10話『噛みつき注意の警備員』
相手を知ることが必ずしも円滑なコミュニケーションを齎すわけではない。お互いに人は名前すら知らない関係でも、表面上は和やかに付き合える。人はそういう進化をしてきたはずだ。
例えばヘイトレズモンスターと会話が増えたことであの女の……ん? 何が知れたんだろう? よくわからないな。だが、とにかく少しは理解できたけれどまるで個人間の仲が良くならないように(別になりたくもないが)、相手を知っても親しくなるわけじゃない。
さてオフィスにやってきた鮫島犬子。僕の携帯端末が彼女は警備会社に間違いなく勤めていることを調べたのだけれど、プログラムは自動で他の情報も瞬時に調べ上げた。地方新聞のマイクロフィルムデータを拾い上げ、裁判記録も引っ張ってきた。
用事があるというので彼女を招き入れなくてはならず、オフィスの扉を開けに行きつつ目を通す。
彼女は傷害罪を犯した前科者だ。記録によれば交際中の男性の陰部を噛みちぎった。陰部を!? 噛みちぎった!? はい怖い。
精神鑑定に掛けた病院の記録も出てきた。精神も受け答えも問題なしで、強姦されそうになって錯乱したとかそんな事情もない。それ故にサイコパス的な要素が見られるとのこと。はい怖い。
プシューっといい感じの宇宙船みたいな音を立ててオフィスの正面扉が開く。僕がそう音が鳴るようにプログラムした。
人とのコミュニケーションは笑顔から! とばかりに、鮫島さんがにっこり笑顔を見せて入ってきた。笑顔で見せる彼女の歯は漫画かアニメのキャラのようにギザギザとしていた。本来ギザ歯というのはデフォルメ的な表現だというのに、マジギザギザだ。そう、肉とか海綿体を食いちぎるに充分な感じの。
怖っ……
「どうも休日にすみません! 根津警備保障会社の鮫島犬子です!」
「あっ、はあ、へえ、瀬尾です。どうも。ええと、ひとまず中へどうぞ」
僕は本能的恐怖を感じつつ、つい室内へと案内してしまった。正直ビビっている。チーンを噛みちぎりウーマンを目の前にビビらない男はいない。
むしろなんでチーンを噛みちぎったの? この人。趣味とかだったら余計に怖いんだけど。
僕が不躾に口元をじろじろ見ていた視線に気づいたのか、彼女は苦笑いで言う。
「ああ、気になりますか? 歯が。いやー実は先祖がサメでして」
「先祖がサメ!?」
「あっはっは。なんかうちの家族やら親戚には時々こんな歯が生まれるので、きっとそうなんだろうなーって。あっ、泳ぎも得意ですよ?」
鮫島さんは歯をガチガチと鳴らして見せるが、まるで鋼鉄製のシャッターを打ち合わせているような音に僕は軽く戦慄する。
とにかく、早めに用事を聞いてお帰り願おう。応接用ソファー(客が来るのは初めてだ)に案内してコーヒーを入れる。なにかお茶請けがあっただろうか。給湯室を探す。使えそうなのは……腸詰めぐらいしか無いな……一応生でも食べれるやつだけど……
オーストラリアだかノースコリアだかはウインナーとコーヒーが名物だというし、大丈夫だろう。僕は腸詰めとコーヒーのセットをお盆に載せて、鮫島さんに出した。
「いやーお構いなく──じゅるり」
「ひっ」
にこやかな表情だったのに、腸詰めを見た瞬間によだれを啜る音がした。薄目を開けてじっとテーブル上の腸詰めを見ている。
「美味しそうなソーセージですね……アタシ大好きなんですよね……ソーセージ」
「ど、どうぞ……」
「いただきます♪」
バリリン。美月さんの実家ファームから送られてくる腸詰めはやはりというか高品質だ。程よい皮の弾け感と肉の弾力、挽肉に混ざる脂肪や胡椒粒の味わいは一流メーカーの研究された味をしている。鮫島さんも美味そうに食べだした。
だがお茶請けに腸詰めを出したのは間違いだった。
「あー」
牙を開き口に棒状の肉を入れて、小気味良い音が出るぐらいの勢いで噛みちぎる鮫島さん。
僕は若干腰が引けた。なるほどね。犯行現場見たりって感じだな。
「いやはやすみませんね。昔からソーセージと見ると我慢できなくなって……まあ客先で見ることなんて滅多に無いので、こんなことになるとは」
「そ、そうですか……」
照れたように言う鮫島さん。我慢できないんだ。怖い。
なんだろう。肉食獣に檻の中で餌をやってる気分だ。おっと? 眼の前に追加のお肉があるよね? みたいなことを考えられたらガブリもあり得る。略してガブリエル。
ギラギラとした目を向けてくるのがマジ危機感。
「美味しいですよね……ソーセージ……」
「お、おかわり要ります?」
「ぜひ!」
ボリンボリン。合計十五本ぐらい腸詰めを食べて鮫島さんはひとまず治まった。なにが治まったというのか。衝動的な何かか。
客先で出されるがままに腸詰めを食べるウーマンこと鮫島さんは、ようやく本題を思い出したかのように会話を切り出した。
「はっ! つい美味しいソーセージに夢中に……そうでした、実は警備上の確認のために来たのですが!」
「なんでしょう。ひょっとして、CIAが……?」
「シーアイ? いえそうではなくて、ここ何日もオフィスの明かりが夜中に点くことが確認されたので、カメラの記録では何もないのですがなんらかの問題が発生したのではないかと」
「あー……」
僕じゃん、それ。
まだ警備の人にはオフィスに僕が泊まり込んでいることは伝えていなかった。しかも警備用の夜間に自動で起動する赤外線パッシブセンサーは無効化していた。だって僕がオフィス内をウロウロするたびに引っかかったら嫌だし。
ついでに常時記録型で警備会社へ転送されるオフィス内の監視カメラシステムも、何も変わらない日常が毎日記録されて転送されているはずだ。だって僕がDOOMとかやってる姿が監視されてると思うと気まずいから。大丈夫。ニセ映像じゃない本物のオフィス映像も僕のPCにちゃん記録されている。ただしその鍵を解くのにDOOMをプレイしないといけないけど。
「ひょっとしてオフィスに侵入者が居るのかも知れません! もしかしたらまだロッカーとかに隠れてるかもです!」
「いやあのー」
「侵入者……ということは犯罪者ですよね。犯罪者なら噛み殺しても罪になりませんよね!」
「なりますよ!」
鮫島さんはにぃーっと笑って牙をむき出しにしながら物騒なことを言い出した。
「……まずアタシが犯人にボコボコにされた後で噛み付いたら正当防衛とかになりません?」
「なんで噛み付く目的でボコボコにされるんですか!?」
「アタシ、軽めのDVとかならバッチコイなので大丈夫です」
「軽めのDVってワード流行ってんのか!? 女子の間で!?」
僕の叫びに携帯端末が勝手に検索する。『軽めのDVで女子力アップ特集!』『今、軽めのDVが美容に効く』嘘だろ承太郎。
「今から侵入者とかその痕跡とか探していいですか!? アタシ鼻が利くんです!」
「待って」
「まずはトイレから」
「トイレの臭い嗅ぐのやめてマジ」
逸って立ち上がろうとする鮫島さんを押し留めて、僕は一応聞く。
「あの、鮫島さん……なんでそんなに噛み付きたがるんですか?」
「だって美味しいかもしれないじゃないですか。試してみないとわからないですし。それ以外に理由は必要ないですよね!」
「ですよねー」
ですよねとまで言われたらもう何も言うことはねえや。試してみようの精神でチーンを噛みちぎられた人が居るらしいな。怖い。
ガンガンとそれ歯の音?みたいなのを響かせて楽しそうにしている鮫島さん。根津警備保障会社の採用担当者。お前ちゃんと面接したの?
「さぁー出てこい侵入者! 人事さんも悲鳴を上げたアタシの噛み付きを見せてやる……!」
「たっ担当者──! 悲鳴上げさせられてるー!」
「根津警備は担当者を倒せば入社できるんです!」
「どういう経営してんだ根津パパァー!」
勢いよく立ち上がった鮫島さんの前に出て僕は止めた。
「どう、どう!」
「あっソーセージ! むしゃりこ!」
僕は隠し持っていた腸詰めを差し出して勢いを挫いた。あっぶな! 指ごと噛まされそうだった!
ボリュボリュと音を立てて咀嚼している鮫島さんに僕は言う。
「いいですか鮫島さん、ここ最近の夜間点灯は、僕がオフィスに泊まり込んでいるので起こったことで問題は発生していません」
「えっ!? じゃあ……瀬尾さんに噛み付いていいってことですか!?」
「よくねえよ! 不審者は居なかった! 誰にも噛みつかない! いいですね!」
「で、でも……おっかしいですね。カメラを確認したけど夜になっても誰も居なかったような……」
僕はやむを得ず、カメラの映像を問題ないように細工していることを話した。ついでにセンサー類も解除していることも。
怒られた。
「何やってるんですかー! そんなことしたら警備会社の意味が無いでしょう!!」
「で、でもほら。外出するときとか僕の携帯からワンプッシュでセンサー類をオンにすることも出来ますし……」
「オフィス泊まるなら泊まるってこっちに連絡してくれれば警備システムもこっちで調整するんです! 勝手にいじらないでください!」
チクショウ。正論しか言わねえ。プログラマーは正論に弱い。
そもそも、肉食獣に感じる本能的恐怖が浮かんでくる相手に怒られては僕はしゅんとするしかない。
クソっなんか僕を叱りながらも微妙に笑顔なのが腹立つ! 年上の男を一方的に叱るのが楽しいか!
「瀬尾さん、泊まり込みというとどれぐらいの期間ですか?」
「ええと……短くて一ヶ月、長くて……ちょっとわかんないですね」
「それもう下宿ですよね!? え、ええええ……ここって二階、根津さん住んでるんじゃ……」
「も、勿論社長から許可を貰ってますよ!」
「つまり『女のところに転がり込んできた』ってやつですか?」
「人聞きが悪い表現は止めてください!」
すると鮫島さんは難しそうに腕を組んで唸る。
「んーんー……とりあえず警備システムは住宅用に変更しますけど……社長命令でなにかこのオフィスにあったら報告しろって言われてるんですよねえ……」
「うっ……」
根津パパさんに報告……いやひょっとしたらその家族全員に知れ渡ることになる。僕が美月さんのところに下宿していることを。
様々な反応が想像できるが、少なくとも好意的には思われないのではないだろうか。下手をすれば美月さんに謂れのない悪評が流れかねない。男を囲っているとか。もしそんな話が広まれば、彼女の婚期が遠のく!
いやまあ、美月さんが病気のことも含めて説明してくれればそれでいいんだろうけど……
チラッチラッと鮫島さんはなにか物欲しそうな顔で僕を見てくる。
「……」
「いやー、ほら大変じゃないですか。大事な一人娘の? 住んでる? オフィスに泊まるって結構。アタシもどう報告していいのやら……」
「……」
「えーでも、いい感じのソーセージが食べれたらなー、なにも問題無かったことにして忘れられるようなソーセージ欲しいなー」
「シャブ入りか何かか」
思わずツッコミを入れた。
だがわかる。この自分が優位だと確信した調子に乗ったアマ特有の笑み。口止め料の代わりにソーセージを要求しているのだ!
……ソーセージで口止めされる警備員雇ってる根津警備保障会社、ちゃんと社員教育はしたほうがいいと思います。
僕は相手の要求を……
受ける
→受けない
「あっもしもし根津のおじさんですか。ええ、はい。いやダンクーガじゃなくて。見ませんよダンクーガ。え? 今度はノヴァにするからって? いやだからダンクーガは今はいいんですって。それよりアレです。僕ちょっと事情があって暫くオフィスに下宿することになりまして『ヴァアアアアアアア』叫ばないでください! でも事情があるだけで下心とかなんも無いんで! 詳しくは美月さんに聞いてください!」
電話を切った。よし。これで報告は済ませた。
脅迫には応じない。どうせ放っておいても気づかれることだろうし、そもそも美月さんが内緒に思っているかも不明だ。こうして早いうちに伝えた方がいいだろう。
僕が鮫島さんへと視線を戻すと。
「しょぼーん……」
「……」
「しょぼぼーん……」
「は、はあ」
非常に沈んだ顔をしている。雨に濡れた野良犬のようだ。
「ソーセージが美味しかったからちょっと調子に乗っただけでした……すみません……」
「……一袋持って帰ります?」
告げるとぱぁーっと表情が明るくなって、口を開けて笑みを見せた。牙が光る。怖い。
思わず自己防衛のためにもう一声上げてしまった。
「二袋あげます」
「愛してます!」
僕らは結婚した。スイーツ。
そんな三行で書ける展開になりそうな程、鮫島さんは喜んだ。勿論彼女が愛しているのはソーセージであって瀬尾成次ではないので、そんなことにはならないが。
ちなみにこのソーセージは美月さんの私物だ。居候先の女性の私物を他の女に渡して機嫌を取る男。駄目だ。そんな想像をするな。これは緊急避難だ。強盗にせびられているようなものだ。
二袋の腸詰めを両手に持って彼女はニッコニッコして帰る。
「それじゃあご主人! なにかあったらすぐに警報を鳴らしてくださいね! アタシがすぐ飛んできて相手を噛み殺しますので!」
「いや殺さないで欲しいんですが……ご主人になってる!?」
「また来ます!」
「なんで!? 別に来ないでもいいよね!?」
野生動物を餌付けしてはいけない。去っていきつつ我慢できなくなったのか、腸詰め一袋開けて歩きながら食べ始めた彼女を見送りながらそう思った。
しかしながら、ここに来て腸詰めを大量に食ってお土産に持って帰っただけという、まるで腸詰め泥棒のような鮫島さん。なんだったのだろうか。
僕はふと、彼女の裁判記録や供述やら、怪奇事件のように書き立てまくった当時の地方新聞記事がリストアップされている端末を覗いた。(ちなみに新聞の見出しは『恐怖のチンイーター』だった。ただし名前は出ていないが、同じ事件であることは間違いがない)
少しだけ考えて、僕はそれらのファイルを詳しく確認しないまま端末から削除する。細かいことを気にしたら恐ろしくなるので止めておこう。
そういえばあのレズ女もなにか前科があるとか言ってたな……
調べようと思えばすぐさま調べられるけれども、これも止めておいた。あの女の過去を暴き立てても、評価は下がって嫌悪感が増すだけで決して僕が得をすることはないだろう。
知ることばかりがプログラマーではない。真実はいつでもスパゲティコードの中だ。
****
オフィスで二人が帰ってくるまでに、なんとなく掃除をすることにした。トイレの消臭剤を新しくしたり。
こうした謙虚な態度が居候のコツだ。まあそもそも、このオフィスは仕事中も僕が八割方使っていたのだけれど、よく考えれば掃除とかしたことなかったな……美月さんが掃除してたんだろうか……清掃員さんとか見たことないし。
美月さんに世話されっぱなしな気がする……何かで恩を返せればいいんだけど。僕が想像できる恩返しはせいぜいオフィスにテロリストがやってきて占拠したときに、クリスタル灰皿で無双して彼女を救うことぐらいだ。テロリストがクリスタル灰皿を見た瞬間ひきつけを起こすようなやつだと助かるんだけど。
ふと外を見るといつの間にか雲行きが怪しくなって──うわ雨降ってきた。
二人はニーヴァで買い物に出かけたから大丈夫だろうけど……って洗濯物外に干しっぱなしじゃなかったっけ。
この建物の屋上は二階から上がれて、そこに洗濯物を干しているはずだ。取り込むしかないか。
僕は階段から屋上に昇って、ポツポツと雨粒が落ちだしている中で洗濯カゴに干してある布を放り込む。
布。布。布。
後で訴訟とかされたりしないよね僕。
しかしあのレズオブジイヤーの衣類だけ避けて回収するのは難しい。どれがどれかよくわからないし。まあ、この筆文字で『レズ』って書かれたパンツはどっちの持ち物かわかるけど。(万が一美月さんの持ち物だったら嫌だ)
僕が洗濯カゴに衣類を詰め込んで二階に戻ると、外でニーヴァのエンジン音が聞こえた。
慌てた様子でドタバタと走ってくる足音。どうやら雨降りで急いで帰ってきたらしい。
「あ! 成次くん! 洗濯物取り込んでくれてたんだ!」
「ええ、これぐらい任せてください」
「はいお小遣い!」
「現金を渡さないでくださいこれぐらいのことでマジ」
僕は差し出される三千円を固辞する。どこの世界に洗濯物を取り込んだぐらいでお金貰える立場があるというのか。
「危ないっ!」
その言葉と同時に、例の女が僕から洗濯カゴを奪った。
「危ない! 美月さんが履いていた下着を狙っています! この男は危険です! パンツスーツという単語でいやらしい姿を想像するタイプです!」
「どういうタイプだよ!?」
「ふう……美月さんのおパンティに怪しい染みがついてないか確かめないと……」
非常に失礼な事を言い出して、洗濯カゴの中から筆文字レズパンツを取り出した。
「ちょっと待って。そのクソダサパンツ、美月さんのやつなの!?」
「ク、クソダサ……」
「貴様! それはヘイトスピーチだぞ! 私がプレゼントしたんだ! ふふふこうやって外堀を埋める策!」
「埋まってねえよ外堀!」
「馬鹿者! 文字には力が宿るというだろう。大阪城の豊臣側と徳川家康の戦いだって鐘に書かれた文字で歴史が動いたほどだ。パンツに書かれた文字で美月さんがレズになるかもしれない」
「ちなみになんて書かれたか知ってるのか?」
「確か『君臣豊楽…………家康糞狸』だったかな?」
「喧嘩売ってるのマルバレじゃねえかそれだと!」
「クソダサ……」
美月さんは何やらショックを受けている様子だがどうしたのだろうか。
「とりあえず私はこれを畳んできます美月さん! 男に手柄を取られないうちに!」
と、洗濯カゴを持って居間の方へ向かっていくレズ。一方で美月さんは、
「ちょっと成次くんこっち来て」
「はい?」
僕の手を引いて美月さんの部屋へ。
そして何故かタンスの前にやってきて……
「ってうわっ! なに見せてくるんですか!?」
タンスを開けてなにやら布の塊、まあいわば収納された下着を見せてきた。
そんなもの見せちゃいけません! 女の子でしょ!
「成次くん!」
「はっはい!?」
「ひょっとして、ひょっとするけど……このパンツダサい!?」
「うわダッサ」
「ガーン」
広げたおパンティは、某有名なテーマパークの主役のネズミの親友のアヒルの叔父さんがバシッとプリントされてるやつだった。なんで守銭奴の叔父さんがパンツに。
ともあれそんなもん小学生でも履かねえと思う。僕は女子小学生のパンツに詳しいわけじゃないけれど。
「これは!?」
「ひどっ」
「ぬーん」
次に見せてきたのは実写の猫が堂々とプリントされてるやつだ。しかもその猫はビームを放っている。原色がキツくて目に痛い。
「これ!?」
「お願いですから普通の着てください」
「……う、ううう、ショック……」
更に出したのは恐らくあやつから送られたと思われる、レスボス島のタペストリーが印刷されてるやつだった。まるで意図して作られたダサいTシャツのようだ。
「お、おばちゃんね、いい感じの下着とか選ぶセンス無いみたい……」
「よくわかりませんけど……男だし……」
「そもそも子供の頃から、お父さんとかお兄ちゃんとかが自分のパンツ買うのと同じ店で適当に買ってきたの使ってたからこんなのばかりで……」
「お母さんに頼みましょうよせめて……」
「は、恥ずかしい……! 人に指摘されたの初めてで……!」
アラサーにもなってこの人は……
別に人付き合いが悪いとかそういう話は聞いたことなかったけれど。むしろ面倒見が良くて友達も多かったのに誰か言わなかったんだろうか。美月さん宛に年賀状とかどっさり届くぐらいなのに。(僕には美月さんぐらいからしか届かない)
「こ、こうなったら成次くん! 成次くんがいい感じだなって思う下着選んでくれない!?」
「僕が!?」
無理ですよ、と口から出かけたが、彼女の恩に報いたい。
女性の下着なんて選んだことはないのだけれど、僕はひとまず頷いていた。
そしてネットで販売されていた『DOOMおパンティ』を購入した。DOOMなら多分間違いはないだろう。ユニバーサルデザインだぜ?
****
夜になって一旦抱きつき時間で、不満たらたら羽賀研二状態のレズを適当にあしらい。
夕食になったらレズがお好み焼きを作った。
「どやああああ!」
「うんうん、美味しいねえ成次くん」
「まあ……誰が作っても美味しいとは思いますけどお好み焼きは」
「はぁー! ならこんなに綺麗に作れるんですかパイセンはぁー!?」
「ぬっ……」
ホットプレートでじゅうじゅうと音を立てている。フレッシュなキャベツとモヤシ。カリカリ感の残る天かす。ねっとりして具材を絡ませるとろろ昆布。イカ天。豚肉。そして薄焼きの卵。焼きそば。
全部混ぜ合わせて焼き上げる成形型のジャパニーズパンケーキではなく、具材を積み上げ重ねて焼くやつだ。
「広島焼きは作ったことがないからなあ僕」
「広島焼きなんて言葉はない! お好み焼きだお好み焼き! 日本全国で使われるお好みソースのおたふくは広島のメーカーなんだから、広島のお好み焼きがスタンダードと言っても過言ではない!」
「お前広島出身だっけ……?」
「ふっ。まあ離島の方だけど。人口が十人ぐらいしか居なくてもうすぐ滅びそうな」
広島は確か瀬戸内海に沢山離島を抱えてるんだっけか……? 昔修学旅行で行ったけれど全然覚えていない。原爆ドームとDOOMは関係ないことだけは知っている。
「さあどんどん食べてください!」
「美味しい美味しい。汝鳥ちゃん料理上手でいいよね、成次くん」
「なにがいいんですか、なにが」
謎の同意を求められるが、まあ確かにこれは中々美味いとは認めざるを得ない。
「ふ、ふふふふ、私がこんなに料理得意なのも、少しだけ料理に関しては不器用な美月さんと互いに補完し合う運命だから! 愛し合いましょう!」
「なんか穏やかじゃないこと言ってますよ。大丈夫ですか。警察か警備員呼びます?」
「大丈夫だよぉ。汝鳥ちゃんはいい子だから」
「はあ」
美月さんが大丈夫というのならば別に構わないけれど……
そもそも美月さんはあいつの事をどう思っているのだろうか。レズを受け入れてるのか? 二人は百合百合しい関係なのか? その割にはあいつがレズ童貞みたいな態度だけれど。
人の心に踏み入るには覚悟と責任が必要だ。果たして僕ごときの、雇われているに過ぎない頼りない男に美月さんの人間関係について煩く口出しをする権利は存在しない。だから、
「美月さん、なにか困ったことがあったら僕は必ず手を貸しますからね」
「頼もしいなあ」
「貴様! 自分ばかり美月さんに媚を売って接近しようとするんじゃない! そんな逞しいことを言うならマッチョにでもなってみるんだな!」
ボッ!
「……」
「……」
「……? ウワァー!? なんか僕の筋肉がモリッとしとるうううう!?」
「ヒィー!? キモっ! 後催眠か!?」
「えへへ」
「戻れ! 戻れ! 戻れ!」
戻った。
僕の肉体……お前はいったい何を覚醒したんだ……
とりあえず催眠が抜けるまで無期限で、マッチョは僕らの間で禁止ワードに登録されるのであった。
「ああー……なんかもう以前より若干全身ゴツゴツしてる気がするしぃー」
「やかましい。腹を揉むな腹を」
「いいよぉ、おばちゃんいいよぉー……」
「美月さんもあちこち揉まないでください……」
寝る前の抱きつきで、なんかこう、僕の体をまさぐられてしまった……
本当にあの急激な変化で心臓とか負担になってないだろうな。妙にドキドキするんだけど。
やっとこさPC帰ってきた…
余談ですがこの物語はグリム童話『はつかねずみと小鳥と腸づめの話』が元ネタの元ネタみたいな
ねずみ=根津美月
小鳥=鳥山汝鳥
ソーセージ=瀬尾成次
犬=鮫島犬子
まあ名前ぐらいですけど