前へ次へ
73/78

第73話:ベグ無力化作戦 2

「こ、これがラタシュ様の力……」

「強すぎる……」


 ひれ伏すのはヤイマ族を中心とした精鋭部隊だった。そのほとんどが麻痺の魔法で無力化されている。


「君たちと争いたいとは思っていないんだ。少しの間、僕が遠くに移動するまでの間だけそうしておいてくれると助かる」

「ラタシュ様……」

「まだ僕をラタシュと呼んでくれるのであれば、マイリに伝えてくれ。僕は君の敵じゃないと」


 精鋭ともなれば魔力を感じ取ることなど造作もなかった。故にアスタス=ラタシュのまとわりつく魔力の波が尋常ではないものであると感じる。そして、それには殺気が含まれていないことも歴戦の彼らには分かっていた。


「さあ、次へ行きましょうか」


 倒れる者たちにはわからない声でアスタスがつぶやく。それに呼応するのは闇の中で魔法を使う一人の剣士だった。二人は魔法の力で別の場所へと向かう。

 ここにマイリ=ベグがいたらどうだっただろうか。ヤイマ族の精鋭たちが考えるのはそればかりであるが、ラタシュが出没する場所にはマイリはいなかった。




 ***




「今月に入って、すでに4回ほど精鋭部隊が無力化させられております」


 オラフは部下からの報告を待ちつつ、計画が順調に進んでいるのを実感していた。

 しかし、そうであるにもかかわらずオラフの顔は他の事を考えているようである。報告した部下の顔を凝視しているのはいいが、どこか間抜けな顔だった。いつものオラフではない。


 たまらず、その部下は言った。


「ちょっと、聞いてるの? わざわざ私が報告してあげてるんだから、あとで10ゼニーもらうわよ」


 その部下、ティナは二人きりであるのをいいことにオラフの頭をぶん殴る。殴られたオラフがうれしそうなのは別の話だ。


 何故かはわからないがオラフのポケットマネーがほぼ底をつきかけているが、族長権限で私物化した財源から補充はできている。


「ああ、分かっている。追加で払うからもう一度お願いできるかな」

「……はぁ、まじめにやってよね」


 夢のようなひと時だった。想い人はライオスとかいう魔法剣士の魔法で変装しているのであるが、それでもその気品は失われていない。それどころか数十日におよび滞在において誰一人この麗しい女性がティナであるとは気づいていなかったのである。それほどにライオスの魔法は完璧だった。といっても肌の色を変えて髪型変えただけなのであるが。


 ティナを身の回りの世話を行う付き人に昇格させるために、それまでやっていた者たちに難癖つけて止めさせたのは悪いとは思ったが、必要な犠牲であったと思っている。オラフは何も後悔していない。このまま計画が進まず、この状態がいつまでも続けばいいとオラフは思っている。


「ティ、ティナさん。この計画が終わったあとはど、ど、ど、どうするんですか?」


 族長の椅子に座り、両肘を両ひざの上につき両手を組み、いかにも思慮深そうなポーズをとったオラフが言う。このポーズに決めるまでに2日かかったのは誰にも言えない秘密である。それほどにこの質問はオラフの中では勇気のいる質問だった。


「そりゃ、帰るわよ。こんなジメジメしたところいられないわ」


 そして、あっというまに撃沈し、オラフは3日ほど使い物にならなくなったのであるが。




 ***




「ようやくオラフ族長にも春がやってきたらしい」


 マイリがそれを聞いたのは気晴らしに狩りをしている時だった。側近の一人が雑談でそのようなことを言っているのをマイリの良く聞こえる耳はとらえていた。オラフ族長は付き人にぞっこんなのだとか。たしかに最近オラフに付き従っている女性は綺麗な顔立ちをしていたと思う。どこかで見たことがあったような気もしないでもないが。


(へぇ、あのオラフにもね)


 族長は決められた女性と政治的な意味で結婚する。とは思っていたが、オラフが恋をするというのは想像がつかなかった。それほどに堅物だったのである。


 男の親友はすぐに作ることのできる人間だった。ラタシュとして受け入れたアスタスとあっという間に仲良くなったのもオラフだったのである。その分、女性に関しては奥手であり、それが過ぎて男色の噂がたったほどだった。


 この状況で人の恋路の話を聞かされて、イライラするのかと思っていたが、相手がオラフであればそうでもない。意外と自分はオラフのことを頼りにしており、信頼していたと気づかされたのはオラフが攫われたと思った時だった。結局、オラフは自力で脱出して逃げてきた。

 ほっとした。それが正直な感想である。


 自分の力があまりにも強大すぎて、ヤイマ族の中の誰もが逆らえない状況になっているというのは自覚している。そしてその力は自分にとっては大きすぎるという事も理解できていた。

 しかし、もうその力を手放すことはできないのである。今、ベグの力を手放してしまったら大森林中で反乱がおこるのは確定だった。


 そのあたりを側近たちは十分に理解している。その話し合いは耳のよいマイリにも聞こえてくる。そしてあえて聞こえていないふりをしていたりもしていた。


(それなら私は邪魔をしない方がいいわね)


 アスタスはそんな自分には興味がないという主張をはっきりと示した。すでに大切な人がいるというのである。アスタス=ラタシュが死んだと思っていた時には少年を侍らせてみたりもしたものだが、最近はなんだかそんなことをしていても気分は浮かばれない。

 むしろ、狩りに出て獲物を取ってくるほうがよっぽど気分が良かった。遠出してあまり人気のない場所で大型の獲物を狩って戻ってくると、集落のすべての人間が喜ぶ。途中の集落に2,3の獲物を置いて帰ってもよかった。ほとんどの集落で最初は怖がられたが、獲物を与えると素直に喜んでくれる者たちも多い。


 すでにヤイマ族だけを支配していた昔の考えではダメだというのは理解できている。ただし、周囲との関係性がそれを急に変えることできない理由、いや、言い訳だった。


「何が大切な人よっ!」


 ふんっと投げた槍が大鷲を貫く。人の体を軽く超えるほどの大きさの鷲はなんという名前の魔物だったか。マイリには興味がないために覚えられないが、集落の人間の食糧になるという事だけを覚えていればよい。


「おおっ、さすがはマイリ様です!」


 側近の一人がそう言った。当初は気分の良かったこういった言葉が、最近は非常にうっとおしく感じてしまう。すべてはアスタス=ラタシュのせいだった。

 あの時に壊された槍はアスタスから贈られた物だった。逆上してしまったが、あの剣士にも魔法使いにも一撃も入れていないというのが腹立たしい。



 魔術師の作った塔の跡地には兵士を巡回させてある。いつまた連中が戻ってくるか分からないとオラフが言ったからだった。だが、それとは別の場所でラタシュが現れては部隊を無力化しているらしい。狙いがいまいち分からないのは無力化された兵士たちは誰一人として死んでいないということだった。


 そしてもっと分からないのがラタシュが単独でそんなことができるという事である。アスタス=ラタシュを知っているマイリからするとラタシュは力の強い魔法使いではあるものの、そこまでの力はない。あればベグの力は発動していなかっただろう。

 それならば、あの剣士や魔法使いが力を貸していると考えるべきだと思う。


 この数週間でもっとも頭を回転させて物事を考えているマイリであるが、もともとは優秀な戦士である。冷静になれば十分このくらいはできるし、冷静でなくても思考は止まらなかった。


「あいつらが何を考えているかを予測して、逆手に取るくらいしてやらなきゃ」


 少しだけいい事を思いついたマイリはまた槍を投げる。次の獲物は大きな猿だった。部下が回収に行くの眺めながら、マイリは少しだけ笑った。それまでまとわりついていたイラつきはいつの間にかなくなっていた。


前へ次へ目次