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二人の吸血鬼(レーテver)

前話のタイトルで察した方も多いと思います。

レーテver!


よろしくお願い致します。



 主人であるアイリスから離れ、明らかに本邸へと向かっている一行を視界に収める。



 数は4人。

 各々に武器を持ち、急ぎ足で駆け出していることから使用人、なんてことはないだろう。


 しかし、絶対にとは言い切れずもしかしたら使用人の可能性もあるのではないか、と自分自身が使用人であり戦闘を多少嗜んでいることから、可能性の1つとして思考するレーテ。



 (ですが、全員が冒険者の証としての(Aランク)の入った腕輪を付けているのだからそれはないですね。 前衛の戦士と斥候のシーフ、全体の補助と火力を補う魔法士にサポートの修道女、バランスの取れたPTですね。 ――では、はじめましょう)



 冒険者PTが本邸の入口に差し掛かり、それなりの広い通りを駆け抜けようとしたところでレーテは飛び降りる。


 着地と同時に微かに踵からコトンッと音を鳴らし、ローブをはためかせながらPTの眼前へと舞い降りたレーテ。



 冒険者PTは突如として立ちふさがった侍女服の上からローブを羽織った人物に、隠そうともしない警戒を露わにしてその動きを止めた。



 「申し訳ございません。 ここから先はお通りすることができませんのでお引き取りください」



 レーテは淡々と要件だけを伝え、いつものように丁寧な所作でお辞儀をする。


 だが、それは形だけのものであって、彼らがここで引くとは微塵も思っていない。

 これはただのレーテの流儀であり、これといって特に意味はない。


 強いて言えば、忠告しても聞き入れてもらなかったという免罪符のようなものだろうか。



 案の定、冒険者達は動きは止めたが帰る様子は見せない。

 ただ事態が呑み込めないのか、唖然と立ち尽くしながらもやがて先頭に立った、腰に剣を下げ盾を持った戦士の男が口を開く。



 「あんた・・・・何者だ?」

 「ここの侍女じゃ、ありませんよね?」


 半信半疑でありながら、どこか確信めいた視線を向けてくる戦士風の男と修道服を着た女。


 「はい、私の主人はここの商会長ではありません。 私はとある御方の眷族であり、また強いて言えばとある御方の・・・・愛玩動物(ペット)でしょうか」


 「・・・・は?」



 レーテはそれなりに自信のある解答をしたつもりが、返ってきたのはどこか間の抜けたような返事。

 声の出所である杖を持った魔法士へと、何かおかしなことを言っただろうかと視線を向ける。


 アイリス様は主人、では先日から行動にお供させていただいている吸血鬼の頂点、始祖であるリア様はどうか。


 一介の中位吸血鬼である自分とリア様の関係を客観的、また事実として考え導き出した答え。


 それは血を差し出す肉袋。

 ただ、少しだけ可愛がられている自覚がある為、ほんの少し話に脚色してペットではないかという結論に至ったレーテ。



 しかし残念ながらこの感覚を共有するには彼らとあまりにも価値観が違ったようだ。


 事実をありのままに――少し都合のいい解釈もあるが――話し聞かせただけなのに、向けられる4つの視線には同じものが含まれていた。


 それは、『恐怖』だろう。

 理解ができない相手への、わからないことへの恐怖。


 明らかに警戒心を高めた様子で臨戦態勢に入った冒険者たち、パッと見ではわからないレベルの巧妙に隠された戦闘の意志。



 (どこに危険を感じたのか知りませんが、すぐに仕掛ければいいものを・・・・。 彼らが正規のギルド員だからか、もしくは余程のお人好しだからでしょうか。 まあ、いいでしょう。 まずは薄汚い聖職者(ゴミ)から処理しましょう)



 【闇黒魔法】――闇の(とばり)



 レーテが魔法を発動すると、彼女を中心に途端に広がりだす漆黒の闇。

 それは冒険者PTとレーテを包み込むが、状況をいち早く理解した修道女は対抗魔法の【閃光魔法】を短縮詠唱で返した。


 発動と同時に辺りには優しくも眩い光が広がり出し、目を開いていても問題ない閃光が周囲の闇を凄まじい速度で次々と浄化していく。


 帳が効いていたのは全体で僅か5秒ほど、発動と同時に瞬時に対抗魔法を返せたのは一重に彼女が高いレベル位置する冒険者だということに他ならなかった。


 闇が広がると同時に視界がない中、後衛の守りへと完璧な立ち位置で動いた戦士の男も流石といえるでしょう。



 (まずは一人。 ――『急所ノ一撃』)



 照らされた光景の先、冒険者たちの眼前にレーテの姿はなかった。


 僅か数秒、帳を発動した瞬間から駆け出しており、光の明けた頃には修道女の背後へと回り込みその手に持ったシンプルな造りの短剣にて首を刎ねるレーテ。


 視界の端に戦士の男がこちらへ向かって駆け出していたのが見えたが、途端に速度が鈍り必死に伸ばしたその腕はあと一歩という距離で届かなかった。



 「マリー! くそっ、くそぉぉぉぉ!!!」


 「この野郎っ!! よくも、マリーをぉぉ!!」



 仲間を一人失ったことで激昂しだす冒険者達。

 その顔は今にも崩れ落ちそうなほどに悲しみに溢れていたが、向ける瞳には憎しみを宿らせていた。


 それらを特になんとも思ってない様子で見つめるレーテ、そんなことよりも忌々しい聖職者の首が刎ねれたことで僅かに口角を上げてみせる。


 視界が明けたことによって魔法士から人一人呑み込めそうなほどの火球が放たれるが、それを難なくと後ろに飛び跳ねることによって回避するレーテ。


 続けざまに今度は斥候の男から緑色の液体が付着したナイフを十数本投擲されるが、空中でそれらを1本残らず撃ち落とす。


 (毒付き短剣ですか。 いただいたところで効果はありませんが、私は【鮮血魔法】が得意ではないのであまりメリットがないですね)


 短剣を払いのける上で姿勢が不安定になったことを感じ、宙でふわりっと受け身をとって地面へと足をつける。

 すると今度は着地と同時に待ち構えていた戦士が眼前で剣を振り上げており、短剣を使って刃渡りを滑らせるように距離を詰める。


 (次から次へと・・・・、Aランクは伊達じゃないということですか)


 短剣の小回りの効きやすさを活かし、長接近戦にて戦士の首を刈り取ろうとするも、男は負けじと剣を構えやがて剣戟を繰り広げることになる。


 甲高い音が一振りする毎に鳴り響き、刃渡りから絶え間なく飛び散る火花はその剣戟の激しさを物語っている。



 「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 「・・・・・」



 交えた状態によってその音を高くも低くも変える短剣と長剣。

 リーチの差は圧倒的でありながら押し負けることなく、優れた動体視力と身のこなしによって着々と手傷を追わせていくレーテ。



 だが相手は一人じゃない。

 遠目に魔法士が詠唱を口ずさんでいる姿を目にし、割り込んでくる斥候の当たると思われた斬撃を寸でのところで躱す。


 (今のは、少し危なかったですね)



 「くそっ、なんでっ――」


 「さっきからっ、・・・・ここは、なんなんだっ!」



 1対2で剣戟を繰り広げる中、レーテはどこからともなく抜き放った長剣を手にしており、長剣と逆手に持つ短剣の二刀流にて斬撃をいなし特に表情を変えることもなく淡々とした作業のように確実に切り傷を増やしていく。


 そんなレーテと打ち合っている中、戦士風の男と斥候の男は苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべ、その額には隠しきれない程の汗がにじみ出していた。



 「くっ、――『闘争の雄叫(ウォークライ)』」



 (――っ、これは)



 剣戟の最中、一呼吸挟むように僅かに一歩下がった戦士の男。

 途端に打ち合っていた斥候が耳を塞いだのを目にした次の瞬間。


 レーテの耳に聞くに堪えない絶叫が響き渡ると数秒後には世界に静寂が広がり、体の運動機能を瞬間的に停止させるのだった。



 (体がっ、これは・・・硬直(スタン)スキル――っ)



 手足が一秒間微動だにしない中、果てしなく長いと感じる一秒後体の自由が戻る。

 だが、既に魔法士から放たれた【火炎魔法】が眼前まで迫っており、回避は間に合わないと踏むレーテ。



 「これでっ、終わりなさい!」



 最初の火球とは火力や規模、込められた魔力量からして恐らく中位魔法の最高量。

 その実態は馬車や一軒家くらいだったら容易に破壊しつくせる規模の小型隕石だった。


 それは着弾と同時に空気が破裂したような爆音と軽度な地震を鳴り響かせ、周囲へ熱風と衝撃波を吹き荒らした。



 僅かに残る熱気とパチパチと鳴りやまない小規模爆発の音。

 一見、薄めに見えるのは抉られた大地と整備された地面の粉々になった破壊屑だけ。


 やがて見えてくる土煙の中、視界が広く物音に敏感な斥候の男がいち早く気づき、魔法士へと駆け出すが足元の何もない(・・・・)障害物によって足がもつれる。



 「ぐっ! ・・・・くそっ、ネイト! 逃げろぉぉ!!」



 斥候の男の言葉に魔法士も遅ればせながらにして、自分に向けて接近してくる黒い影に気づき即席の【火系統魔法】で迎撃しようと腕を振るうが――



 「素晴らしい魔法、ありがとうございました。 お代は貴方の命でよろしいでしょうか?」



 駆けながらレーテは隙を与えないよう連続して短剣を投擲し、その正確で一寸の狂いもない狙い澄ました遠距離投擲によって魔法の発動は制止させられる。



 「あっ、くっ、・・・・がはっ。 このっ」



 ネイトと呼ばれた魔法士の身体には痛々しくも投擲された短剣が突き刺さっており、腕・肩・足と衣服越しに被弾した部分には多分に血を含ませ衣服を赤く染め上げていた。



 「漸く二人目です。 はぁ・・・・」



 レーテが投げた短剣によって体勢が回避困難まで傾いた魔法士。

 攻撃を防ごうとする腕を直剣にて両断し、露わになった首を一切の抵抗もなく綺麗に斬り飛ばす。



 短剣と長剣をまるで別の生き物のように扱い、その身のこなしと無駄のない舞うように振るうソレは、戦闘の場面でなければ見惚れるレベルに美しく昇華されている。


 だが、この場にいる残った二人の相手は仲間を同時に二人も殺されたことにより、その顔を憎しみと憤怒で溢れだしていた。



 「お前・・・・お前ぇぇぇ!!」


 「やるぞ、カインッ!!」



 そうして真正面から挑んでくる二人。

 同時に攻撃すれば、私をやれると思っているのでしょうか?


 並列に足並み揃えて攻勢にでた二人だったが途端に斥候が地面に躓き、横目にそれを見ていた戦士の男が確認するかのようにレーテを視線を向ける。



 「っ! そうか【無属性魔法】かっ!」



 その瞳は怒りで震わせながらも真っすぐにレーテを捉えている。

 答えを求められてると感じたレーテは隠すことなく、素直に返答を返した。



 「ご明察です。 ですが・・・遅すぎますよ」


 「っこの野郎!」



 レーテが得意としている魔法は2つ。

 【闇黒魔法】と【無属性魔法】どちらも攻撃的な魔法ではなく、どちらかといえば特殊枠に入る魔法。

 【闇黒魔法】は感覚器官に直接影響(デバフ)を及ぼす効果が多く、【無属性魔法】は使用者によってその性質を変える。


 レーテの【無属性魔法】は特定範囲に透明な壁を精製するといった特性。

 一見優秀な性能に見える魔法だが、耐久度は脆く、指定範囲は掌サイズと扱いが難しい魔法。

 故に、彼女はその魔法を攻撃には使わず、相手の妨害を常に並列詠唱にて行い戦闘を有利に進めていたのだ。



 激昂し駆け出す戦士の男の足元へ『壁』を作る。



 「っ! くそ、――『ストライクスマッシュ』!!」



 極小の壁に躓き、上体を前のめりになりながらもスキルによって急加速し、剣を振り下ろしてくる男。

 レーテはメイド服のスカートの中から短剣を取り出し、短剣を投擲。



 「当たるかっ! マリーとネイト、あいつらの仇っ!」



 急接近してくる戦士の男は身体を捻り、短剣を回避するとその手に持った直剣を勢いよく振り下ろした。


 投擲した構えから体勢を戻して回避するには少し時間が足りない、スキルを使って回避するにしても再使用時間(クールタイム)まで僅かに残っている。



 (あまりこの手は使いたくありませんでしたが、仕方ありません)



 剣が振り下ろされ、レーテから鮮血な血が飛び散ると地面を小範囲で赤く染めあげ、遅れてボトッというどこか抜けた音がその場に響き渡る。


 「っ、浅いか!」


 「仇であれば、・・・・もう一人いらっしゃるのではありませんか?」



 レーテを殺しきれずに腕を斬り飛ばした後、続けざまに剣を構え、その動きを止める男。

 何を言っているのかわからない、そう言いたげな表情で荒げていた息は呼吸を止めたように静まり、徐々にその首は振り返る。



 レーテはその間攻撃することはせず、斬り飛ばされた腕を拾いあげると丁寧に切断面に押し付けた。

 するとみるみるうちに傷は塞がり始め、斥候の首に短剣が突き刺さり、横たわっている姿を見た男は目を見開き感情の乗っていない表情で呟いた。



 「吸血鬼、か」



 (そろそろ終わらせないとアイリス様から小言を言われてしまいますね。 それにリア様の大事な闇ギルド初のクエスト、私が足を引っ張るわけには。 早急に、事を終える必要があります)



 絶望、というにはまだ感情が残っているように思える相手。

 しかし確実に戦意は削げており【無属性魔法】に徐々に適応してきているのは厄介だが、次で終わると確信するレーテ。



 「差し違えてでも、お前を倒す」


 「さようでございますか、ご健闘をお祈りしております」


 接合された腕の掌を明けて閉じてを数度繰り返し、完治までまだ掛かると判断したレーテは片腕をないものとして考えることにする。



 詰めてくるルートを予測し、進行阻害になる位置に『壁』をつくる。

 だが、男はまるで壁の位置が見えているかのように躱しながら距離を詰め、息つく暇もないほどに壁と投擲の連続攻撃を気力と執念だけで搔い潜り抜ける。


 しかしそれでも完璧に抜けることはレーテが許さず、発動させる位置の修正、質の改良、魔力量を調整し徐々に迫る進行速度を遅延させていく。



 「くっ、何本・・・・持ってやがるんだ。 ・・・・はぁ、はぁ」


 「気にされなくて結構ですよ。 これで――」



 何本目になるかわからない短剣を盾で弾き、肩で息をする男に初めてレーテが一目でわかる微笑みを浮かべた。


 「――終わりますから」


 もし、この場にリアが居たら戦闘そっちのけでレーテは拉致される可能性もあったが、そんなやばい吸血鬼この場には居なかった。


 空に向けて翳す掌、そこには【闇黒魔法】で作り出した巨大な黒い渦巻き。

 騎士が扱うランスを彷彿とさせるような形状のそれは、幾つもの帯が一点に集束していくような流れを創っており、それを見た戦士の男は目を見開き肩の力が抜ける。



 「主人と尊き御方を迎えに行かなければならないので、これにて終幕とさせていただきます」



 短剣と壁の猛攻により既に満身創痍な上、固有能力(アーツ)やスキルも使用限界に達していた。


 そんな男に無慈悲にも放たれる漆黒のランス。


 レーテの翳した手から放たれるそれは、まるで吸い寄せられるように男の構えた盾へと衝突し、刹那の間も耐えることなくバキバキとした音を響かせ粉々に砕け散らせる。

 しかし、勢いはそこだけに留まらず男の鎧までも貫通せしめると、勢いあまらせ本邸の壁へと爆発音のような凄まじい音を響かせながら突き刺さるのだった。



 「いけません、・・・・早く迎えにあがらなければ」



 そう呟くレーテは何の感情も見えない顔を作り、その場に残った4つの死体には目もくれずに踵を返したのだった。

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