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第七十六話 素体との戦い

「ふぅ……」


 何とか間に合った。

 あと一瞬、素体をワープさせるのが遅ければ……この辺り一帯はブレスで焦土——いや、溶岩地帯になってしまっていたことだろう。


 このまま「ワープ」から素体が出てくれば結局そうなってしまうので、「帰還時体勢調整」を使い、帰ってきた素体の口は鉛直上向きとなるよう調整しておく。


 近くに人は……幸いにも、真下に三人だけのようだ。

 ……ん、あの剣はNSOで見覚えがあるな。

 なるほど、このホーリードラゴンを素体とは知らず、討伐しに来ていたか。


「無事ですか皆さん」


「君は……一体……?」


 上空から降りていくと、彼らはキョトンとした顔でこちらに視線を向けた。


「ドラゴンは一旦異空間送りにしましたが、いずれ戻ってきます。できるだけ早く逃げてください」


「え……あのドラゴンが消えたのって、君が……?」


「はい。時間がないので急いでください」


「……わ、分かった」


 パーティーのうち、大剣使いはそう言うと、剣をマジックバッグにしまって逃げる準備に入ってくれた。

 が……そこで魔法系戦闘職と思われる女が、こんな反論をしだす。


「この子が助けてくれたのは分かったけど……こんな十五歳くらいの子を一人だけ置いて私たちは逃げだすの? せめて私たちも、支援すべきなんじゃ……」


 ……気遣いはありがたいが、近くにいた場合崩壊粒子砲の余波から守れるは定かではないので、離れてくれた方がありがたいんだよな。

 それ言って分かってくれるかな……。

「心置きなく逃げられるようにするための優しい嘘」などと深読みされると面倒だぞ。


 ……一か八か、あれ言ってみるか。

 この街の人間ならそれで分かってくれるかもしれない。


「申し遅れましたが、あの洞窟の未探索領域を発見したのは俺です。周囲にかなりの余波が出る特殊な兵器でドラゴンを倒すので、できれば離れてほしいです」


「な……あれ君なのか!?」


 それを聞くと……大剣使いの目の色が変わった。


「聞いたか、俺たちはむしろ彼の戦闘の邪魔になる。ここは彼のためにも逃げるべきだ」


「確かに、あの洞窟の発見者なら……」


 洞窟の話を出したのは大正解だったらしく、彼らは逃げることに納得してくれた。


「「「武運を祈る(わ)」」」


 彼らはそう言い残し、去っていった。


 とりあえず、これで戦いには集中できるな。

 素体が異空間から帰ってくるまでは、あと三秒くらいか。


 彼らにはああ言ったものの……そもそも崩壊粒子砲の発砲地点も、ここじゃちょっと街に近すぎる気がするんだよな。

 真上に向けて撃てば街にそこまで被害は出ないだろうが、それでも強風で何軒かの屋根が飛ぶくらいの余波は行くだろう。


 そうだな。あの戦法でいくか。


 NSOで一時期流行った戦法の一つに、「ワープはめ」というものがある。

「ワープ」から戻ってきた敵に矢継ぎ早に次の「ワープ」をかけることで、敵を連続的に異空間に放り込んだまま何もさせない戦法のことだ。


 これなんだが……「帰還時体勢調整」のアップグレードを解放している者の場合、敵の座標自体のある程度動かせるため、「ワープはめ」で敵をどんどん遠くに追いやることが一応可能なのだ。


 街とは正反対の方向に、多少素体を運ぶか。


「ワープ」「ワープ」「ワープ」……


 しばらく俺は「ワープはめ」で、素体を何キロか移動させた。


 街までの距離がさっきまでの倍くらいになったところで、俺は本格的な戦闘に入ることに決めた。

 次の「ワープ」はさせないので、ようやく素体はブレスを放つことになるわけだが……上空に向けて吐かせるとはいえ、素体のブレスって、たぶん余熱で人が焦げるくらいの熱量があるんだよな。


 というわけで、ここらで一回目の「国士無双」だ。


「国士無双」


 無敵状態に入った直後……素体はこの世界に戻ってきて、真上に向かってブレスを吐いた。

 それにより、周囲の地面は赤熱し、半径一キロ圏内に生えている木々は真っ赤に燃え盛り始める。


 直接ブレスが当たってなくてこれだもんな。

 やはり「国士無双」を事前に発動していなければ、俺は今頃消し炭になっていただろう。


「クロノクラッシャー」


 ブレスが終わると、俺は素体に停止妨害魔法をかけた。

 それにより、素体はピクリとも動かなくなる。


 実は……やろうと思えば、素体にブレスを撃たせることなく即刻「クロノクラッシャー」で停止してやることもできたんだがな。

 ある理由から、あえて俺はそうはしなかった。

 それは、トライコアを持たない素体がブレスを撃つと、その分心臓に過負荷がかかり、素体が弱くなるから。

 防御に回せる力も目減りするため、その分こちらの攻撃も通りやすくなるのだ。


 少しでも仕留めれる確率を上げたいから、こういう方針にしたわけだ。

 まあそのせいで周囲に被害が及んでしまってはいるのだが、どうせ崩壊粒子砲を撃てばこれくらいの影響は出るので、誤差の範囲と言えるだろう。


「クロノクラッシャー」で敵が動けなくなっている間に、崩壊粒子砲を充填しながら、素体の真下に回り込む。

 崩壊粒子砲も、真上に向けて撃たないと、今の周囲の状況がかわいく見えるくらいの大惨事になってしまうからな。


 充填完了すると……仰向けの体勢で寝そべったまま、引き金を引いて発射する。

 一瞬にして、視界はホワイトアウトした。

 銃の反動により、俺の身体は十メートルほど地面にめり込んでいく。


「爆砕」


 地面を吹き飛ばして外に出ると、辺りは見渡す限りの更地となっていた。


 周囲には何もいない。

 素体の討伐に成功したか、はたまた吹き飛ばされただけで、「クロノクラッシャー」の効果時間終了と共に逃げられたのか。


 ありがたいことに、ノービスには簡単に確認する方法が一つある。


「ステータスオープン」


 スキルポイントを確認すると、434560となっていた。

 戦闘前と比べて、302000ポイントの増加だ。


 あんな強さの魔物を倒したにしては獲得スキルポイントが少なすぎる気がしなくもないが……まあ「調教昏睡」による強化分は、スキルポイントには含まれないんだろうな。

 通常のホーリードラゴンを討伐した際に手に入るスキルポイントは300000なので、素体の討伐に成功した証だと見ていいだろう。

 ちなみに端数の2000は……まあなんか上空を飛んでた魔物でも巻き込んでしまったんだろうな。


 などと考察していると、ドスンと音がして空から何か落ちてきた。

 見ると、ところどころ骨すら露出している、無残なホーリードラゴンの姿が。


 ……崩壊粒子砲をくらって原型を留めているなんて、本当にデタラメな頑丈さだな。


 俺はその死体を収納し、基地に戻る前に、エルシュタットの冒険者ギルドに一旦軽く報告を入れることに決めた。

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