第二十三話 ステルスな魔物
一時間後。
俺は更に、追加で4体のメタルライノを討伐することができた。
平均だと一体あたり20分のペースなのを考えると……今のところ、エンカウント率はかなり良い方だ。
偶然なのか、それともこの街には対メタル戦が得意な人が少ないからなのかは分からないが……何にせよ、ありがたいことに変わりはない。
できれば後者のような、何らかの事情があって、NSOの時よりも魔物の密度が高いって状況だと嬉しいのだが。
そんなことを考えつつ、俺は倒したばかりのメタルライノを「ストレージ」にしまってから、ここらで更にスキルを微強化することにした。
とはいえ……今からやろうと思っているのは、いつものような+値強化ではない。
今から俺がやるのは、スキルの性質に変化を加えるような強化方法だ。
「アップグレードコード4556-1 『低下無効貫通』取得」
まず俺が強化することにしたのは、「フォースリダクション」だ。
敵の攻撃力を下げるこのスキルだが……実は一部、効かない相手がいる。
それは、「攻撃力低下無効」という特性を持った魔物たちだ。
そういった魔物には、通常の「フォースリダクション」をかけても、全く攻撃力が下がらない。
そんな魔物たち相手に「フォースリダクション」を通用するようにさせるのが、今回取得したアップグレード、「低下無効貫通」というわけだ。
メタル系の魔物にも一部、「攻撃力低下無効」の特性を持った魔物はいる。
今後もしそういった相手にエンカウントした際、問題なく倒せるよう、今のうちからこのアップグレードを取得することにしたのである。
ちなみにこのアップグレードは、一度すればあらゆる攻撃力低下無効を貫通できるようになるため、+値強化という概念がない。
その代わり、取得の時点でスキルポイントを10000消費した。
これでスキルポイントは、残り11110。
このポイントを使って強化する予定のスキルは、もう決まっている。
「アップグレードコード1111-1 『ステルスサーチ』取得、強化×2」
次に俺は、「サーチ」のスキルを強化することにした。
この「ステルスサーチ」は、通常だと「サーチ」に映らないような魔物をも探知できるようにするアップグレードだ。
メタル系の魔物にも、一部「サーチ」が効かない魔物が存在する。
そしてそのような魔物は、ほぼ例外なく「サーチ」が効く魔物に比べ、一体倒すごとに手に入れられるスキルポイントが段違いに多い。
このアップグレードは、取得に2000ポイント、強化には3000、4000……と、スキルポイントを結構食ってしまうのだが……一体でも「サーチ」に引っ掛からない魔物が見つかれば簡単に元を取れるので、今強化しておいて損はないだろう。
+値も2までしか上げられないが……メタル系の魔物は隠形能力が高いわけではなく、単純に金属で覆われている関係で探知しづらいというだけだからな。
あまり高い+値は要求されないので、とりあえずはこれでいい。
……強化も済んだことだし、早速使ってみるか。
「サーチ」
俺は探知魔法を発動し、再び次の魔物を目指して歩き始めた。
すると……十分くらい歩き続けた時。
「……ん? あれはもしかして……」
運がいいのか……早くも俺は、ステルスな魔物特有の、強さの割に気配の薄い魔物の気配を感じ取ることができた。
[side:とある冒険者一行]
「な、何で……」
ヤセ尾根を回り込んだところで、一体の魔物に遭遇した私たち一行。
通常のメタルライノより二回りは大きい、全身金色のその姿を目にし……思わず私は、絶句してしまった。
「何で、コイツがここにいるの……!」
私たちがエンカウントしたのは、「ゴールデンメタルライノ」と呼ばれる、最上位のサイの魔物。
メタルライノと違い、ほぼ全身がオリハルコンで覆われている、桁違いの強さを誇るとされる魔物だ。
聞くところによると、不幸にもこの魔物に遭遇してしまった冒険者パーティーの生還率は、たったの5%にも満たないのだとか。
私たちも、実物を見るのはこれが初めてだが……この魔物がいかに危険かは、対峙して一瞬で分かってしまった。
――勝てない。そしてもしこの魔物が見逃してくれなかった場合は、逃げることも叶わず私たちは全滅する。
目の前の魔物が放つ異様な空気感は、私を完全に絶望のどん底へと突き落とした。
◇
私はベラドンナ。
冒険者パーティー「メタルスレイヤー」の、索敵役兼妨害要因だ。
私たち「メタルスレイヤー」は、名前の通り……メタル系の魔物の狩りを得意とするAランク冒険者パーティーだ。
まあAランクとは言っても、私たちはまだ先週昇格試験を突破したばかりの、なり立てAランクパーティーなのだが。
今まで私たちは、メタルライノを始めとする、夥しい数のメタル系の魔物を討伐してきた。
その実績を買われ、つい先日、対属性特化型パーティーにしては珍しいAランクへの称号を成し遂げることができたわけだ。
メタル系の魔物相手なら、私たちは無敵。
たった今の今まで……私たちは、心からそう信じ切っていた。
だが……何なんだコイツは。
今の私たちを以てしても、コイツにはかすり傷一つ負わせられる気がしない。
長年冒険者をやってきた私だが……こんな感覚に陥ったのは、これが初めてだ。
「お……おい、ベラドンナ! なんでこんな奴がいるなら、教えてくれなかったんだ!」
恐怖に足が竦んでいると……タンク役であり、「メタルスレイヤー」のリーダーでもあるガイザーが、「勘弁してくれ」と言わんばかりに私にそう言った。
無理もない。索敵役の私が、避けるべき魔物に関して警告しなかったとなれば、怠けていたと思われても仕方がないだろう。
だが……私は別に、怠けていたわけではない。
「仕方がないでしょ。……この魔物、『サーチ』に映らなかったのだから」
そう。ゴールデンメタルライノ……私が常時発動していた「サーチ」上では、何の反応も無かったのだ。
ゴールデンメタルライノは神出鬼没だとは聞いていたが、まさかそれがこういう意味だったとは。
「マジか……」
私の反論を聞いて、ガイザーはただ一言そう言って項垂れた。
だが、それでも彼は私たちを率いるリーダー。
落胆したのはほんの一瞬で……彼は行動の指針を立てるべく、私たちにこう聞いてきた。
「……で、どっちにした方が生存率が高いと思う? 戦うか、逃げるか」
まず彼が聞いてきたのは、私たちがとるべき大まかな方向性について。
「まあ基本、逃げるしかないと思うが……一人でも生き残りたいなら、誰かが囮になりつつ、全員別方向に走るしかないからな。倒して全員助かるような奇跡的な戦略を思いついた奴がいれば、是非言ってほしい」
彼は一呼吸置くと、そう続けた。
それに対し……私、そして残り二人のメンバーの意見は、残念ながら満場一致した。
「何も思いつかないわ」
「逃げるしかないと思いますー」
「残念だが、全員助かるのは無理だな」
私たち全員が選択したのは、「誰かが囮になって、一人でも多く生還させる」という選択肢。
問題は誰が囮になるかだが……そこで私は、こう進言した。
「ここは私に任せて先に帰ってちょうだい。このサイを一番長く足止めできるのは、間違いなく私だから」
私は自ら、囮役を買って出ることにした。
理由は二つ、そもそも今回の件は私のミスであるから、そして宣言した通り、ゴールデンメタルライノとの交戦時間が一番長くなるのは私だろうからだ。
いくら「サーチが効かない」という不可抗力だったとはいえ……索敵に失敗したのは、間違いなく私の責任だ。
私とて助かりたいのは一緒だが、任務を全うできなかった私には、他のみんなを差し置いて自分だけ助かるなんて資格はないだろう。
そして、このサイが相手となると……例えばタンク役のガイザーが対峙したとしても、一瞬で吹き飛ばされてしまって終わりだ。
だが私なら、例えば鈍足妨害や停止妨害をかけ続ければ、せめてMPが尽きるまではこのサイを足止めできるはずだ。
それでも、微々たる時間稼ぎには変わらないかもしれないが……私たち「メタルスレイヤー」のメンバーの足の速さなら、その微々たる差が生死を分けることだって十分にあり得る。
つまり私だけが、無駄死にしない囮役になれるかもしれないというわけだ。
他の誰かが囮役になり、その抵抗も虚しく全滅するくらいなら……同じ死でも、せめてパーティーメンバーだけでも生かせる方がマシ。
そこまで考えた末、私は自ら囮役を買って出ることにしたのである。
……もっともこれは、半分本心で、半分嘘なのだが。
ゴールデンメタルライノに関する噂の中には、「全妨害無効」などというデタラメ過ぎる説まで存在した。
もしそれが本当なら……たとえ私であっても、一秒たりとも時間稼ぎはできない。
だが、もうやるしかないのだ。
「そうか……すまない」
「お前の命は無駄にしないぜ」
「ごめんなさい……マナポーションは、置いていきます」
私の提案を聞いて、三人は深刻な表情で一例して三方向に走りだした。
別に彼らは、薄情なのではない。
熟練冒険者としての経験から、感情を押し殺して合理的な選択をする覚悟が出来上がっているだけなのだ。
私は三人が走り出すと同時に、ゴールデンメタルライノに向かって一つ目の魔法を放った。
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