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第64話:討ち入り

「多分、僕が生きているとマイリのベグが解除されるのではと思ったんでしょう。実際はそんな事ないと思うんですけど」

「それでアスタスを殺しに来たと」

「ええ、でなければマイリ本人が来ているはずですから」


 とりあえずは落ち着いて状況確認をする事にした。アスタスがある程度の説明をしてくれ、それでこれからの作戦を練るのだ。つまりはマイリ=ベグの背中に彫られた呪術の影響がなくなるのではないかという不安からラタシュであったアスタスを確実に殺しにきたというわけか。なんてむごい。


「元婚約者と元親友に殺されそうになってんの?」


 そして誰も言わなかったことをずばっというティナ。マジで勘弁してやれよ。


「ええ、そうですね」


 ちょっと悲しそうに返すアスタスを見てると何も言えないじゃないか。


「よし、状況を整理しよう。まずはノインが攫われたのはアスタスを誘い出すためで間違いなさそうだ。ノインに危害を加える可能性は低いがゼロじゃない。そして俺たちはノインだけしか作る事のできない薬が欲しいからノインを助けるというのであれば協力しようじゃないか」


 横から邪魔をされるのは好きじゃない。


「ヒビキさん、ありがとうございます。ですが、彼らは僕一人で野営地に来いと言っているんです」

「それ。つまりは野営地にはアスタス一人じゃ手に負えないほどの戦力が集まっている。けど、マイリ=ベグはいないってことね」


 ティナの指摘を受けると最もだと思う。向こうが指定してきている以上はアスタス一人ではどうしようもないほどの兵が待ち構えている。


「それって何人くらいなのかしら?」

「多分30人くらいは用意してくれてると嬉しいんですが、ちょっと複雑ですね」


 この際過小評価に期待したいところであるが、どうせそんな事はないんだろう。なにせ「最も賢い人」という意味の「ラタシュ」という称号を持っているとのことだし。


「じゃあ、40人で想定しましょう。それ以下だったら臨機応変に」

「40人ですか、こちらは3人ですね」

「大丈夫よ。それよりノインの安全を確保する方法を考えなきゃね。こんな時にライオスが帰るってタイミング悪いわね」


 あのジジイ、本当に間が悪い。仕方ない、俺が妙案を出してやろう。


「分かった。アスタスは何とかしてノインを救出してくれ。ティナは後方支援だな」

「え……? ヒビキさんは?」

「うん、正面」

「正面……?」


 おい、ティナ。なんでため息ついてるんだ?




 ***




「本当に大丈夫なんですか? ヒビキさんは魔法使いなのに?」

「大丈夫よ。いつもの事だから。あと、ここで見た事は忘れて欲しいんだけど?」

「え、えぇ……」


 何がそんなに不安なのかは分からないが、俺たち3人はもうちょっとで野営地から見えるくらいの距離で茂みの中に隠れている。おっさんは村に残してきた。足手まといにしかならないからな。


「多分、あの野営地の形状からして一番奥のでかいテントの中にノインがいるってのが一番分かりやすい」

「隊長格のいるところでしょう。あの旗印は知っている人間です」

「知り合いか。まあ、そうだよな。殺すことになるかもしれないぞ?」

「ええ、覚悟の上です。僕はノインのためならば悪魔にでもなりましょう」


 静かに怒っているアスタスからは気迫が感じられた。


「じゃあ、アスタスは裏に回って、騒ぎが起きたらそれに乗じてノインを助けて離脱な」

「ヒビキさんたちは?」

「こちらに注意を引きつける役だ」


 さっきからティナがため息ばかりついているが何故だろうか。


「申し訳ありません、一番危険な役目を」

「気にするな、さあ行け」


 アスタスが野営地の裏に回っていく。準備ができるまでに時間がかかるだろうから、あと5分ほど待つことにした。


「ねえ、ヒビキ?」

「なんだ?」

「もしかしなくても、作戦って正面突破?」

「そうだが?」


 当たり前だろう。ヤイマ族の主装備は槍で、森の中で使いにくいからか弓が少ない。おそらくは魔法を使うということもあって大きな弓を装備している兵士がいないのだ。ならば恐れることはない。不意打ちに注意し急所に当たらなければ矢は恐れることはなさそうである。


「はいはい、分かったわ」


 そう言いながらティナに100ゼニーほど握らせてさまざまな補助魔法をかけてもらう。これでほとんど長距離からの攻撃は俺には効かないだろう。


「さて、行ってくるけど、何か欲しいものある?」

「金目の物あったら回収しといて」

「……了解」




 ***




 しかし、ゴダドールの地下迷宮を突破した戦士である俺と戦いになるほどの兵士は皆無だった。ティナには正面突破といったが、基本は隠密行動である。テントにバッと入っては中にいる兵士をボコボコと杖で殴り気絶させ、外に出ている兵士は基本的には背後に回って杖で殴るのである。半数ほどに当たる15人ほどを気絶させた頃に、向こうも異常事態に気づいたようでテントから隊長とともに10名ほどの兵士がかたまって出てきた。やはりそれぞれ槍を持っているが弓がいない。隠密行動は終了でこれから本格的に正面突破だ。


「何者だ!?」

「うるせえ!」


 馬鹿正直に問答に答えるつもりはない。アスタスがノインを助け出す時間稼ぎが必要なだけなのである。が、この人数ならば別に負ける気がしないな。隊長格の強さに期待しよう。と、その隊長が先頭でやってきた。部下をけしかけない良い隊長じゃないか。


「うおおぉぉぉ!!!」


 しかし、実力が足りない。槍の間合いは非常に深いために正面から戦うと苦戦するのが常識だが、右手でウインドカッターを、左手で杖を振るう俺に間合いなんてものは関係なかった。あっと言う間に隊長の槍はウインドカッターで切断され、間合いを詰められた後に頭蓋を杖で殴られ失神する。あれ? これ死んでないよね? 大丈夫だよね?


「隊長があっと言う間に!?」

「くっ、ひるむな!」


 同様が広がった他の兵士も同様にボコボコにしていく。頭を殴って失神させたり足をへし折って戦闘不能にさせていくのだ。もうちょっと歯ごたえが欲しいところである。こんな連中であれば迷宮に入ればすぐに魔物の犠牲になってしまうに違いない。修行が足らん。


「さあ、そろそろアスタスも仕事が終わった頃かな?」

「ヒビキさん、これ隠密行動の意味ありました?」

「あったんじゃないか? ノインに危害は加わってないし」

「はぁ……」


 後ろから駆け付けたティナがお宝を漁っているけど、本当に聖職者なんだろうか。




 ***




「それでこれからどうするんだ?」


 野営地のお宝を一通り漁った後、村に戻って怪魚の肝を煮詰めた液体を回収し、ついでにエドガーのおっさんも回収した。これ以上この村にいると村人に迷惑がかかるからすぐに出立する事にする。


「アスタスたちがシアタ族にいるという事はすでにばれているからな……」

「薬はもうちょっとで出来上がる。量はないが一人分ならば問題ないよ」


 ノインは小さな容器に入れた怪魚の肝をこれから熟成させる場所が必要だと言う。


「でしたら僕がヤイマ族に迎え入れられるまでに使ってた洞窟があります。おそらくそこは誰も知らないでしょう」



 こうして俺たちは潜伏生活を始めることになったわけである。結構がっつり関わってしまったから王国に戻るタイミングが難しいなとティナと話したのはその日の夜の事だったけど。

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