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第77話:ちょろいん

 ふふふ、ちょろい。


 私の演技力によって全く疑われていないというのが分かる。この二人程度であれば問題ないだろう。実際にラタシュは「頭を強く打ったことによる一時的な記憶の障害ですかね」なんて言っている。あれだけ一緒に過ごしたのだから、もうちょっとは気づいて欲しいと思わないでもないけど、今はどうでもいいわ。


 意識を刈り取られてしまうほどの一撃というのはベグを彫られる以前も含めて初めてのことだった。それほどの衝撃的なことだったのだけども、この魔法使いとしてはあり得ないほどの動きをする男であれば、納得がいく。ベグを彫ってないというのに、こんなことができるなんて…………。


「ここはどこかの塔? それにしては壊れていますね」


 白々しく言うとさすがに魔法使いっぽい男が何と答えればよいのか分からないという顔をした。それに対してさらに何と反応すればいいか分からないという顔で、ちょっと上目遣いで応える。完璧だ。


 しかし、さっきから「ぎゃぁぁぁぁああああ!!」だとか「死ぬ時は一緒ですよぉぉぉぉおおおお!!」

だとか、騒がしい連中である。ラタシュはそんな男ではなかったはずだけど、この下品で粗野で力強くて格好い……野蛮な男と一緒にいて影響されてしまったのか?


 どちらにせよ、まずは二人の関係を割くところから始めなければならない。いや、ベグの力を使って不意をつけばこの二人なんてすぐに殺してしまうことができるけども、念には念をいれるの。別にこの魔法使いに想う所があるわけではない。断じてない。


 さて、設定では一応はヤイマ族の常識くらいは覚えているという事にしている。だから髪型の話題なんかを振ってみて、とりあえずはラタシュと距離を置こう。断じて魔法使いと距離を縮めたいわけではない。断じてない。


「よし、アスタス。マイリのベグを消すんだ」


 いきなり魔法使いがそう言った。ちょっと待って。そんな事をされたらたまったものではない。というよりも、こいつらそれが目的だったのね。


「え、ええ。そうですね。……マイリ。その背中の刺青を治させてほしいんだけど」

「え? 刺青!? なんでこんなものが!?」


 どうにか時間を稼いでこれを消させないようにしなければ。とか思ったけれども、入れ墨を消すっていうことは上書きよね。痛いの嫌だってか弱い女の子をアピールするっていうのも……いやいや、そうじゃない。そういう演技をしつつ、反撃する機会をうかがうことにしよう。とりあえずは……。


「痛いのは嫌です!」


 と言いつつラタシュの杖を叩き割る。


「あぁぁぁ!! ごめんなさい!」


 ほら、ばれてない。なんて完璧な演技力なのだろう。別に本当の私を見てもらってないから悲しいわけではない。断じてない。




 ***




「まあ、杖はジジイにあとで作り直してもらおう。課題もあったって言ってたしな。そんな気にするな」


 杖を壊してしまって落ち込むふりをしていると魔法使いが慰めてくれた。


「……優しんですね」


 ……いや、これは演技だ。本心がつい口から出てしまった言葉ではない。しかし、魔法使いはそれを聞くと若干距離を置いた。何故!? 何故、距離を取るの!?


「勘違いしないで欲しいが、俺たちの目的は君の背中の刺青を消すことなんだ。どうしたらその刺青を消させてくれる? なんならアスタスを生け贄にささげてもかまわない」


 生贄ならばラタシュじゃなくて貴方のほうが……ではなくて! 


「痛くなかったら構いませんけど…………」

「ちょっとジジイに魔法で消せないか聞いてみよう」

「たしかに、刺青は傷みたいなものですからね」


 ラタシュが回復魔法を使うらしい。入れ墨がそんなもので消えるわけがない…………と、思う。そう言えばベグを彫られてからというもの、回復魔法を受けたことがなかった。


 もし、ベグが消えたらどうしようか。……そうだ、そうなったら責任を取ってもらうしかない。この魔法使いの男に。そうだ、消えたら消えたで仕方ない。ヤイマ族だけではなく、他の部族に命を狙われてしまうかもしれないしな。責任をとって護ってもらうことにしよう。そうしよう。


 ただ、ラタシュは杖がないとか騒いでいる。本当にくだらない男になったものだ。ちっ。


「ヒビキさん、杖を貸してください」

「はいよ」


 そうか、この男はヒビキ様という名前だったのか。な、なかなかいい名前だと思う。


 しかし、ラタシュは杖を受け取っても回復魔法を唱えようとしなかった。



「ヒビキさん…………あなた本当に何者なんですか?」



 杖には魔石が埋め込まれていなかった。

 ヒビキ様を見ると、「あっ」という顔をしつつ、右手に視線が行っている。手袋に覆われた手に何か秘密でもあるのだろうか。


 魔法使いは基本的に魔石がなければ魔法を増幅することができない。日常で使うくらいの魔法であればなんとかなるくらいの力量の物もいるがあまりにも効率が悪く、魔力が集積しないのだ。

 私も元は魔法使いである。むしろ戦士よりも魔法使いの知識の方が多い。


 であるならば、この魔石を使わずに魔法をつかっていたヒビキ様という男は何者なのだろうか。もう一人の魔剣士とでもいう男も強大な魔力を持っていた。それこそ伝説ともいわれる魔法使いに匹敵するのではないかというほどに強大な魔力だった。ベグがなければ何もできずに殺されていただろう。



 何か秘密がある。純粋に、興味が沸いた。


 それを解明するまでは殺すのは待って、ヒビキ様の近くにいるのも悪くない。別にヒビキ様を殺したくないからわざわざ理由をでっちあげたわけではない。断じてない。

 何か、適当な設定でヒビキ様についていこう。それがいい。何か分かるかもしれない。どうしようか。


 ……いや待って、何も思いつかない。早く答えないと!

 しかしそんな事言ってもすぐに思いつくわけない。でも、時間をおいてから後だしで呟いても信憑性が……ああ、どうしよう! この際適当でも、いやでも。ああ、もういいや!

 

「ヤイマ族に伝わる、予言の魔法使い……」


 …………我ながらひどすぎる。やってしまった!


 絶対に疑われた! ヤイマ族を知らないヒビキ様はともかく、ラタシュなんてヤイマ族だったんだし、そんな伝承がない事は分かり切っている。

 ああ、もうばれた! ヒビキ様、めっちゃ疑ってる顔してらっしゃる! それも意外と恰好いい! じゃなくて!

 

 仕方ない! もうばれてしまったんなら仕方ない! とりあえずは攻撃するふりをしてヒビキ様に抱き着いて、じゃなくて! ああ、もうどうすればいいの!?



「僕は知らないぞ、そんな予言!? いや、しかし僕は後からヤイマ族に入った人間だし…………」



 …………ラタシュって、どういう意味だったっけ? ヤイマ族語でもっとも天然?

 とりあえずこのラタシュばかがアホな事言ったおかげでヒビキ様もなんとなくこの場の雰囲気に飲み込まれちゃったようね。

 

「あなたが、私たちを導く…………」



 ……もう、自分でも何やってるのか分からなくなってきたけど、もうこのまま行くしかない!

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