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第70話:移動と総攻撃

「身代金の要求が必要ね!」


 洞窟で会議を行っていた俺たちの前に現れたティナは開口一番にそう言った。その肩に担いでいる男はなんなんだ?


「おい、ジジイ。どうするんだよ。あれだけ時間かけた作戦会議で転移テレポートしてさっさと連れ戻して、さっさとこんな場所はオサラバするっていうのに決まったんじゃなかったのか?」

「うむ、こんな事ならば早めにやっておけば良かったのじゃ。せっかくアスタスたちを説得したというのに、無駄骨じゃったのう」

「あの肩に担がれてる奴はどう見ても偉そうな服装に髪型してるし、厄介ごとの匂いしかしないんだが」


 作戦会議は確かに長引いていた。だが、こんな事になるとは誰も予想できていなかったのだ。

 ティナのその肩には気絶したヤイマ族の男が担がれている。意外と力があったんだなぁと思う。王都神殿で神官はモンクの訓練も行うってオベールが言ってたっけ。


「これがヤイマ族の族長よ!」


 べちゃっと、男が地面に投げ出された。その扱い方を見ていて意識がなくて本当に良かったと思う。


「オ、オラフ!?」


 アスタスが驚愕する。最近、「最も賢い人」であるラタシュの称号が泣いているのではないかというくらいだ。


「さて、回復魔法は1回20ゼニーよ!」


 オラフという男を起こすのに回復魔法をかけるってか。ため息つきながら20ゼニーを渡してあげるとティナはヤイマ族の族長を回復させた。


「ここは……? ラタシュ?」

「オラフ、すまない。僕のせいで色々と」

「そうか、俺は捕虜と話をしていて……」


 当然のことながらアスタスとは知り合いである。しかも親友だったとか。


「いや、ちょうどいい。俺はお前と話したかったんだ」


 オラフは族長というだけあって、かなり肝がすわっているようだった。この状況をすぐに把握して、自分の意見を言うことができるというのは優秀だと思う。と言ってもティナに気絶させられて担がれてきた男だという事実は変わらないけどな。


「ラタシュ、すまなかったな。俺たちは今の状況でベグの力を手放すという選択ができなかった」

「いや、それは仕方ないと思っている。この大森林を支配し続けるならなおさらだ」

「だからと言って、お前に許してもらえるとは思っていないさ。マイリを止められなかったのも俺のせいだろう」


 なんだ、これは。男の友情ってやつか? ティナは一仕事終えた感じで頷いているし、ジジイはそもそも興味なくて話を聞いてなさそうである。ノインとエドガーのおっさんは状況の変化についてこられてないな。俺も正直な話、当事者じゃないし究極に興味ない。


「ライオスさん、ヒビキさん、ティ…ティナさん。お願いがあります」


 そんな時にアスタスが言った。ごめん、ちゃんと話聞いてなかったんだけど、何? それにティナに対してだけちょっと怖がってないか?


「マイリを止めたいんです。この大森林をヤイマ族が統治するためにマイリの力が必要というのはある意味正しいんですけど、ずっとそれでは駄目なんです。まだ、マイリがあまり恨みを買っていない状態の今ならまだ止める価値がある。彼女を救うためにも、力を貸してもらえませんか?」


 おおう、アスタスよ。なんて男前なんだ。お前は殺されようとしてたんだぞ?


「具体的にどうするんじゃ?」


 ジジイがようやく話しに合流した。


「ベグの力を解消します。そのためには背中の入れ墨を消さなければなりません」

 

 ベグの入れ墨を消すという事は、上から新しく入れ墨を入れるという事だった。それを強引にするためにはベグの力が強すぎる。マイリが本気で抵抗した状態で入れ墨が彫れるわけがない。

「だから、それをなんとかしたいんです。力と、知恵を貸してください」


 おい、アスタス。作戦会議から参加しろってことかよ……。




 ***




「なんでっ!?」


 族長であるオラフがいなくなった。それがマイリ=ベグの精神的支柱だったと理解できていた人物はヤイマ族にはいなかったのである。


 族長の親族として生まれた自分が、「最も賢い人」アスタス=ラタシュのために生きようと誓った期間があった。しかし、それを成し遂げることができずにベグの力を発揮した後に、マイリという一人の女性が頼りにしていた人物は族長となったオラフただ一人であった。

 ラタシュに救われ、そして生き残ったという責任感はマイリにもあった。それだけの力を残してくれたラタシュのために、人知れず沢山泣いた。その涙の量は誰にも負けないと思っている。


 だが、マイリはその事をオラフを含めて誰にも態度ですら示していなかった。ヤイマ族の誰もが、自分はそこまで悲しんでいなかったと認識していると思っている。それで良かった。本当は、ラタシュが生き残ってくれることが自分の望みだったのだ。


 そんな望みとは反して強大な力を手に入れてしまった自分を、唯一叱ってくれる人物は元の婚約者の親友であり自身の従弟であるオラフだけだった。そのオラフですら、ベグの力に物怖じして強く言えないことも多い。だが、オラフがマイリが行う事の中で悪いと思ったことに関してだけは最後まで賛成することはなかった。


 そのオラフの無言の否定だけがマイリを正気に保っていたと言ってもいいだろう。


 だが、そんな保護者を失った子供は、暴走するしかない。 


 折しも、ラタシュが生きていたと分かった後である。死んだと思っていたラタシュに対しての思いは死んだと思ったあとに膨れ上がったものだった。だからこそ、生きていたラタシュの言葉がマイリの心に突き刺さる。


 死んだと思っていた間に、ラタシュはすでに心に決めた女性を選んでいた。

 反射的にそれだと思った女性がいたために攫ってしまった。どうしても許せなかった。

 ただ、攫ってきた彼女はそれを否定した。他にノインという名の女性がいたらしい。たしかにラタシュは女を見た目だけで選ぶように男ではない。ティナという攫った女をラタシュが選ぶとは到底思えなかった。おそらくは心根の優しい、他の出会い方をすれば尊敬できて友達になれるような素晴らしい女性がいるのだろう。


 でも、いまはその会った事もない女性が憎くて仕方なかった。 


「オラフを取り返すわよ」


 当たり前の言葉が、ヤイマ族の中ではかなりの影響を及ぼしたようだ。他にどんな言葉が返ってくると思っていたのだろうか。ベグの力を持つものとして、選択肢などなかった。周囲も分かっていたはずだが、それでも戦慄してしまったのだろう。


「総力をもって叩く。それ以外はないわ」


 側近たちが何かを悟ったようだった。だが、そんなことはどうでもいい。

 マイリにはすでにこの戦いがどうなるかという事には興味がなかった。


 だが、それ以上にマイリの中では納得できない事があった。


「全部、壊してやる」


 それは子供の癇癪に近かった。強大な力を持ってしまった精神的な子供が何もかもが思い通りにいかなかった時に起こす癇癪。それとほぼ同等なものがマイリ=ベグの心を支配した。

 側近は出来得る限りの兵士を集めた。マイリ=ベグがそれを率いて「エドガーの塔」を攻めるのだ。

 翌日の朝から、ヤイマ族はできうる限りの兵力で、出来得る限りの事を行った。


「許さない!」


 マイリ=ベグの命令は絶対だった。族長であるオラフが攫われたのである。マイリ=ベグへ何かを言える人間がいないのも当たり前であれば、この総攻撃に反対できる人間もいなかった。



 だが、マイリを含めてヤイマ族は分かっていなかった。


「とりあえず、攻められたら面倒じゃから転移テレポートで場所を変えるぞい」


 と言った大魔法使いがいて、その場にいた全員を南の王国の中でも一つのパーティーを除いて誰も踏破した事のない迷宮の奥へと転移させてしまったという事実に気づいた者はいなかった。


 ヤイマ族は、その総力をもって「エドガーの塔」を攻めたが、オラフを含めて誰一人いない状況で、振りかざした拳を落とす場所を見つけられないままに、ゴーレムをちょびっと壊しただけで何もできなかったのである。周囲に逃げられないようにヤイマ族だけではなくて周囲の民族を使った包囲網は完璧なはずだった。

 

「何で誰もいないのよぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」


 マイリ=ベグの叫びが、届いて欲しいはずの人に届くことはなかった。


 そして、アスタスとオラフがゴダドールの間で「どうしようか」と悩みまくったという事に気を遣ったのがノインだけだったというのにヒビキは気づいていたが、とりあえず寝て起きてから考えようと思ったという。



 久々にゴダドールの間で寝たライオスとヒビキは、翌朝になってもなかなか起きなかった。同時期にマイリ=ベグとその側近たちは一睡もできていなかったというのに。



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