第65話:ジジイ無双(準備段階)
「もうここまで来たんだからいいじゃないの。と言うより、このまま帰ると寝つきが悪いわ」
「確かにな。よし、ライオスが次にやってきたらやるか」
「ちょっと待ってください、なんでそんな簡単にヤイマ族の本拠地に攻め入るって決めてんですか?」
アスタスに紹介してもらった洞窟は意外と広かった。アスタスとその家族が十数年住んでいたという。その間にアスタスは魔術の勉強に励み、最終的にはヤイマ族の誰よりも強い魔術師になることができたという。その師匠はアスタスの母だったそうだ。彼女はもうすでに病で死んでいる。
「待てよ、マイリ=ベグは本気で怪物なんだろ? アスタスがラタシュだったとしても無理だって」
エドガーのおっさんも洞窟での生活に慣れてきたのか、毎日の日課である水くみを頑張っている。もうちょっとしたら魔法で水を出してやろうと思っているけど。
「はあ、ヒビキさんが規格外なのは分かりましたけど、それでもマイリは別格です。僕の彫ったベグの効果はこの森林を平定するほどのものなんですよ」
「彫った本人がそう言うんだから凄いんだろうな」
「だからそう言っているじゃないですか」
しかしこのままではアスタスたちがヤイマ族に追い詰められてしまうのは明らかである。
「選択肢としては二つしかないんだと思うんだけど」
ティナが白い二本の指を立てて言った。
「ここに留まるか、逃げるか…じゃないの?」
「逃げようにもどこへ?」
「それは南の王国しかないんじゃない? ただしその場合は……」
「ノインと別れることになるのは無理です」
「じゃ、留まるならヤイマ族をなんとかしなきゃね」
ふー、っとアスタスがため息をついた。どちらもできればしたくない選択なのだろう。
「……もっと良い方法ないですかね? ヤイマ族とも争わずに、ノインとも離れなくて住む方法。どっかにヤイマ族も南の王国の借金取りも来ない場所があればいいのに」
もっとも賢い人の称号を持つアスタス=ラタシュに思いつかないことを俺たちに期待されても困る。規格外のマイリ=ベグの魔の手から離れて尚且つノインたちが暮らしていけるような場所が現実的にあるわけが……。
「なければ作ればいいのじゃ」
いつの間にか現れていたこのジジイがさらに規格外だったと思い出したよ。
***
「もうこやつらにはある程度ばれてもいいじゃろ。王国の人間じゃないし、ワシが魔法を使ったところでゴダドール=ニックハルトだとは気づかまいて」
「馬鹿野郎! そうやって気を抜くとどこから情報が漏れるかどうか分からんのだよ!」
「お前さんバカじゃのう、お前さんがすでに魔法使いではないことくらい見抜かれておるわ」
「俺はいいの! てめえがばれるのがそのまま俺たちの首が飛ぶことに繋がるって言ってんだろ」
「ええい、うるさいわい! 貴様ばかり楽しみおって! たまにはワシにも楽しい事させろ!」
「はぁ! なにが楽しい事だこのクソジジイが!」
「野営地に討ち入りするのにワシに声をかけないとか!」
「てめえがタイミング悪くさっさと帰るからだろうが!」
「知っておったら帰っとらんわい!」
ジジイをアスタスたちからは会話が聞こえない外へ連れ出したのだが、わがままが酷い。
「もう知らん! 創造!!」
「ああ、てめえジジイ!」
ジジイが一瞬の隙をついて創造の魔法を放つ。この魔法はアントシーカーの召喚と違って、建築物を作り出す魔法である。普通は小屋を作り出すのがせいぜいというところなのだが……ジジイくらいの魔法使いになれば……。
「ジジイ! でかすぎるだろうが!」
「ふはははは、ヤイマ族だろうがなんだろうがワシが召喚した魔物で迎え撃ってくれるわぁ! ふはははは!」
「てめえ! ここが王国じゃないと思ってやりたい放題しやがって!」
続々と作られていく建築物。アスタス達が潜んでいる洞窟を囲むように作成させていく城壁。さらには中心部の建物がどんどんと積み重ねられていく。
「まさかこれは!?」
「そう、魔術師の塔じゃ! 我、魔剣士ライオスが作り上げし魔塔であればヤイマ族などいくら来たところで返り討ちよ!」
「やめろジジイ!」
魔力を出し続けるジジイに向かって斬りかかるが、ひょいと避けられてしまった。ただし創造の魔法は中断したようだ。まだ、そこまで建築物の高さはないから遠くからは発見できないくらいである。ただし面積は思った以上に広い。東○ドーム一個分くらいありそうだ。
「ふう、疲れた。ちょっと休憩……」
「こらジジイ!」
「なんじゃ、ワシの究極魔法が見れたので興奮しとるんか? 召喚、召喚」
「ジジイ! 休憩してるフリしながらゴーレム召喚してんじゃねえ!」
あっという間に作り上げられた建造物の入り口の所に腰かけたジジイはひょいひょいと門番役のナイトゴーレムを召喚していく。これだけの大きさの施設であるためにかなりの数のゴーレムが必要となりそうだが、呼吸をするように召喚されていくゴーレムたちはあっという間に数百を超えてしまった。俺はそれを数体叩き割ったけど、それ以上の速さでゴーレムが量産されてしまった。
「はー、満足じゃ。今日はこのくらいにしとくとするかのう」
「自重しろ!」
「もしマイリ=ベグとやらが来たときに戦えないほど魔力を消費するわけにはいかんからのう。自重しておるぞ、ふひひ」
こいつ! マイリ=ベグと戦うつもりだ!
結局、騒ぎを聞きつけて外に出てきたアスタスたちにはものすごいビックリされ、創造の魔法をかけたのはライオスだとばれ、エドガーのおっさんなどは驚愕しすぎて失神してしまい大変だったとか、最終的にジジイが塔を作り上げる前に「エドガーの塔」とか名付けてややこしいことになるとかで大変だった。
アスタスはこの大森林で最もできる魔術師の称号をもらっていただけあって、ライオスが並大抵の魔法使いではないという事はすぐに分かったようであるが、なんとか他の誰にも言わないという約束をとりつけた。ジジイが本気を出せば自身も危ういと思ったのだろう。ノインとおっさんはだただた言われるがままだった。
数日後、ゴーレムの数も順調に増え、塔も数キロ先から視認できるほどにでかくなった時点でヤイマ族の偵察隊が嗅ぎつけたようだったがゴーレムだけで撃退したとのことだった。数人は逃げかえったから、ヤイマ族の本隊がやってくるに違いないと頭が痛かったのだが、ジジイが完全にやる気になっているので考えるのをやめた。
「ふははは、楽しみじゃのう」
「完全に悪役のセリフじゃねえかよ」
最上階におっさんの部屋が作られた以外は、全員がずっと塔の裏手にある洞窟で過ごしていたんだが、これは塔を作った意味があるのかというのと、ヤイマ族が頑張ってゴーレムたちを倒してこの塔を攻略したとしても最上階に誰もいない魔術師の塔ってのはどうなんだろうと思ったのは別の話である。
さらに数日後、ようやく薬が完成した。