第78話:ふたたび!
「ね、だからそう思うでしょ? 絶対にわざと時間かけてるよ」
きらびやかな鎧に身を包まれた男はそう言った。場所はとある屋敷である。そこの主人である相手はまるで魔術師かと思われるローブに身を包んだ男であった。しかし、その四肢についた筋肉はそこいらの騎士と戦っても負けないのではないかと思うほどである。
金色の長髪が良く似合う魔術師は言った。
「気になるのならばお前も行けばよい」
「え、でも僕は一人じゃ行けないからさぁ」
「ふっ、友の頼みならば俺がついて行こうじゃないか。それに、ちょっと気になる人物だっている」
「え? リディが気になるって誰の事?」
鎧を着た騎士ヨハン=シュトラウツは魔術師リディ=ルナドーンへ意外な顔をして聞いた。それには答えずにリディは少しだけ笑うとヨハンに言った。
「前回の辺境の迷宮では俺は仲間外れにされていたからな」
「あ、拗ねてるんだね」
「最近はヒビキの奴をからかって遊ぶという趣味もできてなかったから、丁度いい。寄り道してから行くぞ」
「え? どこに?」
何が丁度いいのか分からなかったが、ヨハンは休日申請を出しにいくとあっという間に許可され、翌日にはリディの転移でとある場所へと向かうのだった。
「あ、デイライも誘う?」
「あいつは俺でも何処にいるのか分からんから却下だ。見つけるだけで数か月かかるぞ」
***
予言の剣士と言われていた俺が予言の魔法使いとか言われたっていうのは絶対におかしい。でもアスタスはよく分かってない感じだし、とりあえずは否定しておこう。俺の手を放そうとしないマイリに言う。というか、手が若干痛い。
「あ、多分、それ勘違いだから」
全然俺の言っていることを聞きもせずに、何故かうっとりとした表情でこちらを見てくるマイリをどうしようかと思っていると、ジジイたちが戻ってきたようである。戦いになってないこちらを確認した後に、それでも警戒しながら歩いてきた。
「やっぱりかのう……」
てっきり俺たちが死んだものとして恐る恐るジジイだけが帰ってきたと思ったが、マイリが俺の手をぎゅっと握っているこの状況を見てジジイが呟いた。
「ジジイ、助けてくれ」
「無理じゃ、薬の効能が消えるまでに逃げる準備をしとけい」
「薬?」
さてはエドガーのやつ、麻痺薬じゃなくて魅了薬を間違えて飲ませやがったな!
どうりでエオラと同じような感じがしたと思った。しかし魅了薬の効果という事ならば、効力が切れればすぐに元通りになるだろう。記憶はどうなるのだろうか……。
「ヒビキさん、とにかく今はマイリのベグを消すことが肝心だと思います」
「お、そうだな。せっかくジジイが来たし、痛みのない方法で背中の入れ墨を消すとしよう」
そう俺が言うと、マイリから「ちっ」という音がしたように聞こえた。あれ? もしかして舌打ちした?
「ライオスさん、ベグの入れ墨を魔法で消すことはできますか?」
「ふむ、できんことはないが入れ墨を上書きするほうが痛くないぞい。火傷させて回復させるんじゃからの」
「嫌です!」
目がなにやら嬉しそうであるが、気のせいだろうか。どちらにせよ、背中を火傷させて回復させるという方法はなんかエグいからお断りしておきたい。
「しかたない、気絶させよう」
「嫌です!」
しかしマイリは力いっぱいに抵抗した。マイリが力いっぱい抵抗するということは当然俺たちでは太刀打ちできる状況ではなく、マイリを気絶させるという作戦もダメそうだった。
「くそう、どうすりゃいいんだ」
「うむ、とりあえず逃げるかの?」
「今度は僕も逃げますからね!」
「そうはさせませんよ!」
マイリが動いた。ジジイが転移をかけるよりも早くである。
「あ……」
次の瞬間には俺はマイリに担がれていた。人さらいポジションである。体格のいい俺はそんな風に人に担ぎ上げられたのなんて子供の時以来である。力はマイリの方が強いからジタバタもがいても手の拘束が解けることはなかった。これはまずい。
「ヒビキ様は頂いていくわ!」
「えっ!? 記憶がないのにどこに連れて行くんだ!」
アスタスが当然ともいうべき指摘をすると、マイリはうぐっっとうめいたがそれを無視して逃げてしまった。
「ま、まさか記憶が……」
「最初からなくしてなんいかないわよ!」
驚愕の事実に俺は開いた口が塞がらない。まさか、記憶がある状態であんな事言ってたのか!? ちょっと恥ずかしくはないんだろうかと思いつつも、俺が今ピンチであるのは変わらないわけで、そんなツッコミでもしようものならば瞬殺されてしまうだろう。本能が、口を開くなと俺に伝えてくる。
しかし、そんな俺の心配をよそに、事態は思いがけない方向へと向かうのだった。
一筋の光、それが俺を抱えたマイリに落ちたのはそれからすぐの事だった。
「きゃあ!」
「ぐはぁ!」
なんて衝撃だ。マイリはたまらず俺を放してしまい、俺はマイリとともにその衝撃で転倒してしまう。まるで、魔法による攻撃が直撃したかのような…………。
「はっはっは、久しぶりだな、ヒビキよ!」
そこにいたのは……。
「リディ!?」
リディ=ルナドーン。金髪の長髪に体格の良い魔導士。整った顔は女性からの人気がすごく、特にゴダドールの地下迷宮を攻略した後は民衆から大人気となった当代きっての魔術師である。もちろん、俺たちとともにゴダドールの地下迷宮に潜ったかつての仲間だ。
「ヒビキ! 見つけたよ! 薬はどうしたんだよ!?」
リディの後ろにはヨハンの姿が見えた。もしかしてなかなか俺たちが薬を届けないからリディに頼んで様子を見に来たとでも言うのか? いや、しかし……。
俺は違和感を感じていた。リディが魔法を撃ったとして、俺を巻き込むような奴ではなかったはずだ。その辺り、リディはとてもできる奴で信頼のおける魔導士だったのだ。そして、さっきのような光の魔法をリディが放ったところは見たことなかった。
どちらかというと、オベールの聖光のような……。
ここで、俺はヨハンの後ろにもう一人いるのに気づいた。体格からしてオベールではない。もっと小さい。もしかしてあの人物が聖光を放ったのだろうか。
「くそっ」
マイリが起き上がり、逃げようとする。俺の事は諦めてくれるらしい。
「牢獄!」
だが、そのマイリはヨハンの後ろにいる人物の放った魔法に捕らえられてしまった。マイリを捕らえるというのはジジイくらいの魔力がなければできないのではないか?
…………嫌な予感がする。ヨハンより小柄で、聖光を唱えることができて、マイリを牢獄で捕縛することができるほどの魔力量を持つ人物。ついでに俺が女性と二人きりでいて不機嫌になる人物。俺はその心当たりがあった。そして、その人物はやっぱり俺とマイリを睨んでいる。
「ヒビキ様……誰ですか、その女は……」
白いローブをまとったその人物はそう言った。あ、俺、終わった。何故か、そう思った。いや待って、俺が何をしていたとしても怒られるのは筋違いじゃないのかな? いや、そんな事言える雰囲気じゃない!
そこにはエオラがいたのである。誰だ、こんなメンドクサイ時に連れてきやがったのは。俺は久しぶりにであった親友を睨みつけたのだった。