次なる世界
VRMMO
Virtual Reality Massively Multiplayer Online Gameの各頭文字をとった略称で、今は珍しくない言葉。
それは仮想世界を舞台とした、五感を使っての体感型ゲームのことをさす。
昔は視覚と聴覚の2つの感覚器官のみでそう謳っていたようだが、今ではその言葉通り、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の5つ全ての感覚器官で体感できる1つの完成形へと至っている。
そんなVRMMOゲーム。
その一つに、いま爆発的熱狂を誇るタイトルがあった。
今年5周年へと突入したタイトル、名を『Lost Fantasy Online』。
通称LFOと呼ばれているタイトルで数多く存在する西洋風の世界を舞台にした一つだった。
いわゆるファンタジー要素を全面に押し出した世界観で、一見どこにでもある珍しくないゲーム。
では何故、そんな量産型のようなゲームに人気があるのか。
それは一重に全ての『量』と『質』が他のゲームを圧倒してたからに他ならないだろう。
プレイヤーは数多く存在する種族から自分の分身となる種族を選び、新しい世界で第二の生を歩むといったもの。
ゲーム内では多彩な職業に加え、派生や類似するものも『ユニーク』や『エクストラ』と呼ばれる固有のものも含めたら数えきれない程のジョブが存在する為、世界にたった1つしかない自分だけのビルドを作り世界を謳歌することも可能なのだ。
草原、洞窟、遺跡、森林、火山、氷山、天界、奈落、沼沢、渓谷、等々といった数えきれない程の環境下で広大な大地を役になりきってプレイする。
『攻略の鍵はRP』というキャッチコピーを題材的に出しており、VR界初の最新の第7世代型AIを搭載したゲームとしても有名になった要因の1つある——というよりかなり大きい要員だろう。
そんな数々の情報に話題が話題を呼び、国内だけでも初回売上数3000万ダウンロードという脅威の数字を叩きだしたのがこのLFO。
そんなゲームであるLFOの記念すべき5周年目。
国内外、数限りないユーザー達に迎えられるLFO。
《新たな種族》《新たなクラス職業》《新たなスキル・魔法》《新たなフィールド》初公開の膨大な新情報を得てプレイヤー間で熱気が膨れ上がる中、それらを他所に既存のクエストを今尚挑戦し続けるプレイヤー達が居た。
クラン《冬ノ楽園》。
所属プレイヤー僅か4人とクランNPC26人が占める計30人の小規模クラン。
所属人数からどこにでもある弱小クランと思われがちだが、LFOをプレイしているユーザーで彼女らを知らないユーザーは間違いなく少数派といえる。
所属しているプレイヤーは2割、それ以外はNPCであり、その全員が女性アバター。
だが彼女らが有名な理由としてはそんなことではない。
所属プレイヤーである彼女らは全員が世界ランカーにランクインしており、クランマスターに限ってはその名前を知らないというプレイヤーは初心者以外居ないと断言される程、中級者から熟練者、配信者、果てはプロに至るまで知れ渡った有名なプレイヤーでもあった。
クラン【冬ノ楽園】クランマスター:LIA
総合SCORE:138600Pt 世界ランキング第4位。
『近接の鬼』『鬼姫』の異名で呼ばれている彼女は知る人ぞ知る1VS1最強のプレイヤー。
当人の種族の話題も事欠かないが、本命はその『未来が見えてるのか』と対戦相手に思せるほどの常軌を逸した反射神経と思考速度にあった。
そして現在———
ヌオォォォォォォォォォォォッ!!!!!!!!!
大地を揺らし、大気を震わせる程のけたたましい咆哮がフィールド全体に鳴り響く。
宙を蹴り、重力に従って落下していく瓦礫を足場に標的へと駆け出す。
腰に届くほど長い銀髪を宙に靡かせ、最後の足掻きと思える攻撃に、数えることすら馬鹿らしく感じる巨岩の嵐の中を純白の衣装を纏ったプレイヤーはまるで街中を歩むような表情で平然と疾走する。
手の少し伸ばせば巨岩と衝突してしまう擦れ擦れの距離、そんな中を顔色一つ変えずに進んで行き、まるで巨岩が通過する位置がわかってるように足を動かし、姿勢を変え、目標に接近していく。
その姿はさながらダンスを踊る様な優雅でいて一切の無駄のない近接職の理想な動き。
全長数百メートルはあるであろう巨人と彼女の距離がなくなった時、初めてその表情に変化が起きた。
「っ——その技は、見飽きたわ!」
その表情はうんざりとした感情が僅かに混じりながらも、勝利を確信した歓喜の笑み、これまでの長い苦労をお返しできるその瞬間に思わず漏れ出てしまった手向けの言葉だった。
「残りHPとMP、スキルのクールタイムを考えたらこれが最後のチャンスね」
手に持った大太刀に見えなくもない身の丈ほどの十字剣を握りしめると、不敵な笑みを浮かべチロリと下唇を舐める。
自身の持つ数多のスキルを組み合わせ、ゴオゴオと燃え上がらせる炎剣を僅かに開いた巨神の胸部へと渾身の一撃をもって叩きつけた。
瞬間、ゴオォンッという音を響き渡らせながら連鎖的に大爆発を引き起こし、物理法則を無視した白炎は未知の物質の表面にメラメラと燃え上がり、やがて凄まじい勢いのまま広大な一面を走り出した。
これまでの長い死闘で傷つけられてきた結晶は到る処に欠損が見られ、リアの一撃によって決壊を始めた。
亀裂はピシピシッと音を鳴らしながら浸透を深めていき、遂には巨大すぎる体全体を崩壊させる。
崩れ落ちる巨岩は眼下に広がる雲の海に衝撃破を発生させながら次々と墜落させていったのだった。
「はぁ、はぁ・・・・やったっ、やったっ! ようやく」
長く続いた死闘を終えると、まるで緊張の糸が切れたかのように上がった息が漏れ出した。
息を整えるというのもあるが、ようやく終えた戦闘に呆然とその光景を眺めるリア。
体の形は蝙蝠に変え、空中でパタパタと小さな羽をばたつかせているとこの場には似つかわしくないピロンッといった電子音が脳内へと響いた。
《世界初、ワールドボス 破滅の巨神オーディナルを討ち倒しました》
《"世界の記憶"に記録中・・・・》
《スコアを集計しています・・・・》
「ふふっ、皆のところにも通知がいったかしら」
手慣れた操作でチャットログを開き、クランメンバー専用のログを選択。
そこにはオレンジ色のポップアップが表示されており、躊躇わずにその《参加》のボタンをタッチする。
すると耳の感覚器官が何処かと接続されたの感じる、次第に数人の愛しい声音がリアの耳へと直接流れこんできた。
『リアちゃんおめでとー!! 遂にやったね!!』
『リア、おめでとうございます!! お役に立てずすいません・・・・しばらく、内職に専念しますぅ』
『流石リアさんだ! 好きだ! 帰ったら1ON1しよう!』
「皆ー! やったよぉ! カエデは十分過ぎる程やってくれてたからそんな落ち込まないで! 内職頑張ってくれるのも凄い助かるけど。 まぁ、なにはともあれ皆のおかげで初達成頂きました! 3人ともありがとう、愛してる!」
『あ、あのッ、私もリアのこと、あ、愛してます!』
『私もだよリアちゃん、帰ったら思いっきりいちゃいちゃしようね!』
『え、幻聴? それ僕にも言ってるのリアさん? もう色んな1ON1しよう』
「カエデもヒイロも本当に、本当にありがとう!大好きよ! ———エイスは五月蠅い」
『あ、そういえば掲示板でも早速話題になってたよ。 相変わらず皆情報が早いね。 【スパーダ】がまた初討伐獲るのかもって言われてたから、今凄い盛り上がってる』
『ランカーも結構書き込んでるね。 あ、ユウリュウさんも書き込んでる、リアさんにも個人チャット来るんじゃない?』
「もう何人からか個人チャットが来てるよ。 まだ見てないけど多分、ユウリュウからも来てると思うわ」
『リ、リア。 ・・・・その、ちゃんと帰ってきてくださいね』
「カエデ・・・・。 もちろん! 誰かに捕まる前に直ぐにクランハウス帰るから。 あ、集計終わったから一旦ミュートにするね」
巨人がバラバラになって崩れ落ちた先、瓦礫の山と呼ぶには些か規模が大きすぎる地上に目をやり視界内に映る《集計・報酬》をタップする。
すると、どこからともなく女性の声のように聞こえるトーンの高い声が、フィールド全体に鳴り響いた。
『プレイヤー【LIA】は条件を満たしました。 次なる世界へと続く道が開かれました、進む覚悟はありますか』
これまで数々のダンジョンをクリアしてきた。
その中でも今回のダンジョンが間違いなく、リアの中で最難関と断言できるほどの難易度だった。
なんといってもゲーム内で初攻略PTに自分たちがなれたのだ。
ユーザー数、数十万という膨大な数の内の1番だ。
だからこそ、クリアした後の『集計』も他のダンジョンと仕様が違うんだと判断する。
(次なる世界、新しい未発見のダンジョン? それともまさか、まだ隠しボスでもいるというの?)
やりかねない。
その言葉がリアの脳裏を過ぎる。
LFOはこれまで、ユーザーの誰もが考えもしなかった仕掛けや仕様を幾度も作り、それらを惜しみなくユーザーに仕掛けてきた。
普通それはないだろうといったものが、このゲームでは一切通用しないのだ。
5年もの時間をLFOで過ごしてきたリア、だからこそ選択も慎重になる。
(ここで《はい》を選択した場合、また数時間、動けなくなるかもしれない。 ここは一度帰るべきか・・・・でも一度のみの選択かもしれない。 ——それなら)
ゲーマーというのは悲しきかな。
この先の流れがある程度読めるとしても、例えそれが自分の利にならないとわかっていようが未知なるものには惹かれる性なのかもしれない。
そんな一種の諦めに似た感情と共に、少しの期待を込め《はい》という選択を押すのだった。
押した瞬間、瞬く間にリアの視界は白一色に埋め尽くされ、まるで思考する余裕もなく脳が目から得られる情報だけを頼りに傍観するように眺め、受け止め続けた。
永遠に続く白一色。
影も形も無く、ただ視界全てを埋めつくす空白。
だが、それは唐突に終わりを迎えた。
いや、もしかしたら既に終えていたのかもしれない。
今までの突発的な仕様とは明らかに違った演出に唖然とするリア。
得られる視界情報の元に新たな景色がその姿を現したのだった。
「ここは・・・・森、よね」
視界いっぱいに木々が立ち並び、その隙間からは昼間とは明らかに違う暗闇の世界が広がっていた。
ただ、一点違うものがあるとすれば、視界の端に見た記憶のない建造物があるくらいだろう。
「転移したというの? ダンジョンの中・・・な訳ないわよね。 そうだ、マップ」
思い出した様にリアはゲーム機能の1つであるマップを開こうとする。
ゲームの基本だ。
未開拓地に足を踏み入れたらまずはマップを開き、そこから少しでも情報を得て今後の動きを決める判断材料とするのが吉、とリアはこれまでの長いゲーム経験から学んでいた。
「え、あれ、マップが開かない。さっきまで開けてた気がするけど、転移の不具合かしら?」
彼女自身の長いオンラインゲーム経験の中、生み出された格言。
Gがつく黒い生物を1匹見たら、数百匹はいると思え。
全身黒一色の大きな丸い耳をした世界的愛されキャラクターの動物を見掛けたら、10匹はいると思え。
そして、———不具合を見つけたら、また新たな不具合があると思え。
歴史的格言である——彼女の中では——それらがリアの脳裏によぎると慣れた操作を行い、突如現れた空間に腕を潜り込ませる。
「インベントリは・・・・うん、全部ある。 マップ機能だけ不具合が起きたのかしら」
結論付けようとするリアは「あっ」と声をあげ、慌てた様にチャット機能を操作する。
見るのはもちろん、彼女が一番大事な関係、クランメンバーログである。
「ログは・・・・・・・、—— え」
リアの目の前に現れたログはいつもの青透明な電子ボードではなく、真っ黒に染まった何も映し出さない板だった。
これが自分の知っているログなのか、半信半疑になりながらも黒い板を触りどうにか機能するように試みるが。
「嘘でしょ・・・・、なんで」
いくら触っても無反応なそれに埒が明かないと現実で彼女らに聞く方へシフトするリア。
チャットシステムを閉じ、別の操作でログアウトボタンを押す。
「・・・・あれ、おかしいわ」
本来であれば視界が遠のいていき、現実の世界に戻るのに数秒もかからない筈。
何度も押すが反応を見せないソレ、次第にありえないこととわかりながらも徐々に最悪の事態、不可思議ともいえるソレの可能性を想像してしまう。
「あっ————」
ソレについて想像してしまったからか、それともわかってしまったからか、理解してしまったからか。
無意識に心の中で認めてしまった瞬間、カチリッとどこかスイッチが切り替わったような感覚を直感的に味わった気がした。
(なんで気づかなかったのかしら。 HPバーもMPバーも視界から消えてて、なのに自分の感覚の中にはしっかりと認識できてる。 HPもMPも、習得スキルだって、それらのクールタイムから効果範囲、出力だってはっきりとわかる。 まるで全部、最初から私のものだったみたいに)
聞いたことのない機能に自身が情報リサーチを怠ったのかと、ダメ元でGMコールを試してみるが返ってきたのは予想通りの答え。
まるで、根底からひっくり返ったような感覚を味わうことになる。
グラグラと視界が揺れ、思考や思想が崩れていくような感覚に自身が立っているのか倒れているのかすらわからなくなり、このまま意識が途切れるのかと思った瞬間。
ピタリと視界が落ち着き、思考に曇り一つないクリアな状態で自身が立っていることを認識する。
何かが変わった、そう思えたリアだったが何が変わったのかは自分ではわからなかった。
だが、どうしてあそこまで慌てていたのかと自分でも不思議に思える程、今ではこの状況を冷静に客観視できてしまう自分がいることを自覚していた。
(でも・・・・)
その要因はすぐに思い浮かんだ。
例え"そうなった”としても、彼女たちがいればいいとすら思えた。
しかし現実は無情にもそれらを引き裂いたのだった。
彼女たちとの連絡手段が途絶え、例え一時の遮断だとしてもリアは関係そのものな断ち切られたような感覚に苛まれることとなる。
———まるで、全てがなかったことのように。
全てが夢だったんじゃないか、たかがゲームそう思われるかもしれないが何かが変わってしまったと思えるリアにとってもそれ程までに、かけがえのない思い出だったのだ。
大事だからこそ手放したくない。
なにか他に方法はないかと思考を巡らせ、やがて一つの結論に至る。
(『次なる世界』それを了承したらこうなった。 アレは私だけに送られたもの? それとも達成したPTメンバー全員に送られたのかしら)
希望的観測であるものの絶対にないとは思えなかった、だがあまりにも自分の都合の良い考えに自虐の意味を含んだ失笑が漏れ出てしまう。
ゲームの世界に閉じ込められるなんて、そんな荒唐無稽なことが実際に起きているのだ。
落ち込む気持ちが、視線を地面へと向けた。
視界に入ってくるのは現実の白金色の髪ではなく、本来の理亜の髪とは正反対の銀色の髪。
ゲーム内時間で5年と長く見続けてきた慣れ親しんだ髪色。
「あれ、こんな色だったかしら。 それに手触りも」
見慣れた筈の髪はどこか違和感を覚え、触れた感触も何かが違う。
それは良い意味であり、白く透き通るような髪色は暗闇でありながら、微かな月明りに反射してキラキラと光沢を纏っているみたいだ。
試しに触れてみると、どこか作り物っぽさを感じた髪質は軽くそれでいてサラサラと手触りの良い感触。
(アップデートが入った——って、そんなわけない。 それなりに鈍い私でも流石に気づくよ。 まだ勘違いしてた、この状況はゲームの世界に閉じ込められたんじゃなく、ゲームのような世界に自キャラとして生まれたということだろう。 どうしてそれが普通に思えるのか、前の私なら笑い飛ばしていたのに・・・・・前の私?)
「だとしたら、———んっ?」
他に変わった部分はないかと周囲を見渡し、自身の身の回りの事も確かめていると。
そよ風に運ばれてきたソレは、リアの嗅覚にどこか甘美でいて興味がそそられる匂いを運んでくるのだった。
甘く華やかなどこか優雅さを感じるフローラルな香り、それはリアの好みを絶妙についており、食欲と性欲を同時に掻き立てられるような濃厚で濃密な匂い。
しばらく、この香りを味わっていたい。
「ん、いい匂いがする」
そう思えるほどに風に運ばれてくる香りが気に入ったリアだったが、次いで鼻腔に届いた臭いに思わず眉を顰めた。
どこか動物臭く、瞬間的であったとはいえツンッと鼻を突くような臭い。
これが血の匂いだということは薄々理解しているリア。
そしてそんな匂いが突然広がるということは、そう遠くない場所で誰かが負傷したということに他ならない。
「方角は・・・・、あっちかしら」
何気なく歩を進め森を歩き、草木をかき分けた視線の先にはゲーム内では見た事のない別荘のような建物。
もしくは、規模が小さい城に見えなくもない建造物が見えた。
それはそれなりに距離があるのにも関わらず、一度認識してしまえば探していた場所がそこであるとわかる。
およそ光と呼べるものは遥か天高くに佇む月明りのみであったが、夜の暗闇の中で閃光が幾度も飛び交う古城に興味が湧いた。
「イベントの予感がするわね」
リアは何気なく片手を見つめ、数回ほど握りは開いてを繰り返すと、何かを確認したかのように頷き、古城へ向けて走りだしたのだった。
百合ないけど百合は最高です
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