なんで連絡出ないんですか!」

「ごめん」


 ささやくような声で強く文句を言う。

 そしてレズ後輩は正面から僕の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。相当焦っていたようだ。

 僕は謝った。これは僕が悪い。警察に拘束されていたとはいえ、何かしらの連絡をいれるべきだった。相手は命が掛かっているのだ。


「死ぬかと思ったんですからね! 先輩探して走り回って……! 疲れた……!」

「すまん」

「本当に疲れた……よかった……ちょっと先輩座ってくださいよ。もう足がガクガクで……」

「ん? あ、ああ」

 

 座るったって。

 手洗い場とはいえトイレの床はちょっと……

 座るところ……

 僕は抱きつかれたまま移動して、なんとなく洋式便器に腰を降ろした。

 当然ながら後輩もついてきて僕の太ももに座る。

 

「……」

「……」

「なんか体勢ヤバない?」

「言わないで。私目を瞑ってるから」


 椅子に座っている男の膝に乗って、正面から抱きつき手を背中に回してるおなご。

 いやカップルでもやらねえよ多分。むしろカップルがヤるときにするのかしら。知らない。僕は純情なんだ。

 体の全面にじんわりとした熱を感じる。目を瞑って抱きついているあいつは寝ているようにも見える。寝顔は割と可愛いんだよな。口うるさくないから。

 いやいやいや。違う違う。可愛いとか今考えるな。可愛くない。落ち着こう。ステイステイ。

 今何分経過した? まだ二分ぐらい? なげえ。

 

「な、なあレズ後輩? ちょっと黙ってないで罵ってくれないか?」

「なんですか先輩キモイ趣味に突然目覚めないでよ本当にキモイなバカだな」

「そうその調子! ムカついてきた!」

「バーカ先輩バーカ」

「いいぞ」

「……もう一人でどっか行かないでよ。先輩バカ」

「オーケー」

「先輩以外には抱きつけないんだからバカ」

「わかった」

「罰として今日の晩ごはんは先輩がやるんだぞバカ」

「いいだろう」

「一日一回、先輩のごはん食べないと……その、美月さんも困るし。バカ」

「任せろ」

「バカ」

「ああ」

「ううううー」

「なんで不満そうに唸るんだよ!?」


 バカ後輩はグリグリと体を揺らしながら言う。


「急に罵れって言われても疲れてるんだから出てこない! 語彙力が低下して私が必死みたいじゃないか!」

「わかったから揺らすな!」

「こういうときは先輩の方から話題を振るべきだ! 女性声優は声優年鑑に処女かどうかちゃんと書いてて欲しいよなーとかそういうキモオタみたいなこと言ってくれたら凄い勢いで軽蔑するのに!」

「話題のチョイスが最悪だろそれ!」


 そんなこんなで僕らは抱きつきノルマを達成した。

 数時間おきに女に抱きつかれないとそわそわする男。

 まあ不審ではあるのかもしれない。

 時間差でトイレから出るようにして、僕はまたうんざりとするような尋問へと戻っていく。心配そうに喫茶店の離れた席に座った美月さんがこっちを見ていた。どうやら今日は仕事にならないみたいだ。遅れて出てきたあいつも美月さんと同じテーブルに向かう。


「おまたせしました」

「いえいえ、いつまでも待ちますよ……ん?」


 警官の携帯が震えて、「ちょっと失礼」と取り出し──なにやら顔をしかめた。

 どうやら最重要参考人である十常侍鐘命氏が逮捕されたことが伝わったのだろう。顔認識プログラムでアクセスした都内全域の監視カメラの映像を一斉にチェックさせ十常侍氏の映る映像を特定。潜伏場所を割り出して通報しておいた。

 爆発物を送り込んだ本人と思しき人物が他の警官に逮捕された現状では、僕を相手に事情聴取を長引かせるのは『スカ』に近い。無駄足を踏みまくった彼らを同情するような眼差しを送りつつ、

 

「どうしました? さっ、早く終わらせましょう」


 僕は面倒臭そうにそう告げた。最初からやればレズ後輩のことで面倒もなくなったというのに。腹立たしい。

 晩ごはんなに作ろうかな。作れるのは腸詰め料理だけど。腸詰め入りのグラタンとかいいかもしれない。



ビジネススーツを来たメガネのキャリアウーマン的なキャラ設定だったのに

なんか言動が小学生レベルすぎてロリ化してそうなレズ後輩

のんびり更新していきます

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