始祖、ギルドデビュー
テーブルに置かれた2つの物。
グレイはそれらの説明をそれなりに簡潔にわかりやすく話し始めた。
最初に黒いオカリナについて。
これはアビスゲートギルドメンバーの証明として扱われているようで、決められた吹き方によって《証明》《連絡》《警戒》《緊急》の主に4つの扱い方で使われているらしい。
聞いてる限りその中でも使うのは精々2つだけで、他は要らないように思える。
次に灰色の布。厚みがそれなりにあると思ったがどうやら全身を覆い隠せる灰色ローブが三着。
曰く、私達の容姿が目立ちすぎるそうだ。
白髪系の髪に紅い瞳は吸血鬼の代表的な特徴。
特に、紅い瞳は世間知らずか余程の馬鹿でもない限りほとんど気づかれるらしい。
(あぁ、そういえばそんな設定があった気がする。 キャラクリ時から赤い目に設定してたし、進化してく毎に深みが増していってたけど慣れすぎてて忘れてたな)
面倒毎を引く寄せるのはリアとしても本意じゃない。
容姿のせいで数えきれない程の面倒毎を引き寄せ、この世界に来てからも既に何度も経験済みだ。
自身の容姿は気に入ってるが彼の提案は聞きいれるべきかもしれない、寧ろなんで最初からしてなかったのか自分でもよくわからない。
まだ感じたことはないが、大戦で魔族が負け、未だ抵抗しているものの各地で魔族狩りが行われているのなら尚更必要なのかもしれない。
「貴方の提案は受け入れるわ。 でも、これは要らない、自分で用意するから」
そう言って渡されたローブをつき返し、代わりにインベントリから3枚の黒のローブを取り出す。
ゲーム中、あまり使うことはなかったがクエストなどで必需品だったこともあり、それなりにストックを余らせていた。
装備効果などは一切ない、強いて言えば覆ってる部分を隠せる。 つまりただの布である。
そしてもう一つ。
「お姉さま、何をなさって――」
「っ、これは・・・・・・・驚きましたね」
ローブの他に取り出した物を着用し、顔を上げると目の前に座るグレイだけは変化に気づいて思わずといった様子で呟く。
後ろに立つ二人は何のことかわからず困惑の雰囲気が感じられた。
私は申し訳ない気持ちと湧き上がる微かな照れくささに若干の笑みを浮かべながら振り返った。
「ごめんなさい、貴方たちにも渡せればよかったんだけど、1つしかなくて」
「まぁ! お姉さまっ、・・・・なんて美しいんですの」
「瞳の色が・・・・蒼色に、不思議ですね」
リアが着用したのはゲームで見た目アクセサリーいわゆるアバターの一種として実装された装備。
イベント限定アイテム《カラーコンタクト・水》
アイテム名通り、瞳の色を水色、碧眼に変えることのできる代物だ。
部屋に立てかけてある姿見を横目にちらりと見つめ、自身の瞳の色がルビーの様に紅い瞳から正反対のブルーサファイアの瞳に変化してることに以前の自分を思い出す。
(あれ、・・・・んん? 本来の私の色と同じ筈なのに、どうしてだろう違和感が凄いわ)
リアが内心で違和感の原因を考えていると、そんなことを知らないグレイは問題が一つ解決したと満足げに頷くと話を続けだす。
「その容姿であれば貴方を吸血鬼と思う人は居ないでしょう。 あとのお二人は、人類圏で活動するなら極力容姿を露わにしないことを強くおすすめします」
後ろの二人に対して話しているが二人からは反応のようなものが感じられない。
いや、微かにレーテは頭を下げるような仕草が感じられたが、アイリスは話を聞いていないのか無視してるのか、恐らく後者ではあるが無反応を貫いていた。
グレイはそんな二人の反応にさして気にする様子もなく「ああ、それと――」とリアに視線を戻し問うてくる。
「皆さんへの依頼について検討する上でお聞きしますが種族上、夜の活動がメインになるとは思いますが念のため、日中の日光は大丈夫なのですか?」
言葉通りの意味もあるだろうが、恐らく情報収集もかねて聞いてることはわかってが、特に隠す必要もないことなのでリアは淡々と答えた。
「私を含め、この子達の日光下での活動は問題ないわ」
「そ・・・・そうですか。 ―― え、は?」
想像してた回答と違ったのか、まるで知っておきたいことを知れたものの、知りえた情報が想像の正反対だったような反応で口元を引きつらせるグレイ。
知りたがったから教えてあげたのに・・・・何よその反応。
これを機に弱点でも知りたかったのかしら? それともただの興味本位?
答えを聞けて満足するかと思いきや徐々に首が垂れ俯く姿勢になると、今度は独り言のように「デイウォーカーが3人? ははっ・・・・笑えますね」と呟く声が聴こえた気がしたが聞かなかったことにした。
(太陽下で活動できる吸血鬼なんて珍しくないと思うのだけど、この世界じゃ違うのかしら? まあ強みが幾つか消えてしまうけど活動自体なら、全ての吸血鬼ができるのに)
俯いてボソボソ呟くグレイ。
時間にして数十秒ではあったものの、顔を上げると何事もなかったような態度で立ち上がると部屋の最奥にある彼の机と思える引き出しから数枚の紙を持って再びソファへと座る。
「まずは能力を見せてもらいます。 本来であれば個人の特性にあったものをお願いしますが、貴方がたであれば変に制限があるものより、こういったものの方がいいでしょう」
差し出された紙を手に取り内容に目を通し、何気ないことに今更になって気づく。
(ああ、字は日本語なんだね。 異世界ならてっきり読めない物を渡されると思ったのに・・・・。なるほど、確かに単純でわかりやすい依頼だ)
渡された依頼、それらは一言でいうと『暗殺依頼』だ。
依頼対象を見ればどういった層が依頼してきてるのかは、素人な私でも想像できるくらいには欲にまみれていた。
1枚2枚、と全ての紙に目を通していったが全てそういった内容。
悪事に加担する形になるが、以前の理亜であれば何かしら感じたのかもしれないがリアとしては特に何か感じるものはない。
強いてあげるのだとすれば『欲にまみれた依頼主気持ち悪い』くらいのもので、続けていけば因果応報、いずれ回りまわって私がやれる機会がくるかもしれない。
その時のことを想像し、隠しきれない笑みが漏れ出てしまう。
「ええ、こういったものの方がやりやすいわ。 終えたらまたここにくればいいのかしら?」
「はい、お願いします。 それらの順番はお任せしますのでお好きなように」
話は終わったと立ち上がるリアにレーテが両手を差し出してくる。
最初は理解が追い付かなかったが、彼女の視線が手に持った紙へと向けられたことで理解する。
紙の束をレーテに渡し、部屋を退出する。
帰り道の長い通路を足装備に付いたミドルヒールのコツコツとした音が鳴り響く中、手に持った黒オーブを羽織りながら、リアは思い出したように二人へ振り向いた。
「この程度の用事ならあなた達まで連れてくる必要なかったわね。 ごめんなさい、宿で待ってもらうべきだったわ。 退屈だったでしょう?」
転生して価値観や思想に劇的な変化がおきたリアではあったが、自身が好いた相手や好意をもった相手には変わらず以前のような理亜が顔を出す。
そんなリアの内面など知る由もないアイリスとレーテ。
吸血鬼は完全な種族社会であり、下位の者からしてみれば上位の者は文字通り上の存在。
異議を申し立てるものなら始末されても当たり前という考えがあった。
故に、普段の彼女であれば問題ないが、理亜のあり方は未だに慣れないものがあるのもまた事実。
種族の頂点に加え原点でもある始祖の言動に対して酷く狼狽えた様子のアイリスは声を裏返らせながらも必死に想いを口にした。
「そ、そんなことないですわっ!? っお、お姉さまが動かれてるのに私達が動かないなど、ありえないです! 次からは私にお任せください! お姉さまは最高級の宿にてごゆっくりお寛ぎいただければ―――・・・・お姉さま?」
「ふふ、アイリスは可愛いなぁ。 もっと聞いてたいけど・・・・はぁ」
良い気分の中、変なのを見てしまったような、面倒な気配を感じて歩きながらも思わずため息が出てしまった。
グレイのギルマス部屋から酒場までそれなりに長い通路を歩いてきた。
その間、アイリスの声がこれだけ響いていながらも通路には闇ギルドメンバーの一人も顔を見せず通りかかる事もなかった。
目の前に見える酒場への扉。 その先からは数えるのも面倒に思えるほどの人の気配。
「私が掃除してもよろしいですか」
扉まで数歩のとこでレーテが淡々と殺戮の許可を求めてくる。
「うーん、発案者はグレイなのかしら? まぁ聞いてみればわかるか」
最初からリア達を仕留める為に準備したのだとしたら残念ながらグレイの評価を数段下げざるを得ない。
この世界に転移して、可愛いアイリスにセクハラまがいな虐めをしていた賢者の爺。
LV50、60そこらの人間が大賢者などともてはやされてる世界でLV20,30の烏合の衆を組んだとして、どうやって100超えの自分を倒すというのか。
(昨日あれだけの
扉を開けた瞬間、魔法や矢、符、ブレスの一斉攻撃により対応を余儀なくされる――なんてことはなく、扉を開くまで微かに聞こえていた喧噪は開くと同時にしんとした空間に変貌するだけだった。
扇状に開けたリア達の場所を除き、酒場は出口周辺以外全て闇ギルドのメンバーらしき輩達で埋まっている。
「これはなんの集まりかしら」
返答を期待しての言葉ではなく、眼前に起きているイベントらしきものに思わず呟いてしまっただけのことだったが。
その言葉に反応を示したのは一番最前列にいる大柄な男だった。
「お前がミストをやったっていう女か?」
「ミスト・・・・?」
リアは聞かれた対象が素直にわからず首を傾げただけだったが、質問を問いかけた男にはそう可愛くは映らなかったようだ。
余裕があるからこその態度。
しかし逆にそれがわざとらしい態度を作り、フードごしに女が首を傾げたのがわかったのだろう。
「答える気はねえってことか、そんならっ――」
腰に差した獲物を錆びついた音を鳴らしながら抜き、大柄な男はリアを視界にとらえる。
その態度から
だが、どうやら輩達の中にもまともな者はいるみたいだ。
突如として輩達がどよめきだすと、その後方からかき分けるように亀裂をつくって勢いよく飛び出してくる男。
「おい、ガイル! 本気でやるつもりかっ!?」
「邪魔すんな、オリバー。 こいつらがなんだってんだ。 ただの女3人だろうがっ!」
ガイルと呼ばれた大柄な男は肩を掴み制止する割り込んできた男に目も向けずにリアを睨み続ける。
「マスターからも手を出すなと言われてただろ! 冷静になれっ!」
「はっ、こんな見てくれだけの女が危険だぁ? 本当にこんな奴らにミストが殺されたってのか!?」
マスターという言葉が割り込んできた男の口から出てきたことにより、冷めるどころかこのまま無視して出ていこうかと思っていたリアの興味が僅かにそそられる。
(お? っということは、やっぱりグレイの指示ではなかったのね。 でも言い争いなら他所でやってほしいわぁ)
横目にチラリと視線を隣へと移す。
そこには並んで寄り添ってくれていたアイリスが一歩前に出て、そのまま手を前方に翳すのが見える。
(もう知~らない)
成り行きを見ていようと思い、傍観していると流石に輩たちもアイリスが魔法を行使しようとしてることに気づき、一斉に武器を抜き放つとあらゆる手段で阻止しようと動き出す。
最前列からは僅か数歩で手の届く距離でありながら、それよりもアイリスの魔法詠唱速度の方が圧倒的に速かった。
「虫如きが・・・・誰の道を塞いでるの? 【氷結魔法】――氷晶吹雪」
アイリスの後ろに私とレーテがいる以上、もはや彼女に加減なんてものは存在しない。
詠唱の完了と同時に密閉空間である酒場全体に広がる目を覆いたくなるほどの極小の氷柱の吹雪。
それはアイリスの完璧な制御によって後方に立つ私やレーテには、僅かにひんやりした空気だけを残して確実に標的だけ効果を発揮した。
「うぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!」
「がぁぁぁぁ、俺の腕が、腕がぁぁぁ!!」
「お、おいっ! 生きてるか!? クソッ、ど真ん中にっ」
「・・・・はぁはぁ、ぐっ・・・・がはっ」
これだけの人数密集していれば前の人間を肉壁にして軽傷で済む者もいるだろう。
だが被害は決して軽いものではなかった。
最前列に居た者達は全身到るところに氷柱が突き刺さり、肉壁に守られて軽傷なものでも当たり所が悪く絶命した者。
酒場一帯を白に染め上げる中、反対に床一面を赤一色へと変貌させる。
その光景は美しくもあるが――夥しい数の雑音によって阿鼻叫喚と化した。
目の前の光景にリアはただ酒場を出ることだけを考えており、顔を顰めてしまう程臭い血の匂いにたまらず袖で鼻を覆う。
そんな中、酒場外からこちらに向かってくる気配を感知し、場所は扉のすぐ近く。
扉が勢いよく開けられる音が後方から聞こえてきた。
「なにごとですかっ!」
血相を変え部屋に入ってきたグレイはすぐさま酒場全体の状況を把握する為視線を走らせた。
氷柱に串刺しの輩たち、天井、床、そして最後に3人の吸血鬼へと視線をとめる。
「もういいわ、行きましょう」
グレイは何か言いたそうに私に目を向け、この惨状をつくったのは別であると看破したのか隣のアイリスへと視線を移し何かを言いたそうに僅かに口元をひくつかせた。
なので説明を追求される前にさっさと出ることに決めた。
面倒ごとには・・・・既に巻き込まれたような気もするが、それ以上にまた面倒なことを説明するのもまた面倒だった。
そんなことよりもリアは部屋を出たかった。
耐えれない臭いではなくても、居続けたい場所ではない。
リア達は惨事によりできた道を通り、酒場を後にしたのだった。
百合は最高です。
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