第六十九話 トライコアと手術室
「死ねえぇぇぇぇぇい!」
「紅の鬼神化」を遂げた敵は、猛スピードでこちらに突っ込んでくる。
それに対し、俺は顎を若干引いてヘッドバットをかました。
すると……頭突き同士が激突したからか、相手の首から上が霧散して消えた。
「紅の鬼神化」はパワーや頑丈さも上げるが、それ以上にスピードを圧倒的に増強するからな。
無敵状態の俺と正面衝突してしまったことで、その膨大な運動エネルギーによって、自らが玉砕してしまったというわけだ。
自分の技の威力が仇となったってことだな。
その絵面は相当なものだったらしく……他のトライコア常駐構成員たちは、唖然としたまま固まってしまった。
あまりにも隙だらけなその様相は、俺からすればこれとないチャンスだ。
三度「三日月刃」を振るうと、そいつらは反応する間もなく皆絶命してしまった。
先ほどの対多人数戦からすると、あまりにもあっけない戦いだ。
無双ゲージはまだ三割くらいしか消費していない。
「国士無双」、自分の意思で途中解除して、無双ゲージをセーブすることができたらな……。
そんなないものねだりをしつつ、俺は部屋全体を見渡す。
部屋の中央には、NSOで見たトライコアとほぼ同じ形の物体がドンと鎮座している。
おそらくあとは生贄が必要なだけで、ガワまでは完成していたのだろう。
「なんかヤバそうな変異をした敵が出てきたと思ったら……」
「目にも止まらぬ速さで瞬殺されちゃったわね……」
考察をしていると、扉付近で遠慮がちに待っていた幻諜の三人は、そんなことを口にしつつ部屋の中に入ってきた。
「あのデッカイのが……トライコアか?」
「そうですね」
「あれ……大爆発したりとかしないよな?」
トライコアの実物を見て、不安げなメギル。
「大丈夫ですよ。その心配は絶対に要りません」
そもそもトライコアはあくまで心臓にすぎないので、これ自体が大爆発するようなことはない。
それに生贄調達途上であった以上、まだエネルギーも充填されていないのだ。
なのでもし仮に完成品のトライコアが暴発するとマズい代物であったとしても、目の前のコレがそうなることは絶対にあり得ない。
とりあえず証拠品なのだし、回収しておこう。
俺はトライコアを「ストレージ」に収納した。
が……これだけ持ち帰っても、何の機関に持ち込んでも多分サッパリ訳が分からないよな。
せめて、設計図でもあればいいのだが。
しばらく俺は、関連書類を探して部屋の中を見て回ることにした。
すると……しばらく部屋の壁をトントンと叩いていると、一か所だけ音が違う場所を発見できた。
軽く押してみるとそこはからくり仕掛けになっていて、壁の一部が反転して中から金庫が出てきた。
施錠はされているが、指紋認証魔道具によるもののようだ。
試しに「紅の鬼神化」を使った奴の指を魔道具に当ててみると、無事解錠することができた。
この資料が強引に盗まれる状況って、ここの常駐構成員が既にやられている状況のはずだし……その場合こうして解錠できてしまうので、そもそもこの鍵はセキュリティ的に意味を成していると言えるのだろうか。
心の中でツッコみつつ蓋を開けてみると、中からはお目当てのものが出てきた。
暗号で書かれてでもいるのか文字は全く読めないが、図解の様子からして設計図であることは間違いないだろう。
「それ……なんて書いてあるの?」
「10ページくらいまでがガワの作り方の説明、そこから5ページほど儀式の説明、最後は注意事項みたいな感じですかね?」
「あ、まさかと思ったけどやっぱりこれも読めてしまうのね」
……いや、読めないが。
NSOの公式設定集と図を見比べた感じ、そんなとこじゃないかなーと予測しただけだ。
まあその辺説明するとややこしくなるので、敢えて訂正はしないが。
とりあえずしまって次にいこう。
俺は設計図も「ストレージ」にしまうと、トライコア製作所を後にし、別の設備を探し始めた。
◇
次に見つかったのは、手術室だった。
本来であればここでリドルを国王の顔に整形するつもりだったのだろう。
その証拠に、手術室にはこれでもかというくらい大量の国王の顔に関する資料が置いてあった。
様々な角度からみた国王の顔や耳や鼻などのパーツの詳細図、果ては骨格の予想図まで。
リドルの顔に大量の赤ペンが入った画像も併せて見つかったので、手術までの打ち合わせは既に何度も終えていたのだと窺える。
心なしか、リドルの顔の添削画像を見つけた時の幻諜の三人の表情はどことなく寂しそうだった。
いくら特殊な訓練を積んだ部隊とはいえ、こうもはっきりとした元同僚の裏切りの証拠が出てくると少しはメンタルに来るものがあるということだろうか。
あっちなみに手術室に常駐していた「永久不滅の高収入」の構成員はあっさりと倒せた。
ここの連中は全員が「紅の鬼神化」を習得していたようだが、ヘッドバット一撃で粉砕できる奴が三人になろうと大して変わりはない。
それでもそいつらのせいで、無双ゲージはもう一回消費する羽目になってしまった。
無双結晶含め無双ゲージを完全に使い果たしてしまったので、これ以上常駐構成員がいる部屋を連続しては襲撃はできないな。
「すみません、一旦出たいのですが……」
「どうしてだ?」
「無双ゲージ——あの金色に光って敵を一掃するための力を使い果たしてしまったので、一旦補充したいんです」
「なるほど……確かに今までアレに頼りっぱなしだったからな。よし分かった、ジェイド君がそう言うならそうしよう」
こうして俺たちは、一旦基地の外に出ることが決まった。
途中通り道に事務室みたいなところがあったが、そこに常駐構成員はいないみたいだった。
せっかくなので、油圧制御魔道具はオフにした上で、制御魔道具遠隔操作装置を破壊させてもらった。
入った時、内側から出る時は備え付けのボタンで油圧制御の一時解除が可能なのは確認できていたのだが……これをやっとけば再突入の際もドアがロック解除されっぱなしなるのでラッキーだ。
他には、通りすがりにUFOのような形をした浮遊移動魔道具も二台ほど発見できたので、ありがたく頂戴しておいた。
これは「永久不滅の高収入」の構成員が基地間移動をする際などに使う高高度高速移動装置で、並大抵のドラゴンなら追いつけないほどの移動速度を出すことができる。
NSOの設定資料で操縦の仕方は分かってるので、必要があれば遠慮なく使わせていただくとしよう。
そこからは、隠し通路を一個通るとすぐに基地の出入口の目の前だった。
油圧制御が効いておらず簡単に開く扉を開け、俺たちは基地の外に出た。