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第六十六話 陽動作戦

 中に入ると、「サーチ」に大量の反応が映り込んだ。

 前の拠点同様、この基地も全体に魔法干渉阻害が敷かれてたのだろう。

 内部に入ることで、外からは気づけなかった全貌が見えるようになったわけだ。


 数メートル先には、最初の分岐点がある。


「こっちです」


 どちらの分岐に進むかを、俺は迷わず断言した。


「なぜなの? まさか……中の地図を完全に把握しているの?」


「いえ。なのでまずは歩き回って地形を把握しようかと。右には通路を歩いている人がいるので、とりあえず鉢合わせないように左に行きましょうというだけです」


「なるほどね……」


 進路決定の理由をナーシャが聞いてきたので、俺はありのままに「サーチ」に映っていた状況を説明する。

 それを聞いて、ナーシャは納得したが……今度はメギルから、こんなツッコミが飛んできた。


「いや、なるほどじゃないだろ。右に敵がいるって、どうして分かるんだ? 俺には全く感付けなかったが……ナーシャとザクロスもそうだろう」


「「た、確かに……」」


 メギルの発言を聞いて、ナーシャとザクロスの納得したような一言がシンクロする。

 いや、「確かに」じゃないだろう。


「普通にサーチに映ってるんですが……」


「「「え……?」」」


 右の通路の通行人に気づいた理由を話すと、三人ともキョトンとしてしまった。


「キミのサーチ……敵の反応があるのか?」


「はい。よほど特殊な隠蔽がされてない限り、ほぼ全員探知できているはずです」


「いや、特殊な隠蔽なら敵の方はガッツリしてきてるはずなんだが。僕たちの『サーチ』には何の反応もないぞ?」


「そうなんですか?」


「……な、なるほどな。どうりでリドルの謀略に気づけたわけだ」


 ため息がちによく分からない納得の仕方をするメギル。

 しばらく沈黙が続いたが、今度は彼は思い立ったようにこんなことを聞いてきた。


「というか……もしかしてだけど。キミ、このマントの隠密効果越しにボクたちを探知できたりするのか?」


 ……俺が着ていない状況でってことか。


「ええ、一応ギリギリ」


「なんてこった……」


 その一言を最後に、もう誰も話さなくなった。


「あ、今度の分岐は右です」


 しばらくの間、俺が進行方向を示しては、三人とも頷いてついてくるという状況が続く。

 そうして、敵を避け続けながらの基地探索が続いていった。



 ◇



「な、なあキミ」


 30分ほど歩き回っていると……メギルが俺の肩を叩いた。


「ここ通るの、もう二度目じゃないか?」


 どうやらメギルは、おなじところを二度通っていることに気づいたようだ。

 彼の言う通り、今俺たちが進んでいる通路を通るのは、これで二周目だ。


「敵を避け続けるのはいいが……そればかりにこだわっていると、逆に非効率なんじゃないか?」


 遠慮がちに、彼はそう提案する。

 メギルはおそらく、場合によっては敵と対峙しつつも、新しい場所を優先的に回ったほうがいいと言いたいのだろう。


 もちろん、それは一理ある。

 だが俺はとある理由から、今はどんなに回り道することになってでも、敵を避け続けることに徹しているのだ。


 その理由とは——。


「確かに探索のことを思えば、ある程度は戦いながら進んだほうが効率は良いでしょう。ですが今は別の目的から逃げ回ることに徹しています」


「別の目的?」


「はい。敵は既に、俺たちが侵入者だと感づいています。そして俺たちを追う者は、次から次へと増えています。せっかくなので……最大限敵を惹きつけて、一網打尽にしようかと」


 ——そう。俺たちは既に追われる身となっているのだ。


 確かに扉を開けてもらう時は、俺たちは永久不滅の高収入の構成員のふりをして入った。

 だから仮にマントの隠密効果を貫通して存在に気づく者がいたとしても、その人に敵と認識されることはなかったのだ。


 だが……おそらく、他の構成員に徹底して会わないようにする移動経路に、誰かが疑問を持ったのだろう。

 途中から、様子見程度に後をつけてこようとする人が出てき始めた。

 それでも最初の方はそこまで疑われてはいなかったからか、追いかけてくる者は少数だった。


 だがある時点から本格的に疑われだしたのか、敵の動きが変わった。

 まるで連携を取っているかのように、基地内の至るところの敵が、俺たちの方に向かってくるよう移動しだしたのだ。


 それでも尚、この基地の通路は入り組んでたり隠しルートがあったりするため、俺たちはなんとか敵と鉢合わせずに進んでこれた。


 とはいえそれが通用するのも時間の問題で、今や敵は隠しルートをほとんど塞ぐほどの勢いで数が増えている。

 逃げ続けられるのも、あと5分がいいとこだろう。

 だがもちろん俺は、無計画にこの状況を作ったわけではない。

 いっそのこと向かってくる奴を最大限増やした上で殲滅する作戦でいこうと思い、逃げ続けてきたのである。


「国士無双」は使用回数に限りがあるからな。

「使わないと倒せないが、使えば10秒で倒せる」といったレベルの敵にいちいちタイマンで挑むのは非常に効率が悪いのだ。

 だから俺としては、そういった有象無象は全員一気に相手できるほうがありがたい。

 期せずしてその状況が作れそうになった以上、乗ろうと決めたというわけだ。


 だが……メギルは震える声でこう呟いた。


「敵が大勢……? そ、それって……」


 心なしか若干顔が青ざめているように見える。


「俺たち、袋のネズミじゃないッスか?」


「それは流石に無謀だわ……」


 ザクロスとナーシャもそれに続く。


 ……あれ、なんで怯えてるんだろう。

 仮にも尋問の直後に普通に飯が喉を通るメンタルの持ち主だったよな?


「いや、何とかなると思いますよ」


 とりあえず俺は全員を落ち着かせるべくそう言った。


 これは嘘ではない。

 仮に倒せなさそうな奴が混じってたところで、最悪仲間全員にクロロホルムを吸わせて「ストレージ」にしまい、ラムダガンで基地を壊せばいいのだ。


「クロロホルム」は前世では発がん性物質だったが、NSOでは慢性毒性を一切持たない設定の物質だしな。

 というかこの世界では「ヒール」やポーションが癌に効くので、癌という概念が存在しないのだ。

 だからそこは躊躇しなくていい。


 ま、それはあくまで最終手段だし、基本使う気はないが。


「何とかなるってそんな簡単に……」


「……あ、そんなこと言ってる間にも」


 などと会話をしていると、前方から5人ほどの敵が現れた。


「見かけねえ顔だな。何者だおめえら!」


 その声が通路に響き渡ると同時に、後ろや隠しルートに繋がっている天井、床などから続々と敵が出てくる。

 総勢は、ざっと数えるだけでも100人は超えそうな勢いだ。


「お、終わった……」

「この数は流石に無理っすよ……」

「こんな絶望的な状況、幻諜に配属になってから初めてだわ……」


 状況を見て、腰が抜けたかのようにへたり込む三人。

 いやせめて、全員倒しきるまで自衛くらいはしてほしいんだが。


 ざっと見た感じ、タイマンで苦戦しそうな奴はいなさそうだし……「国士無双」は一回で足りるとみていいだろうな。


「国士無双」


 などと考えつつ、俺は奥義を発動した。


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