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第三十一話 罠の処理

 塀沿いに少し歩いていると……俺たちは、中に入るための門を見つけることができた。

 早速、ゼインは門を開けようとしたが……。


「すみません、ちょっと待ってください」


 俺はそう言って、突入しようとするところを引き留めた。



 実は……「永久不滅の高収入」の拠点の塀は、ただの見かけだおしでしかない。

 門自体もある程度の力持ちが押せば開いてしまうし、何なら門など無視して、結界を足場に塀を飛び越えることさえ可能なのだ。

 だが……そうやって侵入すると、地獄のような罠が待ち受けている。


 というのも、「永久不滅の高収入」は、各拠点に番犬としてケルベロスを配置しているのだ。

 このケルベロスは、正式構成員同様儀式によって違法強化されているだけでなく、「永久不滅の高収入」に忠実に動くよう本能を改造(リプログラム)されている。


「永久不滅の高収入」の構成員、或いは彼らが用意した特製の香水をつけた者以外が塀の中に侵入すると、侵入者はたちまち違法強化ケルベロスによって殺されてしまう。

 ハッキリ言って、初見殺しのようなものだ。

 それを避けるためには、入る前に下準備をしておく必要があるのだ。


 倒すことが可能か不可能かでいえば、不可能とは言えないのだが……そのためにはせっかく溜めてきたゲージを消費し「国士無双」を発動する必要があるので、ここは倒さない方針で突破するつもりだ。


「ちょっと待てって……何でだ?」


「中には番犬がいます。……普通に入ると全員即死させられてしまうので、ちょっと下準備だけさせてください」


「番犬? そんなのがいるとは思えないが……まあジェイドの実績を思えば、素直に従うだけの価値はあるか」


 内部の状況を説明すると、ゼインは不思議な顔をしながらも納得してくれた。


 ちなみに他の人が番犬の存在に気づけていないのは、「永久不滅の高収入」の拠点には高度な魔法干渉阻害がかけられているからだ。

 番犬の存在を「サーチ」で探知しようと思えば、「ステルスサーチ」の+値が100くらい必要になってしまう。


 俺とてNSOの知識で番犬の存在を知っているだけで、番犬を「サーチ」できているわけではないし……他のメンバーにもステルスサーチ+100相当の探知能力を持っている人は存在しないだろう。

 だから、誰も気づかないのはある意味当然なのだ。


 そんな中、待つという判断をしてくれたゼインには、正直感謝しかないな。


「すぐ戻ってきます」


 俺はそう言い残し、塀沿いに100メートルほど走った。


 ゼインたちが、米粒サイズに見えるくらいのなったところで……俺は結界を足場に塀と同じ高さまで移動した。

 そして、昨晩ジーナに作ってもらった「エリアメナス」を発動し、起動してから塀の中に投げ込んだ。


 ここが、魔物の気を逸らさせて通過する最初の地点というわけだ。

 この拠点の魔法干渉阻害は、外部から内部に魔法を放つと弾き返してくるが……魔法を発動している物理的存在を投げ込む分には、特段何もしてこない。

 なので俺が投げた「エリアメナス」は、何の問題もなく塀の向こう側に落ちていった。


 すると数秒後、投げ込まれた「エリアメナス」の威嚇魔力が届いたのか……中からはドタドタと走るような音が聞こえてくる。

 番犬の違法強化ケルベロスが「エリアメナス」のある場所まで走ってくる音で、間違いないだろう。


 これで、下準備は完了だ。

 この状態でなら、俺たちが門をくぐっても、違法強化ケルベロスは「エリアメナス」に気を取られて俺たちを襲ってこない。

 ちゃんと効果を発揮したのが確認できたので、俺はゼインたちが待つ場所に戻っていった。


「何かが走っているような音が聞こえたが、まさか……」


 戻ってみると、ゼインたちも内部で何かが起こったのは聞こえていたようだ。


「入ってみれば分かります。……もう大丈夫なので、突入しましょう」


「分かった」


 そして俺たちは、ゼインを筆頭に、門を開けて突入した。



 中に入り、エリアメナスが落下したであろう方向に目を向けると……確かにそこには、地面(に落ちているエリアメナス)を睨みつける三つ首の巨大犬の姿が。

 そして魔法干渉阻害の内側に入り込んだことにより、「サーチ」にも、強烈な反応が映るようになった。


「「「な……!」」」


 と同時に……各パーティーから一人づつ計三人が、驚いたように声をあげる。


「あ、あんな凶悪な魔物がいたなんて……」

「塀を超えるまでは、1ミリたりとも『サーチ』に反応なんてありませんでしたのに。ミシェリルさんも、気づきませんでした?」

「いや、俺もさすがに……。この塀、気配を絶つ効果でもあるんですかね……」


 どうやらその三人は、各パーティーの索敵役のようだった。

 ミシェリルと呼ばれた、ベテルギウス改の索敵役は、塀に何かあることまでは感づいたようだが……残念ながら、原理は予想と真逆だな。


「ミシェリルといえば、普通は探知できない魔物でも探知してしまう天才として有名なのだが……彼さえ気づけなかった番犬の存在に気づくとはな。ジェイド、お前索敵も天才なのか?」


「……」


 ゼインは唸るようにそう言ってきたが、俺はそれに対し何て言えばいいか分からなかった。


 俺は知識として番犬の存在を知っていただけで、「ステルスサーチ」の+値が100を超えているわけではないからな。

 もしかしたら、ミシェリルの探知能力の+値換算の方が高いってことも、十分あり得るだろう。


 とはいえ、「知ってただけです」とかいうと、それはそれで話をややこしくしてしまう。


「あと……結局お前はいったい、どういう細工をしてきたんだ?」


「単に『エリアメナス』を起動して投げ込んできただけですよ。そうすればあの犬、『エリアメナス』に夢中でこっちを無視してきますから」


 迷っていたが、ゼインが続けて別の質問をしてきたので、俺はそっちにだけ答えることにした。


「『エリアメナス』……。使い勝手の悪い魔道具とばかり思っていたが、そんな活用方法があったとは……」


 すると今度は、話を聞いていた「ベテルギウス改」のリーダーが、そう言って舌を巻く。


「とにかく、ここから先は慎重に進んだ方が良さそうだ。ジェイドが気づいてくれたから助かったものの、あの番犬に襲われていれば一巻の終わりだったからな。各々、細心の注意を怠るなよ」


 最後は、ゼインがそう言って全体の気を引き締めた。

 そして俺たちは、構成員が集まっている区画を探すべく、奥へと進んでいく。


「……起動」


「何だそれは。二重の番犬対策か?」


 魔法干渉阻害に邪魔されないところまで来たので、そろそろ「エリアナイザー」で広範囲術式崩壊をばら撒こうと思い、魔道具を起動していると……ゼインがそう聞いてきた。


「……まあ、そんなとこです」


 儀式が行われていたとしたらそれを止めておく、なんて言ってもなんのこっちゃ分からないだろうしな。

 そういうことにしておこう。



 ◇



 10分ほど奥に歩き続けると……そこそこでかい街の聖堂くらいはありそうな、デカい建築物が見えてきた。

 そしてその建物の前では、一人の男が佇んでいた。


「止まれ。何者だ」


 男は俺たちに気づくと、目の前に立ちはだかってそう凄む。


「次元投薬——フッ化水素酸」


 塀の前の時もそうだったが……今回の拠点制圧戦では、敵にエンカウントしたらまず初手でザージスが次元投薬を放つ作戦になっている。

 ザージスはその作戦通り、相手の話は聞かず次元投薬で先制攻撃した。


「……いや、何も言わなくていい。今ので敵対者だってのは分かった。それで十分だ」


 だが……男は次元投薬をくらっても全く動じず、ただ冷静にそう言った。

 かと思うと……次の瞬間、彼は不敵な笑みを浮かべる。


「残念だったな。毒は効かない」


 彼は出鼻を挫いてやったと言わんばかりに、嘲笑交じりにそう続けた。



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