第76話:予言のなんとやら
アスタスが針を使って入れ墨を始めようとすると、すぐにマイリが動いた。
「あ…………」
そしてむくりと起き上がろうとして、マイリとアスタスの目が合う。まったく薬が効いていないじゃないか。よし、ジジイ、逃げるぞ。
「待って下さいよ!!」
おいアスタス! 首を掴むんじゃない! 息が出来ないじゃないか!?
俺の首を掴んで放そうとしないアスタスに蹴りをいれて逃げようとするがやつも必死に縋りついてくる。
ふと隣を見ると、ジジイがすでに俺とアスタス以外のノインたちを連れて転移を唱えに入っていた。ちゃっかりとエドガーのおっさんもくっついているのが腹立たしい。
「待てぇぇぇぇええええ!!」
「置いていかないでくださいよぉぉぉぉおおおお!!」
しかし、俺はアスタスの妨害にあい、ジジイの転移には乗り遅れてしまう。おい!
無情にもジジイどもは俺たちを置いて転移していきやがった。
「ぎゃぁぁぁぁああああ、乗り遅れたぁぁぁぁああああ!!!!」
「死ぬ時は一緒ですよぉぉぉぉおおおお!!」
キャラが崩壊しかかっているアスタスが若干笑いながらも必死に叫ぶ。補助魔法とかもかかっていない俺は今の状態でマイリ=ベグに敵うとは思えない。これは終わった。
「あのぅ……」
「ぎゃぁぁぁぁああああ!!」
「ヒビキさぁぁぁぁああああん! 逃がしませんからねぇぇぇぇええええ!」
「…………あのぅ?」
ん? マイリがこちらを襲おうとしていない。
「ここはどこですか? 貴方たちは?」
「「え?」」
***
「頭を強く打ったことによる一時的な記憶の障害ですかね」
アスタスの見立てではそうらしい。あれだ。俺の杖がスコーンと綺麗に入ったのが原因だろう。それで今、マイリの記憶は完全になくなってしまっている……らしい。
「ここはどこかの塔? それにしては壊れていますね」
廃墟にしたのは君だ、マイリ。
しかし、調子狂う。
「その髪型……」
マイリはアスタスの頭を見て言った。
「かなり身分の高い人とお見受けします。と言っても、それは分かるんですが、それ以外はよく分かりませんね」
「マイリも同じくらいの身分だよ。ほら、自分の三つ編みを見てごらん」
アスタスに促されてマイリは自分の髪を見た。マイリもラタシュだったアスタスもヤイマ族の中でもっとも高貴な姿をしているという事だろう。よく分からんけど。
「やっぱり何も思い出せませんね」
「う、うん。思い出さない方がいいかもね」
アスタスの顔がひきつっているのがおもしろい。しかし、マイリの記憶がなくなったという事はこれにて一見落着なのかもしれない。ベグを無効化させてもらって終了だ。後はオラフがヤイマ族を掌握しなおして終了だろう。
「よし、アスタス。マイリのベグを消すんだ」
「え、ええ。そうですね。……マイリ。その背中の刺青を治させてほしいんだけど」
「え? 刺青!? なんでこんなものが!?」
マイリが腰の辺りを確認している。さすがに背中は見れないようだけど、腰のあたりの刺青を見て愕然とした顔をした。
「刺青を治すって、痛いんですよね!?」
「えっと、ちょっとだけチクチクするかな?」
「嫌です!」
完全拒絶される。おい、どうすれっちゅーねん。
「痛いのは嫌です!」
ぶんと振り回した手がアスタスの杖にあたる。そして、粉々に砕け散った。あれはジジイに作ってもらった特注の良いやつだったんじゃないか?
「あぁぁぁ!! ごめんなさい!」
ベグの力は健在である。
***
その頃、ゴダドールの間に一次避難していたジジイたち。
「あれ? ちょっと、これ麻痺毒じゃなかったんじゃない?」
「んあ? 待てノイン。落ち着け、蹴るな」
エドガーのおっさんがノインにガスガスと蹴られながら薬が間違っていたということを責められていたらしい。
「それで? 結局何の毒じゃったんじゃ?」
「…………魅了薬」
ああ、またこのパターンかとジジイが思ったとか思わなかったとか。
***
「まあ、杖はジジイにあとで作り直してもらおう。課題もあったって言ってたしな。そんな気にするな」
杖を壊してしまって落ち込むマイリをなだめる。
「……優しんですね」
マイリが急に俺に向けて言葉を放った。なんだ、この感じはどこかで感じたことがある。そうだ、エオラだ。エオラに声をかけられた時と同じ感じである。
念のために少し距離をとることにした。相手はマイリ=ベグである。エオラみたいな事にはならないとは思うが……そう、念のためだ。念のため。
「勘違いしないで欲しいが、俺たちの目的は君の背中の刺青を消すことなんだ。どうしたらその刺青を消させてくれる?」
なんなら、アスタスを生け贄にささげてもかまわないと付け加えるとアスタスに睨まれてしまった。しかし、元とはいえお前の婚約者だぞ? 責任とれい。
「痛くなかったら構いませんけど…………」
「ちょっとジジイに魔法で消せないか聞いてみよう」
「たしかに、刺青は傷みたいなものですからね」
アスタスが自分で回復魔法を使うと言い出した。じつはこいつは何でもできるんだなぁ、と眺めていると杖がないと騒ぎだして見直したのを返せと言いたくなる。
「ヒビキさん、杖を貸してください」
「はいよ」
アモンの仕込み杖を渡す。しかし、これは失態だった。
「ヒビキさん…………あなた本当に何者なんですか?」
アモンの仕込み杖には魔石が埋め込まれてなかった。俺は手に星の核が埋め込まれてたからである。アスタスが回復魔法を発動させようとしてもうまくいかない。
「予言の…………」
マイリが呟いた。
「ヤイマ族に伝わる、予言の魔法使い……」
「予言?」
「ヤイマ族に伝わる予言です」
なんだ、その後付けのような設定は? というより、昔は予言の剣士って呼ばれてたんだけど。
「僕は知らないぞ、そんな予言!? いや、しかし僕は後からヤイマ族に入った人間だし…………」
「あなたが、私たちを導く…………」
マイリは俺の手をとり、目をつぶる。なにかを祈りだした。
なにこの状況。