第七十五話 とある上位冒険者一向
ジェイドたちが一度基地を退出したのと、時を同じくして。
エルシュタットの冒険者ギルドでは……一組の冒険者パーティーが、受付で今日の活動場所を決めようとしていた。
「先日発見されたという、例の洞窟の新領域に行きたいんだが」
「はい、分かりました! 申請許可します」
「ああ、ありがとう」
「ランク的には規定を満たしてても、内心許可を出したくないパーティーとかもあるんですがね……。その点ドラゴンスレイヤーさんは、特に心配もせず安心して送り出せます!」
受付嬢からも篤く信頼されているこのパーティーの名は、ドラゴンスレイヤー。
名に恥じず過去には実際にドラゴンを討伐したこともある、界隈では有名な実力者パーティーだ。
そんなパーティーは今日、ジェイドが見つけた洞窟の新領域に挑もうとしていたのだが……その時、異変は起きた。
「それでは行ってらっしゃいまs——な、なんでしょう!?」
突如として、巨大な地響きが発生したのだ。
「な……この気配は一体!?」
それだけでなく、索敵能力もあるドラゴンスレイヤーのメンバーたちは、かつて感じたことのない強力な魔物の気配までもを感じ取った。
何より彼らが驚きを隠せなかったのは……こんな巨大な反応が、何の前触れもなく現れたことだ。
強力な魔物の気配は、通常の魔物より遠くからでも感じ取れる。
それ故、冒険者が強力な魔物の気配を感じることがあるとすれば、それは大抵「とんでもなく遠くの反応がだんだん近づいてくる」という形になるのだ。
だがこの魔物は……いるなら絶対ヒシヒシと気配を感じるような場所に、ポンと反応が湧いて出た。
まるでそれまで、完全に気配を殺していたとでもいうように。
「ど、どうされました……!?」
「近くに得体の知れない魔物の反応が出た。それもとんでもなく強力だ。距離的には……標的になれば、この街も危ないかもしれない」
「そんな!?」
ドラゴンスレイヤーの報告に、受付嬢のみならず、ギルド全体に緊張が走る。
「すみません……やっぱりちょっと、そちらの調査を頼んでいいですか?」
「もちろんだ。あんなのが出て、洞窟を優先してなんかいられねえ」
受付嬢の頼みで、彼らは発生源の調査をすることとなった。
彼らは即座にギルドを後にし、現場に直行した。
◇
「マジかよ……」
現場に着くと……彼らはそこに鎮座している魔物を見て、絶句してしまった。
「こんなのがずっと、誰にも気づかれず眠ってたってのかよ……」
彼らが目にしたのは、ホーリードラゴン。
ドラゴンは自然界における圧倒的な強者なので、基本的に気配を隠して行動したりすることはない。
眠っている時ですら、その圧倒的な存在感から、遠くからでも気配が感じ取れるものなのだ。
一体どんな状態にあったらそのドラゴンが、今まで完全に気配を消しているなんて状況が発生するのか。
彼らには、皆目見当もつかなかった。
「どうする?」
「倒すしかねえだろ。ここから街まで5キロしかねえんだ。適当に暴れられたら場合、運が悪いと街が壊される」
話し合いの末、彼らはホーリードラゴンを倒すことにした。
実力が十分でないパーティーの場合であれば、街の近くにドラゴンがいるような状況では、刺激しないようそっとしておくのが定石だ。
だが彼らの場合、過去にドラゴンを倒した実績もあるし、その時の名残で、装備には様々な対竜特攻のための効果が付与されている。
そういった場合だと、むしろドラゴンに「適当に暴れられて被害を出される』ことを避けるべく、討伐を選択肢に入れることとなる。
彼らの判断は、経験と常識に裏付けられた当然の決定だった。
「じゃあまず私から行くわ。アンチドラゴン・ストーンブレット」
「俺もだ。アンチドラゴン・ウィンドアロー」
このパーティーの戦術は、「まず魔導士と弓使いががドラゴンの一か所に集中的に攻撃を当てて頑丈な皮膚を脆くし、そこから大剣使いが剣を突き入れ、急所にダメージを与えて決着をつける」というもの。
一度攻撃したのと同じ個所を集中的に狙える高度なコントロール力を有するからこそ使える、実行さえできれば理論上対竜で最も合理的な戦術だ。
彼女らが狙うのは、ドラゴンの逆鱗。
他の箇所より脆く、痛覚が鈍く、首筋にある。
敵を油断させたまま急所を脆くするのにこれ以上ない好条件な部位だ。
が……今回は、何やら様子がおかしかった。
「変ね……もう何十発も撃ち込んでいるのに、逆鱗の一部が欠ける気配すらないわ」
「あんな脆い箇所に、これだけの攻撃が全く通用しないなんてことがあるか?」
通常のドラゴン狩りだと15発前後の集中攻撃で完全に剥がれ落ちるはずの逆鱗が、40発正確に攻撃を当ててなお、ビクともしないのだ。
「この竜、本当に倒せるのかしら……?」
「見た目にダメージがないだけで、実際はもうボロボロかもしれねえ。行くぞ!」
魔導士が不思議がる中、大剣の男はそう言って逆鱗を刺しにいく。
が……そこで最悪の事態が起こった。
「え……ちょ……」
一応彼は、逆鱗の付け根の比較的に柔らかい部分を正確に突いたのだが……それでも彼の大剣が折れてしまったのだ。
「何してるのよ!」
「すまん、まさかこんなことに……だが替えはある」
とはいえ、彼らとてリスクヘッジなくしてここまで生き残ってきたわけではない。
彼はマジックバッグから、前の剣と同じ付与効果のある大剣をとりだした。
——その直後。
彼らに悪寒が走った。
「伏せろ!」
大剣使いの一言で、全員地面に伏せる。
次の瞬間、ホーリードラゴンは心ここにあらずといった雰囲気で尻尾を振り上げ、頭を掻いた。
そしてその直後……あり得ない光景が、彼らの目の前に広がった。
尻尾を振った衝撃波で、向こう一キロメートルあたりまで生えている木々が、全部根本から折れたのだ。
「な、なんだよあの反則的な生物……!」
ドラゴンの尻尾は強力で、一薙ぎするだけでも森の見た目をガラリと変えてしまうことくらいはよくある。
ドラゴンが本気で尻尾を振り回すと、衝撃波だけであたりがメチャクチャになるくらいは、よくあることだ。
が……戦闘中でもない、頭を掻くという日常動作だけで、あんな巨大な衝撃波を起こすドラゴンなどかつていただろうか。
「あれ、今まで倒してきたのとは根本的に格が違いすぎないかしら……?」
と同時に……彼らはこのドラゴンに対し、強さに対するものとは少し違う妙な不気味さも感じていた。
「あのドラゴン……なんか意識が朦朧としている気がしねえか?」
そう、それはまるで寝起きのような。
ドラゴンの雰囲気が、寝ぼけて全く頭が動いていないような感じに見えるのだ。
「危なっかしいったらありゃしねえ」
寝ぼけているドラゴンなど、もはや天災と同じだ。
しかも日常動作に破壊力が伴うとなれば、何の気なしに街の方に近づかれるだけで、街はもう一巻の終わりだ。
そっとしとくという選択肢を与えてくれない理不尽な存在を前に、彼らはただどう出るか窺い続けるしかできなくなっていた。
が——しばらくすると、タイムリミットが来た。
「キエエェェェェッ!」
ドラゴンは完全に覚醒すると……この世の終わりのような叫び声をあげ、その声だけで上空にいたさまざまな魔物を失神させ、地面に落とした。
ドラゴンは……まずは鋭い目で、ドラゴンスレイヤーの面々を睨んできた。
まるでさっき攻撃されたことへの怒りが、遅れてやってきたかのようにだ。
「お……終わりだ……」
ドラゴンがブレスを吐こうと口を開く頃には、彼らの目からは絶望の涙が溢れだした。
——と、そんな時。
ドラゴンは、突如として謎の異空間に吸い込まれていった。