第十六話 ヴェルグ工房の鍛冶師
鍛冶師の性格がどうであれ……「ヴェルグ工房」がこの街で唯一のディバインアロー加工技術を持つ鍛冶屋なのなら、行かないという選択肢はない。
というわけで俺は、シルビアさんから工房の場所を聞くと、早速そこへと足を運んだ。
「ヴェルグ工房」はレンガ造りの建物二つが連なったような形をしていた。
手前が武器販売所、そして奥が実際に鍛冶をする作業所となっているようだ。
店に入ると、レジのところにガタイのいい中年の男が立っていた。
受付か——あるいは、ここの店主だろうか。
「すみません、注文したいものがあるのですが」
「……お前がか? 何だ?」
話しかけてみると、男はぶっきらぼうにそう返してきた。
話も聞かずに追い返されるとかだったらどうしようもないと思っていたが、流石にそんなことはなかったようだ。
「これでオーダーメイドの剣を作って欲しいんです」
ならばと思い、俺は単刀直入にそう言って、ディバインアローの死体をストレージから取り出した。
「……ディバインアロー、ねえ。お前みたいな小僧がどうやって手に入れたのかは知らんが、良い素材だ」
男は鼻を鳴らしながらも、素材については高く評価しているようだった。
「お願いできますか?」
「構わんよ。どうせこれを加工できるのは、ここいらじゃ儂だけだしな」
お願いしてみると、男は二つ返事でOKしてくれた。
……よかった。
店に入る前は、結構身構えてしまったが……いうほど悪い人じゃないみたいじゃないか。
結局杞憂だったのか……それとも素材が素材なので、いつもより上機嫌なのか?
「いつ受け取りに来ればいいですか?」
安心しきって、俺は男にそう尋ねた。
だが……この質問に対する男の答えは、どこか話が噛み合わない感じだった。
「いつ、だと? 今でいいだろう、相場の倍は払う」
男は「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな目で、そう返したのだ。
……今? 相場の倍?
俺にはこの男が何を言いたいのか皆目見当がつかなかった。
NSO内でも、ディバインアローの加工には最低3日はかかる設定だったはずだ。
「今」というのが「今日中」という意味だったとしても、そんなに早くできるわけがない。
それに……「相場の倍」に関しては、本当に何の相場の倍なんだ。
「相場の倍って一体何の話ですか? 加工費を払うのは、こちらのはずなんですけど……」
とりあえず俺は、一番訳が分からない疑問から解消していくことにした。
少なくとも、加工を依頼する以上は、お金を払うのはこちらのはずだ。
だがこの男の言い分だと、あたかも男の方が俺に金を払うかのような言い方だった。
何がどうなったら、そんな状況になるのか。
そこをまず聞こうというわけだ。
すると男は……何やら合点がいったように手をポンと叩いた。
かと思うと、男はとんでもない問題発言を口にした。
「まさか……お前、これで作った剣を自分で買い取るつもりでいるのか? この儂が打つ剣を、お前みたいな小僧に渡すわけがなかろう。お前にはたんまり素材代を渡すから、この剣は然るべき実力者に渡すってこった。相場の倍ってのは、そういう意味だ」
なんとこの男、ディバインアローで作った剣を他人に売り飛ばす前提で語っていたのだ。
しかもそれが、さも当然のことかのようにだ。
あまりの衝撃に固まっていると……男はこう続けた。
「お前みたいな弱っちい小僧に、ディバインアローを使った剣の真価を引き出せるわけあるまい。そんな奴に儂の剣を渡すなど、儂の剣が泣くってもんよ。だが……持ち込んでくれた素材に関しては、間違いなく一級品だ。相場の倍なら、お前も不満はあるまい」
そう言うと男は、レジ奥の金庫の鍵を回し始めた。
どうやらこの男、本気で素材代だけ払って俺を追い返すつもりのようだ。
シルビアさんの「性格がアレ」って……プライドの高さ故に、実力を認めた者にしか剣を売らないって意味だったのか。
それだけならまだしも、本人持ち込み素材すら他人に売り飛ばすほどの徹底ぶりで。
街一番の鍛冶屋故に、まかり通ってしまう暴挙といったところか。
忠告は受けていたとはいえ、こんな面倒なことになるとはな。
不満あるまいって……そんなの、不満しかないんだが。
ディバインアローの相場の倍くらいの金はファントムコア数個を売れば手に入るが、ディバインアローそのものは金を積んだからって簡単に手に入るものじゃないんだぞ。
それこそ、他人に剣を売られるくらいなら、ダツの形のまま武器として使った方がマシなくらいだ。
売り飛ばされるのだけは、何としてでも阻止しなければならない。
希望があるとすれば……この男の性格が俺の予想通りのものなら、交渉の余地はあるってことだな。
ノービスの場合、スキルポイントを注ぎ込んでも体形は変わらないので、俺はそのせいでディバインアローの剣に相応しくない存在と思われている可能性がある。
つまり……交渉(物理)に持ち込めれば、説得可能かもしれないということだ。
「要は……俺が『弱っちく』なければ、ディバインアローの剣は俺に売ってもらえるってわけですよね。誰かに売り飛ばす前に、そこを証明する機会が欲しいです」
俺はそう頼み込むことにした。
もしかしたらこれで、「常連客と模擬戦をして、善戦すれば剣はやる」みたいな条件を付けてもらえるかもしれない。
その場合もしかしたら、常連客が店に足を運ぶまで待て、みたいな話になるかもしれないが……それでも、剣そのものを他人に売り飛ばされるよりは100倍マシだ。
「……ふん、いいのか? どうしても自分で剣を買いたいなら、俺が用意する相手と模擬戦をしてもらうことになるが。……お前、再起不能な怪我を負うことになるかもしれんぞ」
すると男はそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべた。
俺が勝てるなんて、微塵も思っていない様子だ。
だが……俺からすれば、こうなれば交渉成立も同然だ。
仮に今、俺の実力を見抜いた上で「弱っちい」と言っているのだとしても、「チェンジ」を使うノービスの俺は数日で比べ物にならないくらい成長できる。
流石にこの男も、そこまで見抜いてはいないだろう。
というか仮に見抜いていたら、こんな面倒なことはせずに普通に売ってくれたはずだ。
「何日後に来ればいいですか?」
「……本気か。なら7日後に来い」
期日を聞くと、男はそう答えた。
……7日か。それまで全力で成長してやるまでだ。