第七十一話 緊急事態発覚
開きっぱなしとなっている出入口を通過して、基地の内部へと入る。
そこから俺がまず目指したのは、先ほど油圧制御遠隔操作装置を破壊しに行った事務室だ。
理由は、あの部屋の様子を少し怪しいと感じたから。
事務室というと、基地の中核をなす重要な場所のはずだが……そこに常駐構成員が一人もいないというのは、却って不自然な気がしたのだ。
もしかしたら、あそこは見せかけの事務室で、実は奥に本当に重要な場所とかがあるのかもしれない。
いや、油圧制御遠隔操作装置があった時点で、あそこも重要な場所であるにはあるのだが……それよりもっと大事なものが、あるかもしれないと思ったのだ。
事務室に着くと、俺は部屋の内部の様子を入念に見てまわった。
壁の音を叩いて確認してみたり、魔道具や机をどかして床に何か隠れてないかさがしてみたり。
考え付くありとあらゆる方法で、俺は部屋の内部を調査した。
5分ほど、特に手がかりがつかめないでいたのだが……しばらくすると、目の前で突如不思議な現象が起きた。
机の上においてあったパンと水の入ったコップが、いきなりその場から消えたのだ。
不思議に思い、机の上をよく見てみると、そこには注視してようやくうっすら見える程度に魔法陣が刻まれていた。
この魔法陣は……短距離用物体転送装置か。
これで水と食料を転送するとは、一体どういうことか。
考えた末、俺はある一つの結論に至った。
それは、「この基地には出入口のない部屋があり、そこに常駐する構成員を生かすために、このような方法で生活必需品が転送されている」ということだ。
下手したら刑務所より劣悪な、完全に人権を無視した労働環境だが、この組織ならそんな人員の使い方すらもやりかねない。
こんな方法で出入りを制限する部屋が、重要な場所でないはずがない。
俺はその部屋を探すことに決めた。
この転送装置の転送可能限界距離は、せいぜい20メートルだ。
その範囲内に、出入りの方法が全く分からない部屋があれば、それが該当場所と言えるだろう。
「サーチ」の反応を気にしつつ、事務室から20メートル以内の場所を行ったり来たりしていると……人の反応はあるのに、そこに辿り着く方法がない地点が一か所存在するのが分かった。
そこがさっきのパンと水の転送先に違いない。
「爆砕」
俺は「爆砕」で注意深く壁を削っていき、その部屋を目指した。
何度目かの「爆砕」の発動で、開けた空間に繋がった。
人一人くらいが入れる穴を開けつつ、その空間に入る。
その部屋には、何台もの巨大なモニターが立ち並んでいた。
部屋の奥では、小太りの中年の男が一人モニターに向かって椅子に座っている。
「やれやれ、俺の命ももうここまでか」
椅子をクルリと回して立ち上がりつつ、男はそう呟いた。
「本部の命令を無視したからな。仮にお前を殺せても、せいぜい数日の延命にしかならねえし」
ため息がちに、男は意味深な言葉を続ける。
「ま、それでもこれだけ基地を荒らした糞ヤロウの絶望を最後に拝めるとあっちゃ、悪くはねえか」
男はそう言って、俺に視線を向けた。
俺の……絶望?
捨て台詞とも捉えられるが、こんな部屋にいる奴の言うことだ。
何か重要なメッセージが隠れていないとも限らない。
「何を言っている?」
いきなり戦わず、情報を得ることを優先した方が良い。
そう直感した俺は、男に質問を投げかけた。
「ま、そうあせりなさんな」
すると……男はそんなことを言いながら、コップの水を優雅に急須に移し替えだした。
確信はないが、時間稼ぎでもしたいかのように見える。
「言うことがあるなら早く言えよ」
ディバインアローの剣を向けて語気を強めつつ、俺は男に話を迫った。
「せっかちさんだなあ。……まあしょうがない。早くしないと自白強要魔法なんかで余計なことまで喋らされちまいそうだから、端的に言うか」
再度ため息をつきながら、男はそんなことをのたまう。
「『素体』は調教昏睡から解いたぜ」
続けて彼が放った一言は——今が最悪の事態が起こる一歩手前であるということを意味していた。