第62話:怪魚
「怪魚っていうからてっきり魔物かと思ってたよ」
「はは、確かに魔物ではないんだけどね」
ノインの笑顔に若干の違和感を抱きつつ、俺たちは湖のほとりの村に到着した。ここの村人が定期的に怪魚の漁に出ているという。だが、その獲り方は銛で突くために肝臓が傷つくことが多いのだとか。ノインとアスタスが村の人間たちと何やら話した後に一つの民家に案内してもらった。
「純粋に肝だけにしてすりつぶさないと効果が出ないんだよ。特に肝の近くの苦玉を傷つけると使えなくなるどころか毒になっちまう」
「そしたらどうやって獲るんだ? 釣りか? 網か?」
「うーん、私たちには無理だから村の達人に頼むんだよ。無傷で仕留めてくれって」
おそらくはその達人の家がここなのだろう。村人が中に入って主を呼んでくれている。
「達人? どうやるんだ?」
「なんか、昔見た時は……よく分からんけど、いつの間にか怪魚が打ち上げられてた」
嫌な予感というのは当たるものである。
「死んだ!?」
「ええ、おじいちゃんは昨年に亡くなりました。今ではあの獲り方で怪魚を獲れる人はいないんですよ」
なんてことだ。その怪魚獲りの達人は昨年に他界してしまっていた。村には達人の息子たちが住んでいたが、達人の息子も同じ方法では怪魚を獲っていないようで、やり方を受け継いだ人間はいなかったのである。ちなみに俺たちに応対してくれたのは達人の孫だ。
とすると、怪魚の肝は獲れないのか? 予想外の事態にノインもアスタスも固まってしまっていた。向こう側でおっさんが項垂れている。どれだけ秘薬に期待してたんだよ。
「ちなみにどうやって怪魚を傷つけずに獲ってたんじゃ?」
ここにはジジイもいるし俺もいる。もしかしたら達人とまではいかないが、同じような方法を魔法で補って捕まえることができるかもしれない。ジジイも同じような事を考えたに違いなかった。なにせジジイは大魔法使いゴダドール=ニックハルトだから出来ないことはない! はずだ!
「えっと、真似しないでくださいね」
孫はあきれ顔で始めた。なんとやり方を教えてくれるそうだ。いくら受け継いだ人間がいないからと言っても門外不出とかじゃなかったのか? いや、俺たちにとっては好都合……なんて都合のいいことがあるわけがなかった。
「まず、怪魚の口の中に入って……」
は? 口の中?
***
「だからなんで俺なんだぁぁぁぁぁ!!!!?」
「うるせえ、おっさん。この中で餌の代わりになる人間って言ったらお前しかいないだろうが!」
「ああ、クソ親父もたまには人のためになる事ができるのね」
「ノイン、そんな事を言ってはいけないよ。エドガーさんだって真剣なんだ」
「お前さん、実は一番こやつを馬鹿にしとるじゃろう……」
「まあ、怪我したら回復魔法は1回20ゼニーよ」
「ふざけるなぁぁぁぁ!!!!?」
怪魚ってのは魔力を持ってる魔物ではないというだけで、おそろしくデカい魚だそうだ。普段は村人が30人くらいで数隻の船に別れて浮きの付いた銛を大量に刺して弱らせるのだとか。人を一口で飲み込むこともできるその怪魚に年に1~2人の被害が出ているという。体力もかなりのものがあり、ちょっとやそっとでは弱らないために漁が成功したころには怪魚の肉はボロボロになっていることが多いのだとか。
その怪魚を無傷で手に入れることができる達人がかつて存在した。その達人は口の中から怪魚の脳髄に向かって衝撃を発生させる魔法を使うことで脳震盪を起こさせたという。ただし、達人は一度も無傷で帰ってきたことはなかったとか。
「お、やっぱり来たな」
「来たなじゃねぇぇぇぇぇえええ!!! ほどけぇぇぇぇえええ!!!」
船の後ろに縛り付けられたおっさんに反応して怪魚がやってきたのが魚影で分かった。それほどにデカい。そして速い。
「しかし、よく船を貸してもらえたな」
「ええ、なんでもノインのお婆さんの薬で何人もの村人が助かっているそうで」
アスタスが風の魔法を駆使しながら船を操る。こいつ、できる。
「世間話してる場合じゃねえだろぉぉぉおおお!!!」
おっさんがなにやら叫んでいるが、水の音がそれなりにうるさくてよく聞こえないな。それよりも怪魚がおっさんをくわえようと水の中で口を大きく開く。達人はあの中に入って中から脳髄に衝撃を……って、そうすると怪我するんだろ?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
「うるっさいな、ちゃんと餌役くらい務めろよ」
「ばっか野郎!? 死ぬぅぅぅぅううう!!!」
よく見ると怪魚はすぐ近くまで来ている。
「で? 外からだと頭蓋骨が硬すぎて衝撃が伝わらないんだっけ?」
「ええ、そう言っていたわね」
「でも、それはここの村人とかその爺さんだったらって事だろ?」
バシャバシャと風の魔法を受けて船が猛スピードで湖の中心を駆けて行く。その後ろには10メートルは越えようかという大きな魚影である。もうちょっとで追いつかれるから水面から顔をだすかな? ほぼ水面まできているからその姿ははっきりと確認できた。まるで大きなブラックバスである。
「ふふふ、こいつがまたしても活躍するとはな!」
「出たわね……」
「修理した! オリハルコンハン…………オリハルコンの杖!」
そう、辺境の迷宮で壊れてしまったオリハルコンの杖をジジイに修理してもらっていたのだ。いつの間にかでてきたハンマーのような杖にノインもアスタスもびっくりしていたが、鞄の一番下に隠していたと嘘を貫き通した。「王国の魔法使いはすごいな」とかおっさんが勘違いして言っていたが、王国でも空間魔法なんて使えるやつはいないし、そもそも道具の収納なんかに使える魔法ではない。ジジイに転移で取りに行かせただけである。
「衝撃を与えるならばこの杖がもっとも俺の物理魔法を乗せやすい!」
「すごいですねヒビキさん。物理なんて魔法、僕は知りませんでした」
「俺のオリジナルだからな!」
怪魚がおっさんを食べようと水面に出た。オリハルコンの杖を握りしめて跳躍する。
「物理衝撃!!」
ハンマ……杖が頭蓋に当たるタイミングで風の魔法を使う。傍目にはものすごい衝撃が怪魚の頭蓋骨に加わっているかのように見えるだろう。実際、怪魚の頭蓋骨は砕けて脳髄にまで衝撃が伝わったようだ。風の魔法で作り上げられた水面の波紋が波打って周囲へと伝わっていく。
ザバーンと俺も湖に落ちたわけであるが、怪魚が力なくプカーっと浮かび上がるのが見えた。
「相変わらずの威力じゃのう……」
「なんなんでしょうね。からくりを知った後の方が信じられないって言うか……」
何故かジジイとティナが呆れ顔でこっちを見ている。ローブと楔帷子を着たまま湖に突っ込んだ俺を助けて欲しいんだが。地味に立ちこぎがきつい。ローブと楔帷子のせいでもの凄い勢いで沈もうとする。
「すごいじゃないか!? これで薬が作れるよ!」
アスタスが俺を引き上げた後に怪魚を縄で船にくくりつけた。このまま村に帰ることにする。
船にくくりつけられたおっさんに気づいたのは村に帰ってからだった。まあ、気絶してたから大丈夫かな。