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11話『奥多摩動物公園』



「お出かけしよう!」

「はい」

「はい」


 その日、僕たち二人は美月さんの提案にノータイムで頷いた。

 土曜日の次の日だから当然日曜日だ。僕らはインドアな休日を過ごしていた。主にやることと言えばゲームだ。『ケモ太郎電鉄』。ケモナー向けのすごろくゲームである。獣人差別問題も絡む社会派作品でもあった。

 定期的に抱きつきが必要な病気のためにどこかに出かけるのも大変だ。まあ、元から僕はそこまで外に出るタイプではないけれど。

 そのゲームが一段落したあたりで、美月さんの発言である。


「三人で出かければ抱きつきの時間になっても大丈夫だよね」

「いえ、待ってください美月さん。私と美月さんだけで出かけて、時間になる度にこのインスタント充電器を呼び出すというのは」

「はっ倒すぞ眼鏡」

「そういう気を利かせないからモテないんだぞパイセン」

「うーっ!」

「はーっ!」

「喧嘩しないの」


 睨み合ってる僕とレズ山レズ子を美月さんがなだめた。


「それにしても美月さんとお出かけか……僕マトモに女性と出かけたことって無いなあ。プログラマーだから」

「そう? 小学校の頃、一緒にカブトムシとか取りに行ってたよね」

「あれは美月さんの家族とも一緒でしたから。根津パパさんが大人気なく財力を使って『はーい俺様野生のヘラクレスオオカブト見つけましたー俺様の勝ちー』とか言い出して、美月さんの兄弟から強奪されて大人なのにマジ泣きしてたなあ」

「くっ! そうやって幼馴染エピソードを披露して自慢のつもりかパイセン! 何年の何月何日の話だ!? その過去を私の過去と交換しろ! 釣り船で沖まで連れて行かれて泳ぎの練習とかで叩き落とされて陸まで死にかけながら泳いだ思い出あたりと!」

「汝鳥ちゃん……そんな力道山が猪木にやったシゴキみたいなことあったんだ……」


 まあともかく。プログラマーは女の人とデートすることは少ない。これは統計的に明らかだ。なんでか? モテないからじゃないかな。

 個人の問題として僕自体もこれまでモテたことはなかったし彼女もいなかった。暗い青春だ。だけど彼女ができたからといって、何をすればいいのかすら僕によくわからないけど。

 余計なコブ付きとはいえ美月さんとお出かけするのは心躍るものを感じるけれど、同時に気を引き締めないといけない。根津パパさんから釘を刺されている身だ。あまりの良い雰囲気で衝動的に結婚とか申し込んだら、物理的に釘を刺されることは間違いがない。

 そんなわけで僕らは出かける準備をして、美月さんのニーヴァでドライブへと赴いた。


「いくよぉー」


 ふわっとした可愛らしい美女がガコンガコンと無骨なギア操作をして運転しているのはギャップでカッコいい。ちなみに僕は免許を持っていない。だが動かそうと思えば動かせるはずだ。プログラマーだから。

 

「美月さんどこへ行きましょうか!? 実家に挨拶!?」

「ちょっとした日曜日のドライブで行く先じゃねえだろ」

「あはは、挨拶はともかくうちの牧場も遊べるところあるから、今度皆で行こうねぃ」


 根津ファームは牧場見学とか農業体験とか色々やっていて実際にテーマパークのようだ。動物ふれあいコーナーとかレストランも牧場内にあるから、休日には家族連れで客が沢山訪れる。

 

「とりあえず今日は近場で……奥多摩動物公園にでも行ってみようか」

「多摩動物公園ですか! いいですね! パイセンがライオンに食われてるところ見てみたい!」

「食われねえよ。そして今ライオンバスやってねえよ」


 言い合う僕らに、美月さんは訂正をした。


「うんにゃ。奥多摩動物公園だよー」

「奥多摩?」


 奥多摩なんて辺境に動物園あったっけ?

 




 ****




 奥多摩──

 それは『ジャングル・ブック』の作者キップリングが『人知の通用する土地ではない』と言ったとか言わないとか、そんな感じの東京の果てだ。っていうか山奥だ。

 奥多摩の道路には『ここで怪我をすると病院に搬送不可能です』という看板があちこちに見られるぐらい隔絶された土地である。

 そこへ向かう道中で僕は後部座席にて、奥多摩動物公園について調べた。つい最近できた動物園?であるようだ。なんだろうか、案内のホームページがやたら抽象的というか、ぼやけた表現しか書かれていない。

 奥多摩動物公園についての感想をブログやSNSで調べても殆ど出てこない。僅かにあるのは「奥多摩に作って誰か行く人いるのか」といったような、実際には行ってない発言ばかりだ。

 

「あの、美月さん……奥多摩動物公園とは……? ひょっとしてレズと関係が……?」

「ねえだろ!」

「うーん、わたしも行ったこと無いんだけど……お父さんの知り合いの知り合いが始めたから暇だったら様子を見に行ってくれてって前に言われててねぃ。一人で行くのもなんだから、丁度良いかと思って」


 同じく疑問に思ったらしいレズの問いに、美月さんも曖昧に応える。


「それより昨日は驚いたよぉ、突然お父さんから電話来て、成次くんを家に泊めてるのかって問い詰められて……」

「お、怒られたりしました?」

「いやぁ、あはは、お父さん勘違いしてねぃ、おばちゃん照れるなあ。大丈夫、ちゃあんと説明したから」


 勘違い……それは一番恐ろしい言葉だ。根津パパさんが勘違いして僕にヒットマンを送りつけかねない。説明して貰って良かった。


「くっ……ずるい! 私も勘違いされたい! レズとひとつ屋根の下で寝ているアピールをご両親に!」

「なんの意味があるんだ、なんの」


 それにしてもさすが奥多摩だ。道路は荒れてきてカーナビで道路表示じゃないところを走り出した。だがソ連のランドクルーザーと呼ばれるニーヴァのタフさなら問題なく走行できる。

 まあ難点はハイパワーな分燃費が悪いらしいけど。リッター10km行かないぐらい。ロシアはガソリン安いから。




 やがて僕らは到着した。『ようこそ奥多摩動物公園!』ライオンやゴリラ、ドラゴンのイラストが描かれた入場看板が僕らを出迎える。


「……人、居ないね」

「今日休みってわけじゃないですよね……」

「むしろ何故ドラゴン」

 

 がらーんとした入場ゲートの前で僕らは佇みながらそう言い合った。本当に誰一人歩いていない。駐車場にも車一台止まっていない。

 奥多摩動物公園の広さは……うーん、半分ぐらい山と見分けがつかないけれど、生徒数が三十人の学校とかぐらいだった。正直、動物園としては小さい。これだけの範囲に何匹の動物を放せるというのか。ドラゴンなら一匹も無理かもしれない。

 僕らが呆然としていると、パークの方からダッシュで僕らに向かってくる男が居た。


「お客様ァァァァ!!」

「ひっ」


 僕らは一斉に息を飲んだ。しかも駆け寄ってくる男は、服装こそスーツ姿なのだが頭は覆面で隠している露骨な怪しさなのだ!

 ……まあ、根津パパさんのところの社員や関係者には時々居るんだけど。覆面。


「ようこそ奥多摩動物公園にッッッ!! 本日最初のお客様である皆様は、この支配人の葉山がご案内いたしますぞッ!!」

「本日最初って……もう昼過ぎなんだけど……」

 

 まあ、他にこんな秘境に客が来るとは思えない。流行っている流行っていない以前に、知られていなそうだ。

 

「ささっ! とりあえず当動物園へご入場ください。なあに入場料は後で結構ですので」

「ちょっと待て。僕はこういうとき一応確認するようにしてるんだけど、ちなみに入場料は幾らだ?」

「……いちまんえん」

「たっか!?」

 

 ちなみに多摩動物公園は600円だ。


「完全にボッタクリですよ美月さんこれだから男は! 広島にあるレズバーの席代だってそんなにしないのに! 帰ってSNSで悪評ばら撒きましょう!」

「まあまあ、ここはおばちゃんが払うから」

「……ん? 美月……さんって……ひょっとして根津さんのところの?」


 支配人の葉山が動きを止めて気まずそうに聞いた。根津パパさんの知り合いの知り合いということだったが、まあ伝手のある大会社の社長の娘さんが相手となると色々問題が出てくるのだろう。

 そもそも根津ファームでもアルパカとかリャマとか珍しい家畜を繁殖させて見世物や他の動物園に送ったりしているので、完全に違う業種とも言えない。


「そうですけど」


 美月さんの応えに葉山はサッと顔を逸らした。


「……入園料一人1500円です」

「下がった!」

「やっぱりボッてたんだ!」


 それでも倍ぐらい高いのだけれど。

 ただ動物園というのはひたすら動物の維持管理費にお金が掛かる商売だ。大型の動物や高価な餌しか食べないやつを飼っていると尚更。自治体の補助などを受けることで入園料を安くしているところもあるが、まあとにかく金が必要なのだろう。

 

「……それでは改めまして。これは動物園のパンフレットです。どこからご案内しましょうか」

「んー、どうする? 二人とも」

「えーとうわなんか地味に豪華ですねこれ。檻は順番に、ライオン、ゴリラ、ドラゴン……」

「居るの!? ドラゴンが!?」

「ゴホンゲフンゲフン」


 葉山は咳払いをした。覆面で隠れていて表情は見えない。

 ここまで当然のように出されると、まさかこの世界にドラゴンが存在するかもしれないと思うかも知れないが、勿論のことドラゴンなんて架空のモンスターだ。僕の知る限りでは実在しない。動物園にだって居やしない。

 苦笑して美月さんが言う。


「じゃあ順番に見て行こっか」

「こちらにどうぞッ!」


 そして僕らは謎の動物園を進んだ。他に誰も居ないので酷く静かだ。鳥や獣の鳴く声もしない。

 不安になって僕は葉山に聞いてみる。


「あの……他に従業員の人とかは?」

「ワタシが支配人です」

「いやまあそれは聞きましたけど」

「支配人なので当動物園の全てを支配しております。掃除も! 餌やりも! 施設内レストランの調理も! 全て支配下にあります」

「全部自分でやってるってことですね」


 マトモに従業員すらいない動物園。そんなので運営できるのだろうか。

 そうして僕らは、敷地の半分ぐらいも面積を占めてそうな大きな檻へと案内された。


「おまたせしました。あれが我が動物園の第一の人気動物……ライオンです。今ドッグフードを食べてるやつです」

「……」

「……」

「……」

「おお、運がいい。あのライオンの隣で寝ているのがゴリラです。迫力満点ですね」

「……」

「……」

「……」

「ドラゴンは……ああ、ほらあの木の上に登っていますね」

「……」

「……」

「……」


 僕らは暫くそれを見つめ、なにか変化が無いかと目元を揉んだり瞬きをしたりした。

 そして声を揃えてツッコミを入れた。


『全部タヌキじゃねーか!!』


 そう。檻の中に居たのは何匹ものタヌキだった。ひょっとしたらアナグマが混じってないかと見回したが、間違いなくタヌキだ。

 タヌキ。学名で言うならタヌキ・タヌキ・タヌキだ。いや違う。ゴリラに引っ張られている。


「ひょっとして、タヌキの個体名が『ライオン』とか『ドラゴン』だったり……?」

「いえッッ! 違うのです。これには深い事情がありまして……」


 葉山もがっくりと肩を落として首を振った。

 僕らは近くのベンチに移動して話を聞くことにした。


「実はあのタヌキは特別に知能の高いタヌキを集めております。更にはこの施設でしっかりと調教も行っているのです」

「はあ」

「ところでご存知ですか? ワタシも本を読んだ知識なのですが……最近の研究では、タヌキという生き物は特別な脳波を放つことが判明し、それをまるで電波のように人間の脳へと干渉させることにより、あたかも幻を人間に感じさせるという。古来よりタヌキが人を化かすというお伽噺がありましたが、その正体が念波だったのです」

「ん……何かで聞いた覚えがあるような……」


 僕は思い出そうと考え込むと、レズが答えを言う。


「ドラえもんてんとう虫コミックス16巻」

「それだ! っていうかドラえもんも与太話として喋ったやつだ!」


 つまり嘘じゃねーか! 本を読んだってドラえもんかよ!


「それで、葉山さんはそのタヌキの幻覚を使って動物の代用にしようとしたんですか?」

「そのとおりです! そうすれば動物の維持管理費はタヌキ分しか掛からず、しかもどんな動物でも思うがまま! 悪魔的発想! ワタシの成功はすぐ目の前でしたッッ」

「そうかなあ」

「実際準備段階ではかなり上手く行っていたんです! 幻覚も! 本当ですよ!?」


 怪しいものだ。僕とレズはとにかくジト目で聞いていた。

 タヌキで化かして見世物にするなんてアタマ日本昔話かよ。


「しかし……開園してすぐに我が園のキャストタヌキ達がやる気を失くし、念波を出さなくなってしまったのです……始める前までは懐いていた彼らも、今ではワタシが檻に入る度に噛み付いてくる始末。これではお客を満足させるどころか、奥多摩タヌキパークとまで呼ばれ、足を運ぶお客も滅多に……」

「いやまあ客が少ないのは立地が酷いからでもあると思うけど」

「いったいワタシが何をして彼らの信頼を失ってしまったのか……」


 なんだろうか。根本的になにか間違ってる気がしてなんとも言えない。

 

「はあ……すみません。久しぶりのお客様でしたので、つい心情を吐露してなにか助言を頂ければ嬉しいなァーあと根津さん援助資金くれないかなァーとか思って長話を」

「下心アリアリですよ美月さん。もう私達にできることはありません。帰ってSNSに『タヌキしかいなくて草』とでも投稿して忘れましょう。まったく。タヌキが好きな幻覚見せるだと? 一昔前なら客が呼べたかもしれないけどそんなもの今どきはVRレズハーレムでも見てれば充分だわ」

「まままま待ってください! せめて最後に、当園自慢の料理も食べていってください!」


 と、やたら強固に引き止めるので僕らは仕方なく園内のレストランへと向かった。この動物園、ちゃんと届け出とか出してるんだろうか。

 レストランというのは役場の窓口を改造した感じの建物だった。


「お客様のお車が遠くの峠に見えてから仕込みを急いでやりました。なにせ普段は……まったく客が……」

「凄く期待値が下がっていくのを感じる……」

「ま、まあまあ。これで凄く美味しかったりすると、隠れた秘境の名店ってなるかもしれないし。最近そういうお店が人気なんだよ?」

「原野商法で騙された並の秘境ですよねここ」


 僕とレズが気分だだ下がりしている中で、なにやら独特の臭いを放つ土鍋が運んで来られた。


「お待たせしました! 当園名物の『タヌキ汁』でございます!」

『タヌキから嫌われてる理由これだよ!』

「ええっ!?」


 またしても僕らは一斉にツッコミを入れた。レズは無視するとして美月さんと気持ちが重なるとは素晴らしいことだ。

 鍋の中ではなんか火を通しても若干赤黒い肉が浮かんでいて臭気を放っている。たぬき汁は油揚げを使用したりすることもあるが、これは日本昔話のようなタヌキそのものを煮込んで作っているようだった。なんか控えめに臭い消しとして入れられてるヨモギの葉も合わさってやたら原始的な煮込みに見える。

 タヌキを見世物にするためタヌキからの協力が必要だというのに、タヌキを捌いて料理する人間がどうして好かれようか。これが原因でカチカチ山では血で血を洗う殺し合いにまで発展したというのに。

 レズが冷たい目で言う。


「サイコかお前は」

「し、しかし! 水族館などでは寿司を食べれたりしますよね!? ダチョウ牧場だってダチョウ肉が食べれたり! バナナワニ園もバナナとワニが!」

「そうかもしれないけど、葉山さんがタヌキから嫌われてるのは事実だよねぃ」

「うぐっ……い、一応このタヌキは当園の優秀なキャストではなく、野生に生息しているゲストを使用しているのですが……いわば劣ったタヌキを!」

「そういう問題か?」

「お客様に出す以外のタヌキの残骸はキャストの餌にもなるという効率的なシステム!」

「余計に怖がられてそう……」


 まあ確かに。タヌキというのはどちらかというと害獣で、日本のあちこちで駆除が行われている。それを捕まえて料理しようというのも、そこまで気味が悪い考えではない。鹿やイノシシみたいなものだ。

 だからといって奥多摩タヌキパークで出されるタヌキ料理は強烈なインパクトだった。というか臭い。とんこつラーメン専門店の換気扇に染み込んだ油みたいな臭いがする。


「まさかそんな盲点があったとは……」

「盲点かなあ……」

「すまないタヌキ達よ……もうタヌキ汁は作らない……次からはタヌキ蕎麦とかで行こう!」

「ちなみにタヌキ蕎麦の作り方は?」

「まず血抜きをして皮を剥いで内臓抜いて一回茹でたタヌキを丸一日川底に沈めて」

「タヌキ肉を使うなと言ってるんだ!」


 奥多摩ではタヌキぐらいしか取れないのかもしれない。


「わ、わかりました……なにはともあれ、あのタヌキ達へもう脅かさないと説得しなければなりません。幸い、キャストたちは知能が高いので人の言うことを理解してくれるのですが……何分、ワタシは印象最悪でしょうからなあ……というわけでお客様方! どうかタヌキへの説得を手伝ってください!」


 意味がわからないのだが。

 しかしながら何故か美月さんが、タヌキと触れ合えると聞いて乗り気になり、やることになった。


「うちが農家だから、タヌキは近づかないように追い散らしてばっかりで触るの初めてなんだよぉ」


 とのことだ。葉山が言うには人馴れもしているタヌキなので、自分以外なら触ることも可能なはずとのことだ。

 そして僕らはタヌキの檻へ案内される。プログラマーはタヌキに触ったことが少ない。これは統計から見ても明らかだ。別に触りたいとは思わないのだけれど、もし美月さんが噛みつかれたり襲われた際に助けるために僕も中に入った。なにせ、小型犬みたいなものだ。歯や爪は尖っていて本気で噛み付かれれば怪我をする。


「よぉーしよしよし。たぬーたぬー。ぽんぽんぽんぽーん」


 何一つ合ってなさそう鳴き声を美月さんは口にしながらタヌキに近づいていく。

 だがどうしたことか。

 美月さんが持つ癒やしの波動にタヌキが脳をやられたぜよ状態になったのか、まるで懐いた猫のように近づいていき、ごろりと腹を見せる始末だ。

 美月さんの魅力は人類の範疇に収まらないのかもしれない。


「はいたぬたぬくーん。もう怖いこと無いからねー。葉山さんももうしないって反省してるたぬー」


 そんな感じで語りかけていく。

 可愛らしい美月さんの姿を見ながら僕は呟いた。


「アラサー女性がタヌキに話しかけてるってかなりファンシーでファンタジーだよな」

「煩い。冷静に判断するな。殺すぞ」


 レズ後輩の言葉に僕は深く考えるのを止めた。確かに別にいいことだ。美月さんは可愛いんだ。だいたい、おばちゃんでも猫とかに話しかける人居るよ。大丈夫。




 それから説得を終えた美月さんと、誘われて近づいたレズがタヌキと触れ合いタイムを過ごしていた。

 どうやらここのタヌキは綺麗に風呂でシャンプーもされているようで、そこまで臭くないから子犬のようなものだ。(恐らくタヌキからしてみれば調理前の下ごしらえに思えてたかもしれないけれど) 


「いやぁ、うちではタヌキを棒で叩いたりするけど、こうして懐くと可愛いものだねぃ」

「えーとこっちがオスでこっちがメスで……メスタヌキ以外はNGだ! タヌキ娘に化けないかなあ」


 ライオンもゴリラもドラゴンもいないけど、まあ二人が満足ならいいことだ。



「ところで支配人」

「はい」

「そのタヌキの念波って体験できないの?」

「できますとも! なんなら今から道具を準備しましょう」

「道具?」

「フフフ、タヌキが化けるのになにか使ってるとは思いませんか?」


 僕は頭の中で図を思い浮かべて、疑わしげに言う。


「ええと……葉っぱ?」


 頭の上に葉っぱを載せてるイメージがある。余談だけど当然ながら葉っぱも化かすのも日本の昔話的なイメージなので、外国人からすればスーパーマリオで葉っぱを取るとタヌキになるのは意味不明だし、その状態で地蔵に化けるのも理解不能だったそうだ。


「そうです! タヌキは化ける際に葉っぱを使う……これは特定の種類の葉っぱに念波による幻惑を増幅する効果があるためなのです!」

「……」

「ワタシも様々な葉っぱを試し究極的に、この動物園を始めようと決断したのがこの特殊な葉っぱ(ハーブ)! タヌキに会う前に乾燥させて火で炙れば尚更幻覚効果が増幅されます! サイコー!」

「…………」

「お客が集まればヒッピー層を中心にこの葉っぱも売れて園が潤うはずです!! ハァー! あっ大丈夫ですよ法的には規制されていませんからまだ」


「………………」


 

 僕らは奥多摩ヒッピーハーブタヌキランドから帰った。もう来ることもないだろう。奥多摩の闇を垣間見た気がする。




 *****




 外は徐々に暗くなりつつある。山間部の日暮れは普段よりも早く感じる。

 僕らはライトを付けたニーヴァに乗って家に戻る途中だった。薄暗く狭い道はどことなく不安を感じる。

 

「あれ……」


 と、運転中の美月さんが呟いた。

 

「どうしました美月さん! トイレですか!? 安心してください私がトイレです!」

「突然興奮する患者かお前は」

「いやねぃ、もうちょっと平気だった気がしてたんだけど……車のガソリンが結構危ない? かな?」


 僕らは顔をメーターに向けた。ロシア製なのでテトリスの画面がメーター部分についているやつだ。その燃料計はかなりEに近づいていた。


「よかった。大丈夫じゃないですか。まだEnough(じゅうぶん)ってところですよ」

「バーカ男バーカ! Eはイナフじゃねーよ! じゃあFはなんだよ!」

Few(ちょっぴり)じゃないのか!?」

「そんな曖昧な表記にするわけないだろこれだから男は! 私が優位に立った! 跪け!」

「成次くん……おばちゃんお金出すから免許取らない?」


 くっ……免許を持っていないから間違って覚えていた……!

 いっその事美月さんの言う通り免許を取るのもいいかもしれない。お金出してくれるみたいだし。多分5000円ぐらいで取れるだろう。

 それはさておき、そうなるとガソリンの残量は心もとない。なにせニーヴァの燃費はとても悪いのだ。


「下り坂が多いからもうちょっとは走れると思うけど……成次くん、近くにガソリンスタンド無いか調べてくれる?」

「わかりました」


 改造したipadを取り出す。電波状態が悪く通信不能だったけれど、位置情報のキャッシュから付近の情報を拾い上げる。 

 助手席の背もたれを倒したレズモンスターも覗き込んできて言った。


「うわお。スタンド無いなー……周辺住民どうやって暮らしてるんだ?」

「そもそも周辺に民家も無いじゃないか。電話も繋がらないし……あっこの道の先になにか建物あるぞ」

「じゃあそこに寄って電話でも借りて、ロードサービスにガソリン持ってきて貰おうか」


 そう決まり、僕たちは道を進んで行き──



 やがて目の前に、キラキラとネオン輝くお城みたいな建物が姿を現した。

 

 ラブホだこれ。





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