第75話:ベグ無力化作戦 4
「すげぇ! 本当に伸びた!」
「さすがはノイン」
「うむむ、半信半疑じゃったが本当じゃったとは……」
「いくらで売れるんだ?」
ノインの作り上げた薬を塗り込むとアスタスの髪は2日であっという間に伸び切った。それを綺麗にノインが切りそろえて三つ編みを作る。これで以前の髪型、つまりはラタシュに戻ったということだった。
それまでは帽子を被って潜入と無力化を続けてきていたが、これからは頭を露出させた状態でより認識しやすくなる。それによって宣伝効果が増えるのだった。
だが、ノインは俺に現実というものを突き付けた。
「だから言ってるでしょ? 死んだ毛根には効かないよって。これは毛を伸ばす薬であって生やす薬じゃないんだよ」
「そんな露骨にがっかりせんでもいいんじゃぞ?」
いやね、まだ大丈夫なんだよ。でも将来どうなるかなんて分からないじゃないか。父親はだいぶ薄かったんだから。
「さて、ヒビキさんも帰ってきたことですし計画を進めましょう」
計画の次の段階は、オラフ族長の権力を戻すことである。そして有能なブレインをオラフの周囲につける必要があった。さらにはそれはヤイマ族だけではないのが望ましい。その体制を作るためにマイリの説得が必要である。説得をするためにはマイリの仕事を増やさなければならない。
「じゃあ、行ってきますかね」
「ワシは相変わらず忙しいのう」
「こちらもお願いしますよ」
アスタスと俺の両方を連れてジジイが転移を行う。向かう先はヤイマ族の集落の近くだった。
使い魔からの情報ではマイリは集落にいる。そしてヤイマ族の部隊のほとんどもここに集結していた。連日アスタスに麻痺させられており、徐々にであるが動く部隊の規模が拡大している。
「じゃあ、二手に別れようか」
「ヒビキさん、気を付けてくださいよ」
アスタスはいつもどおり、マイリが聞きつけたとしても間に合わなそうな部隊に狙いをつけて行動を起こす。ジジイに作ってもらった杖のおかげでアスタスの麻痺は部隊全体を麻痺させることができるほどの威力に昇華していた。
対して俺は何をするかというと、マイリ=ベグの相手である。
アスタスに会いに行こうにもすぐに消えてしまってストレスが溜まっているマイリの相手をしなければならない。そしてその相手をすることでマイリが他の事に手が回らないようにするのだ。
そのために軽めの身体強化と残像の魔法をジジイにかけてもらっている。攻撃があたりにくくなるローブを作ってもらって準備は完了だ。前回の戦いのデータを計算するとなんとかなると思っている。それでも一撃いいのをもらうときついかもしれないので、いつでもジジイが回収に来れるようにスタンバイだ。
「さーて、どうなるかな」
なんて思っているとアスタスの方が騒ぎ出したようで、集落に伝令などが忙しく出入りするようになった。そろそろマイリがご出陣ってところかと思っていると、テントからマイリが出てきた。
「さあ、お前の相手は俺だ」
「貴様はいつかの魔法剣士!?」
マイリが俺の姿を見て突進してくる。その手には新しい槍が握られていた。前回穂先を切られた反省を生かしたのか、全部が金属製のものである。ちょっとした事では壊れなさそうだった。
普通はマイリの身体能力であれば、俺を捕らえて逃がすなんてことはないはずだった。しかし、そこはジジイのマジックアイテムが効いてくる。
「くそっ! なんて足が速い!?」
ジジイにもらったのは「風切の靴」と呼ばれる靴で、込められた魔法によって尋常じゃない足の速さになるものだった。ただし、次の日に筋肉痛は確定である。身体強化もあるから毎日は無理だな、これ。
「戦え!」
「ヤダね。その代わりに遊んでやるよ」
マイリを挑発しつつ、集落から遠のいていく。本気を出せばマイリを振り切ることも可能かもしれないが、たまにギュンっと跳躍して前に回り込んでくるくらいだからマイリもまだ本気で追って来ていないのかもしれない。しかしマジックアイテムもなしにこんなに速いとか、もはや化け物だ。
「このっ!」
マイリの攻撃を避けつつ、時間を稼ぐ。アスタスが部隊を無力化させるまでに30分ほどかかったが、作戦成功の合図の花火があがるまでマイリの攻撃を避け続けた。
「はぁー、はぁー、はぁー、何なんだお前は」
「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー、通りすがりの魔法使いだ」
「どこが魔法使いだ…………」
お互いに30分も全力で戦っていると体力が尽きてくる。しかし、今日は任務完了だ。
「ジジイ、帰るぞ」
「もう限界そうじゃの」
ジジイがどこからともなく現れ、転移をかけた。
「あっ、待て!」
転移で俺がいなくなると思ったのだろう。確かにその通りだったのだが、ジジイが唱え終わるまでに少し時間がかかる。そのためマイリは阻止しようと無理な攻撃をし、俺の目の前で無防備な姿をさらした。
「あっ」
戦士としての経験が、絶対的な隙に対して反射的に攻撃してしまう。アモンの仕込み杖がマイリを強かに打ち付けた。
マイリの後頭部に当たった杖からはむしろ衝撃というものは感じなかった。例えていうならば、バッティングセンターでストレス解消にぶん回していたらクリーンヒットして球は飛んでいくけど、バットにはあまり衝撃が来ないといった感触に似ているかもしれない。つまり、マイリの後頭部に丁度良く肩の力の抜けたスイングが直撃した。
ベグで強化されていたとしても脳の耐久性が上がっているわけではない。ましてや俺は今身体強化がかかった状態だった。
クリーンヒットしたマイリが倒れこむ。完全に白目をむいて気絶していた。
「おい…………どうしよう?」
ジジイに救いを求めて視線を送ったが、さっとそらされた。この事態にジジイは転移を一旦解除したようだ。
作戦ではこれからネチネチとマイリの負担を増やしつつ、オラフの身辺を強化しつつという段階だったはずである。その後になんとかマイリを無力化させてベグを消失させる手立てを考えるはずだったのであるが……。
「仕方ないじゃろう。連れ帰るぞ」
「起きたらどうする? 拘束しようにも生半可な物だとちぎられるぞ?」
「とりあえずは暴れても大丈夫な場所に連れて行くとするかいの」
アスタスと合流した俺たちは、マイリを連れて崩壊したエドガーの塔へと転移したのであった。
***
「これ、起きないですよね!?」
「いや、分からん。起きるかもしれんけど、まあ、俺たちは離れているからさ」
「途中で起きたら大変なことになるんですが!?」
アスタスの絶叫も仕方ないのかもしれない。しかし元婚約者を「これ」呼ばわりはいけないと思うぞ、うん。
「いいから計画は前倒しだ。今からベグを消去しろって」
「上から描き直すってことは入れ墨なんですよ! さすがに傷が入れば痛みで起きますって!」
むりやりアスタスに入れ墨をさせようとするが、全力で抵抗してきやがる。
ギャーギャーと二人で言い合っていると、横からエドガーのおっさんが顔を出した。
「今のうちに薬を飲ませてしまえばいいんじゃないのか?」
「「「それだ!!」」」
急いでノインを連れてきて気絶させる薬を調合させ、飲ませて、アスタスが入れ墨を書き始め、結局は全然効いてなくてマイリがすぐに起きたってのは仕方のない流れだと思うし、全てエドガーのおっさんが悪いんだと思う。