第72話:ベグ無力化作戦1
ヌベ大森林は不安定である。それは現在ヤイマ族と言われる一部族が頂点となり平定されたばかりであるからだった。ベグの力に恐怖した各部族は恭順を示している。そのために表面上は争いなどは起こらずに過ごしていたが、不満はかなりの部分でたまっているのだろう。
その反面、オラフ族長をはじめとしたヤイマ族の首脳部は意外にも優秀であった。自分たちがベグの力のみで大森林を支配しているということを自覚していたのである。
それもそのはず、マイリ=ベグの暴走を止められる人物など皆無であり、マイリ=バグが暴走しないようにと日々精神をすり減らす生活を行っていたのだ。
族長オラフも、態度のみは族長として振る舞っていたものの、マイリの決断に否とは言えなかった。
「最終的に一番理想的な目標と、最低限の目標くらいは確認しておこうか」
オラフが帰ることになる前日に作戦は決まった。ジジイが無双しても良かったけど、それだと大森林が大変なことになるとアスタスとオラフから言われてしまったのである。
「マイリのベグの力を秘密裏に消して、さらにはヤイマ族の支配がそのまま継続するようになり、アスタスとノインたちの居場所を大森林の中に作る。これが理想だな」
「はい。僕たちのわがままではありますが、それがもっとも誰も悲しまないと思ってます」
理想論と言えば支配されている部族からするとたまったものではないが、これ以上戦争が続かないようにというのは賛成できる考えである。そのためにヤイマ族の支配を継続しつつもアスタスとノインたちの居場所を確保する作戦を練らなければならなかった。
「最低限はベグの力を消去しつつ、アスタスとノインたちが国外に逃亡させる。その場合は王国内に居場所を確保しなければならない」
最低限のベグの力の消去というのが全員の希望である。
「ジジイ、何か策を出せ」
「ふっふっふ、ワシを見くびるでないぞ」
お、ジジイ。何かいい案があるようである。皆が食い入るなか、作戦は説明された。決行は明日からということになった。
***
「・・・・・・一応、俺は反対したんだ。でも、・・・・・・ぷぷぷ」
「なんで私なのよ! 500ゼニーもらうからねっ!」
だいたいなんでも金を払うと納得してくれるティナが変装してヤイマ族に潜伏することになった。この作戦を全面的に支持したのはなぜかオラフである。
族長権限をフルに使い不自然にならないくらいの時間をかけて族長秘書にまで引き上げると言っている。違う方向に不安になってくるのはなぜだろうか。
どちらにしても素手でティナに勝てないオラフには危険はないと判断して俺たちは最終的にその案を了承した。これで作戦の一段階目である。
次に作戦の二段階目が必要になるのであるが、これはアスタスとジジイに頑張ってもらう必要があった。若干ノインの活躍も必要で、そのために俺とおっさんがある場所へ向かう必要があるとのこと。
3つの班に分かれた俺たちはすぐに作戦を開始するのであった。
「で、なんで俺とおっさんなんだ」
「仕方ないじゃろ? 他に誰もおらんのじゃ」
ジジイの転移で目的の場所の近くの漁村についた。ここは王国の南にある漁村である。目的地はここからもうちょっと南に下ったところにあるはずだった。
「おお、王国だ! 懐かしい! ここは来たことないけれど!」
おっさんが叫ぶのを無視してジジイが帰っていく。
「ほんならな、3日後に迎えに来るでの」
「ああ、ここでよろしく」
ああ、憂鬱だ。
なにが楽しくてこんなおっさんと3日間も一緒にいなければならないのか。
「ヒビキ! 早く行くぞ!」
「誰が呼び捨てなんてしていいと言った?」
おっさんにアイアインクローをかけていると、騒ぎを聞きつけたのか村民がやってきた。おっさんがギブギブ言っているけど、無視して村民のほうに振り替える。
「あんた、どこから来たんじゃ?」
「あ、ここの村の方ですかね。俺は冒険者で、この南のあたりにあると言われているストライクスワローの巣を獲りに来たんですよ」
要は燕の巣である。海藻をとってきて唾液と混ぜて岸壁に巣を作る燕の習性を利用して、子育てが終わった巣を薬の材料にしようと言うのだ。海藻の塊と言っていい。海藻そのものよりも効能がかなり上がるとノインは言っていた。
前世では海藻はあまり効かないって、誰かが言ってたはずなんだけどなぁ……。しかし、ノインが効くと言ったからには効くのだろう。ノインは十分信頼に値する薬師だと思っている。おっさんと違って。
「そうか、冒険者の人か……そりゃ大変な時期に来ちまったな」
「え? 大変?」
「ちょっとヒビキさん! 食い込んでる! 指が頭に食い込んでる! ギブギブ!」
まずい、これ以上やるとおっさんが死んでしまう。手から力を程よく抜いて、村人に詳しく事情を聞かねば。
「ちょ! 放してはくれないのですか!?」
「ストライクスワローの巣を獲る時期は少し過ぎてしまったでよ。今残ってるのは、本当の断崖絶壁に作られたやつだけだぁ」
「なんてこった、そりゃ大変だ」
「俺の頭が大変なんだぁぁぁぁああああ!!!」
うるさいのでおっさんを開放してから考えた。地面にのたうち回るおっさんに村人が若干引いてるけど、それどころではない。
「断崖絶壁か」
しかしどちらにしてもジジイが来るのは3日後である。最悪は海藻だけ採って帰るということになりそうだ。
「断崖絶壁とか、もう無理ですって! ここは海藻だけ採って帰りましょう」
しかし、何故かおっさんに言われるとその考えを否定したくなる。
「まずはやってみてからだな」
「止めましょうよぉぉ!」
足に縋り付いてくるおっさんをズルズルと引き釣りながら、俺は漁村に入ることにした。採取に行くにしても拠点となる宿が欲しいところだし、今日は情報収集だと思ったからである。
事実、漁村民が集まる酒場では有益な情報も手に入った。見えたけど取りに行くのが難しそうであきらめたストライクスワローの巣の場所などが数か所あったというのだ。
薬には2,3個あれば十分だと言っていた。なんとか頑張ろうかと思う。
「止めましょうよぉぉぉ。意味ないですってぇぇ」
エドガーのおっさんは最後までやりたがらなかった。
***
「ライオスさん」
「なんじゃい?」
ライオスとアスタスは作戦の中でも重要な位置を占めている。ヤイマ族の部隊に接触しつつも、ラタシュはヤイマ族を害したいわけではないと主張しつつ逃げるという事を繰り返すという任務だった。これで内部からヤイマ族にラタシュを受け入れやすくするという準備を行う。
「ヒビキさんとエドガーさんが向かった先ですけど」
「うむ」
ノインには重要な薬の作成を頼んでいた。中でも重要であるのは魅了薬である。いくら毒が効きにくいマイリ=ベグと言っても多少は効果がある。隙をいかに作るかというのが重要だった。アスタスであればベグの解除を行う事は可能であるが、その間に暴れられると可能であるものも不可能となる。
「すでに魅了薬の材料は十分あったと思うんですが」
「ワシのコレクションの中にあったのう」
であるならばヒビキとエドガーが向かったのは何の材料を手に入れるためなのか。
「アスタスや。お主は今、身分の低い者を偽っておるが、それももう終わりじゃ」
「そうですけど、何もヒビキさんたちがあんな事を」
「いや、ヒビキがな、どうしても必要じゃと言いおっての」
聞いた話だとヒビキの父親も、母方の祖父も、そう薄かったということである。
ヒビキが力説したのは、アスタスの髪を直して、早く身分の高いものの髪型にもどさせるという作戦であった。その中に私情が入っていると分かっていたのはほぼ全員である。
「たかが毛生え薬に命かけてまで……」
「何に命をかけるかは人それぞれじゃ。うむ」
こうしてマイリ=ベグ無力化作戦は順調に滑り出したのであった。