第74話:ベグ無力化作戦 3
「落ちるぅぅぅぅううううう!!!」
「大丈夫だって、ジャイアントスパイダーの糸はそう簡単にはちぎれないから」
「ぎゃぁぁぁぁああああああ!!!」
断崖から吊り下げられたエドガーのおっさんが叫ぶ。本当にうるさいな、もう。
ストライクスワローはすでに巣立った後なので、襲われることはないということだった。であるならば。おっさんを吊るして採りにいかせればすぐじゃないかと思ったので、近くのジャイアントスパイダーを狩りにいってロープを作成したわけだ。それを全身に巻き付けているおっさんは傍目からはちょっと気持ち悪い。特に股間のところに食い込んでいる糸が気持ち悪い。気持ち悪い。
「ああ、そんなに暴れると大変なことになるぞ」
「ぎゃぁぁぁぁああああって! へぶしっ!」
おっさんが暴れた勢いで断崖に叩きつけられている。どちらかというとジャイアントスパイダーの糸よりもおっさんの方が耐久性が悪いから切れる心配はしていないのだけれども。
「今日中にあと1個採らないとジジイが迎えに来るんだからな。気合入れろよ」
「そんなん言われても無理ぃぃぃぃ!!」
「仕方ねえなぁ」
おっさんを吊るしたロープにぐっと力を入れた。
「ちょ! ちょっと!!」
壁に叩きつけられていたおっさんがもう一度壁から離れる。勢いつけるために何回か振り回す。
「やめてぇぇぇぇええええ!!」
この状態で壁に叩きつけられると大変なことになりそうだなぁ、と他人事なので気にしないけど、一回であのストライクスワローの巣がある隙間に入るか自信がないわ。うん。
しかし、とりあえず挑戦してみようと思う。壁にぶつかっても俺は痛くないし。
「ぎゃぁぁぁぁあああああぁぁぁ…………ぁぁぁぁ……………」
ふう、なんとか一発で隙間に入っていった。あとはおっさんがストライクスワローの巣を回収したら引き上げるだけだな。
「殺す気か!?」
おっさん、何をそんなに怒っているんだ? ちゃんと引き上げてあげたじゃないか。ストライクスワローの巣を持ってるから仕方なく。
「巣は手に入ったからいいじゃないか」
「だいたいその巣を手に入れる理由も! 育毛剤って!?」
そこは非常に重要だ。遺伝的に俺は怪しいからな。今後必要になってくる可能性がある。備えあれば嬉しいなと言うではないか。
「ノインは非常に優秀な薬師だから、俺も頑張っちゃった」
「頑張っちゃった、じゃねぇ! 頑張ったのは俺!」
ふむ、なにやら不満があるようだが、俺は気にしない。
そろそろジジイが迎えにくる時間である。3日もおっさんとともに過ごしているとさすがに胸焼けしてくるかと思った。
マイリ=ベグの無力化計画は進んでいるだろうか。ティナのことだから問題ないとは思うが、敵の本拠地に潜入するというのだけでも危険といえば危険である。
ヤイマ族の中にはまだ他にも強者がいるかもしれないし、そもそもマイリ=ベグに見つかったら大変だ。
そのあたりはオラフが頑張ると言っていた。アスタスもオラフならば信頼できると言っている。ジジイの使い魔も見ているからある程度は大丈夫だろう。
そんな事を考えているとジジイとの約束の時間になった。
漁村の村人たちに別れを告げて、最初に転移された場所までおっさんを連れていく。すでにストライクスワローの巣を3つほど手に入れている。ジャイアントスパイダーの糸は漁村に置いていくことにしたらものすごく喜ばれた。良質な網になるのだとか。有効活用してもらいたいものである。
「採れたかの?」
「おう、ばっちり。そっちはどうだ?」
ジジイが約束の時間通りに転移してきた。こういうところをきっちりと守るのは魔法使いっぽい。俺も日本人として時間厳守は絶対だから、お互いに分単位で行動しようとしても時間があったりする。その点ティナはこっちの人間ということもあって時間にルーズだった。
「問題なしじゃな。むしろ不安にさせるほどのう」
***
「おそらく奴らはどこかに潜伏したりして、私のベグの力を無力化させたいんでしょうよ」
マイリは狩った獲物のほとんどを周囲の集落に振る舞い、ブリリアントタイガーと呼ばれる大森林最強の魔物のみを担いでヤイマ族の集落に戻ってきていた。
「皮をはいで、族長のマントにしなさいな」
普段のマイリを知っている人間からは驚きの声が出る。
マイリが族長であるオラフを気遣うなんてことはこの半年以上なかったはずなのだ。
(私だって、他人を祝う心くらいは残っている)
そう思うのであるが、今までの行動からして周囲の反応は当然ともいえた。
状況も変わっている。
これまではマイリはベグの力ですべての事柄を解決してきていた。しかし、今回のアスタス=ラタシュとその仲間の剣士および魔法使いは今までの敵とは違うようである。
オラフの力が借りたい。正直な話をすると、そうだった。
「オラフ、帰ったわよ」
だからこそ、マイリは帰るなり族長のテントへと行く。今現在、オラフが唯一頼りになる存在だった。話を聞いてくれるだけでもよい。ついでに、オラフに来た春を祝福するのもいいだろう。
「なぁ!? マイリ!? ちょっと待て!」
無造作に族長のテントを開けようとした。オラフの慌てた声が聞こえたが、マイリは気にしない。どうせ例の付き人と仲良くやっていたのだろう。その現場をあえて押さえるのも楽しそうだ。
そしてマイリは見てしまった。
そこにはティナに調べておけと言われたことをすっぽかして、ケツを思いっきり蹴られてずっこけてたオラフと、無駄に綺麗なフォームでヤクザ蹴りを放ったあとのティナがいた。
「何、やってんの? あんたら?」
「ご、誤解だ! いや誤解でもないんだが誤解だ!」
床に突っ伏して尻を上に突き上げたままの状態でオラフが叫ぶ。意外にもダメージが入っていたようですぐには動けない。
「そういうアブノーマルな趣味があったのね……」
「お前に言われたくないっ!」
「ちょっと。最近、ぶっ飛ばしてたらなんか喜んでるみたいだったけど本当に喜んでたのね……」
引くわぁー、と言ったティナに対してそれまで緩んだ表情だったオラフがショックを受けていた。
「じゃ、邪魔したわね……」
マイリはそっとテントの入り口を閉めた。
「さ、さてと。オラフは頼りにならないし自分のことは自分で考えましょう。そうね、そろそろこの集落にもあいつらの仲間が潜伏してそうだし、そう考えるとアスタスが兵士たちを殺さずに人気を集めているってのもなんとなく理解できるわ……」
少しずつ、マイリはその明晰な頭脳を取り戻していた。
彼女が予想したのはヒビキたちの作戦そのものであり、ベグを無効化させる方法と、無力化したのちにヤイマ族が問題なく大森林を統治するためにラタシュを再度ヤイマ族に組み込む布石である。
「私が何も考えないと思ったら大間違いよ」
***
「と、そろそろマイリは考えると思うんじゃ」
「まあ、そうだよなぁ」
計画の最終段階まで、もう少しやるべきことがありそうだ。